4.女心は胃袋でつかめ
真澄の質問に対し、凛の態度は一貫していた。
「いいえ、別にぶつかってませんよ」
白々しい。さっきまで、凛は曲がり角でぶつかった年下の可愛い男の子をからかったと楽しそうに私に話していたのに。きっと、直接来なかったところが凛にとってマイナスポイントなのだろう。乙女心は複雑だ。
「だけど、晃はぶつかった女子は、大辞泉をもっていたと……」
「そう言う風変わりな子が、私以外にもいるかもしれません」
「落とした鞄がアスファルトがひびわれたって……」
思わず私は、吹き出した。凛が私を睨みつける。
「別にぶつかってません。知らないです」
困ったような表情の真澄。
「凛さんがそう言うなら、そうなのかもしれませんね」
真澄は素直に、納得してしまった。この子はちょっと正直すぎるのじゃないかしら。せっかく珍しく凛が興味を持つ男の子ができたのに、このままじゃつまらない。
私、絵里は、見た目はギャルだが、生徒会長である。茶髪にカールにピアスだけど、授業も校則もちゃんと守っている。凛に成績で勝ったことはないけど、彼女より人を使う面ではたけている。何より、長年の付き合いの凛のことだ。扱い方など熟知している。一肌脱ごう。
「真澄ちゃんっ。その手に持っているのって、クッキー? でも、真澄ちゃんは料理しないよね?」
「はい、晃が作ったものです。いりますか? せっかく貰ったものですが、生憎僕には味覚がなくて……」
「ちょー、食べたいっ! ね、凛も貰おうよっ。」
「絵里、いきなりどうしたんですか」
凛が怪訝そうに私を見た。こういう時、私のようなお調子者キャラは便利だ。
「だって、晃君っていったら、お料理上手で有名なんだよ? そんな晃君のクッキーなんて、ちょうレア!」
「でも……」
「どうぞ、凛さん。僕はロボットで、味が分かりませんから。美味しくお二人に食べてもらった方が嬉しいです」
真澄は、微笑んで私達にクッキーの入った小袋を差し出した。
「有り難うございます。でも、これは晃君が真澄君にあげたものですから。一つ頂きますね。絵里もですよ」
「始めからそのつもりだって!」
袋から、クッキーを取り出した。
さくりと一口。
こ、これは……
「口の中が小宇宙やぁ!」「口の中がファンタジーやぁ!」
凛と私は、口々に叫んだ。真澄が驚いて、そんな危険な味でしたか、と天然ぼけをかます。
「いやいや、めちゃめちゃ美味しいからっ! 口溶けほろっとしてふわって味と香りがっ」
「本当ですかっ? 晃も喜ぶと思いますっ。もう一個いりますか?」
真澄が嬉しそうに私はもう一つ手にとろうとしたが、凛はそれを止めた。
「真澄君、晃君に会わせてくれませんか」
顔を見合わせる私と真澄。戸惑いがちに、真澄は凛に言った。
「えっと、晃は年上の女性が苦手で、今朝会った子は平気でしたが……」
「私が、今朝会った子です。落下した鞄がアスファルトを割るなんて私ぐらいしかいませんっ」
先ほどと打って変わった態度の凛。ターゲットを絞った豹の目だ。変なスイッチを押してしまったかもしれない……。私は、顔を引きつらせながらも、聞いた。
「えっと、凛? 一応聞くけど、何するつもり?」
凛は、雌豹の目のまま、それはそれは綺麗な笑みを浮かべ、言った。
「プロポーズですよ」