第五話 侯爵領
俺は今、薄暗い洞窟の中にいる。
目の前には、2メートル大の人型の水晶の塊が迫っていた。クリスタルゴーレムだ。
クリスタルゴーレムが殴りつけてくる。
俺はバックステップでかわす。クリスタルゴーレムのまさに岩の拳が俺の眼前を音を立てて通り過ぎる。俺の前髪が風圧で揺れた。
ショットガン、レミントンM870の銃口をゴーレムの足に向け、引き金を引いた。
轟音と共に吐き出された12番ゲージの弾丸がゴーレムの足に罅を入れる。
ハンドグリップを前後させ、次弾装填。
エジェクションポートから飛び出した薬莢が落ちる前に、レミントンが火を噴く。
同じ部位に着弾し、クリスタルで出来た太くて硬いゴーレムの足が、綺麗な音をたてて砕け、ゴーレムはつんのめる様に倒れた。
跪き、捧げるように垂れた頭に12番ゲージを叩き込み、クリスタルゴーレムの頭部を破壊すると、さしものクリスタルゴーレムも動かなくなった。
クリスタルゴーレムの死体が淡い光の粒子となって消えていく。あとには水晶が残った。
俺は水晶、マナクリスタルというアイテムらしい、を拾ってアイテムポーチに入れる。
アイテムポーチはこの世界で買ったもので、拡張用アイテムストレージみたいなものだ。洞窟の角からクリスタルゴーレムが更に2体姿を現す。
グレネードポーチから地雷を取り出し、クリスタルゴーレムの足元に放り投げる。
爆発で、クリスタルゴーレムが吹っ飛ぶ。硬いクリスタルで出来た巨体が洞窟の天井に激突した。見事に下半身がなくなっている。もう一体は爆発に巻き込まれ、片手片足が砕け散っていた。とんだとばっちりだったな。
2体ともそのまま動かなくなり、光となって消えていく。
ゴーレムの最上位種らしいが、楽勝だなぁ。
続々と姿を現すクリスタルゴーレム達に、レミントンの銃口を向けて引き金を引いた。
俺が今いるのは王国の北西部に位置するカルレオン侯爵領にあるエレベス山の中腹のダンジョンだ。
ここで、クリスタルゴーレムを15匹討伐するクエストを受けている。
クリスタルゴーレムはダンジョン内を徘徊する雑魚モンスターではあるが、その硬さ故に中々の報酬がもらえる。
また、このダンジョンは上級者向けのインスタントダンジョンのようで、戦闘特化で剥ぎ取りスキルを捨てたプレイヤーにもアイテムが得られるように、アイテムドロップ形式になっていた。
プレイヤーに阿るような中途半端な仕様だが、今の俺にはありがたい。
海外デベロッパーだとこういった配慮はあまりしないからな。
あれから一ヶ月、王都を離れて、稼ぎやすい美味しい狩場を求めて王国を少し回ったが、冒険者として一番いいのは、カルレオン侯爵領だと聞き、活動拠点を定めた。
カルレオン侯爵領。
イカレた侯爵が治める領地。法と秩序と狂気の土地。処刑場。
散々な噂がある土地だ。
カルレオン侯爵は代々エキセントリックな人物を輩出する家系で、領内の法は厳しく、刑罰は苛烈で知られている。
侯爵領の入口であるセルデス門には、盗賊、詐欺師などの晒し首が晒され、延々と並んでいる。別名は地獄の入口だ。
一度、門を潜った犯罪者、隠密は生きて帰れない。
領兵や警備隊の者は、侯爵の意と法に反するものはいないかと、日夜狂犬のように赤く血走しった目で領地内を見回っている。
領都はイカレた侯爵の一族に支配されており、領民は皆ビクビクして怯えた暮らしをしている。
例え、地位が高い者であろうが、侯爵に目を付けられれば、地獄の入口で首を晒し、体は鳥のえさとなるのだ。
などなど。さながら地獄について語っているんじゃないかと思われるぐらいだ。
だが、内部に入ってみれば、意外とそんなことはない。
むしろ、至極真っ当な人間からすれば、ここほど暮らしやすい土地はない。
イカレているのは侯爵家だけであって、その土地に住む人たちは真っ当で、実に親切な人たちばかりだ。
法は厳しく、刑罰は苛烈だが、そもそも法を犯さなければいいだけだ。普通に暮らしている分には何の問題もない。
やむおえなく犯罪を犯すケースはどうなんだ? と言われれば、まず誰かに相談すれば犯罪を犯す必要性なんか全くない。最悪、役所に駆け込めば何とかしてくれる。その辺の犯罪予防、受け皿などの保障整備もされているのだ。
役人も侯爵家には目を付けられたくないから、ちゃんと対応する。「俺の領民に何してんだ、お前? 死ぬか? 訴えが聞こえない耳はいらないよなぁ? あぁ?」と耳を切り取られた役人も過去にいたらしい。そんなわけで、不正もない。
その他には、貧困も少ない。城壁修繕、道路整備などを公共事業にして貧困に喘いでいる者達に仕事を与えているからだ。他にも様々な保障が整っている。
まあ、そこまでしなくとも、肥沃な土地があり、作物に満たされ、北部には鉱山の多い山脈、西部には内陸湖があり、水産物も豊富と、恵まれた土地なのだ。
なので、この土地に住む領民の表情は明るく、暮らしは豊かだ。
侯爵家に対してだって、「うちらのご領主さまは変わってるからなぁ」程度の反応だ。
冒険者としてもなかなかいい土地で、今いるエレベス山の中腹のダンジョンや、西部の湖のダンジョン、南の森林部分などなどクエスト箇所は豊富だ。
あと、モンスターも強くいい素材が取れるらしい。
らしい、と言うのは、俺は手古摺ったことないし、素材も剥ぎ取れないからだ。
この土地の噂にびびった冒険者は来ないので、クエストの取り合いも起こらない。
ホントにいいとこだよ、ここは。侯爵家と関わらなければ。
クリスタルゴーレムを15匹討伐してクエストを達成した俺はダンジョンを出て、エレベス山を降りた。
侯爵領の領都ブラナスまで、歩いて一週間ほどの距離がある。
まあ、えっちらおっちらそんな時間掛けて歩くつもりはないけどね。
俺はスマホを取り出すと、MODマネージャーを起動する。
へへ、入れてて良かった。
ガレージMODを選択。すると、乗り物の一覧が表示される。
『クリムゾン・ロウ』での移動は、基本的に乗り物に乗って移動する。主には車だけど。その乗り物を管理するのがガレージだ。ガレージもクローゼットやガンロッカーと同じで、アジトでしか使えないが、このMODでどこでも乗り物を出現させることが出来る。
さあ、来い! 俺のゲーム時代からの愛馬! KANEDAよ!
目の前に、やばいフォルムをしたバイクが現れる。
どうやばいのかというと、ア○ラのカ○ダのバイクにすごーくよく似ているのだ。
細部は微妙に違う。が、もう完全アウト。
「これ、カ○ダのバイクでしょ?」「ウーンン、ココガチガウヨ」「わかんねーよ!」ぐらいアウトな形をしている。
でも、異世界ならセーフだ。だから、俺が乗り回しても大丈夫なのだ。
俺はバイクに跨り、颯爽と発進した。
前輪が浮いて、ちょっとびびったのは内緒だ。
アスファルトではないが、ちゃんと整備された街道を時速100キロ前後で巡航すること4時間。あと1時間もしない内に領都が見えてくるところで、街道の先に異変が起こった。
爆炎が立ち昇り、煙が舞い上がった。誰かが魔法を使ったな。街道の先で誰かが戦っている。
警戒しながらも、そのままバイクを走らせた。
すぐに異変の元が見えてきた。馬車がモンスターに襲われている。モンスターは馬車ほどもあるドデカイ黒い狼に乗った、2メートル以上はあろうかという騎士だ。禍々しい黒銀の甲冑を着込み、身長に見合った大剣を振り回している。確か、魔族のウルフライダーだったか? 冒険者ギルドのモンスター図鑑で見たことがある。
それが3匹も。
馬車を守るように5人の護衛が戦っているが、劣勢だ。たった今、一人やられた。
俺はバイクを加速させた。
圧倒的な加速で、あっという間に戦いの真っ只中に突入していく。速度はそのままに俺はバイクから飛び降り、バイクをウルフライダーにぶつけた。衝突でウルフライダーが倒れる。俺は地面を転がりながらホルスターからレミントンM870を取り出すと、バイク目掛けて発砲した。バイクが爆発し、ウルフライダーが吹っ飛ぶ。
立ち上がると、残り2匹のうち1匹のウルフライダーの一人がこちらにやってくる。様子を見るためか、ゆっくりとだ。
遠慮なくヘッドショットをかました。
ウルフライダーの頭部を全部覆う形の兜が半分ぐらいにへこんだ。十分だっただろうが、ついでにもう一発。兜が中身ありのまま飛んでいった。
主を失った黒い狼が飛び掛ろうとした瞬間、その鼻面に12番ゲージを叩き込む。口が無くなった。銃撃の衝撃でふらふらになった黒い狼の眉間にもう一発打ち込むと、黒い狼は力を失って倒れる。
最後の1匹のほうへ駆け寄ると、護衛は3人に減っていた。それでも必死に応戦している。その表情には決死の覚悟が見て取れた。馬車の中にいる人物はそれほどまでに守らなければならない人物なのだろう。
護衛の一人が俺を見て、顔に希望の表情を浮べた。
「余所見をするなぁ!!」
もう一人の護衛の女騎士が叱咤する。しかし、遅い。ウルフライダーが希望の表情を浮べた護衛に大剣を振り下ろすところだった。
遠慮なくヘッドショットをかました。
ウルフライダーは大剣を振り下ろす勢いのまま黒い狼から堕ち、大剣は護衛から逸れる。黒い狼にもたっぷりと散弾を食らわせ、殺した。
ショットガン一本でやれたか。討伐クエストのみをこなしてきた成果だな……。
俺は黒煙を上げながら黒焦げになった愛馬へ目を向けた。
「やっとモーターのコイルが温まってきたところだったんだぜ……」
とりあえず、言ってみた。
ガレージにしまうとKANEDAのバイクが忽然と消える。
「ご助力、感謝する! 申し訳ないが、そちらはどなただろうか?」
護衛の女騎士が俺のほうに剣を向けて、詰問してくる。
脅威が去って険しい顔はしていないが、派手な美貌に警戒を解いていない表情を浮べてこちらを見ている。
「え、え~っと、俺は冒険者ギルド所属の冒険者です」
あ、あんまりこんな会話をしたことがないので、しどろもどろになってしまった。
翔流<<かける>>のトークスキルが羨ましい。
「冒険者?」
「えと、はい。ウルフライダーに襲われていたようなので、助けなきゃと思って」
「ウルフライダー? あれはフェンリルライダーだ」
「はい?」
「いや、いい……。改めて、助力、感謝する」
護衛の女騎士が少し呆れたような顔をした。女騎士といえば凛としたイメージなのに、この人、なんか色っぽいな。
「姫様、ご無事ですか?」
「ええ、わたくしは大丈夫ですわ、バルバラ」
馬車のドアが開く。
「ひ、姫様! 脅威が去ったとはいえ。お出になるのは!」
「構いません。ご助力くださった冒険者殿にも礼を申さねば」
「はっ」
俺はぼーっと一連のやり取りを聞いていた。姫様? また馬車から姫様?
馬車の扉から楚々と足が降り、荷台の足場に置かれる。
それから、優雅な動作で、馬車から美少女が降りてきた。
俺は見惚れていた。
こんな美少女見たことがない。
輝くようなプラチナブロンドに、雪のような白皙、その蒼い瞳は、サファイアではなく、高品質のウォーターオパールのように虹色の光を持っている。桃色の唇は瑞々しい果実のよう。
小ぶりな顔立ちは柔らかすぎず硬すぎず絶妙なバランスで、可憐で、それでいて大人びていた。
年の頃は十四・五といったところ。ほっそりとした体形。未成熟さを感じさせるスタイルをしていた。
神秘的で、儚げ。
目を逸らすと消えてしまいそうな、妖精のような美少女だった。
王女も綺麗だったが、この美少女は、なんと言うか、雰囲気が違う。
王女はまだ人間に思えた。
でも、この子は、人間か?
雰囲気が……儚すぎる。神秘的過ぎる
「この度は、危ないところを助けていただき、有難う御座いました。わたくしは、アラセリス・フォン・カルレオンと申します」
美しく囁くような美声。うっとりと聞きほれてしま……。
ん? いや待て。
「え? カルレオン?」
「ええ。ご存知でしたか? この土地を治めるカルレオン侯爵はわたくしのお父様になります」
ぎええええぇぇぇ!!!
イカレた侯爵! 法と秩序と狂気!
侯爵に目を付けられれば、地獄の入口で首を晒し、体は鳥のえさ!
血の気が引いていくのがわかる。
それが美少女にもわかったのだろう。ウォーターオパールの瞳が嬉しそうに煌いた。
「あなた様のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」