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悲劇のロックシンガー  作者: 多奈部ラヴィル
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モンテカルロ

 それからは毎日、〇時を回るとあの公園に行くようになった。たいてい、その名も知らぬ少年が寝袋に先に横になっているし、そうでなくてもわたしが一生懸命、メビウスを吸う練習をしていれば寝袋を持った少年がやってきた。

 わたしの唇で少しフィルターが湿ったタバコを少年は奪って、口にし、たばこっていうのはね、と言って吸ってみせる。そのタバコを吸うやり方は、まず口から煙を吸い込み、口の中に少し貯めると、肺まで吸い込んで見せる。そういうやり方だった。わたしも真似をしてみるが、スーハ―スーハ―としか吸えない。肺まで煙を吸い込めないのだ。

 「君はタバコを吸う才能に少し欠けているようだね」

そう言って少年は笑う。

 そしてお互いに気がついている。幾晩も手をつないで寝たのに、お互いの名前を知らない。

「あのね、」

「うんわかってる。俺の名前はタカシ。君は?」

「わたしはリコ」

「リコちゃんは将来の夢ってないの?」

「わたしはね、別に夢っていうわけじゃないんだけど、ストリッパーになるの」

「ストリッパー?」

「うん、夢ってわけじゃない。でもね、わたしのママが、わたしを産む前に何度も中絶してるの。中学の時の恋愛だったらしいけどね。ママは何らかの事情があって、ママの叔父さんと叔母さんに育てられててね、ママは何回でも妊娠しちゃうの。そして中絶。わたしがママのお腹にいるとき、ママは妊娠を隠してだぼっとした服ばかりを選んで着ていたから、ママの妊娠に叔父さんも叔母さんも、気がつかなかったらしいのね。それで子供を産みたいと思っていたママは、叔父さんと叔母さんの家から放り出されて、それを拾ってくれたのが、あそこにあるストリップ小屋の店長だったの。それからはママは舞台でわたしを出産し、わたしは色とりどりのガウンや、羽のついてる衣装に囲まれて、ストリップ譲に育てられてね、正直出生届も出してないみたいだから、ほんというとわたしが十三才であるのかさえ、怪しいの。

 そしてね、わたしは一本道だと思ってる。わたしの人生に何が起ころうと、やっぱり一本道なんだと思う。曲がることも後退も許されていない。店長がね、この前ふっと『処女貫通ショー』って言ってた。だから、わたし舞台の上できっと処女を失うんだね」


 「俺と逃げないか? 曲がってみようよ。無理やりであってもさ」

「無理よ。さっきも言ったとおりわたしには一本道しかない。抗うことなんてできっこない。わたしにできるせいぜいのことは心の中で言いたい放題の悪口雑言を吐き捨てることくらい。ママも置いていけないし。勇気がないとかじゃないのはわかって。わたしは抗うっていう生き方に、文句ひとつこぼせないっていう生き方がとても怖いし、できっこないの。一本道なのよ」

タカシ君は地面に火をおこし、飯盒でなにかを温めていた。

「飲む? ホットチョコレートだよ。こういう時にはこれがいいんだ。熱いから気を付けて」

フクロウの形をしたマグカップを受け取り、熱いホットチョコレートを飲んだ。とてもおいしかった。今まで飲んだ何よりも。これは多分今までの人生の中で一番おいしい飲み物だ。これからもずっと出会えない。そんな甘くておいしいホットチョコレートっていうもの。

「このフクロウの形のマグカップ、これ、どこで買ったの? わたしもほしいな」

「多分フランフランだと思うよ」

フランフラン。知らない。そしてもう一回思う。わたしの世界はとても狭くて、選択肢なんてなにもも用意されなかった。すぐにわたしは眠くなった。ホットチョコレートのせいだろう。右手をタカシ君が握るのを確かに感じる。そのままゆっくりと眠っていった。

 朝になり公園の水道で顔を洗い、うがいをする。少し歯にしみた。そしてタカシ君も同じようにする。そしてブランコに乗りながら、大声で

「あのね、ママがね、中学の木に付き合っていたっていうね、ナガシマ君っていう人がね、それがまあ、わたしのパパなんだろうけど、その人がね、ママの誕生日にポニーテールっていう観葉植物をプレゼントしてくれたんだって。ねえ、聞こえる?」

「聞こえてる!」

「そしてね、ママはそれをとても大事にしたの。というより、とても大事にしてる。それってね、もらったのはママの中学の時だから、きっとその頃は背も低かったんじゃないかって予想できるわけ。そしてね、今はわたしの背を越したのよ」

「そしてね、そのナガシマ君からポニーテールをもらったっていうより、なんていうかな、それをね、今だに大事にできる、そのママって幸せだなって思う。でもね、あんなママだけど、そういう風にできるっていうこと。これはママの努力に立った幸福だとも思う」

 わたしはブランコに加速をつけ、だいぶ先に着地した。タカシ君も真似をする。わたしの距離までは届かなかった。

「だっせー」

そう言って笑い、わたしはモンテカルロまで戻った。


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