2.男は三歩後ろで荷物持ち
「制服からして、君は俺と同じ学校だよなっ? 詫びにクラスまで荷物持ちするから許してくれよ」
そう言って、半ば強引に私の鞄を持とうとする、先ほどぶつかってきた相手。小動物のように大きな瞳、薄茶色の髪はふわふわしていて、ハーフのように整った可愛い容姿の少年だ。どこかで見覚えがあるな、と思いながらも私は笑顔で応対する。
「結構です。私もよそ見をしていたのだから同罪です」
「そういうわけにもいかないだろっ。女性と男性がぶつかれば、か弱い女性の方が被害者だろ?」
驚いて、彼の方を見た。どうやら、彼は私のことを知らないらしい。
私の名前は、凛。これは、「凛として強い志を持つ女性になること」を願って、私の母が付けたものだ。
彼女は強い女尊男卑主義者で、私は小さな頃から英才教育を受けさせられていた。また、私も一つ野望があり、真面目にそれをこなしてきた。高校三年生の今、私の努力は実を結び、勉強は勿論、運動においても優秀な成績であり、それに母自体が有名人なので、自分が学校でちょっとした有名人になっていることを自覚している。
「珍しいですね。私はちょっとした有名人の自覚があったのですが。じゃあ、鞄持ってみますか? 持てたらですけど……」
そう言って、彼に鞄を渡す。嬉々として彼はそれを受けとろうとした。
「男なんだから、楽勝に決まってるだろっ! 俺に任せ……うわッ!」
彼の手から落ちて急速落下する鞄は、彼の小指のすぐ隣のコンクリート歩道に落ちた。バキッと言うあり得ない音が鳴る。
「ッ?」
「あ、やっぱり私持ちますね」
鞄と私を見比べ、せわしなくリスのように首を動かす彼の姿は可愛くて可笑しい。笑いを堪えながら片手で鞄を拾う。
「な、何が入っているんだ……ッ?」
ようやく口を開いた彼は、そう聞いてきた。
私は笑いながら、入っていた荷物のうち、ほんの一部を口にする。
「大辞泉。とか?」
私は呆然とする彼に軽く会釈して、笑いをこらえながら背を向けて学校に向かった。彼はやはり、私が電子書籍を嫌って紙の辞典や教科書を持ち歩いていることを知らなかったようだ。
(あの子が晃君か……)
噂で聞いて、興味深い子だと思っていた。赤点予備軍、運動音痴、料理の腕前は大したものらしいが、その他の成績では常に底辺にいる。ところが、可愛い見た目と人を引きつける魅力があり、男女問わず学校一モテる後輩。この時代に有利な容姿にも関わらず、本人は昔の頑固親父に憧れているという。
曲がり角出会うなんて、運命みたい。でも、さすがにそれで恋に落ちることなんて、ないよね?
背後の彼が恍惚とした表情で私を見ているなんて気づかず、
私はその場を後にした。