モンテカルロ
モンテカルロに帰り部屋に続く階段を上ろうとしたとき、舞台のバックルームから店長のものすごい怒鳴り声が聞こえる。わたしは少しだけドアを開けて、中をのぞいた。ストリッパー五人がみんなお尻を突き出して並んでいる。ママもりょうさんもだ。
「おい、お前ら全員答えろ。俺の女をいつ知った?」
一番手前にいたさくらさんが
「知りません」
と答える。
「次はお前だ」
隣でお尻を上げている化粧が濃いといつも言われているルナさんが
「知りません」
と答え、そして順番で
「知りません」
「知りません」
「知りません」
と答える。
「お前らウソばっかりついてんじゃねえ! じゃあなんで国立音大卒のピアノ教師をやっている俺の女が俺がストリップの小屋をやってるって知ってるんだよ! 俺は青年実業家だったはずなのなに!」
「わかりません」
「わかりません」
「わかりません」
「わかりません」
「わかりません」
「次の質問だ。今度こそ本当のことを言わないと罰を与える。お前ら全員パンツを脱いでケツを高く上げろ」
みながショーツを脱ぎだし、下に置いた。りょうさんのショーツは血で汚れていた。店長はズボンのベルトを外している。
「俺の女に俺のやっていることを言った奴を知っているものは答えろ! ウソつくんじゃねえぞ!」
「知りません」
ベルトが尻を叩く。真っ白な尻のその部分が赤くなる。
「知りません」
「知りません」
「知りません」
「知りません」
みな等分にお尻を赤く染めている。店長のベルトを抜かれたズボンは足元にゆるゆると落ちていて、黒いボクサーパンツがあらわになっている。
「お前らがそうやってかばいあって、口を割らないのなら、この小屋中に盗聴器を仕掛けるからな。そのうちぼろが出るさ。その時にはそいつにヤギとやってもらうからな。
店長がわたしに気づいた。わたしはとっさに逃げたが、捕まってしまった。
「なんだ、その恰好は。ストリップらしくねえな。英語のロゴの入っているTシャツでも着てればいいんだ。もしかしてお前の着てるの俺の女からもらったんじゃねえだろうな。俺の女はそんな品のいいような格好をよくしてるよ。お前だろう。お前じゃねえか? 俺の国立音大出の女と知り合いなのは。よしお仕置きしてやる」
「もう、本当にそういうのいやだってば!」
わたしは力いっぱい店長の痩せた胸を突き飛ばした。倒れた店長は、お前だってすぐにがばがばになるんだ。国立音大出と違ってな、あの女はしまりがいいんだ。そんな声から逃げるように部屋に入って頭まで布団をかぶった。もう何もかもいやになっていた。モンテカルロがなんていやな世界なんだろうって思った。お兄さんはわたしのことを、「きれいでかわいい、優しい子」って言ってくれた。モンテカルロにだって優しさはたくさんある。ストリッパーどうしのいたわりあいや、傾けあうやさしさ。でもそこは確かに居心地はいいけれど、そこにとどまるべきではないような気もする。
わたしはふと思いついて、買ってもらったバッグの中から本を取り出した。そして壁にフクロウのピンクのクッションを立てかけて、そこに寄りかかるようにして本を開いた。ピンク色の表紙、「サクラシヌ」っていう題の本だ。お兄さんがくれた本だ。なににもなれなかった女の子のお話。わたしはずっとご飯も食べずに読んでいた。いつの間にかポタリと涙が落ちた。よく見るとそのすぐそばにシミができている。多分お兄さんもここを涙をポタリとこぼして読んだのだろう。そう思ったら、なんだかもう、訳の分からない感情が込み上げてきて、悲しくてさみしくて苦しくて辛くて孤独で、頭がわーってなりそうになりながら、本を読み続けた。
そして読み終わると、パジャマに着替えた。着ていた服はハンガーにかけて、窓の外で乾いた土を払った。そして寝た。掛布団を頭まですっぽりかぶった。この掛布団にしたって、干されたことなどないかもしれない。廃墟に置きっぱなしの布団とそう大差ない。
「リコちゃん、リコちゃん」
そういうママの声で起きた。なあに、と言いながら起きるとそこには見知らぬ、チェックのシャツと時代遅れのジーパンを着た男の人と、ママが座っていた。
「今日はね、まあ、いつもママの舞台は見ているだろうけど、近くでね、きちんと男性はこうしてもらえると喜ぶっていうね、詳しいことを教えてあげようと思ってね、こちらの男性はタナカさん。いつもママの舞台を見に来てくれるお客さんなの」
ママは手や口をつかって、タナカさんにする。わかる? ここはこうすると男性は気もちいいのよ、などと言いながら。わたしはピンクのクッションに寄りかかってはいたけれど、本当は身体がかちこちに凍り付いていた。ちょっと、こういう風にね、口でね、そうリコちゃん教えたとおりにやってみて。口の中がからからだ。しゃべりづらい。
「わたしはママとは違う。違う生き方がしたい。生きるために必要なのはそういうことだけじゃないって最近思う。そういうこと、もうなんかいやだ。すっごくいやだ。おまんこって言うのももういやだ。処女を失うのだって、舞台の上ってなんかおかしい。ここから出たことなかったらよくわからないでいた。でも今は違うの。ママが着ているような服じゃないのだって、わたしもう持ってる。フランフランも知ったし、サクラシヌも読んだ。なにかになれることを目指してもいいんだろうし、目指さなくても別にいいんだって思う。でもね、ここにいてそういうことばっかり、そういうものばかっかり見ているのはもういやだ。気持ちいいとか別にとか、そういうのもう違うって思う。なにと比べて違うって思うのかも自分でも分からない。でもそういうのばっかりなのももういやなの。ママ」
「リコちゃん、じゃあ、ほかの生き方をすることを選びたいっていうわけね。ストリッパーどうしのいたわるような優しさや、みじめな居心地の良さを捨てるつもりなのね。じゃあ、職はあるの? もし職があったとして、それを一日じゃなくって、続けていくにはね、生まれる前からその地点まで一回戻って、生き直さなければできないことよ。人間っていうのはね、おぎゃあと生まれる前から、だいたいの人生は決まっているの。お腹の中で決まってしまうの。それはね、決して変えることができないの。それはね、身体全体を浸している水のようなものなの。今分からなくても、すぐにわかる。いいわよ。好きにしなさい。でもどうせ戻ってくる。ストリッパーたちの親和性の中がどんなにかお腹の中にいるときと似ているか、それに気づいてもどってくるわよ」




