【僕のポケットの中には定期券がある。】
初めてこのジャンルに投稿しました。むーぶです。この小説を読んでくださる全ての読者様に感謝します…
車の音が優しく響く広大な自然に包まれたある場所に、一人の少女が立っていました。
「もうすぐ、お時間ですね…」
誰かに言うわけでもなく、少女は自分に言い聞かせる様につぶやきました。
…今日はせっかくの土曜日なのに、部活ということで朝早くから学校に行ってきました。
その帰り道。お昼一歩手前の電車の中は案外混んでいて、端っこのボックス席に座るのが精一杯です。
僕は、高校最後の一年間になっても相変わらず彼女もできず休日も部活に励む寂しい青春。
「………はぁ。」
小さなため息が勝手に口からこぼれ落ちます。
自分の隣に荷物を置くと暖かい日差しと座席のふかふかした感触、更には部活の疲れから心地良い睡魔が優しく襲って来ました。
目をつぶると騒がしい車内の音もゆっくりと遠ざかっていく感じがします…
…話し声、笑い声。花の匂い…発車ベルの音。………あっ、動き出した。
薄れた意識の中で電車が動き出したのを感じとった後、僕は完全に眠り込んで…しまいました……
…カタン、カタンと電車の走る音に目を覚ましましたが、まだ眠いので半開きの目のまま辺りを見回したのですが、同じ車両の中には誰も居ませんでした。と、言うか同じ電車の中に誰も乗ってないのではないかと思うぐらい人の気配がしません。
「…そういえば、今どこだ?」
僕の降りる駅は、さっきの駅からたった一駅離れただけの小さな駅なんですが…腕時計に目をやると…現在12:30。
どうやら一時間程寝ていた様です。
「乗り過ごしちゃったなぁ〜」
仕方がないので、次の駅に着いたらそこから戻ろうと思います。
窓の外を覗くとそこは太陽が照らし出した田んぼが景色を飾り、透き通った小川が流れているというまるで絵画の様な風景でした。
線路の先には人気の無い駅と木々に囲まれた白い大きな家が一軒だけ建っていました。
人気のない駅に近づくにつれ速度を落とす人気のない電車…
「ホームに着く前に扉の前に移動しておこう。」
…扉の前で電車が停止するのを待っていると、扉の窓越しに駅の入り口で少女がぽつんと佇んでいるのが見えました。
扉が開くと、車内に入り込んで来た暖かい空気が頬を撫でます。
「お待ちしておりました。」
ゆっくりとした時間、優しい風と共に同い年ぐらいの少女の声が耳に届きました。
細かな柄が入った純白のフリル付きワンピースと白い大きな帽子。その白色に飾られた整った顔と栗色に染まった絹の様な髪。
『お嬢様』と言う表現がぴったりだった。
…しかし何だろう。
初めて会う人なのにひどく、懐かしい感じ…と言うか落ち着く感じがする人だったのだ。
「…お待ちしておりました?あの、すぐ帰ろうと思うんですけど…」
ありえない返事に驚きを隠せない自分…
少女は笑顔で頷いた。
「そうですか。でも次の電車がくるには2時間程待たなくては…よろしければこちらへどうぞ。」
「…はあ。」
まるで客を持て成す女将の様に外へ促す少女。
促されるままに駅を出ようとして僕は気付いた。
「…あれ?改札は?」
そう、改札が無いのだ。
少女は笑顔で、
「切符はそのままお持ち下さい。」
と一言だけ言うと彼女は僕の荷物を持ち、外へと歩き出した。
「あっ!荷物は自分で持ちますよ。」
こんな素敵な女の子に荷物を持たせる訳にはいかない。男のプライドと言うものだ。
………結局、荷物を持ってもらってます。
無理にでも荷物を返してもらおうとしたら、……その…ほっぺたを膨らましつつ、上目使いで
「いえ。これが私の仕事ですっ!」
なんて言われたので…可愛くて何も言えなくなりました。
…面目ない。
駅から5分程歩いたような気がする。その間、周りの景色がずっと変わり無かったのだが、飽きることはなかった。
先程電車から見えた白い家の前に着くと彼女が庭に案内してくれました。
その庭はガーデニングによって飾られていて、たくさんの花が輝いていた。
「…ライラック・ヘリクリサム・ネリネ・クリスマスパレード・カモミール・アネモネ・ハナニラ・ワスレナグサ…いろんな花を育てているんです。…あの、そこに座って待っていて下さい。今お茶を御出ししますね。」
そう言って彼女は家の中に入っていったので、僕は庭にあったテーブルを囲む椅子に座った。日差しがさんさんと降っていたが、風が心地良いので暑いと感じる事はなかった。
しばらくしてティーセットを持ってきた彼女は僕の前に座った。
「…先ほど言った花のブレンドティーです。…ですがハーブじゃない花のほうが多いですね。」
苦笑した彼女はカップにお茶を注ぎ始めた。
ミルクやレモンは無かった。彼女が言うには、この紅茶はストレートで飲まなければいけないらしい。理由までは教えてくれなかったが…
その色は紅茶の色って言うより無色透明に近かった…まるで彼女のようだ。はかなげで、透明で、キラキラしていて…
普段紅茶なんて飲まない僕が一口だけ飲んでみる。
「…美味しい」
気付くと自然と感想が出てきていた。
けど何だろう…美味しいけれどなんか寂しい味のような気がする。
【他と交わらない味…】
紅茶だけで満足。
紅茶だけが満足。
…そんな感じだった。
僕の目の前の笑顔も同じ気がした…
それからしばらく彼女と話しをしていた。
「詩穂さんはここに一人で?」
わかったことは、『詩穂さん』それが彼女の名前であり…そして、志穂さんはここに一人で住んでいる事。
学校にも通わず、この土地にお客さんが来るのを待っているということ…
あの駅に降りる人をおもてなしするのが楽しいんだそうだ。
…何だか解らなかった。
詩穂さんは昼食の用意の他に、部活で汗だくになった服の洗濯までしてくれた。エプロンを巻いて働く彼女はお嬢様ではなくいつの間にか、おせっかいな人にしか見えなくなっていた。
木と木の間に張られたロープに自分の洗濯物を干したり、料理を並べる姿は女将さんって言うより民宿のお母さんだったな…
料理は中で食べる事になりました。
家の中は甘い香りがしていて、生活感がないぐらいキレイにしてあった。汚い靴下で歩くのが失礼に思えてしまう。
「もう少し待っていて下さいね。」
詩穂さんの声がキッチンから聞こえてくる。
なんか落ち着かないので
机の上にあった本に目を通してみる。
『花言葉』
洒落っ気が全く無いピンク色の表紙に白い文字だけの本。
ページをめくると花の写真の下に、名前の代わりに花言葉だけが添えられていた。
先ほど庭で見かけた。花を探してみる。
……孤独…苦難に耐える…はかない恋…悲しい別れ……
そんな言葉達が頭の中に溜まっていった。
「…あの、ご飯出来ましたよ?」
「…えぁ!?あっ、はい!」
唐突に話しかけられたため、奇妙な声が出てしまった。
…それからというもの、静かに昼食を食べ続ける僕を彼女は終始ニコニコしながら眺め続けていた。
しかし僕はうかない顔のままだった。
さっきの花言葉…寂しい紅茶の味…詩穂さんの笑顔…
全てが詩穂さんの気持ちを表しているみたいだった。
だから食事が終わった後、僕は詩穂さんに提案した。
『出掛けませんか?詩穂さん…』
彼女は意外そうな顔だった。でも、嬉しい返事が返って来た。
「…はいっ!」
そうして僕たちは外に飛び出した。
小川での水遊び。
詩穂さんはワンピースの裾を横で結び、川の真ん中で遊んでいた。
川底の石を退かすとそこには真っ赤なザリガニが居た。
僕は詩穂さんの顔を覗こうとした。てっきりザリガニとか苦手だと思ってから…でも、現実は違った。
詩穂さんは楽しみを待ちきれない子供の様な顔でザリガニをわしづかみにしたんです…
しかも…
「飛べないザリガニは只のザリガニだぁ〜!!」
ザリガニを投げ付けてきたんです!!
そう、驚いたことに彼女は見かけによらずイタズラっ娘だった。
「ポルコぉぉぉぉ〜!!」
僕はそう言うのが精一杯だった。
道ばたの猫。
次の場所に行く途中道ばたで一匹の猫が寝ていた。
僕は無類の猫好きであり、猫の遊び相手も他人に自慢できるぐらいに上手だ。と、言うわけで抱き抱えようかと思ったら猫が消えた。
正確には…詩穂さんにさらわれたんだけど…
「ねぇこぉぉぉ〜!!」
「ニャアァァッ!?」
猫も相当ビックリしていました。
それから、猫は
スリスリされたり…
ナデナデされたり…
ウリウリされたり…
プニプニされたり…
グリグリされたり…
グニグニされたり…
グルグルされたり…
…………されたり…
……………れたり…
………………たり…
…………………り…
………………………
…等々がありました。
そう、驚いたことに彼女は見かけによらず猫好きだった。
自分もちょっとされたかったり…ペロペロとかスリスリとか…
木登り。
家の近くの一際大きな木の前で僕たちは立ち止まり、木を見上げました。
葉の透き間から降り注ぐ光がまるで登ってこいって言ってる気がして、つい木登りしたくなっ…
「高ぁ〜〜い♪」
………。
「しっ、詩穂さんっ!?」
気付くと詩穂さんが木の枝に座り、足を投げ出して遠くを見つめていた…
ワンピースの裾が風になびいてあやうく見えそうだった。
でも、その姿は最初の頃と違って本当に子供みたいで、驚いたことに彼女は見かけによらずエネルギッシュだった。
僕も木によじ登り、詩穂さんの隣に腰掛けた。すると、詩穂さんが話しかけてきた。
「…今日は、楽しかったです。今までいろんな人が来てくれましたが…一緒に遊んでくれた人は貴方が初めてです。」
その顔はとても寂しいそうな表情だった。
「…私も何故ここに居るのか解らないんです。気が付いた時からここに独りぼっちで、ずっと皆さんの…お世話をして…」
詩穂さんは一言一言を振り絞るように呟き、そして…一粒の涙をこぼした。
一体どれほどの孤独を味わったのだろうか…。
苦笑いをしながら涙を流し続ける姿は僕の心を締め付けていた。
おかしな話である。
寝過ごした先で少女は孤独を感じていた。僕はたった数時間で少女に恋をした。……その事に今、気付いた…
気付いた直後、悲しい笑顔の少女は泣きながら僕に抱き着いて来た。
「詩穂さん…」
「すいません…少しこのままで居させて下さい…」
数分経ってどちらからと言うわけでも無く、唇を重ねた。
唇は…冷たかった。でも、みるみるうちに顔が熱くなっていく。僕だけじゃない、詩穂さんも…
それが恥ずかしくて、嬉しかった。
詩穂さんに出会えた事…詩穂さんと話せた事…。
でも、もうすぐ別れの時間になる…
木から降りると真っ白になった洗濯物が僕たちを出迎えてくれた。
それを取り込むと、もう一度紅茶の準備をした。
お湯が沸くまでの時間に花言葉の本に目を通すと先ほど見つけきれなかった花を探しだし。花言葉のところを指でなぞってみた。
その言葉は…
「お湯…沸きましたよ。」
「…うん。」
詩穂さんが笑っていた。
僕も笑っていただろう。
カップに注がれた紅茶は濃い黄色と濃い紅色が仲良く混ざり合った色をしていた。
たとえ同じ紅茶でも淹れ方一つで別の物になることは知っている…
この紅茶の本当の色・味がこれなのだろう。
じっくりと淹れた紅茶を一口だけ含む。
…美味しくは無かった。
渋味が強過ぎて、混ざりすぎた花の香りがお互いの香りを打ち消してしまっている………でも優しい味だって言うのは分かる。
「…美味しく…ないですね。」
照れて俯きながら詩穂さんが言う…
「あの、詩穂さん。レモン入れてみませんか?」
「…えっ?」
…この提案は、僕の想いそのもの。
『レモンの花言葉・誠実な愛』
その雫をこの紅茶に混ぜたかったから…
そして、この紅茶の花言葉には続きがあった。
さっき調べきれなかった言葉…
孤独・苦難に耐える・はかない恋・悲しい別れ…
…初恋の想い出・永遠の思い出・また会う日まで・私を忘れないで…。
だから僕は誠実な想いを加えた。
すると…その味が紅茶に酸味をもたらすことで味を整え、香りを一つにまとめ、最初に飲んだ紅茶よりとても美味しくさせた。
詩穂さんも恐る恐るカップの中身を含む。
…そして、詩穂さんは笑った。本当の笑顔を、僕に向けて
「私、嬉しいです。貴方に会えたこと…貴方と居られたこと………だからっ……」
…その言葉の続きを聞いて僕は頷いた。
同時に詩穂さんから手渡された物を大切にポケットにしまう。
そうして、僕の2時間は過ぎていった…
乾いた服をバックに詰め、詩穂さんと駅まで並んで歩き出す。
お別れの挨拶も無く無言のまま僕たちは駅へとたどり着いたが、お別れの挨拶なんか要らなかった。
なぜなら僕たちは別れたりしないのだから。
貰った大切な物に視線を向けながらそう想う。
【僕のポケットの中には詩穂さんから貰った定期券がある。】
何も書かれていない定期券。会いたい時に会いに来れる券…。
……扉が閉まる。そして、揺れる帰りの電車の中で僕は思った。
今度、詩穂さんにレモンの花言葉を伝えようと…
後書きにまで目を通していただき、とても光栄に思います。 この作品、実は二人が恋に落ちる予定はありませんでした。原案では不思議な少女に癒されるだけだった主人公がいつの間にかこんな話に…それでも読んで下さった事感謝いたします。