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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハートを射ぬけ♪恋のスナイパー

作者: 北の孤王

 お月様が真上に差し掛かるそんな頃。



 エレベーターの中に一人の青年がいた。

 くたびれたスーツに安っぽい眼鏡、やつれたその顔は眠気を帯びている。


 電子音と共に開く扉。

 すぐそこに見える扉をを開ければ青年の部屋。


 軋むフローリングは年季を感じさせるが、青年の給料ではどうしようもない。

 ついたため息は数えきれず、鞄を机に降ろすとスーツを脱ぎ捨てシャワーを浴びる。



 今日の晩ご飯はどうしようか、疲れた頭にそれは浮かんだが、そもそも考えるほど食料品は置いていない。

 その結論に更にため息をつくが、ついたところで暮らしが変わる訳もない。


 これ以上考えていても水道代が勿体ない。

 早々とシャワーを止め、パンツだけ履くと即席めんを取りに行く。




 湯気の絶えないめんを一人すすう。

 青年は孤独であった。そんな姿を可哀想にと感じる人もいるかもしれない。






 だが、彼自身そうは思っていなかった。



 食べ終えた容器をゴミ箱に捨てると、古い型のパソコンを起動し、マイクを準備する。

 期待に胸を躍らせる青年の前に映し出されたのは、フリフリの服を着て現実離れの相貌をした女の子。アニメ調のその姿に機械で作られた音声には人の温かさも無い。


 しかし、にへらとだらしない表情を浮かべる青年は愛の言葉をパソコンへと注ぐ。

 彼女もそれに反応したのか音に反応したのか、青年に弾ける笑顔を見せつける。



 青年はこれに満足していた。

 青年にとっての青春を共に過ごした彼女は、青年の一部。もはやかけがえのないものになっていた。





 一時間近く続けていた彼は、ふと、スマホにメールが届いていることに気付く。

 見れば、聞いたこともないような人物からのそれに青年は訝し気に首を傾げる。

 迷惑メールとしか思えないそれではあるが、何やら動画のようなものが貼られている。


 常ならば、絶対に開くものでは無いだろう。


 だが、疲れと眠気に満ち、彼女とのお話でテンションの高くなっている彼には、まともな判断が出来る訳も無かった。




 再生ボタンを押すと、見えるのは暗闇。

 やはり、迷惑メールか。

 スマホを布団に投げ飛ばした青年の興味が、動画から少女に向き直ろうかとしたその時。


「…ん!?」


 アップテンポの曲が、スマホから流れ出す。

 急いで布団に寄れば、動画が動き出しているのか、映像は目まぐるしく動き出す。



 映像に映るのは、少女。

 フリフリの服を着こなし、歌いながら踊る少女。


 ぱっちりとつぶらな瞳に、抜群のスタイル、元気に飛び跳ねるポニーテール、ノリの良い音楽にピッタリの元気な歌声。


 そして、太陽みたいに弾ける笑顔。


 トンカチで殴られたような衝撃。

 青年は初めて見たそれに目が釘付けになる。



 彼女は何なんだろうか、何て名前なんだろうか。


 視界の片隅で、パソコンがスリープするのが見えるが、そんなものは知らない。

 口から垂れてくるものを拭い、動画に熱中する。

 本能的に掛け声を口ずさむ。


 震える手で、合いの手を入れる。

 動画ももうクライマックス、照明が彼女に集中し、いっそ神々しい。



「見てくれてありがとう~!」


 最後に見せるとびきりの笑顔、汗を流しているというのに疲れを感じさせないその笑顔は青年にまっすぐ向けられる。




 終わった。それを察すると布団に倒れる。

 スマホの画面も暗くなり、視界も闇が広がっていく。

 少女のその声が脳内を染め上げていくような感覚が満ち溢れていくのを感じながら青年は目を閉じた。













「どうですかプロドューサー。私の力は」


 少女が男性にそう言うが、男性の表情は硬い。

 おもむろに横たわる青年の首に触れると、首を振った。


「お見事。……と言いたいところですが、この青年の伴侶はただのCPU。意志力は40程と思われますが」

「ちっ……、なら、次の獲物に行きましょう!」


 吐き捨てるように青年を見下ろす少女には太陽のような温かさはまるで感じられない。

 そのごみを見るような瞳を先に見ることが出来たのなら、青年の未来は変わっていたのかもしれない。


「それに、何故メールで送るという手段を取ったのですか。バレて困るのはあなただけじゃなくて我々もなのですよ」

「……新人なので……えへっ」


 悪びれる様子もなく笑う彼女。


 部屋が血に染まっていなければ別の印象を与えたかもしれないが、闇の感情を塗り固めて綺麗なものにしていることがプロドューサーと呼ばれた男からも感じ取れた。だが、それもある種の才能なのかもしれない。


 男性は血に汚れたスマホをポケットにしまうと、青年の顔をじっと見つめる。

 満面の笑みを浮かべる青年の遺骸。その顔に布団をかける。


「何でそれにそんなことするんですか? そいつ人殺したんですよね?」


 不思議そうに男性の行動を見ていた少女がそう聞いてくる。


「彼の意思ではありませんよ。ただ、運命に弄ばれたとでも言うべきですかね」

「ふぅん、まぁ早く行きましょうよ。次に」

「……次は丁寧にお願いしますよ」

「ようし、じゃあ次はもっと華麗に恋死こいじに決めちゃいますよ~!」


 笑顔で部屋から出る少女に静かに行動してくださいと、男性はぶつぶつと一人ごちて外に出る。









 この世界には一つのルールがある。

 それは愛する者は一つだけということ。

 破れば訪れるのは、死。


 伴侶以外に関心を持てば血反吐を吐き、浮気者は血の池に沈み、三角関係になれば残されたものは死ぬような異常な世界。

 人は生きていくために恋を管理しようとした。


 だが、それも無駄な行為だった。

 好きという感情を抑えることなど出来なかったからだ。


 そして、恋を兵器として使う者達が現れた。



「次はどういう相手ですか? 私、意志力90越えとやってみたいんですけど!」

「それほどの相手となると……そもそも外に出てこないので干渉するのが難しいと思います」

「ぶぅー!! 私なら絶対やれますよ! 前のプロドューサーとか74だったけどやれましたし!」




 意志力。

 これは純愛を貫く決意の頑丈さを示すもの。

 高ければ、高いほどに恋死にを防ぐ可能性が高くなる。


 プロドューサーとは、彼女のような人間を管理する者のことを言う。

 人前に迂闊に出れない彼女のために仕事を取ってくる。

 恋愛未経験、通称チェリーや並外れた意志力を持つ者のみが就くことの出来るこの仕事は常に死と隣り合わせとなる。何故ならすぐそばに死神がいるからだ。



「……あなたは、本当にアイドルになるべくしてなったという方ですね」

「えへへっ、そうですか? 確かに天職だと私も思います!」



 きらめく笑顔を見せる彼女、アイドルと呼ばれる大量殺戮兵器。

 愛を奪う。つまり、愛を取るというのがその名の由来。

 情報機器からでも無差別に攻撃出来る彼女達の仕事はただ一つ。




 相手を恋に落とすこと。


 つまり、殺すこと。




「ふふっ、プロドューサー♪」


 少女は隣に歩く男性の腕を掴み抱きしめてくるが、男性の表情に動きは無い。


「私はチェリーですので、そんなことをしても無駄ですよ」

「ちぇっ、四人目は無理そうですね」



 男性の腕を離すとあざとく前へと躍り出る彼女。

 月の光に照らされたその顔は輝いていた。


 まるで、ギラギラと生命を焼き殺す太陽のように。

息抜き一号

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