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第一話 平原

 ザザァー……


 吹き付ける風とそれになびく草が俺の頬を擽る。

 心地いいまどろみの中で、風の音と草の香りを感じていた。


「んあ……寝落ちしてたか……」


 スタッフロールを見ながら、寝てしまったようだ。

 しかし、風と草の感触がリアルだな。まるで本物の草原で寝ているようだ。VRでもここまで作りこむゲームはないのに。

 ん? 草原?

 クリムゾン・ロウに草原なんてあったか?あってもせいぜい公園の芝生くらいで、周りは都会の喧騒に満ちていてうるさいはずなのに。あれ?

 俺は目を開けて、ゆっくりと起き上がった。


「ここは……どこだ?」


 俺のかすれた声が涼しい風に乗って流れていった。


 見渡す限りの草原。

 俺は草原に寝ていた。

 え? あれ? なんで?

 頭が混乱して、何も考えられない。ひたすら呆然と周りを見渡していた。

 いい景色だ。広大な草原で、その地平の向こう側に大きな山脈が見えている。反対側を見ると森が広がっていた。日本ではめったに見られない雄大な景色だ。

 ここは北海道か?


 俺は立ち上がった。黒いロングコートが風ではためく。

 あれ? これ、ゲームクリアしたときのままの格好だよ。スーツにロングコートのギャングのボススタイルのままだ。

 お、おかしいぞ……!

 俺はしゃがみ込んで、足元の草を引っこ抜く。草はブチブチと音を立てて根っこから引き抜かれた。草に根が付いている!

 現実では当たり前のことだが、VRではありえないんだ。普通に考えて、地面の下にオブジェクトは付けない。容量の無駄だし、作成のコストも無駄。ただでさえ作成コストが激高のVRゲームで、草に根っこ付けてたら、開発会社が潰れちゃう。それに、昨今のVRゲームはリアルを追及しないのが主流のはずだ。クリムゾン・ロウも例に漏れず、無駄なリアルさはない。

 俺は手に持つ草を口に咥えた。青臭さと強い苦味が口内に広がる。ぺっと草を吐き捨てた。うそだろ……。味があるなんて……。

 味覚はVRで必ず除外される感覚だ。現実に戻ったとき、軽い現実失調に陥ることがある。だから、現実に戻ったら、必ず飴やガムを口に含むことになっている。現実と仮想の境界線。それが味覚なんだ。

 つまり、これは、現実!?


 家でVRゲームしてたはずなのに、どうしてこんなところにいるんだ? というか、ここはどこだ? 日本か?

 いや、それよりも問題なのは、どうして俺はゲームと同じ格好をしてるのかってことだ。クリアしたときのスーツにロングコートの格好はまだいい。いや、良くないけど、もっと重要なことがある。

 ベルトにホルスターとポーチ類が付いたままになっているのだ。

 ポーチは左にグレネードポーチ、右にはスマホポーチとマガジンポーチが付いている。さらに腰の後にはホルスターだ。

 グレネードポーチから、一つ手榴弾を取り出す。わあ、リアルだなあ。俺はピンを抜いて手榴弾を放り投げた。


 ボゴオオオオオォォォォン!!!


 轟音と共に爆発し、衝撃と爆風を撒き散らす。草原の草花を吹き飛ばし、地面を抉り、草原の中にポッカリを穴を開ける。

 衝撃に俺の髪とロングコートがバッとはためき、熱い爆風が俺の全身を通り抜けて行った。

 ぱらぱらと吹き飛ばした土が降ってくる。


 …………。

 な……。

「なんじゃこりゃああああああああああ!!!」




 まず、クリムゾン・ロウのゲームシステムについて説明しよう。


 クリムゾン・ロウでは、他のVRゲームのようなホロウィンドウがないゲームだ。他のゲームでは、自分の周りにHPバーやMPバーやメニューウィンドウ、ショートカットウィンドウなどが浮かんでいるが、クリムゾン・ロウではほとんどない。視界の隅にHPバーとスタミナバーが浮かんでいるだけだ。しかも、満タンのときは消えているので、普段は何も出ていない。

 では、ゲームシステムはどうやって操作するのかと言うと、スマホがそれらを一手に担っている。機能としては以下のものがある。

 マップ

 ミッション

 電話(仲間の呼び出しなど)

 スキルアップグレード

 メディアプレイヤー

 チャプチャー

 MODマネージャー

 コンソール

 メモ

 セーブ・ロード


 なにしろオープンワールド系クライムアクションゲームだ。複雑なシステムなどないに等しい。

 RPGではないので、アイテムストレージやステータス、パーティー管理などもない。オンライン要素もないので、コミュニケーション系のシステムもいらない。

 ゲームの流れとしては、スマホにミッションの通知が来る。指定の場所に行くとストーリーが進む。暴れる。ミッションクリア、次のミッションへ。といった感じの実にシンプルな流れだ。


 では、次にどうやって暴れるのかと言うと、ホルスターに収められた武器を使う。

 ホルスターと言っても、皮製のプレートのようなもので、本物のように銃を保持する形はしていない。自分が使いたい武器を『フォーカス』してホルスターに手を当てると手の中にその武器が出現するような仕組みになっている。

 ホルスターには、各カテゴリーの武器を一つずつ収めることができる。

 カテゴリーは以下のものだ。

 近接武器

 ハンドガン

 サブマシンガン

 ショットガン

 アサルトライフル

 重火器

 特殊武器

 計7つの武器を携帯できることになる。

 ただし、ホルスターから出して装備できるのは一つだけ。

 ナイフを持ちながら、ハンドガンを装備する、なんてことはできないのだ。実に残念なことだ。

 ホルスターの武器はアジトのガンロッカーで入れ替え可能だ。通常では街中では武器の入れ替えはできないようになっている。まああくまで、通常では、だけど。


 そして、これらの武器には弾薬が必要だ。それを補給するのが、マガジンポーチだ。現在装備している装備の弾薬が取り出せるようになっている。

 ハンドガンのマガジンから、ロケット弾まで、これ一つから取り出せるのだ。


 そして、先ほど問題になったのが、グレネードポーチだ。

 武器のカテゴリーには先ほどの7種に加えて、もう一種類ある。

 それがグレネードだ。

 手榴弾

 スタングレネード

 地雷

 チャフ

 この4種類がグレネード系だ。

 さらに、この中でもいくつか種類が分かれていて、手榴弾で言えば、通常の手榴弾のほかに火炎瓶があったり、スタングレネードもフラッシュバンや煙幕弾などがある。

 これも、ホルスターと同じで、一種類ずつグレネードポーチに収めることができ、『フォーカス』したグレネードをこれ一つから取り出すことができる。


 と言うのは、ゲーム内での話しだ。


 しかし、取り出せた。しかも、本物で、スゲー爆発した。


 ここはゲーム内なのか? それとも現実なのか? わからない。現実と仮想の境界が途端に曖昧になった感じ。現実失調症というのだろうか?

 すごく気持ちが悪い。


 だが、手榴弾は出てきた。そして使えた。

 それは事実だ。

 ゲーム内での武器が使えるということは、ゲーム内でのスキルが使えるということではないだろうか?


 それもまたヤバい話だ。


 クリムゾン・ロウでは、経験値を消費する形でスマホのスキルアップグレード機能からスキルを取得する。

 スキルにどんなのがあるかと言えば、例えば、所持弾数Lv1がある。このスキルの効果は初期所持弾数の+10%の弾数が所持できるようになると言うものだ。

 そして、クリムゾン・ロウではスキルレベルは10まである。

 最大10まで上げれば初期の2倍の弾数が所持できる、と思うだろうが、そうじゃない。

 このゲームの開発者も言っているし、プレーヤーたちの共通認識として、「ゲームとして愉しみたかったら、Lv9までにしておけ」と言うのがある。

 Lv10はもはやゲームバランスを考えられていない、ほぼ公式チートと言ってもいい効果があるのだ。

 先ほどの所持弾数スキルも、Lv10は「弾数無限」になる。

 これだけでもゲーム性崩壊だ。

 耐性系スキルもLv10は「○○無効」になってしまう。

 唯一、ダメージカットだけが95%カットだが、これを開発者の良心と呼べるのだろうか。

 俺も普段はLv9で停めていたのだが、今回でこのゲーム卒業と言うことで、全てのスキルをLv10までにしている。


 つまり、手榴弾無限なのだ。何個でも出てくるのだ。何回でも爆発するのだ。


 それに加えてだ。

 クリムゾン・ロウでは、武器屋でお金を払うことで武器の強化が出来る。

 前も説明したと思うけど、このゲームはトンデモゲームだ。現実との整合性なんか考慮に入れていない。

 結果、武器をフル強化するとハンドガンで武装ヘリが落とせるようになってしまう。

 そして、もちろん俺は全ての武器をフル強化済みだ。

 つまり、現実ではありえない威力の手榴弾が無限に湧いてくるというわけだ。


 少しはやばさがわかって頂けただろうか。




 事態に付いて行けず、1時間ほどボーっとしてしまった。

 いつまでもこの平原にいる訳にも行かない。とりあえず歩き出さないと。適当に歩けば、ひょっとしたら街道があるかもしれない。

 だが、この格好は不味いな。平原をスーツで散策するヤツなんて滅多にいないだろう。

 まずは着替えるか。


 クリムゾン・ロウは着せ替え要素もあるので、衣装が数百種類も用意されている。全部ではないが結構集めた。本来なら着替えはアジトでしか出来ない。しかし、俺はMODを入れているので、アジト以外でも着替えることが出来る。


 スマホをポーチから取り出すと、MODマネージャを起動する。メニューから起動する系のMODはここから起動できる。入れているMODの一覧が出てくるので、クローゼットMODを起動すると、どこでもドアみたいなのが目の前に現れる。

 ドアを開けて中に入ると、広さ20畳もある衣装部屋へ出る。一面、衣装だらけだ。壁は片面全部が鏡になっている。写っているのは、高級スーツとロングコートに着せられている感満載の、平凡でやや童顔な顔立ちの高校生がだった。

 俺だ。

 あ、いや、当たり前なんだが、アバターじゃなくて、現実でリアルなほうの俺だ。

 スーツなんて似合うわけがない。

 頑張って作った、俺がちょっと年上になった感じで当社比120%美化させた渾身のアバターじゃなくなってしまったのか……

 まあ、現実でアバターのままだったら、痛い感じになってしまうが。ちょっと残念だ。でも、いいか。現実なら現実の俺のほうがしっくりくる。

 とりあえず、平原を歩いてても不審がられないように、カジュアルなジーパンとTシャツ、その上にフードつきのパーカーを着ることにした。靴はエナメルの革靴から、ハイカットのシューズに履き替える。

 うん。どこにでもいる高校生だ。疑われる余地もないただの高校生だ。

 自分の姿に満足し、俺はクローゼットを出た。

 スマホでMODを終了させる。


 次は武器だな。持って歩いても不審がられない武器に変える必要がある。素手でもいいが、何か装備していたほうが安心だ。

 武器もMODでどこででも入れ替えられるようにしてある。ガンロッカーMODを起動すると、幅50センチ、奥行き20センチほどのガンロッカーが現れる。これだけの容量だとあまり武器が入らないように思われるが、このロッカーの扉は開けるものじゃないんだ。

 俺はロッカーの扉に手を掛けると、引き出した。このロッカーは引き出しなのだ。ガシャンとやや重い音を立てて1メートルほど出てくる。幅1メートル、奥行き50センチほどのロッカーとなるのだ。さらに扉の取っ手に数字が切り替えられるようになっており、1番から5番まで切り替えられる。切り替えた数字のロッカーが引き出せるようになっているのだ。つまり、この容量のロッカーがあと5個あるというわけだ。武器は大体3番までで収納でき、4番5番は開いている。このMODの作者はどんどん追加されるMOD武器やDLC武器も収納できるように対応させてくれているのだ。

 俺の場合は、MOD武器やDLC武器で5番の半分ぐらいまで埋まっている。まあ、全然足りなかったな。


 俺は武器の入れ換えに取り掛かった。1番ロッカーには良く使う武器を収納してる。ハンドガンをコルト・ガバメントからデザートイーグルに換え、ショットガンとアサルトライフルはそのままで、重火器をWA2000に、特殊武器をセントリードローンに換えておく。

 で、一番換えたかったのが、近接武器。

 刀から野球バットに換えて、手に装備しておく。

 近接武器で最強と言えば、やっぱ野球バットだろ。


 スマホを操作し、ガンロッカーを消した。

 野球バットを肩に担ぐように持つ。

 うん。これでどこにでもいる野球バットを持った高校生だ。これなら街中を歩いても、警官に呼び止められて職質を受ける程度で済む。他の武器では即射殺されても文句は言えないからなぁ。

 とりあえず、準備は整った。




 さて、どこに行こうか?

 この広大な草原、俺の右手側に大きな山脈が見えている。反対側は森が広がっている。山に行くか森に行くか。

 山の麓にも森の傍にも人里はありそうだが、どちらが良いか。山のほうは寂れた人里があるイメージで、森のほうはまだ森の恵みがある分マシな気がする。

 と言うことで、森のほうに行こう。

 俺は森のほうに走り出した。




 一時間ほど走ったが、一向に疲れない。スタミナ無限のスキルが効いているようだ。

 くそ! どういうことなんだ? 

 俺の身に何が起こったのか、さっぱりわからない!

 夢ならそろそろ醒めてくれ!



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