表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
それを運命と言うならば
59/66

敵意の香り


 まずは寮の同室学生と、出入りを許可している学生課の担当者、この二人から話を聞くこと。リーファは方針を決めると、シリルと連れ立って司法学院へ向かった。


「いきなり本人に、備品横領の疑いで調べるぞ、ってわけにはいかないからさ。商店の品物なんかで明らかに帳簿と数が合わないとかだったら、おおっぴらに従業員の部屋を調べたりするけど」

「よくあるんですか、そういう事は」

「残念ながら、よくあるね。内々で済ましてる店が多いけど、次やったら突き出すぞ、って牽制するために呼ばれることもあるし。調べなくてもいいから見回りだけ頼まれることもある。警備隊に勤めて五年も経つと、裁判所に行く手前で、毎日ものすごい数のいざこざが起きてるんだなー、って実感するよ」

「そうなんですね……」

「暗い顔すんなって。あんたら賢い専門家の力に頼らなくても、皆どうにか解決してるってことなんだから、世の中捨てたもんじゃないさ」


 真面目だなぁ、とリーファが笑う。シリルは自分の思い違いに気付かされて目をしばたたき、恥ずかしそうに首を竦めた。


「確かに、法の裁きだけが絶対の解決方法ではありませんね。駄目だな、つい視野狭窄に陥ってしまう」

「なーに、そのうち嫌でも現実が見えるって。くっだらねー揉め事を仲裁に入ったら、誰が決めたんだ王様の命令か法律があるのか、ないんだったら口出しすんな、って開き直る奴はごまんといるからな! そういう奴はたとえ法律があったって屁理屈こねるんだよ」


 不快な出来事を思い出してくさくさしかけたのを払うように、うんと伸びをする。深く吸い込んだ空気がほんのり甘い。この辺りは街並みも小ぎれいで、道端に小さな花壇があったり、窓辺に鉢植えを並べている家もあるのだ。まだ寒さが続いているとはいえ、日当たりのいい場所には水仙やスミレが咲いている。

 もうじき春だな、とリーファは笑顔になって気を取り直した。


「話を戻すけど、ちょくちょくなくなる備品ってのは金目の物かい?」

「高価なものはありません。ペン先や書類挟みといった小さな文房具、休憩室にある共用のカップ……それこそ、誰でもどこかに置き忘れることがありそうな物ばかりです。持ち出すのは簡単ですが、外で売り払ったとしても得られる金はわずかでしょう」


 こちらが訊きたいことを先回りして答えてくれる察しの良さは、さすがに優秀だ。リーファはふむと考えつつ、シリルの先導で学院の門をくぐった。

 校舎の事務室で来客用の名札を受け取り、用件と訪問先を申告する。ついでに学生の出入りについて質問を試みたが、

「学生の私的な事情をみだりに話すわけには参りません」

 の一点張りではねつけられてしまった。ちょうど在室していた事務員は三人だったが、誰の対応も同じだ。上席の事務員は一応、当該学生の情報が犯罪の解明に不可欠であるとの確証が得られたなら協力するのもやぶさかでない、と断りを入れてくれたが、あまり期待はできなさそうだ。


 女子寮訪問も渋い顔をされたが、こちらは備品横領の疑いとあって、幸い許可を得られた。

 シリルに案内してもらいながら、リーファは事務員らの対応を反芻する。三人のうち、やけに敵愾心を感じる表情を見せた一人が気にかかった。司法学院という聖域に土足で踏み込む警備隊員に対する憤慨、だけではないような気配が臭ったのだ。

 あれは怯えだ。探られると痛い腹がある、縄張りに踏み込まれたくない、そんな警戒。かつて後ろ暗い立場に属し、この五年はそれを摘発する側にいる身には、理屈抜きで感知できる臭い。


「白髪がまじった茶色の髪の、五十代ぐらいの女がいたよな。古株の事務員かい?」

「えっ? さあ……どうでしょうか」

 意外な質問だったらしく、シリルは目をしばたたいて記憶を手繰る。

「普通はめったに事務室に行きませんから、顔ぶれまでは、ちょっと。言われてみれば、入学した時からいたかな……?」


 すみません、と謝る様子がそれこそ入学当時に戻ったようで、思わずリーファは失笑した。不審顔になった青年に、拝む仕草をつけて謝る。


「気を悪くさせたらごめん。すっかり一人前になったなぁと思ってたら、やっぱり昔の面影もあって、ちょっと面白くなっちまっただけ。――っと、ここが女子寮か。あんたは入れないよな。どうする? 手短に済ませて出て来るつもりだけど」

「ここで待ってます。乗りかかった船、ではありませんが、気になりますから」

「だよな。部屋であからさまに備品らしいのが見付かったら、持ってくるから確認してくれよな」

 じゃ、とぞんざいに言い置き、リーファは教えられた部屋番号を探して階段を上っていった。


「二○三……っと、ここか」

 司法学院の入学試験に男女別の人数制限はないが、そもそも受験者の数が少ない女子は寮も一棟しかなく、目指す部屋まで迷う余地もなかった。軽くノックすると、中から「はい」と若々しい声が返る。こちらが名乗るより先にドアが開いた。


「どなたですか?」

 硬い声音で問いながら扉を引いた少女は、予想外の人物に声を失い、次いで臙脂色の警備隊制服を見て顔をこわばらせた。

「おっと」

 リーファは半歩下がり、室内には他に誰もいないこと、事前に聞いていたリタの特徴と眼前の少女が一致しないことを確かめると、穏やかに話しかけた。


「突然失礼。私は警備隊分析室所属のリーファ=イーラです。ここはリタ=フィールの部屋、あなたは同室のアニタ=サージで間違いありませんか?」

「あ、はい」


 見るからにアニタはほっと安堵した。眉間の皺が取れ、口元がほころぶ。肩の上で髪をさっぱり切り揃えた、いかにもきびきびした優秀な学生、という印象だ。


「近々いらっしゃるという話は伺ってます。盗まれたものを探すんですよね? どうぞ」

「盗みと決まったわけじゃありませんが、話が早くて助かります。それじゃ遠慮なく」


 手振りに促されてリーファは戸口をくぐり、あれっ、という顔をした。くんくんと空気を嗅いだ来訪者に、アニタも気付いて視線を机のほうへ向ける。その先に小さな香炉があった。


「気持ちを落ち着かせるお香です。これがないと勉強に集中できなくて」

「なるほど。学院の授業は厳しいそうですね」


 煙が出ていないようだが、と訝りつつ香炉を覗き込むと、どうやら精油を水に垂らして蝋燭で緩やかに加熱しているようだ。安全のため炉には魔術の防火紋が刻まれている。

(悪阻がおさまってて良かった)

 リーファは内心ほっとした。少し前まで、匂いに弱くなって大変だったのだ。この香は決して強くはないが、それでもどんな反応が出たか知れない。あまり吸い込まないように急いで顔を離し、部屋の反対側にある机に向き直った。


「こっちがリタの机ですね。集中しやすいように、それぞれ壁に向かって勉強するわけですか」

「はい。でも、あの子がいると気が散ってしまうんですよね。お香を焚いても効果が万全ってわけじゃなくて」


 答える声が嫌悪に尖る。ここでもか、とリーファは内心で眉をひそめた。わざわざ“情報提供”するぐらいだから恐らく、とは予想していたが、外部の者にこれ幸いと鬱憤を吐き出すほどに嫌っているとは。


(こんな狭い部屋で一緒に生活するなんて、きついなぁ)


 アニタに言わせれば自分のほうが被害者だろう。勉強の能率が上がらない、そのために香を買うという余計な出費を強いられる。だがそこまでの嫌悪を毎日毎日突きつけられるリタのほうも、よほど神経が磨り減るだろう。

 きちんと片付けられたリタの机上を眺めながら思案する。


(だから外出する? 妙に大人しくなったっていうこの数ヶ月の間に、安全でくつろげる場所を見付けた、ってことかな)


 単にそこで息抜きをすることで、針の筵の学内に戻っても落ち着いていられるようになった、という話なら良いのだが。


「あの、探さないんですか」

 不意に声をかけられて我に返ると、アニタがじれったそうにこちらを見つめていた。早く有罪判決を下したくてたまらないらしい。

「どうしましょうかね。あなたが目にする範囲で、明らかにそれは備品だろうと思う物が室内にあったり、彼女の持ち物がやたらに増えたり、といったことはありませんか」


 リーファは考えるそぶりで質問を返した。立会人がいるから家捜ししても構わない、と言えばそうなのだが、なるべくなら本人の了承を取り付けたい。

 もともと警備隊の捜査方法というのは乱暴なものである。いまだ裁判でも物証より証言に重きが置かれる状況なので、手段の是非についてはあまり問題にされていないのだ。

 そんな事情は置くとしても、長年の勘が「ここにはない」と告げていた。片付いているから、というだけでなく――抽斗を開けたら盗品コレクションがぎっしり、という例も知っている――どこがどうともなく感じるのだ。


(仮に盗んだとしても、同室に忌み嫌われているのがわかっているのに、ここへ隠しておくはずがない)


 いつ何時、自分の留守中にどんな嫌がらせをされるかも知れないのだから。

 アニタの返事は、リーファの推測を裏付けるものだった。


「あの子の持ち物なんて見てません。でも、増えてはいないと思います。私のほうにはみ出したものは捨てる、って決めてありますから」

「なるほど」


 床板の継ぎ目を見下ろし、廃棄処分の境界はこの辺りだろうか、と目で辿る。ただでさえ狭い部屋がさらに息苦しく感じられ、リーファは質問の方向を変えた。


「それより、リタは頻繁に外出しているって話ですが……」

「はい」

「出入りの際に変わった点はありませんか。持ち物とか服装とか、なんでも」

 アニタは思い出すのも嫌そうに、視線を斜め上に向けて記憶を辿った。

「特に気になることはなかったかと。出入りの際は持ち物も制限されますし。検査まではされませんけど、目立つほどの大きな荷物は咎められますし」

「行く前と帰ってきた後で、極端に違う様子もない?」


 重ねての問いに、アニタは黙って肩を竦めた。知るもんですか、と雄弁に物語る仕草。これ以上長居しても得るものはあるまい。リーファは念のためにもう一度リタの机周辺をざっと見回して不審物がないのを確かめると、お決まりの「ご協力に感謝します」を残して部屋を辞した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ