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悲劇のロックシンガー  作者: 多奈部ラヴィル
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モンテカルロ

わたしはどうやら出生届ってやつをママが出し忘れたみたいだ。でもそれって無理もない。ママは中二の時に妊娠しちゃって、なんだかママはなんか事情があったのか、ママの叔父さんと叔母さんと暮らしていたみたいで、ママのお腹が大きくなってきたら、びっくりしたように、ママを外に放り投げたらしい。それからはこの「モンテカルロ」っていうストリップ小屋に拾われて、中学の時から働いているらしい。お腹の大きな中学生だったママを店長は面白いって感じたらしくって、いつもストリップ小屋に「今日出産ショー」 と書いたのぼりを立てるのだけど、そううまくわたしは生まれなかったらしくって、店長は、

「赤ん坊っていうのは、十月十日で生まれるんじゃねえのかよ!」

とその頃大変機嫌が悪かったらしくって、ママのお尻をのとがった光る革靴で何度も蹴り上げたらしい。そんな時、ママは

「わたしよく考えたら、当時の彼氏と一杯セックスしてたし、いつが十月十日なのかわかりません」

とお尻を蹴られるままに泣いて店長に詫びていたらしい。

 初めは出産ショーを楽しみにしていた客たちも、いわゆるオオカミ少年にそのショーが見えてきて、当日はそう客も集まらなかったけど、ショーの前から陣痛が始まっていたママは、店長に、早く生みたい、早く生みたい、そうせがんだけれど、これは本物だ、と感じた店長は、もうちょっと待て。と言って、前座が始まり、その後まな板ショーが終って、いよいよと出てきたのがママだった。ママはその直前に店長に浣腸をされた。店長もそのくらいの知識は持っていた。それからママのお尻から出てくるうんこを見て、うんこも見せた方がよかったかなとつぶやいてママのお腹を軽く蹴った。

 ママは店長に言われていた通り、客席に向かってM字開脚をした。ママの顔は真っ赤だった。汗をだらだらかいて、いきんだ。滝のような汗だった。頭から垂れてくる、そんな汗だった。客たちはヤジも飛ばさず、そのママのおまんこの動きを注視しているようだった。中々生まれないわたしにいら立って、店長はSMショーの時に使う、ムチでママの身体中を叩いた。叩き続けた。ママは一時間ちょっとそうしていて、徐々にわたしの頭がおまんこから出てきて、頭まで出ちゃうと勢いがつくのか、あとはスポンッと出てきた。それがわたしの誕生した瞬間だった。けれどわたしは死んでいるように産声を上げなかった。慌てた前座でショーをしたりょうさんが、舞台にガウンを着たまま駆け寄ってきて、わたしの足をつかんで、さかさまにして、何度もお尻を叩いていたら、わたしは「おぎゃあ」と叫んだらしい。

 わたしが生まれたかったか、それとも生まれたくなかったかなんて、もうわたしにはわからない。けれどすぐに「おぎゃあ」と泣かなかったのだから、そのまま死んでしまいたいと思ったか、または「今すぐ、わたしをあったかかったママのお腹にもう一回戻してちょうだい!」と思ったのかもしれない。けどしつこいようだけど、そんなこと今のわたしにはわからない。

 わたしはリコと名付けられた。ママが尊敬してやまなかった、このストリップ小屋の看板女優の名前がリコだったらしい。今リコさんは掃除婦として近くの大きな病院で働いているらしくって、たまにママにもその誘いの電話がくるみたいだ。わたしとしてもストリップ譲と掃除婦、大した違いはないような気がする。それは花屋で働く賃金が、掃除婦よりも少ないとしても、花屋を選ぶ、そんな気分でだ。どうしてかはわからないけれど、大きな病院で集団で働いている、掃除婦を見ると、なにか訳があるのだろう、という変な気持ちになってしまう。もちろんストリップなんて論外なんだろうけど、生まれたときから、楽屋で色とりどりのガウンを着た、お化粧の匂いのする女性たちに囲まれて育ったせいか、それに違和感を感じることはないのだ。それなのに大きな病院の掃除婦? っていう風には思ってしまう。

 わたしは今多分一二歳だ。でもいろんな意見がある。

「リコちゃんは多分十才よ」

「違うわよ。リコちゃんは十三才よ」

そんな風に皆が口々に言うから、ママも弱々しく、

「多分リコは十二才だと思うの」

としか言えないのだ。

うちのママは少しバカみたいなところがある。だいたい引き算と割り算ができない。わたしはりょうさんから基本的な算数はドリルを使って教えてもらったから、引き算も割り算ももちろんできるし、分母とか分子とか、割合とかそういうこともわかってる。たまに引き算ができなくて、お店のレジでのろのろとしていると、わたしはなんだかイライラしてしまう。

「ばーか」

そう言って、ママを置いてどこかで遊んでいたくなる。けれどそれがママにとって一番つらいことだってことも知っている。だから、

「ばーか」

とは言わないし、ママを置いていこうとも思わない。その程度の優しさは持っている、そういう多分十二才だ。

ママは馬鹿みたいなくせして、それなりに真剣な顔をしていることある。そんなときはいつも決まって、中学校の話をしだすのだ。

「中学はそう楽しい所でもなかったな。勉強も難しかったし、寒いのに校庭でジャージで走らなければならないとかね、そういう風に楽しくなかった。わたしは友達もいなかったしね。うん。友達なんて一人もいなかったな。でもね、そうリコのパパ、彼氏はいたの。サッカー部のゴールキーパーのナガシマ君。かっこよかったんだよ。リコのパパ。そしてね、ナガシマ君が、エッチしようよって誘ってくれてね、いいよって答えてナガシマ君ちの背の高いベッドでしたの。ナガシマ君も初めてだったし、なんていうかその日だけで六回もしちゃった。すっごい気持ちよかったの。ナガシマ君のエッチって。だからその日からママ、今日もやろうよ、今日もやろうよ、って毎日のようにナガシマ君にせがんだ。で、ここからが重要なの。ママはね、失くしちゃったけど、その頃の手帳に、ナガシマ君とエッチした回数をハートマークをそのエッチの数だけ書いてたの。それでね、わかることがあるの。ナガシマ君との初めてのエッチは六回で、その後八回をマークした日もあって、初めのころは回数が上下はするもののあった。でもだんだんハートのマークは減っていくのね。リコ、これって重要なことを言っているのよ。わかる? そう愛情とセックスの関係はね、比例? 比例でいいのよね? そう比例していくっていうわけ」

 それまでも何回もママに聞かされていた。エッチの数と愛情の相関関係。いわゆる比例。

「でもね、今はママ、それほどエッチが好きじゃなくなっちゃった。飽きたのかな? そういうのとは違うのかな? だからいっつもね、その最中頭の中でカウントしてる。早く終わればいいのになあってカウントしてる」

ママはそう言ってわたしが作ったホットチョコレートを飲んでいる。そして突然顔をゆがめ、

「あ、痛い。痛くなってきた。脈打つように痛い」

ママは最近、虫歯に悩まされている。わたしはロキソニンとお水を持ってきた。それを一息に飲むと、ママは

「ありがとう。優しい子供を産んで、こういう時に本当によかったって思えるの」

 わたしが優しい子供であるかどうかなんて、ママにはわかりっこないのだ。たまには心の中で「黙れこのイモ女」と毒づくこともあるからだ。でもそれでもママのことが嫌いだってわけじゃない。ストリップ譲と子供っていうのはなぜか親和性があるらしく、皆に等分にかわいがられて育ったけれど、やはり他のストリップ譲をママとは思わなかったし、ママをママだと思っていた。けれど店長はわたしにきびしかった。ご飯の食べ方が汚いと頭をぶたれた。振る舞いが女らしくないとまた、頭をぶたれた。店長がわたしの頭をぶつのは当たり前だった。そういうものだろうと思っていた。ストリップ譲はわたしに優しく、店長はぶつ。わたしの少ししか持たない社会性。それの中身はそれだけだった。


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