8.戦いの女達
「皆さん、早急にここを立ち去ってください」
三年の男達をかき分けて晃達の前に現れたのは、我らが女王、凛様だった。
「り、凛さんがなぜここに?」
子分の一人が顔を青くして言う。晃も訳が分からないという表情できょとんとしていた。事情を知る真澄だけが落ち着いていて、こちらに軽く会釈をしてくる。
「ちょっとちょっと、絵里もいるってばー!」
凛の後ろから顔を出して手を大きく振り、私も存在を主張した。
「会長ッ! なぜここにッ?」
「生徒にもめ事があったら、それをうまくおさめるのが生徒会の役目でしょ?」
大量の男達の中にいる二人の女子。晃は不安そうにこちらの様子を窺っている。
「いくら会長達でも、それはできない話だ!」「男同士の喧嘩に女が口を出さないでくれ!」
小物っぽい男達が、ブーイングをする。
(男ってなんで変な意地張るんだろう)
ご愁傷様。と、なお晃達に向き合う男達に、心の中で手を合わせる。
「そうですか。なら、強行手段にでるしかありませんね」
そう言って、凛は殺気のこもった視線を彼らに向け、構えた。
「ま、待てよ! 凛さん、いくらコイツらが小物だからって無茶だ! もめごとは俺がなんとかするから……」
晃が、彼女を止めようとする。どうやら、本当に凛の事を知らないようだ。
「晃君、見ていて下さい。これが、私です。」
凛はそう言って、少し切なげに笑った。
そして、一陣の風が吹いた。
私が凛と知り合ったのは、小学3年生の時だった。しかし、私は以前から彼女の事を知っていた。とにかく、チートで有名な同学年女子がいると。
着々と交遊の範囲を広めていた私は、彼女と話してみたいと思っていた。だが、あまりにもチートな彼女は同学年から浮いており、なかなか会う機会はない。
チャンスは突然訪れた。先生から、偶然居合わせた私達に資料室までの荷物運びが押し付けられたのだ。
早速「荷物運びだるいねー」「知ってたー? あの先生実はヅラなんだって」等々どうでもいいことを話す私。彼女はそれらを無視してスタスタと前に進む。得意のマシンガントークで無言の彼女に間を持たせ、ついに資料室にたどり着いた時、彼女は初めて口を開いた。
「 」
おっと、回想しているうちに凛が最後の一人を残して伸してしまった。
「何か遺言はありますか?」
ギラギラとした目でそう聞く凛。震えているソバカスの目立つ男子生徒。
晃が、はっとしたように、間に入った。
「凛さん、待ってください。こいつ多分社長! ボス!」
「貴様、なんで分かったッ?」
「あれだろ、初めに俺達の前に現れたメンバーが上の方の奴らなんだろ? じゃ、お前が残された最後の一人だからボスだってすぐ見当がつくだろ」
「お、俺の事覚えてくれたのかー!」
間に入った晃の足にすがりつくボス。晃は無視して、凛に向かって言った。
「子分達と同様に伸してしまうなんて、男のプライド的にあまりにも可哀想だし、勘弁してやってくれないか?」
晃の言葉に、真澄が小さく微笑んだ。凛も大きく頷いて言う。
「そうですね。ボスさん、今回は気絶させましたが、次から骨折るんでよろしくお願いします」
「ひぃ、分かってます! もう晃君は僕の親友! 絶対何もしない!」
「悪い。俺、友達にたいしても面食いだから、それはない。良い先輩後輩という事で」
「なんか、振られたッ?」
解決したらしいので、私も凛達の方に近づいていった。
「凛、お疲れ様! じゃ、こいつらは停学かな?」
「そんな軽い調子で……ゴホッ」
滑らかな動きでボスの首をたたいて気絶させる私を、外道を見る目で三人が見てきた。
晃が凛にお礼を言い、何やらいい感じだ。ボスの首根っこを持って、私はその場をあとにする事にした。ぼんやりとその様子を見守っていた真澄の手も引く。
「真澄ちゃんも行こうっ! 子分共はそのうち起きるから放っといていいから、邪魔者は退散しよう」
「あ、はいっ」
後ろで晃がぎゃんぎゃん言っているが、無視する。真澄の背中を押して、学校に戻った。
歩き出してすぐに、真澄は私に礼を言った。
「会長、有り難うございました」
「真澄ちゃんからSOSメールを貰ったからねー。まあ、会議中そわそわしていたから気になっていたんだけど。晃ちゃんのピンチってことは晃ちゃんファンクラブに聞けばあっという間に情報は揃ったよ。凛もすぐ駆けつけてくれてよかった〜」
その時、真澄が、ふと立ち止まった。そして、私の方を見る。
「あの、会長。晃がどうかしましたか?」
「え?」
「凛さんが戦っている間、難しそうな顔をしてずっと晃を見ていましたよね」
真澄は鋭い。そして、とても素直だ。
私は、大爆笑して、真澄に言った。
「いやいや、だって、晃ちゃんがあまりにも顔整っているんだもん。そりゃぁじっくり見ちゃうよ! なになに、真澄ちゃんってば絵里の事そんなに見ていたの? 絵里の事、大好きなんだっ!」
「会長の事は好きですよ?」
「いやいや、そういう好きじゃないって!」
真澄に気づかれないように小さく息を吐く。話はうまく反らせたらしい。
(駆け引きのない率直な言葉が通じるのは一人だけよ、真澄。)
そのまま私は、真澄の隣りに並びながら、忘れ去られたボスをひきずって学校へ向かった。
資料室にたどり着いた時、凛は初めて口を開いた。
「私の野望に付き合ってくれませんか?」
見た目に合わない彼女の鋭い視線を受けたその時から。
私のシンデレラストーリーは始まったのだった。