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悲劇のロックシンガー  作者: 多奈部ラヴィル
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モンテカルロ

ある夜、わたしはストリップ小屋「モンテカルロ」を抜け出した。それは昨日十三歳の誕生日に、ようやく店長わたしを看板女優として育てようとしていることがわかったからだった。それは店長がなんとなくつぶやいた、「処女貫通ショー」という言葉からだった。このモンテカルロに処女なんていないじゃんと心の中でひとりごちた後、あ、わたしだっていうことに気づいたからだった。

 その前にそのループの中に閉じ込められてしまう前に、少しだけの世間を知りたかった。わたしは秋だというのに半袖のTシャツとサンダルという姿で、モンテカルロを抜け出した。出るとき、ママのメビウスとライターを借りた。

深夜、二時だった。わたしは公園の木のベンチに座り、メビウスをくわえライターで火をつけた。スーハ―スーハ―すってみる。でも身体の中に煙が入っていかないような感じがする。タバコをくわえて夜空を見る。春の深夜、夏の深夜、冬の深夜、それっていうのはきっとそれぞれ違うのだろう。今は虫の音が添えられているけれど、そうじゃない、沈黙に近い深夜だってあるのだろう。月に雲がかかっている。雲は月を隠そうとする。それでも時に月は顔を表す。虫の声は、沈黙し、じっくり耳を傾けてみると、背後から聞こえてくるような気がする。雲に時に隠され、そしてひょいと現れる月。その月は、雲のせいなんかじゃなく、妙にさみしそうに見える。わたしはもう一本のメビウスに火をつけた。すると向かい側のナイロンの大きな袋が動き出す。そして白いニット帽をかぶった少年がひょいと顔を出し、

「君、タバコ吸うのはじめてだろう」

というので、

「初めてじゃない。だけど今日に限ってうまくいかないの」

「そうかな」

「そうよ」

わたしはなぜ、この少年にウソをついてしまったのか、自分でも分からない。

「君も家出?」

「ううん。戻らなければならないところはとっくに限られた世界なの。そうするしかない。そうやって生きていくしかない人生があるっていうこと知ってる?」

「俺は家出した」

「ふうん」

「俺のオヤジは会社を経営していて、業績も悪くはないらしい。そしておふくろはオーケストラでピアノを弾いてる。けれど両親とも俺に何かを強制するようなことはなかったし、俺のやりたいことを邪魔せずに、俺は好きなだけ本も漫画も読めたし、CDも聴けた。友達は俺のCDを貸してくれと言ってきたし、俺は中一からギターの練習も始めた。その頃の俺っていうのは、無限大、無制限の選択肢があるって思ってた。でも家の中で周囲を見渡すと、俺のオヤジが建てた、立派に見える家の中にいて、リビングにはグランドピアノが置いてあって、年がら年中、調律師が来ていて、そして俺のおふくろが、決めていたことなんだけど、家族が全員そろってから、『いただきます』と言って、飯を食べ始める、そういう慣習があってさ、オヤジの帰りが遅いと俺は無性に腹が空くんだ。コンビニに言ってなにか買おうと思って、財布を持ってサンダルを履こうとすると、それはおふくろが家にいるときに限ってなんだけど、コックがさばいた刺身を、おふくろが、とてもさみしそうな顔をして、『お父さんが帰ってきたら夕ご飯よ。夕ご飯の前には何も食べないでちょうだいね』そう言うんだ。けれどおふくろが家にいないときにはそんなルールなんて本当はない。俺も勝手に食べるし、オヤジは別にそれをおどうとも思わないみたいだし、オヤジだって勝手に食べている。

 わかるだろう? そういう風に育ったんだ。そして最近息苦しいんだ。無限大、無制限の選択肢、そんなものは存在しない。それでの家出さ。そうなっちまう前に、犬かきとバタフライくらいはマスターして、少しあがいてみようと思ったんだ。そして君のいうとおり、また俺は俺の家に戻るのだろうけど、でも見つかったらいいなとも思ってる。俺の犬かきとバタフライでつかめる何かがあればいいのになってさ」

「ねえ、寝袋わたしが入るスペースあるかな?」

「君は痩せてるし、大丈夫だと思うよ。そういえば君、半袖だね。寒いだろう? 寝袋に入るといいよ」

「そうじゃないの。わたし半袖の服しか持ってない。だから寒いわけじゃない。ただあなたの隣に寝てみたいの」

 わたしは寝袋に入れてもらった。そして

「あの月、さっきまでは雲に隠れてたよね。時折顔を見せたけど」

「うん。それは俺も思ってた。でも雲がかかっていない今、月は真ん丸なんだな」

「その月をわたしはさみしそうに見えるなって思ってた。月が顔を出した今は、月は悲しそうだなっていう風に見える。涙を流すのをこらえているような」

「そうかな、俺には今の月は楽しそうに見えるけど」

 「わたしはね、今まで一本道だったの。そうとは中々気づかなかったけれど。そうやって成長して、そういう運命みたいなものに従っていく。そういうことがただ一つ生きる方法だって思ってた。そしてね、もうそこからわたしは出れないの。とっても狭い世界の中で狭く生きていくしかないんだって諦めてる」

沈黙が続いた。わたしはあることを忘れていたことに気がついた。あ! とでもいうように。

「ねえ、セックスしないの? わたしいいよ。あ、でも処女なんだ」

「なにを言ってるんだ。俺は初めて会った女の子、少ししかまだお互いを知らない女の子との関係、それなのにセックスを求めるほど乱暴な方じゃない」

「だってお金をはらって女性の身体を見るのでしょ? 男性は」

二人とも眠った。朝わたしが起きると、まだ少年は起きていなくて、それなのにわたしたちは手をつないでいた。わたしは心が立ちくらみのようにぐらりと揺れた。この少年と一緒にいたい。駆け落ち。そんな言葉も一瞬で走る。それは車中から見える景色のようだった。ママとタクシーに何回も乗った。わたしがママに

「風景が走っているね」

とママの方を笑顔で振り向くと、

「それはね、景色が移り変わるっていうの」

そんなことをたかがストリップ譲に言いなおされて、わたしは不機嫌になった。そう、今思うこと。それは走っている風景だ。

やっと起きたその名前すら知らない少年に握られていた右手は彼が起きることによって、やっとほどかれ、

「わたしとりあえず一回帰るから。また会えるよね?」

「もちろん、また会おう」


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