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悲劇のロックシンガー  作者: 多奈部ラヴィル
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モンテカルロ

 俺は最近頭が起動しっぱなしだ。だから寝つきもひどく悪い。アケミは何も考えていないのか、考えることを拒否しているのか、すぐに眠りにつく。俺は眠ったふりをしているが、本当は起きていて、アケミが眠ると、リビングに行く。新聞の死亡記事を読むのだ。知っている人が死んで死亡記事になったことなどないから、俺にとってはどうでもいい情報だ。だから、その死亡記事を読む。なんとなく自分には関係のない文字の羅列でも読んでいれば眠りやすくなるのではないかと思うのだ。

 その時、風呂でシャワーを使う音が聞こえた。

俺は動物的危機感とでも言いたいようなそんな危機感を感じて、耳をふさがないまま塞ごうとした。そして死亡記事をまた読み始める。たくさんの人たちが毎日死んでいる。それはとても当たり前のことだ。死亡記事にのらない、死んだ人たちだってたくさんいる。それも当たり前のことだ。死というのはもしかしたらそんなに重大なことではなくて、普通の日常のことなのかもしれないと思う。シャワーの音がまだ止まらない。アカネ、そんな

にシャワーを出しっぱなしにするんじゃないぞ。アカネ、シャワーをもう少し減らせないかい? だってシャワーってやつは水道代とガス代、下水道代だってかかるんだよ。アカネっシャワーを出しっぱなしにするんじゃない! 俺は様々、風呂から出てきたアカネをしかる言葉を考えてみた。考えてみたけど、どれもふさわしくない、それともわざとらしい、それとも媚びるような、そんな言い方に思える。

 俺は新聞を広げて持ったまま、ソファを移動した。風呂場に背を向けたかった。アカネが現れる方に背を向けていたかった。シャワーの音がやっと止まった。しばらくしてドライヤーを使う音がする。ドライヤーか。どのくらい電力を食うのだろう。アカネの髪は長い。それをすべて乾かすにはどのくらい電力を食うのだろう。ドライヤーは仕方がないとしても、アカネは圧倒的にシャワーを無駄遣いしている。アケミがスリッパをはきこちらに歩いているのを背中の産毛が逆立つように感じる。

「アカネ、お前少しシャワー出しっぱなしだぞ。なにをしていたらそんなにシャワーを使うんだ?」

俺は今はっきりとアカネに背を向け、新聞紙で隠した顔が、こびへつらうような顔だっていうことを知っている。

「そんなことお父さんに関係ないじゃない。シャワーは使うからこそ出してたのよ」

俺はその「そんなことお父さんに関係ないじゃない」という言葉にかっときた。関係ないだと? 俺が支えている家だ。今はそれは職はない。けれどそれでも食べたり少しの贅沢をできる程度にたくわえを残したのはアケミだけじゃないし、俺の方が給料がよかったんだ。それをシャワーを無駄に消費し、その挙句の言葉が、「そんなことお父さんに関係ないじゃない」なのか。関係ある。大いに関係ある。

「アカネっ、来月の小遣いから、水道代とガス代と下水道代を引くからな」

「なによ、ばっかみたい」

アカネが大声を出した。俺を評して「ばっかみたい」と言った。そうだ。来月から、お前の小遣いで水道代とガス代と、下水道代を払ってやる。きっとマイナスになるだろう。それならラーメン屋でバイトでもして、マイナス分は払うんだな。

 アカネも興奮していたかもしれないが、俺も多分興奮していた。アケミが起きてきて、アカネのそばによりアケミがかけていたカーディガンをアカネにかける。

 「ねえ、お母さん、わたし最近眠れないの。ネットで調べたら、寝る二時間前にホットミルクを飲んで、寝る三〇分前に、シャワーを肩に一〇分間かけるといいって書いてあったの。それでね。そうしていたの」


 俺は、俺が悪いんだろう。そうなんだろうと思いながらも、なぜかその悲しくなるようなシャワーの用途を知っても、まだ興奮していて、

「おい、ドライヤーも長いぞ。あれは結構電力を食うんだ。髪ももっと短くしろ」

などと言ってしまった。とうとうアカネは泣き出し、

「あんたって、本物のイモ野郎だわ、このキチガイ」

そう泣きながらなのに、怒鳴るようにそう言って、切れ切れにお母さんどうしよう、今日も眠れなかったらどうしよう、そう言って、アケミはチョコレートでも食べてみる? などと言っている。俺は憤然と寝室に戻った。

 多分俺がいない方が、この家はうまくいく。俺は父親だって勘違いしていただけなのかもしれない。アカネにとっては俺は馬鹿で本物のイモ野郎で、キチガイらしい。

 俺はアカネにとってパパであったり、お父さんであったりしたが、もう今は違う。俺が悪いのだろう。それはそうなのだろう。理由も聞かずにシャワーを注意したり、挙句の果てには、アカネにとってとても大事な髪を切れなどと言った。たかが数分のドライヤーのために。俺はどうかしいる。俺は家族がおかしいと感じていたが、もしかしたらおかしいのは俺なのかもしれない。冷静にベッドに横たわるとそう考えることができる。英語の教師というサラリー、それだけでアケミとアカネだけだったらやっていけるかもしれない。ローンだって節約すれば払えるだろう。でもな、正直に言うよ。アカネはね、俺の目から見ると、すっぴんだって日本一別嬪に見えるんだ。

 そして俺自身、俺がどうだっていうことがわからなくなってる。


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