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悲劇のロックシンガー  作者: 多奈部ラヴィル
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モンテカルロ

 帰るとママが

「最近、外出が増えたね」

と言う。ママに話しかけられるのは最近特に嫌だ。ママが馬鹿みたいだからだ。割り算をできないからかもしれない。でも他にも理由があるのかもしれない。買い物してきたから、そうとだけ言って、部屋に戻った。ピンクの豚の貯金箱を棚の上に置いた。この貯金箱には偶然得た五百円玉を入れるつもりだ。そしてフクロウの絵のピンクのクッションを壁に立てかけ、それにもたれかかってみる。うん。わたしの布団よりふかふかしてる。

 ママが部屋に入ってきた。わたしは凍ったマグロのような目でママを見ているのにママはそれに気がつかない。

「お友達がいるの?」

「うん。今三人友達がいる」

「男の人? 女の人?」

「全員男」

「ちゃんとお金はもらってるのよね?」

わたしのイライラはさっきからマックスのままだ。お金はもらってるよね? どうしてママっていうのは男の人はお金をくれるって思っているのだろう。中学のわたしを身ごもったママはそのわたしのパパにお金なんてもらっていなかったはずだ。

「お金なんて誰にももらってない。ただ今日この貯金箱とこのクッションは買ってもらったけど」

「でもね、リコちゃん。そういうことをする対価って、貯金箱やクッションでは足りないような気がする。ママは」

「お母さん、フランフランって知ってる?」

「何それ、果物? 知らない」

「やっぱりね」

「それってなんなの」

「ママがね、行ったこともないようなお店。絶対にママには似合わない」

「ママに似合わないのなら、リコちゃんにも似合わないんじゃない?」

わたしはそれ以上しゃべる気になれなかった。なぜママとフランフランが似合わないからって、わたしもフランフランに似合わないっていうことになるのだろう。全く意味がない。よくわからない言葉だ。不思議すぎる。お兄さんには電話番号を聞いていて、フランフランのレシートの裏に、ポシェットの中に入っていたボールペンでメモしておいた。このレシート。初めてフランフランに行き、初めてフランフランで買い物をし、そして大事な電話番号が書かれている宝物のようなレシートに見える。クッションは三千円だった。シャワーを浴びようとパジャマとパンツを用意する。お風呂場でシャワーを出しっぱなしにしながら身体を洗っていたら、少し胸が大きくなってきたような気がした。そしてふとひらめく今日の回想。そうだわたしたち四人はおそろいのフクロウのピンクのクッションを持っている。その突然だった回想にわたしは自然とうれしくなる。生まれて初めてかもしれない。このモンテカルロっていうストリップ小屋で生まれ育ったわたしに、ストリップを見たことのない友達が三人もいる。わたしは楽しくなった。丁寧に身体を洗う。それは店長だって、「丁寧に身体を洗えよ」と言うけれど、わたしは今店長の言葉をまもっているっていうわけじゃない。義務教育なんて受けたことがない。自発的に身体を丁寧に洗ってるんだ。小学校や中学校に入るすべのないわたしに今、タカシ君と、おじさんと、お兄さん、そんな友達がいて、その友達はみんなでおそろいのフクロウの絵のピンクのクッションを家のどこかに置いているのだ。わたしはワクワクした気持ちのまま、ドライヤーで髪を乾かした。そして突然、お兄さんに電話をかけてみようと思った。

「お兄さん? わたしリコ。あのね、わたしとフランフランって似合わないの?」

「いや、似合ってたよ。リコちゃんはフランフランに置かれているすべての物より輝いていた。赤いアイシャドウも似合ってた」

「だってね、ママがね、『わたしに似合わない店なのなら、リコちゃんにも似合わないでしょう』って言うの」

「それはね、一部の例外ももしかしたらあるかもしれないけど、古今東西、そんなことはあり得ないって言ってしまいたい気もするなあ」

「そっか」

「つまりリコちゃんにおいても誰においても親が似合わないと子供も似合わないっていう思想は、親がもつ思想だよね。それだけのことだよ」

「うん。ありがとう。安心した。おやすみ」

「うん、おやすみ」


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