モンテカルロ
俺はいつになく華やいだ気持ちで過ごした。そう、三人の友達が増えた日だ。夕飯は学生でにぎわう喫茶店で「昔ながらのナポリタン」を食べてきた。そうおいしいっていうわけでもないが、特別まずいわけでもない、そういう「昔ながらのナポリタン」だ。
部屋に帰ると、早速フランフランのショッパーからピンクのクッションを取り出し、俺のわきに置く。少し部屋がにぎわう気がする。あの少女のおかげでいい買い物ができた。その上、俺たち、俺たちって言っていいのかわからないが、そう、四人はピンクのクッションを共有している。その思いがなんだか頼もしい。そしてタバコを吸いながら窓を開ける。月。今日の月はどう表現すべきなのか俺は知らないが、半分くらいの月だ。月はどう思う? このフクロウの絵、センスがいいだろう? そしてさ、ピンクなんだ。ピンクっていう色はとてもいい色みたいなんだ。昨日と今日でやっとわかったことさ。結構長い人生つまり三十二年間生きてきたけど、ピンクの素晴らしさを知ったのは昨日と今日だったんだ。
リコちゃんはピンクみたいな女の子だったな。そう思ったとき、携帯が鳴った。知らない電話番号だ。03から始まっている。リコちゃんだった。つまりこんな電話だった。わたしとフランフランは似合うのか? 似合うさと答えた。そのほかに何を話したか覚えていない。半年前に振られてからというもの、動けずにいた。電話が鳴ることもほとんどなかった。声を聞いた瞬間に慌ててしまったんだ。女の子、それもピンクみたいな女の子からの突然の電話。その電話はとても短かった。でも話しながらブレスの間隔をうまく取れなかった。だからもしその電話が長電話になった場合、俺は呼吸不全で死んだかもしれなかった。ピンクみたいな女の子。そうさっきから思っているけれど、本当はリコちゃんをこう表現したかったんんだ。きれいでかわいい、優しい子。でもそう表現するのは怖かった。俺のそばに以前いて、俺の世界から消えてしまった、昔のきれいでかわいい、優しい女の子にとって代われるのがすごく怖かった。どうやらタカシ君とできているようだし、三十二才の俺とおそらくは十三歳の彼女じゃ、犯罪にだってなっちまう。だからこう思うのも最後にしよう。リコちゃんはきれいでかわいい、優しい女の子。でもリコちゃんは不思議な子だった。この季節にTシャツとスカート。素足だった。そのTシャツとスカートも、同年代の女の子が着ているような服より幼い感じの服装だった。靴もなんでもないスニーカーで、少し泥で汚れていた。それなのにフランフランの中で、妙に人目を引いていた。特に男は性的な好奇心むき出しの目つきでリコちゃんを見ていた。そして俺もそうかもしれない。彼女の選曲はセンスがよかった。フールオンザヒルとイマジン。俺も好きな曲だ。しばらく俺の心にとどまるかもしれない女の子。リコちゃん。また会えるのかな。
ママは今日は舞台がなかった。ホットモットの唐揚げ弁当を二人で食べる。正直、最近はママと二人きりになりたくない。ママは馬鹿じゃないかっていうことばかりを聞いてくる。男の友達が三人いるだけで、「ちゃんとお金はもらってるの?」なんて馬鹿みたいなことを聞く。そういうのが本当に嫌になる。でも今日ママが聞いてきたことは
「生理が終ったの?」
っていうのと
「リコちゃん、まだ処女なの?」
と言うのだった。わたしは生理は昨日か一昨日あたりに終わって、わたしは処女だよって答えて、さっさとからあげ弁当を食べて、お風呂に入った。
髪も身体も洗い終え、バスタブに浸かる。そしてじっとして身体につく小さな泡を見ながら、小さく膨らんだ胸を見る。
もしかしたら近い将来、わたしのこういう裸を見て、オナニーする男性たちがいるのかもしれないな。そしてまた近い将来、こういう脚とかを触って興奮する男性がいるのかもしれないな、そう思う。わたしにピンクの羽とスパンコールのついた衣装は似合うのかな?
どうして赤じゃないんだろう。どうしてどうしてもピンクなんだろう。それは女の子の色だから。赤は生理の色だ。生理になった途端いろいろな出来事が続いている気がする。今周囲にいる男性たちはストリップを見たことがないんだって。なんだかそういうの不思議。わたしは男性であれば必ずストリップを見るものだって、まな板ショーでオナニーするものだって思ってた。わたしにとってこのモンテカルロがすべてだったし、男の人は禿の店長と、客だった。ストリップを見たことがなくって、フランフランとかを知っている男の人がいるなんて思いもよらなかった。
布団を敷いた。掛布団を用意して電気を豆電球にして掛布団尾をかけた。まだ一〇時だけれど少し寝ようと思った。一時にタカシ君のいる公園に行くからだ。
妙な感覚で目が覚めた。ふすまが少し開いていて、そこから差し込む光に、ママだってわかる。ママはわたしのパジャマのズボンと一緒にパンツもおろそうとしていた。
「なに? ママ、なに?」
「あのね、リコちゃんがね、私の元からいつかいなくなってしまわないようにね、今から準備をね、少しずつ進めていこうって思っててね」
ズボンとパンツをおろし終えたママはとても真剣な顔をしている。まるでこれから行われることが悪魔祓いだっていうように。そしてママの迷う手の動きで、ママがわたしに何をしようとしているのか分かった。わたしはその瞬間呼吸を止めた。ママの人差し指が奥まで入る。
「リコちゃん、処女だからね、あまり動かせないの」
ママはとても真剣な顔のまま指を動かさないでいる。
「リコちゃん? どう?」
「なにも」
「おかしいわねえ」
ママは少し指を動かせてみせ、
「濡れてないなあ」
ってつぶやく。
「ねえ、リコちゃん。人間だから気持ちのいい方に行くでしょう? 痛い方にはいかないでしょう?」
「そうかもしれない」
「男のお友達三人のうち誰かが、リコちゃんを気持ちよくさせるかもしれないでしょう?」
「そうかもしれない」
「でもそうなったらママの元へもう帰ってこないわけよね。赤ちゃんだってできるかもしれないし。リコちゃんはね、わたしの赤ちゃんなんだよ。舞台でね、一時間以上いきんだの。スポンッと生まれたとき、りょうさんがリコの足を持ってさかさまにしてお尻を何回も叩いてくれたから、生きていられた。リコちゃんをね、今まで生かしてきたのはね、ママとモンテカルロなんだよ。そう、踊ってね、裸を男の人たちに見せてね、セックスも見せてね、あえいでみせてね、そういう風にお金をもらってね、だから今晩のごはん、ホットモットのからあげ弁当を食べてね、明日も起きることができてね、」
「ママ、止めてっ」
「どうして? いくところまでママしてあげるのに」
「わたしは気持ちよくなんかない。ママと同じと思ってほしくない。わたしはわたし。ママの物でもないし、モンテカルロの物でもないし、誰の物だってない。将来にわたってずっとわたしは誰の物でもないのよ。わかってママ」
わたしはパンツとパジャマのズボンを急いでたくし上げ、部屋を出た。ママが、さっきまでいた部屋で
「男ができると、生意気になるっていうのは本当らしいね。叔父さんも叔母さんもそう言ってた。どうせリコはわたしと同じような人生しか歩めないってことすぐにわかって帰ってくる。ママの指で気持ちよくなれたら、男のところなんていかないくせして。男っていうのは女をおもちゃだって思っている種族だよ。そういう人種だよ」
ママの声が聞こえてくる。それはママが思っているような世界じゃない世界だってあるっていうことをママが知らないだけだ。最近少し思ったことがある。人っていうのはおのおのの結構限定された世界しか知らないで、それなのに知っているつもりで生きているだけなんじゃないかっていうこと。わたしだってこれからも時々店長に殴られながら、モンテカルロで生きていくしか生きるすべはないのだって知っている。だけど、その前に深呼吸位させてほしい。タカシ君と何回もキスを繰り返すこととか、みんなで同じクッションを持つとか、キラキラしたものをもっと見たり触ったりしたい。見られて、眺められて、値踏みされて、お金をもらうっていう存在になる前に。その前に深呼吸位させてほしい。世の中にはいろんな人がいる。わたしは多分勘違いをしていた。モンテカルロで見るすべてが、この広い世界の縮小版なんだって思ってた。男性は結局のところって。女性であればなるべく選ばれるように工夫しなければならないって。本当に本当のところは他の世界を見てみても同じなのかもしれない。その本質みたいなもの。けれどまだ見たい。違う世界を見たら、ママ、帰るから。ママのこと馬鹿みたいって思ってもそれはママから心が離れていくわけじゃない。ママの物でもない。物じゃなくても心を寄せ合うっていうことできるはずでしょう? ママ。ママ、今ね、わたし逃げてるわけじゃないの。向かってるのよ。パジャマを着て。それはタカシ君のいる、多分いる公園。それをどうしても許さないというのなら、バケツと紐を用意して。そしてたまにはなにか食事を与えて。




