15.押しに弱い男?
先生は人気があった。お茶目で、優しくて、他の女性と違って男性に対しても荒い扱いをしない人だったから。
ただ、晃を気に入っているのは、傍目から見ても明らかだった。晃が年上の女性に気に入られやすいのはもとからだから気づかなかったけど。
凛さんと会長と別れた僕は、旧校舎の教室の前にいた。先生と、晃の父親が同じクラスだった教室。
僕は、その扉に軽くノックをした。
「はいはーい」
明るい声がして、少しだけドアが開く。片方の目が、ドアの隙間か覗かれた。中を見せない気らしい。じっとこちらを伺う視線に、緊張が高まる。
「真澄君じゃない、どうしてここにいるの?」
「……先生こそ、どうしてこちらに?」
僕を見ていた片方の目は、細まった。どうやら、笑っているらしい。
「着替えよ、着替え。中見ちゃだめよ」
「……僕はロボットですが」
「それより、真澄君、授業は? まだ2限目じゃない」
「……僕は晃を、探しにきました」
「……へぇ」
蛇のように、視線がまとわりついてきた。僕は平静を装って、彼女が何か言う前に、畳みかけるように言う。凛さんの助言を思い出した。
「先生、あなたが晃の誘拐犯ですね」
「……」
「晃と凛さんが出会ったのは、プロポーズより前で、曲がり角でぶつかった時。それを知っているのは、それぞれの親友である僕と会長だけです。しかし、あなたは言っていた。」
ー「曲がり角でぶつかるっていう出会い的に、やっぱり運命だったのよ」「なんでそのこと知ってるんだよ!」
記憶を辿って、僕はまた証拠を挙げた。
「ねぇ、先生。あなたは、晃のストーカーだったんじゃないですか? そういえばあなたが3年の教室に入った後、僕は視線を感じました」
つぎつぎと、データをかき集める。
「それに、いきなり晃が具合が悪くなって帰ったこと、やっぱりおかしいです。普通、担任か保健室から家に連絡がいくはずです」
蛇のような視線に立ち向かうように、僕は声を上げた。
「晃、ここにいるんだろうっ! 返事しろっ!」
ふふふ ふふふ
何がおかしいのか、担任は突然笑い出した。不気味なものを感じ、体がこわばる。教室からは、音一つない。しかも、担任が塞ぐせいで、様子が見えない。
「返事、ないわねー。あなたの推理は合っていないんじゃないかしら。それに、もし私が犯人でも、ここに晃君がいるとは限らないじゃない。晃君はここにいないわ」
「……」
絡繰り人形のように、先生はゆっくりと首を傾げた。僕はポケットに手を突っ込んで、目を閉じた。
「晃君はここにいないわ。ここには、いないの。いい?」
「……」
「返事は?」
僕は、目を開いて、真っすぐ先生を見据えた。
「いいえ!」
先生の目が見開かれる。僕は、ポケットからiPhaneを取り出した。
「僕たちロボットが3度言われたことを信じてしまうように作られているの、知っているのは人間だけじゃないんですよ」
ー「晃君、具合悪そうじゃなかった?」「具合悪いの隠していたんじゃない? きっとそうよ」
僕はロボットであるが故に、先程そう簡単に信じてしまった。
「……ひどい、先生の話は聞くものよ」
「聞いてましたよ、途中まで。途中不注意で音量をあげてしまったせいで聞こえませんでした。すいません」
そう言って、にこりと先生に笑いかけた。彼女は引き攣った表情で、恨めしげに僕を見る。
ドンッ。
その時かすかに、教室の中から音が聞こえた。
「晃っ!」
ニヤリと笑った先生は、いきなり教室のドアを開けた。僕は急いで、教室に駆け込む。
しかし。
「真澄、来るなッ!」
「え……」
教室に飛び込んだ僕は、ぴょこぴょこと二つの白い耳を見た。
「……何やっているんだ、晃?」
晃が、何故かウサギの着ぐるみを着ている。机に隠れているが、耳だけ机に収まりきれていない。彼は真っ赤な顔で、僕を睨みつけた。
「だから、来るなって言ったんだよ……真澄、避けろッ!」
晃の着ぐるみ姿に驚き、無防備になった僕に、影が落とされる。
振り向くが、時既に遅い。
「お着替え中って、言ったでしょ?」
そして、教室の椅子をつかんだ先生が、僕に殴り掛かってきた……。




