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16.泣いて許されるのは女の子だけ

 真澄が教室の中に駆け入る。予定通り、彼は扉を開けたままにしているので、中の様子が見えた。

(よかった。少し様子を見て、私も中に……)

 凛の指示でドアの側に待機していた私はiPhaneを取り出し、彼女に電話しようとした。しかし、とんでもない状況が目に入る。先生が、細い腕で教室の椅子を掴み、彼の背後に近づいた。そして、振りかざす。


 血の気がさっと引くのがわかった。耳元のコール音が消え、頭の中に大きなフラッシュが焚かれたような衝撃が走る。

(真澄っ!)

声を出そうにも、喉がつっかかったように、息すらできない。いくらロボットの彼でも、精密機械の入っている頭部を殴られれば終わりだ。最悪、彼のデータが消えれば二度と今の彼は戻ってこない。


 最悪の想像をしながら、私ができたのは目を閉じることのみだった。

金属音。

恐る恐る目を開けると……。


「真澄さんに何しているんですかっ!」

「危うくこの世から一人の天使を失うところだったぜ……!」


 金属バッドで、椅子を受け止める眼鏡と金髪。そして、後ろから先生を羽交い締めにする巨体。私は、彼らに見覚えがあった。

「せ、先輩たちっ!」

「やあやあ、なかなか可愛い格好しているじゃないか、晃君」

巨体の後ろから現れたソバカス男子は、そう言って晃のもとに近づく。(晃はなぜかうさぎの着ぐるみを着ている。)彼らは、前晃を襲った、会社の立場のあだ名を持つ先輩グループだった。

「余計なお世話だ、好き好んできているわけじゃないっ!」

「助かりました、先輩方。でも、どうしてここに?」

 真澄は、目を白黒させて、彼らを見回す。

「まさか、凛さんからの使いですか?」

「それは違う!」

しかし、ニキビ社長はニヤリと笑って答えた。 

「勘違いされちゃこまりますね。自分たちは独自のルートで晃くんのストーカーを探していたんですよ」

 どや顔をする専務。

「女子の情報網もすげーけど、男子の統率力もぱねぇんだぜ」

グッと親指を突き立てる課長。

「お前ら、俺のために……!」

感涙するうさぎ。

タイミングが良さそうなので、私も彼らの元に姿を現した。

「やあやあ、ヒーローみたいな登場じゃないか、ニキビくん一派」

「か、会長!」

社長が猛スピードで後ずさりをした。どうやらまだ、以前気絶させたことがトラウマらしい。

「ありがとう、君達のおかげで先生を止めることができたよ。というか、晃ちゃんは何故にうさぎっこになっているのかな?かわいいけど」

「こ、これには深い訳がありまして……、というか、ひょっとして、凛さんまでもいるのか? み、見るなー!」

ぴょこぴょこと逃げるうさぎ。すっかり携帯のことを忘れていたが、凛もこちらに向かっているかもしれない。

「まあ、とりあえず先生、話を聞きま……」

「そうよ、私の彼を見ないでっ!」

 ずっと大人しくしていた先生が、突然暴れ出した。とっさのことに、部長は彼女を放してしまう。

「彼は私のもの、だって一番彼を愛しているのは私なのよ! 彼はずっとずっと、私のものなの! 彼を見ていいのは、私だけなの!私はっ」

先生は叫んで、晃の方に突進していく。そこに、いつもの優しい彼女の面影はない。恋はここまで人を変えるのか。私は、その恐ろしさを実感した。今の彼女は、何をするかわからなかった。私たちも追いかけるが、想像以上の速さで先生が走るので、間に合いそうにない。


 今度こそもうだめだ、そう思った。しかし……

「いいえ、一番彼を愛しているのは私です!」

凛とした声が響く。有無を言わせず、私たちの首は、また、先生の首までもその声の主の方に向かった。女王のような風格、佇まいな彼女には、不思議と人の目を近づける力があった。

「だって、あなたが一番愛しているのは、この人なのだから」


 凛が、姿勢良くドアの前に立っていた。その後ろには、晃の父親が顔を見せている。

 彼の姿を見た先生は、ガクンと膝をついて座り込んだ。

「あなたの愛情の深さには敬服します。しかし、こんなの間違っています。あなたも教育者なら、わかっているでしょう」


 凛の言葉が終わると同時に、先生はまるで幼子のように、大声で泣き出した。


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