再開
~序章~
警視庁特命係の杉下右京は、ティータイムを楽しんでいた。この日の紅茶はセイロン。ティーカップは、白がベース。緑色でチェスの駒の柄が描かれている。
紅茶を二口飲むと、後ろから聞き覚えのある声がしてきた。
「よお!暇か?コーヒーもらうぞ」
隣の部署である組織犯罪対策部組織犯罪対策五課の課長、角田六郎だ。
「ええ、見ての通り暇です。コーヒーなんですがね、豆を変えてみました」
「おお!これは、以外と旨いな。あれ?そういえばカイトはどうした?」
「カイト君は一週間の休暇をとっています」
「何で?」
「悦子さんと国内旅行に出掛けました」
すると、右京の携帯のメール受信音がなった。部下の甲斐享からだった。
『金閣寺ナウです!』文章の下には、享と悦子の笑顔のツーショット写真が添付されている。享は、行った場所で悦子と写真を撮り、それを右京に送ってくるのだ。きちんと旅行に行っていることを証明したいのだということを即座に察した。課長も、眼鏡をあげて、携帯の画像を見た。
「あれ!?これ、亀ちゃんじゃないか?」
「はい?どれですか?」
「カイトの斜め後ろにいる人。似てないか?」
「たしかに、亀山君ですね。今時、こんな格好をしている男の方は珍しいですからね」
右京は、享に電話をした。
「カイト君、旅行中にすいませんね。君の送られてきた画像で気になる人物を発見しましてね」
ーえ?
「今、君の近くに、緑色のジャンパーを着た背の高い男性は居ませんか?」
ーええ、居ますけど。その方がどうかしたんですか?
「君の先輩です。きっと、彼の名前は亀山薫君です」
ーあ、はい。わかりました。
トイレに行っている悦子を待っている時に声をかけてみた。男は、子連れのようだった。
「あの、失礼ですが、亀山薫さんでいらっしゃいますか?」
「おう。そうだけど。誰?」
「警視庁特命係の甲斐享です」
「え?特命係?俺の後輩だな」
「杉下さんが言っていた意味がようやくわかりました」
「右京さん、元気?」
「ええ、とっても。ところで、この男の子は?」
「息子の、和喜です。ほら、挨拶は?」
「はじめまして、亀山和喜っす!よろしく」
「こら、大人に向かってその口の聞き方はなんだって言いたいけど、俺も昔は和喜みたいな感じだったから、まあ良いか」
話している間に、二人はとても仲が良くなった。悦子がトイレから出てきた。しかし、見知らぬ女性と楽しそうに会話をしながら歩いてきた。
その女性は薫の妻の美和子だった。二人は、トイレで知り合って仲が良くなったようだ。
その頃、特命係の部屋では右京と課長がツーショットの写真から話題が広まっていた。
「いいね、暇な部署は。俺なんてカミさんと旅行なんて三十年も行ってねえぞ」
「僕も、たまきさんと旅行に行きたいのですがね。どこにいるか分かりません」
「だったら、あれは?月本幸子!月本幸子を連れて行けば良いんじゃないの?」
「いえ、僕も幸子さんもいろいろと忙しいので」
「そか。じゃあ、俺はこれから銀友会に行かなくちゃならねえんだ」
「銀友会ですか。何か、事件でもあったんですか?」
「いや、そうじゃない。銀友会にいるやつから呼び出されてさ。これから起きる事件の前に、どうしても俺に話したいことがあるって」
「それは、とても興味深い。もしよろしければ、僕も同行させていただいても」
「まあ、杉下が居れば安心だしな。一緒に行くか。大木、小松、車の準備だ」
「恐縮です」
右京と課長は銀友会の部屋の中へ入り、大木と小松は、車の中から怪しい人物が出てこないか見張っていた。
「今、お茶出すから。あれ?あんたどこかで見たことのあるような」右京の顔を見てそう言った。
「ええ、前に課長と一緒にここにやって来た警視庁特命係の杉下と申します」
「やっぱり見たことあると思ったんだよ。まあ、座って。おい、お二人にお茶を持ってこい」
「うっす!」部下が返事をする。
「で、俺に話したいことがあるって何だ?」
課長が一気に警察官の顔に変わった。
「実はな、俺、行き付けのバーで、やべえ話を聞いちまってさ」
すると、服の懐からICレコーダーを取り出した。
五日前、十二月七日の夜のこと。
いつもの席に座り、いつものワインを飲んでいると、近くに座っていた男二人組が警視庁の刑事を誘拐するという話をしていたのだ。
「あいつら、バカだよな。あんなことをするんだもんな。」
「ああ。本当だ。なあ、あいつらがこれ以上捜査できないように誘拐しねえか?」
「あの三人をか?」
「そうだ。一人は警察病院に入院をしているから、呼吸器から麻酔薬が出てくるように仕組んでおくんだ」
「でも、あとの二人はどうする?」
「一人は、休暇を取って実家に帰る。何とかして東京に連れ戻す振りをして誘拐するんだ。もう一人は俺がやる」そう言った男は、もう一人の男にスタンガンを渡していた。
そのあとの会話も全て録音してあった。
右京は、何か引っ掛かっているようだ。
「ところで、どうしてICレコーダーなんて持ち歩いていたのですか?」
「実は、マスターから、最近、妙な男二人が来るようになって、やべえ話をしているから警察に言って欲しい。彼らは、七日にまた来るって言ってたらしくてさ。それで、バーで録音したってわけ。俺も、初めは嘘だと思ってたんだけど実際に間近で耳にしちまったから、角田さんにお願いしようと思ってな」
「何で俺なんだ?」
「角田さんだったら信頼できるかなって」
「お、おう。」
「調べてくれるよな?」
課長と右京がアイコンタクトを取った。
「もちろん、調べてみましょう」
「よろしくな!また何かあったら連絡するからよ」
二人はICレコーダーを聞きながら、部屋を後にした。
帰りの車の中で、右京の口が開いた。
「課長、銀友会は確か無くなったのではありませんでしたっけ?」
「あー、杉下には言ってなかったっけ?俺がアイツらに、これ以上は取り立てとか辞めて世の中で役に立つようなことをしろって言ったら、ボランティア活動を始めるって連絡があったんだよ。でも、ボランティアのグループの名前はそのまま“銀友会”で使ってる。まあ、アイツららしいな」
「そうですか。ボランティアですか。ちなみにどのような活動を?」
「月曜日には歩道のゴミ拾い。火曜日はホームレスの人を減らすためにグループホームを作る。水曜日は不正に金を動かしている組織に行って説得してる。木曜日は銀友会の部屋で、お金を騙しとられている人の相談に乗っている。金曜日はペットボトルと缶の回収と分別だ」
「課長は、何でもご存じのようですね」
「まあ、さっき会った男が俺に全ての情報を教えてくれるからな。本当にアイツらは変わって、俺もビックリしてるよ」
「素晴らしいですね」
そのような話をしている間に、警視庁の地下駐車場に到着した。
右京が車を降りると神戸尊が待っていた。
「これは、神戸くん。どうしましたか?」
「特命係の部屋でお待ちになっている男性がいるので」
「亀山くんですね?」
「何でわかったんですか?」
「さあ、どうしてでしょう?フフフ」
尊は、右京の笑いかたに鳥肌がたった。
ー何だ?あの笑いかたは 。