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5.逆プロポーズを女性から

 ぶったまげた。

 という表現が当てはまるだろう。

 様子をうかがってくるだけだったはずなの真澄が、いきなり本人を連れてきて。しかも本人の空気は大和撫子から程遠く、ギラギラとした肉食獣の目で俺の机へ向かってきて。


「あなたのクッキー、とても美味しかったです。あなたは料理上手だと聞きました」

 彼女は両手で、俺の右手をそっと握りしめた。突然教室に入ってきた彼女と俺に、クラスメイトからの注目が集まっていた。なぜ3年の彼女がここに来たんだ、というか、クッキーって何だ? 頭の中で疑問付がぴよぴよと飛んでいる。ぽかんと間抜け面の俺に、彼女は真っすぐな顔で向き合う。花のようないい匂いがした。

「私の夢は、私の帰る家に、料理上手な専業主夫が夕飯をもって待っていることです」

 じっと見つめてくる視線と真っすぐな物言いを逸らすことができない。顔のパーツ一つ一つがとても綺麗だ。俺の顔に熱がたまっていく。クラスは静寂に包まれた。彼女はさらにぐいっと顔を近づけた。


「私のために、毎日温かなお味噌汁を作ってください。」


極め付けに包容力のあるバラ色スマイルをみせる。言葉にできない叫びがのど元までくる。

(こ、これはプロポーズなのかッ? ヤバい、近い、恥ずかしい、抱いてっ……じゃなくてうわぁぁぁ!)

「返事、もらえますか?」

 彼女が、答えを迫る。惚けたまま、俺は口を開いた。


「ご、ごめんなさい」

 俺の返事は、こうだった。真澄が、驚いたようにこちらを見る。同じだった。しかし、凛は落ち着いて、うなだれる俺の言葉を聞いていた。だから、俺は続けていった。

「正直、信じられない。君は、俺のクッキーが好きなだけで、俺のことが好きなのではない気がする」

 たどたどしく、自分の気持ちを言葉にする。

「それに、俺は、まだ、よく、自分の気持ちが、分からなくって……」

 凛は黙って、俺に話を続けさせた。

「あと、俺は、自分で働きたい。家庭を支えたい。だから、ごめん」


「そう言うだろうと、思っていました」

 凛は、そう言って、あまりショックを受けたようには見えなかった。しかし、彼女の表情が少しぎこちなく見えた。

「私は本気です。だから、晃君がイエスと言うまで、ずっと待っています」

 そう言うと、最後まで美しい振る舞いを崩さずに、彼女はこのクラスを去った。



 その後、すぐに予鈴が鳴り、先生が来た。午後の授業中もずっと心ここに在らずであった俺だが、奇跡的にあてられることはなかった。ただ、帰りのHRの時に女性の担任に、ポンッと俺の肩に手を置いて「恋しているのね、晃君。分かるわ、お互い頑張りましょうね!」と言われた。おそらく、他の先生にもそれがバレバレだったのだろう。


「う、うわぁぁぁあーっ!」

 帰宅時、真澄と一緒に帰りながら、俺は思い出したかのように叫ぶ。真澄が驚いて、びくっと肩を震わせた。真澄の前だと、俺はとくに素直になる。

「ど、どうしよ、真澄ぃ! 彼女、ちょー綺麗だった! ちょー可愛かった!」

 混乱する俺に、さも疑問そうに真澄が聞く。

「じゃあ、オッケーすればいいのに」

「ま、まだ会ったばかりなんだぞ! そんな、軽々しくプロポーズなんて!」

「軽々しくないって、変わりやすい女心なのに、始めからプロポーズなんて、よほどの覚悟があるんだよ。それに、凛さんはちゃんと責任をとる人だよ」


 凛さん……?

「え、あの人は凛さんって言うのか? というか、真澄は凛さんのことを知っていたのか?」

「凛さんは、生徒会の副会長だよ。僕は生徒会で、とてもお世話になっているんだ」

 生徒会か……女性の幹部なんて俺の敵だと思っていたが、そうか、彼女のような人がいたのか。真澄の話にふむふむと頷く。

「晃の作ったクッキーが、よっぽど美味しかったのかな?  3年の教室で、晃に貰ったクッキーを分けたら、途端に晃に会いたいって言い出したんだ……よ」

 そこまでいうと、真澄は何かに気づいて口を閉じた。

 

「テメーが、噂のヘタレな『晃』君かァ?」

 その時、いかにもガラの悪そうな先輩4人が、突然俺達の前に現れた。真澄と目を合わせる。俺は警戒心を持ちながら答えた。


「ヘタレじゃねーけど、俺は晃だけど」

「テメーが、俺達の凛さんをふったって言うッ」

「ふったっていうーかその……」


 先輩達は、用事があるのは俺だと確定したらしい。四人で行き止まりをするように囲んだ。


「しかも、理由が『相手が本当に好きなのか信じられない』とか『まだ自分の気持ちがわからない』とかちょー女々しい!」

「う、うっさいぞっ」

「つーか、お前が光希さんの弟ってマジかッ」

「なぜ姉貴が出てくるんだよっ」

「「「毎日蹴られてるんだろ、クソ羨ましいっ!」」」

「蹴られてねーよ、ちょー優しいからなっ、姉貴!」


 おそらく彼らは、凛や俺の姉貴のファンなのだろう。去年にこの学校を卒業した俺の姉の光希は、学校に何人もの下僕を持った女王様だったと聞く。この時代、男どもはマゾ化していたので、カリスマ性のある光希はモテモテだった。何となく予想はついていたが、凛さんが慕われているところをみると、やはり彼女も普通の撫子ではないようだ。


「テメーを許さないっ!」「死刑だ、死刑っ!」「イケメンは敵っ!」

 殺気立ってきた先輩達。どうすることもできずにいる俺のもとに、真澄が助け舟を出す。


「先輩達、今は放課後でしょう?」「ん、なんだよお前」

「じゃあ、早く帰らなきゃ駄目ですよ、会長さん達も多分ここ通りますし。怒られちゃいますよ」

 にっこりと微笑む真澄。先輩達は、真澄が男か女か分からなかったのもあるのか、イケメン爆発しろっ、とだけ捨て台詞を言って、しぶしぶ退散した。

「助かったぜ、真澄」

俺はすぐに真澄にお礼を述べた。

「晃、気をつけた方がいいかも。あの先輩達、結構嫌な噂聞くけど、目を付けられちゃったっぽいから」

真澄は、心配そうに言った。しかし、俺は鼻で笑う。

「あんな小物っぽい奴らに、俺をどうにかする勇気はないだろ」



 不安そうだった真澄も、繰り返し俺が大丈夫だと言うと、そうかもね、と納得したようだった。


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