表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悲劇のロックシンガー  作者: 多奈部ラヴィル
12/25

モンテカルロ

 明日、フランフランに行こうかなとちょっと思った。推理小説を一冊読み終わって、ふと顔を上げると、俺の部屋の色彩があまりにも暗いのに驚いたからだった。フランフランで明るい色のなにか、そう雑貨だっていいんだ、そういうものを買おうかなと少し思ったんだ。

 もう推理小説はとっくに一〇冊以上読んでいるだろう。「サクラシヌ」は推理小説じゃなかった。なぜか紛れ込んでいた。

 「何者か」かあ、俺は何者かなのだろうか? 確かにアルバムは六枚出したし、そうメジャーなバンドであるとも言いにくいけれど、コアなファンなら確かについてる。そんなバンドだ。それでも俺が「何者か」になれているっていう実感はないし、この作品の中に出てくる女の子のように、これから「何者か」を目指すような力も湧いてこない。

 それなのに俺は今吠えたかった。ベランダに通じる窓を開ける。満月ではないみたいだ。そして俺は満月に限ると言うほど我儘じゃない。月を見ながら吠える。それっていうのはとても気持ちのいいことのような気がする。そして思い出す。あの女が俺の部屋に泊るとき、必ず棚の上に置いたピンクの化粧ポーチ。ああ、と思う。この部屋だって、そのピンクで、その女に救われていたのだっていう回顧。消えていく女をすぐに忘れることができるほど、俺は薄情にできていないみたいだ。ピンクの化粧ポーチっていう優しさを簡単に忘れられるわけがない。そうだ、明日ピンクを買おう。ピンクであれば何でもいい。そしてためらう。ピンク色のものを買ってその棚に置いたなら、俺は視界をかすめるそのピンクに、とっくに痛めつけられている俺はさらに痛めつけられるのではないだろうか? それでもいい。彼女の片りん。それをこの部屋に置きたいんだ。そういう俺を笑いたい奴もいるだろう。そんなピンクを追いもめる俺を。笑いたければ笑っていい。俺はそんな奴にでも手を差し出して握手をしたいとも思うんだ。俺は孤独だった。推理小説を読み終わった瞬間に、ああ、俺は孤独だったんだっけと思い知らされるのだ。

雪の精ちゃんは知っていたのだろう。束の間忘れ、また胸に重く突き刺さる。それを繰り返していけば胸に突き刺さるもの物は、次第にまるで研磨されすぎたネジのように、淡く薄くなっていくのだと。俺はまだだ。推理小説一〇冊程度じゃ駄目みたいなんだ。もっと読まなければ。けれど研磨され過ぎたネジはきちんとはまらないネジに出来上がるだろう。それを狂ったネジだと人は言わないのだろうか? 俺はこのまま狂っていくだけなのかもしれない。

 窓を閉めた。鍵もかける。風呂に入ってシャワーを頭から浴びる。そしてしゃがみ込む俺に、容赦なく頭上からシャワーは俺の頭や身体にたたきつけるように降ってくる。俺はまた泣いてしまったんだ。その間泣きながら俺は思っていたんだ。明日フランフランに行こう。ピンク色のなにかを買おう。それはなんだっていい。ピンクであればいい。まるで負けるように、そう思ったんだ。

 風呂から出て一服した。また窓を開ける。俺はドライヤーをかけようとした。ドライヤーは故障していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ