とある少年と少女の物語
平和な日常。当たり障りない毎日。
それを送れる者というのはただの1人の例外もなく勝ち組である。
「はぁ……はぁ……」
少なくとも今現在追われ、結果ロッカーに隠れることになっているこの少年、水瀬 孝明よりは恵まれているだろう。
(くっそ……なんでこんなこ……ッッ!!?)
“男子更衣室”の扉のドアが開け放たれた。
そして中に入り歩く音がする。足音は軽い。
“彼女”はどうやらこの状況を楽しんでいるようだ。しかし、彼女は楽しくても孝明からしてみればたまったものではない。
(って言うか。なんであいつは入ってきてるんだよ!!ここ男子更衣室だぞおい)
「ふふっ、孝明く〜ん。どこで〜すか〜?」
彼女は明るく美しい声で呼びかける。
その耳障りもよく綺麗で透き通るような声で呼ばれては反射的に出てきてしまいそうになる。だがしかし、それに答えるわけにはいかない。
答える=死だ。
比喩でもなんでもなく。間違いなく“食われる”。
ロッカーの中で口を手で抑えながら孝明はなぜこんなことになってしまったのかを思い出す。
◇◇◇
約1週間前。始まりはそこまで遡る。
その日の天気は晴れのち曇り。所により雨。
もしかしたら帰る頃に雨が降るかもしれない。洗濯物が濡れなければ良いんだけどな。など思いながらトイレから出た時だった。
「ん?」
目の前にハンカチが落ちていた。
花柄のシンプルなハンカチだ。おそらく女子のものだろう。
そう思いハンカチを拾い上げ辺りを見回す。
周りには1人の女子生徒がいた。黒い美しい長髪を揺らしながら廊下を歩いていた。
孝明は急いで彼女の元へと走り声をかける。
「お〜い。これ、君のだろ?」
孝明に声をかけられた女子はビクッ!と肩を震わせ恐る恐るといった感じで孝明を見る。
「ほら、これ」
孝明は出来るだけ怖がられないように笑顔を浮かべながらハンカチを差し出す。
当然ながらこれが間違っていた行動だったとは当時の彼は知る由もない。
「あ、あり……がとう」
女子はか細く、しかし聞き惚れてしまうような優しい声で小さく言った。
「いや。良いって。あ、あとさ––––––」
それは恐らく一目惚れだったのかもしれないと孝明は思う。
前髪で目は隠れてはいたが鼻筋も通り、柔らかそうな唇。健康的ではあるが日本人とは思えない白い肌。
思春期真っ只中の男子の1人である孝明にそれを見せつけられ、惚れるなと言う方が無理な話だ。
だから––––––
「君の声。いいよね」
つい、そんなナンパめいたことをほざいてしまった。
普通の女子なら冷たい視線と反応か戸惑いが返ってくるはずなのだが彼女の行動は違う。
俯きさらに小さな声で目の前にいる孝明にようやく聞こえるような声で「ありがとう」と言った。
と、そんな丁度良いタイミングでチャイムが鳴る。
「おっと、そろそろ行かなきゃな。んじゃ」
そんな軽い言葉をかけて孝明は去った。
それだけのはずだった。
彼女とはクラスも違う。
恐らく廊下で会うことはあるだろうがその時は互いにすでに忘れている。でも覚えていてくれたら嬉しいな。と、少なくとも彼はそう思っていた。
「………あの人––––––」
だから、気付かなかった。
前髪に隠れた目が、獲物を見つけたかのように光ったことを。
「––––––好き」
その言葉が紡がれていたことを。
それからだった。誰かから見られているような感覚を感じ始めたのは。
熱を帯びたねっとりとした視線を感じる。
学校にいる時はもちろん。通学中、買い物中、家にいる時や自家発電に勤しんでいる時までも視線を感じる。
(なんなんだ?この感じ。おちおちゆっくり抜くこともできやしない)
すっかり萎えてしまった息子を見つめため息をつく。
この視線のおかげでここ1週間はまともに抜けていない。
そして、その視線は生徒会室にいる時にも例外なく感じていた。
「ん〜?最近元気ないな。どうした?」
友人でもあり生徒会長でもある高木 拓巳は問う。
「あ〜?いや、な。なんか変な視線を感じてたなぁ」
「変な視線?自意識過剰ってやつじゃないのか?」
拓巳は他人事のように軽く笑いながら茶化すように言った。
「チッ。他人事みたいに言いやがって」
「ハハッ。他人事だよ。副会長殿」
舌打ちを1つ鳴らしため息をつく。
確かに姿も見えずただ視線を感じる。と言っただけでは自意識過剰と謗られても仕方がない。事実、そう言う年齢でもあるのだから。
「っても。んな誰かに恨まれることなんてした覚えないしなぁ」
「……成績がいいのを僻んでいるやつとか?」
拓巳は真剣な表情で言った。が、それに対し孝明はジト目で見る。
「ほう……学年トップがよく言う」
「学年次席もな……」
彼らの言葉から分かる通り拓巳が首席であり生徒会長、孝明が次席であり生徒会副会長だ。
この高校では知らない者はいないほどの秀才コンビでもある。付き合いは中学の頃からで竹馬の友と言える関係だ。
そのせいか彼らでBLが描かれたりしたりしているのだが2人はそのことに全く気がついていない。
「ふむ。それならこれが終わったらゲーセンにでも行くか?格ゲーでも音ゲーでも相手になるぞ?」
「……ほう?言ったな?」
ちなみに2人とも顔は悪くない。いわゆるコミュ力と言うのもある。モテない要素がないように見えるが2人とも彼女はいない。
なぜか?単純な話だ。話についていけない者が多いからだ。
どちらも根っからのアニメ好きでありゲーム好きなオタクなのだ。
そのギャップの大きさを受け入れられずに2人の関係を眺めることに徹する者が多いと言うのも理由の1つだ。
「だが、悪いが今日は買い出しだ」
「む?そうか。なら早く帰れ。今日はそこまで仕事がないからな。1人で終わらせるよ」
紙を束ねトントンと揃える拓巳に孝明は首をかしげる。
「はぁ?いや、俺もやるよ。そうした方が––––––」
「あのな?疲れてるだろうから帰れって言ってんだ。他の連中には上手く言っておくから。ゆっくり休め」
孝明は数度瞬きをすると頭を掻き床に置いていたバックを掴み上げた。
「わかった。サンキューな」
そう礼を言い孝明は生徒会室から出た。
数十分後、孝明はスーパーの野菜売り場に来ていた。
キャベツを選びカゴの中に入れる。その隣の人参も選び丁度良いものをカゴの中に入れる。
(にしても……なんか悪いことしたなぁ)
孝明は野菜売り場から精肉コーナーに移りながら思う。
視線を感じるのは確かだ。今この時にもその視線を感じる。
しかし、周りを見回しても主婦と思われる子連れの女性や会社帰りのサラリーマンがちらほらとみられるくらいでそれっぽい人はいない。
「ん?」
だが、そんな中に一瞬、見慣れた制服が不思議と目についた。
見慣れた制服。それは孝明自身が通っている高校の女子の制服だった。
(……まぁ、だからなんだって話だよな)
スーパーに買い物に来ていた生徒など珍しくもない。間食のお菓子を買いに来ていたり、お使いを嫌々ながらも頼まれたりと事情は様々だろう。
そう思い孝明は深く考えることもせず目的の品々を購入し、店を出た。
夕方。もう日も落ちかけたそんな住宅街をビニール袋とカバンを持ちながら孝明は家の帰路につく。
視線は未だに感じる。ここ最近と同じように。
何度か意を決し、後ろを振り向くがやはり誰もいない。
(………やっぱり。いない、か)
今までならそのまま家に帰り着いていた。だが、今日はなんとなくそうはしたくなかった。
このままではさらに気が滅入る。と言うのもあるが周りにまで迷惑をかけてしまいそうになっているのはかなりまずい。
そう考えるとそろそろこの問題を解決する必要があるだろう。
「……ふぅ」
孝明は突然走り出した。やはり後ろに誰かいたらしく駆け出す音がかすかに聞こえた。
目の前の角を右に曲がり直進。さらにその先を右に曲がると振り向き待ち構える。
タッタッタッと駆ける音が目の前の角で途絶えた。どうやらその人物もここで彼と対峙するつもりのようだ。
孝明は1度深呼吸をするとさっき曲がった角に戻る。
「え?」
そして、彼の目の前にいた者はあまりにも予想外の者だった。
「あの……時の」
目の前にいたのは数日前に出会ったハンカチを落とした女子生徒だった。
相変わらず長い前髪に目を隠している。
あまり運動は得意ではないのが肩で息を繰り返している。その吐息が妙に色っぽいがそれを首を横に振り意識の外に追いやると問う。
「もしかして……君、俺をずっと?」
「………」
目の前の女子はコクリと頷いた。
あまり信じられないがここ数日の視線の正体は彼女らしい。
「………えっと、うち来るか?」
とにかくゆっくりと話を聞くにはこんな路上では周りの視線が痛い。そう思った孝明の提案に少女は嬉しそうに頷いた。
そして場所は孝明の自宅へと移る。
孝明の両親は共働き。今日はどちらも夜勤で家を出ているためそのリビングにいるのは孝明とその少女だけだ。
その少女に「どうぞ」とお茶を差し出す。礼を言いながら少女はそれを受け取る。
「あ、ありがとうございます」
少女はそれを受け取ると少し飲み息を吐いた。
彼女が落ち着いたところで孝明は質問する。
「それで、なんで俺を付いて回ってたんだ?」
「…………その、お礼がしたくて」
「お礼?お礼ってまさかあのハンカチの?」
まさか、と思いながら聞くが少女はどこか躊躇いがちにコクリと頷いた。
あんなことぐらいでそこまで感謝されるとは思ってもおらず孝明はなんと言えばいいのかわからず言葉を失いかけたがどうにか言葉を紡ぐ。
「え、えっと……別にあれはたまたまの事だし、次からは気をつけてくれればそれで」
孝明は言うが少女は満足できていないのか首を横に振った。
「う〜ん。でもなぁ」
たかだかハンカチ1枚で大仰な。とも思ったが彼女にとってはそれほど大切なものだったら、と考えると当然のように思えてきた。
しかし、自分は拾って渡しただけだ。
だと言うのにそこまで感謝されるのはむず痒いというよりもとてつもない違和感を感じてしまう。
ああでもないこうでもないと孝明が頭を抱えていると少女が切り出してきた。
「あの……お手洗いを借りても」
「え?ああ、いいよ。リビング出て左の奥にあるから」
「ありがとうございます」
言うと少女は椅子から立ち上がりリビングから出た。
その背中を見ながら孝明はゆっくりと立ち上がり買ってきた野菜たちを野菜庫や冷蔵庫へとしまう。
(とにかく、あの子には帰ってもらおう)
特別邪魔というわけではないがあまり遅くなっては彼女の両親が心配する事だろう。
肉を冷蔵庫にしまおうとしたところでふとその手が止まった。
「…………食べていくとか、言うかな?」
そう思ったがトイレから戻ってくると彼女は素直に家に帰っていった。
その声音が何かあったのか少し嬉しそうであったのが少し気にかかった。
その夜、孝明が着替えを取るためにタンスを開けた時のことだ。
「…………あれ?なんか……ないような気がする」
より具体的には下着が2、3枚なくなっているような気がする。
しかし、その日は洗濯中にどこかに落として拾った人が捨てたりしたのだろうと深く考えることはなかった。
そして、問題が起きたその日の昼の事だ。
拓巳といつも通りに主にゲームとアニメのことについて話しながら昼食を食べようとした時だった。
「おーい!孝明〜」
男子が孝明を呼んだ。
そこは教室の出入り口の向こうに誰か立っており、その前に声をかけたのであろう男子生徒が手で呼びかけている。
「先に食べててくれ」
「ああ、わかった」
孝明がそこに行くとあの少女がいた。
何か言いかねているのかモジモジとしている少女に孝明は優しい口調で聞く。
「どうした?何か用事か?」
「…………あの、良かったらお弁当、作ってきたんですけど、一緒に、ダメですか?」
少女の顔から少し下へと視線をずらすと弁当が2つある。
自分で作った昼食があるため断ろうと思ったが、彼女1人でこの量を食べられるだろうか?
そもそもこれはおそらくお礼として自分のために作ってくれたものだ。それを無下に扱うのは如何なものか。
そう思い孝明は少女に「少し待ってて」と言い、拓巳の方に向かい事情を話した。
拓巳は少し残念そうにしたが快くそれを許し、孝明と少女は中庭の方へと向かった。
「うわ……凄い」
少女が渡した弁当箱を開けて無意識に声が出た。
彩りや栄養について考えられたのか色鮮やかでありながら美味しそうな弁当。玉子焼きや唐揚げ、ほうれん草のおひたしから煮物。
どれも丁寧に作られていることが見ただけで伝わる。
「それじゃ……い、いただきます」
少女からの不安と期待の視線を受けながら唐揚げを一口。
「ん!?」
(美味い……)
弁当の唐揚げだというのに皮はパリパリで肉汁も溢れてくる。味もしつこくなくどこかあっさりしていて食べやすい。
次に煮物を一口。煮崩れもなっておらずしかし味はしっかりと染み込んでいる。
「美味しいよ。うん。かなり美味い」
「ほ、本当ですか?」
「ああ!」
孝明は次々と弁当の中身を減らしていく。
弁当の味にばかり気を取られていたため彼は気がつかなかった。
「…………本当に、よかった」
少女が恥ずかしさとは別の何かを含んだ笑みを浮かべたことを。
そして、放課後。
トイレから出てきた孝明の目の前にはあの少女が立っており、彼を見つけるやいなやその腕に孝明の腕に回した。
そこそこある胸を腕に押し付けながら少女は言う。
「一緒に帰りませんか?あ、私の家に寄りますか?また美味しいご飯作りますよ」
「ちょっ、ちょっと!」
孝明は明るい口調で畳み掛けるように言う少女を軽い力で引き剥がした。
「な、なんで……」
何故そうされたのか全くわからないらしく少女は呆然とした表情で孝明に問いかける。
「悪いけど俺はまだ帰れない。生徒会の仕事があるんだ」
「嘘、ですね」
「嘘じゃない。それに、言ったら悪いけど君と俺はそんな関係じゃない。周りに噂でも流れたら」
それは孝明なりに彼女に気を使った言葉だった。
変な噂を流されてしまえば学校で孤立してしまう。
そんな思いから放った言葉だったのだが少女の表情はどんどん暗くなっていく。
「噂なんて……勝手に流させておけばいいんです。私と孝明君が付き合ってるのは本当なんですから……」
「はぁ!?そんなこと!」
孝明が反射的に肩を掴み、言葉を荒くさせた。
しかし少女は気にもせずに嬉しそうな表情と声音で言う。
「だって、私は孝明君のことを全て知ってますし、孝明君の家に行きました。それに……」
少女はそこで言葉を切ると視線を下へ、下腹部を摩りながらどこか母性を感じるような、恍惚とした表情で続ける。
「孝明君は私の愛を食べてくれたじゃないですか。それは私の想いが伝わったってことですよね?」
「ッッ!!?」
その言葉を聞き、表情を見た瞬間、背筋に悪寒が走った。
やばい。逃げなければいけない。
理性ではなく本能がそう警鐘を鳴らした。
孝明はゆっくりと後ずさる。冷や汗がゆっくりと頬を伝う。
目の前の少女は変わらずどこか色気を感じる笑みを浮かべている。まるで狼狽する孝明のその反応を楽しんでいるかのように。
孝明は本能に従いその場から駆け出す。
「あれ?どこに行くんですか〜?」
少女はそう言いながら孝明の後を追い走り出した。
◇◇◇
そして、なかなか引き離せない少女を巻くために男子更衣室に逃げ込んだのである。
「孝明く〜ん」
少女は孝明を呼びながら更衣室内を見回す。
壁一面と部屋の真ん中に並んだ縦長のロッカー群が埋め尽くす中を少女は歩く。
下手に出ればまた振り出し戻る羽目になる。ここは彼女が諦めるか誰か来るのを期待して待つしかない。
と祈っていた時だった。
「ん〜、匂いから…………こっち」
危うく言葉が出かけた口を強く塞ぎながら代わりに心の中で叫ぶ。
(はぁぁぁあッッ!!?犬かよ!?)
しかもその鼻はきちんと働いているらしく孝明が籠っているロッカーに近づいて来る足音がする。
来るな。来るな。
そう祈るが彼女はその異常なまでの感覚であっさりと孝明が潜んでいたロッカーを開け放った。
「み〜つけた」
嬉しそうににっこりと笑いながら言う彼女が孝明にはとても恐ろしく思えてしまった。だから反射的に彼女を押した。
だが、彼女は何でもないように孝明の腕を掴むと足払いするとそのまま押し倒す。
「ふふっ、捕まえた」
少女の顔がすぐ目の前にある。
前髪が垂れているため彼女の顔が今になってようやくはっきりとわかった。
やはり綺麗な顔立ちをしている。柔らかさを感じる目、スッと伸びた鼻に健康的な色艶がある唇。
そんな顔が今自分の目前にあり、にっこりと笑っている。
「な、何でこんなことを……」
「何でって……好きだからですけど?」
何を当たり前のことを。とでも言いたげな表情で少女は小首を傾げる。
その反応を見て孝明の中で何かが繋がり始めた。
それを確かなものとするために彼は質問を続ける。
「君と俺はそんなに話してないよ?どこを好きになったの?」
「どこをって……全部ですよ?最初は一目惚れでしたけど……」
「一目惚れ?」
「はい。私のことを不気味がるでもなく、笑うでもなく。優しくしていただけただけじゃなく……かわいいね。結婚しよう、だなんて」
きゃーと少女は恥ずかしそうにしてるが構わずに孝明は「そこまでは言ってない」と冷静に突っ込む。
しかしだんだんと彼女のことがわかってきた。
つまるところ彼女は純粋なのだ。
それは彼女の環境であったり人間関係が影響しているだろうがとにかく彼女は子どものように純粋なのだ。
子どものように純粋でありながら行動力があるため、このようなことになったのだろう。
しかも妄想癖もあるようだ。
それがわかってしまえば後は簡単だ。
ゆっくりと本当のことを教えていけばいい。
下手に突き放してしまうよりその方が確実だ。
「とりあえず、もう逃げないからどいてくれないか?」
「本当に逃げませんか?」
「逃げない逃げない」
少女は孝明の手を握りながらその上から退いた。
孝明はようやく自由になった体を起こして座り直す。
「落ち着いて聞いてくれ。いいか?」
少女の目を見ながら言う。
前髪で隠れてその目をはっきりと見ることはできないがコクリ頷いたので話を切り出す。
「君の言葉は嬉しい。でも、俺は君のことを知らないからそれに答えられないっていうのが正直なところだ。だからさ、友達から始めないか?互いを知るために」
優しく突き放すのではなく少しの距離を置くように提案する。
これでも少しきついか?とも思ったが彼女は思いの外あっさりと頷いた。
「お母様も男の友達から始めましょうっという言葉は告白と同じ意味だと聞きました。つまり、孝明君は私のことが好きと言うことですね!」
違う。と否定できない。
嫌いではない。しかし好きというわけでもない。
こういうところもどうにかしなきゃなと孝明は比較的ポジティブに考えながらふと思い出したように聞く。
「そう言えば君の名前は?」
「知らなかったんですか?」
「え?うん。自己紹介なんて何もされてないし……」
少女はにっこりと笑みを浮かべた。
「私の名前は、華原 祈咲です。これから末永くよろしくお願いします。孝明君」
こうして孝明と祈咲の物語は紡がれる。
彼らを中心、いや、祈咲が中心となりちょっと変わった物語が始まるのだがそれはまたいつかしよう。
ただ、彼らはその後結婚。共に家庭を築くということだけはここに記しておこう。
〜fin〜