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黄金の剣

作者: 紅龍

冷たい石の手すりに手をかけ、雲間から覗き込む月を静かな目で見つめ考え事をする者がいた。

凍るように白い肌、それに釣り合わぬ赤い瞳。

悲しげに夜の中に佇む若い男は、まさしくミルドだった。

ミルドは何かを思い立ったように突然視線を下へ送ると、懐に手を入れ、何か取り出した。

それは妙に異様な金色を放ち、手の中で月を反射し揺れ動く。

何度となく彼を悩ませたペンダントだ。

金の縁に宝石をはめ込んだだけの作りだったが、裏に何かの文字が刻まれていた。

だがどこの国の文字でもなければ、何らかのマークが並べられているわけでもない。

その文字を見る度にミルドは疑問に思う。

なぜ彼女は自分の手により死ぬ直前、自分にこのペンダントを託したのだろうと。

彼はその時のティファナの言葉を思い出した。

「このペンダントを、あなたの信じる者に渡しなさい。あなたの判断が間違っていなければ、この世から悪は消え、神々がおさめし世界となるでしょう。ただし忘れぬように。もしも邪悪な者の手に渡れば、世は終る。闇が、天を、地を支配すると」

自分がこのペンダントを持っている本当の理由は何なのだろうか。

金の塊を握りしめ、ミルドは考えていた。

「ミルド様、ゼクレス様がお呼びです」

室内を見ると、従者が遠慮がちに頭を下げた。

陛下が急に呼び出すとはどういう用件だろう。

今まではあらかじめ後で来るようにと言われてから王室へ向かったものだが。

不意に胸騒ぎがして、ミルドは静かな声で返事をした。

「わかった。すぐに行く」


王室の床は冷たく、雪のように白い大理石で出来ていた。

その冷え冷えとした白さが更にミルドの不安を煽る。

入ってきた扉が閉められると、脇に並べられた柱の蝋燭が静かに揺れ、赤い炎が明るくなり、暗くなり、を繰り返した。

奥の方には、これもまた白い階段と、登った所には華やかな玉座に堂々と座った王が、こちらを落ち着いた瞳で見据えていた。

それを見、ミルドは初めて声を出した。

「お呼びでしょうか、陛下」

その声は、十ロン(十メートル)程離れた所にいるゼクレスにも伝わったようだったが、少しの沈黙ができる。

沈黙の間、ミルドは早鐘を打つ脈動の音だけを聞いていた。

瞳に微笑の色を隠しながら、ようやく王が返事をする。

「私の若き右腕ミルドよ、そなたに聞きたい事がある。もう少し近付くがよい」

そう言われ、彼はなるべく足音を立てずに玉座の近くへ来た。

胸に手を当て、額に親指をつけるこの国の敬意の心を表す挨拶をし、絨毯に跪く。

「陛下、聞きたい事と申しますと─」

問を言い終わらない内に、ゼクレスが答えを返した。

「左様、世界を動かすとも云われているペンダントに他ならぬ」

その途端、ミルドの顔が険しくなる。

ミルドの様子が一変した所を見た王は、口の両端を釣り上げた。

だが目は笑っていない。

瞳は獲物を追い詰めた時の獣のようで、手先の怯え様を楽しげ─でありながら、笑ってはいない─に見ているのだ。

「そなたならば知っているのであろう?ペンダントが何処にあるのか─」

長い間待っていたこの時が来たのだ─、時を重ね地道に準備し待っていたこの時が。

ペンダントを手に握る彼を、苦労の思いで王居に引き入れ、自分に仕えさせ互いの信頼を積み上げて遂に。

ミルドを問い詰め、目的を手に入れる時が来た。

これさえ手に入れば、全ての国を統一し、自分が何もかも支配できる。

世界を自分の影下におさめ、気に入らないものは皆切り捨て、自由な世の中になるのだ─。

一方ミルドは、王に対して初めて恐怖を覚えた。

今までの関係を築いて来たのは、この時の為だったのか…。

最初の暖かさも、優しげな笑顔も全てが偽りで、ペンダント目当てだったのか。

そして自分は、どんな返事を返せば良いのか、と。


「恐れながら陛下、ペンダントとは、一体何の事でしょう─」

またもミルドの言葉を遮り、王は目を細め言った。

「ほう、私の前で嘘をつくとは、そなたらしく無いのではないか?」

声は落ち着いていながら、言の葉の裏に怒りが張り付いている。

それを読み取ったミルドは恐ろしさに震え上がり、今すぐ逃げ出したくなった。

「私は知っているのだ。そなたがペンダントを持っている事も、ティファナから渡された事もな。そうでなければ、私の今までの努力も水の泡なのだから」

今までの努力も水の泡。

その言葉を聞き、ミルドは愕然とした。

やはり、全て嘘だったのだ。

この王ならば、自分を殺してでもペンダントを奪おうとするのではないか。

そう思うと自ら渡してしまいたい気持ちになるが、そうなれば陛下の野望は叶えられ、“闇が支配する世になる”。

果たして、自分も無事でありながらペンダントを守る術はどこにあろう?

「さあ、渡すのだ。私にその伝宝を」

ミルドは心を決め、きっぱり言った。

「恐れ入りますが、陛下にペンダントを渡すことはできません」

するとゼクレスがすくっと座から立ち上がる。

「ミルド、何を」

王族の衣の裾が静かに床に落とされた。

ミルドはそれを見ることも無く、言葉を続けた。

「ペンダントの伝説は国中でよく知られておりますが、誠にそのペンダントが世界を変えるのかなどは分かっておりません。たとえ本当の事であっても、伝説の存在を公にして隣国の手に渡れば、相当な事になりましょう」

王は怒りをとうとう露わにし、低い声で言う。

「そなた、いつから王に向かってそのような口を叩くようになった。私の手先であるにもかかわらず、そこまで渡すのが嫌か」

「いえ、決してそうでは─」

その時、重い音がして、壁にはめ込まれた王族に代々伝わるという黄金の剣が外された。

ゼクレスは剣を手に持ったまま階段を降りると、鞘から中の銀を抜き取った。

彼がが手に握る刃は蝋燭の炎を反射して鈍く揺らめく。

「ミルドよ、そなたには失望したぞ」

ミルドは赤い瞳孔を縮め、驚きと恐怖を隠せないまま、床に膝を付いていた。

首筋すれすれを鉄の刃が走り、床に剣先が落ちる。

広い王室にはその音が鋭く響き、壁にぶつかって木霊する。

「死にたいか」

ゼクレスが呟くように言った。

「いいえ」

ミルドがはっきり心の内を明かすと、剣先は視界から消えた。

安心して少し気を抜いた時、再び鉄と石がぶつかる音が響く。

しかし今度は現れた剣に、赤く血が付いていた。

自分の肩のある位置から、ぽたり、ぽたりとそれが落ちて大理石に赤い反転が付く。

状況をのみこんだ瞬間、肩に鋭い痛みを感じ、ミルドは床に崩れてしまった。

「陛…下…」

歯を食いしばって激痛に耐えていると、王の太い声が床に、壁に、肩に突き立てられた刃に響いて振動を与える。

そのせいか更に痛みは増し、ミルドが呻き声を上げた。

「これほどの痛みを味わっても、伝宝を渡す気にならぬか」

ミルドは絞り出した声をなんとか言葉にして答えた。

「はい、私は、自分の選んだ者にペンダントを渡します」

ゼクレスは眉間に皺を寄せると、静かに言った。

「そうか…残念だ。まだチャンスがあると言うに、私はまた大切な右腕を失う事になるな」

剣は抜かれた。

血は止めどなく流れ、純白を染めて行く。

放っておけば、失血で息絶えるだろう。

しかし王はあえて留めをさした。

パッと辺りに紅い花弁が舞い、部屋を鮮やかに彩る。

ミルドが息をしなくなったのを見、王の口から言葉が零れた。


私はどれだけの者をこの剣で絶たせただろうか…


END


連載化する、かもしれない。

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