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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
一線の彼我
54/66

オマケ

本編では省略した、結婚式当夜の話。

直接的な描写は一切ありませんが、少しだけ大人向けの内容で糖度高めにつき注意。



「うひぃ~、やっと終わったぁぁ」

 あまりにも目まぐるしく散々だった一日がようやく終わり、祝福と冷やかしの渦から解放されて新しい部屋に落ち着くと、リーファは思わず大きなため息をついた。既に夜半近い。普段ならとっくに就寝している頃である。

 いわくつきとなった婚礼衣装は早々に侍女の手で脱がされ、手入れして大切にしまっておくために持ち去られている。今は簡素な麻の部屋着一枚だけ。ごゆっくり、と侍女が含み笑いで残した言葉も、今のリーファには字義通りの意味しか持たなかった。

 大きなため息と共に、ソファに倒れるようにして腰を下ろす。横では既にロトが疲れきった風情で身を沈めていた。

 予定通りに挙式出来たとしてもくたびれる一日だったろうが、今日はそれどころではない大騒ぎになったのだ。半日近く意識不明だったリーファも大概消耗しているが、ロトはその間、意志に反して歩き続けていたのだし、しかもそのまま続けて限界まで短縮した結婚式を駆け抜けたのである。二人共よれよれの古雑巾状態だ。

「ロトも、お疲れ~」

 苦笑まじりに言って、リーファは夫の頭を軽く撫でてやった。閉じていた瞼が開いて碧い瞳がのぞき、優しい気配を浮かべる。それが初めて見るもののように思われて、リーファは赤くなった。今の自分もこんな目をしているのだろうか。

 一人恥ずかしがっている間に、ロトの手がすっと上がって、頬に添えられた。リーファも察して、ごく自然に、ゆっくり顔を寄せる。

 軽く唇が触れ、そっと優しく重ねられた。――が、それだけだった。

「……??」

 思わずリーファは目をぱちくりさせ、ロトを凝視する。今のは何だ。挨拶か。こんな日に、こんな状況で?

 ロトは気まずそうに視線を落とし、手を離す。

 ――もしかして。

 ぱかん、とリーファは口を開けた。

「初めてなのか?」

 嘘だろ、と露骨に驚きの声を漏らす。途端にロトは真っ赤になった。

「キスぐらいはあるよ! でも、その……」

 むきのような反論に屈辱が滲む。今度はリーファが慌てた。

「あっ、いやその、ごめん! 馬鹿にしてるんじゃなくて、ただびっくりして。だってロト、人気あったからさ、何人かは付き合った相手がいるだろうと思ってた」

「……君は城で僕の何を見ていたんだい」

 ぐたっ、とロトがうなだれる。リーファは失笑し、急いで表情を取り繕った。

「もちろん、女の子といちゃつく暇なんかなかったってのは、よく知ってるけどさ」

 多忙の合間に女中を部屋に連れ込んで、などという器用で無責任な遊びが出来る性質ではないことも、実はもう長年リーファのことしか見ていなかったということも、今は知っている。だが。

「でもほら、城に来る前とか……」

 リーファは曖昧に言葉を濁してごまかしたが、どうやら追い討ちだったようだ。ロトは背中に暗雲を載せ、顔を両手に埋めてしまった。

「あぁ……ええと、ごめん……」

「……いや、君は悪くないよ……僕が悪いんだ。僕が……」

 はあぁぁぁ。

 魂まで抜けそうなため息をついてから、どうにかロトは顔を上げた。そして、かなり情けない表情で、ぼそぼそと告白した。

「学院時代に二人、付き合ったことがあるんだけどね。その頃の僕は、相手を言い負かすのが大好きな傲慢小僧だったわけだから」

 ああ、とリーファは同情的な苦笑を返す。彼女が知っているロトは、シンハに出会って自分自身と人生とを大きく変えられた後の姿だけだが、それ以前について彼自身の口から少し聞いたことがあるのだ。そんな昔の彼の片鱗らしきものが、今でも時折ちらりと覗くのに気付いてはいた。

 そこから想像されるのは、利発で弁は立つが、自論の正しさにとらわれて相手の気持ちや立場が見えていない、若さゆえの自惚れと慢心にどっぷり浸かった少年。

 容貌と頭の良さに惹かれたとしても、じきに幻滅させられること請け合いだ。

「一人目とは喧嘩別れして、二人目は……その、キスはしたんだけど、その時に言われたのが」

 ――下手クソ。うるさいだけで役に立たない舌ね。

「っっ!」

 リーファは全力で笑いの発作を抑え込み、背中をぷるぷる震わせた。ロトはやるせなく頭を振る。

「いいよ、笑っても。僕だって今じゃ喜劇だと思うさ」

「ご、ごごごめ……だって」

 努力して笑いを押しとどめ、彼女は改めて夫の横顔を眺めて十代の少年の面影を探した。

「その女の子の言い草はひどいと思うけど、そんなこと言われたのが今ここにいるのと同一人物だってことが、なんだかちょっと冗談みたいで。オレが知ってる秘書官さんは何でもてきぱきこなしちまうし、他人から馬鹿にされるようなとこ、全然ないからさ」

 そこまで言い、ふと思い当って気遣う表情になる。

「もしかして、そのせいかい? 前々からロトは人に触れるのが苦手みたいだと思ってたんだけど。肩を叩くぐらいのことでも、妙に緊張してるだろ」

「ああ、うん。あの時以来、所詮おまえは口先だけの男だ、っていう劣等感がつきまとってね……。今だって君とこうしておしゃべりしてるだけだろう?」

 こんな日の、こんな状況なのにね。

 ロトは自嘲気味に両手を広げて、処置なし、の仕草をする。リーファはまた盛大にふきだしそうになったのを、かろうじて堪えた。

「ああもう、ロト」

 こぼれんばかりの温かい笑みと共に、いつものような自然さで、寄りかかって肩をぶつける。そのままリーファは、素早く手を伸ばしてロトの頭をくしゃくしゃにしてやった。

「わっ! ちょっ、リー!」

「可愛いなぁ! このこの!」

「それは止めてくれ!!」

 ひとしきり騒いでから、リーファはロトを解放してやった。相手が手櫛で髪を整えるのに気を取られている隙に、穏やかな口調で言う。

「あのさ、ひとつ心得違いしてるみたいだから、教えとくよ」

「? 何を」

「オレは上手下手でロトを選んだわけじゃないってこと。下手でも別に構わねーよ。これからゆっくり練習してけばいいんだからさ」

「…………」

 ロトが動作を止めて赤面する。リーファは自分もそれにつられないよう、わざとおどけて「な?」と小首を傾げて見せた。その仕草に救われたように、ロトも苦笑をこぼした。

「練習って……」

 肩が小刻みに揺れる。リーファは「そうだよ」と言い返して、ふざけたように座り直し、体をぴったり寄り添わせた。

「時間はこれから、充分あるだろ」

「……そうだね」

 これからは、ずっと一緒だから。

 リーファの想いが伝わり、ロトは我知らず微笑んでいた。自然と手が伸びて、肩を抱き寄せる。

「ありがとう」

 感謝をこめて、額に口付けをひとつ。

 と、リーファがくすぐったそうに目を細めて、もたれかかってきた。喉元に顔を埋めるようにされて、ロトはどきりとする。

「……リー?」

「…………」

 すー、と安らかな寝息が答えた。思わずロトは脱力しかかり、おっと、と姿勢を保つ。次いで自分も睡魔に襲われ、欠伸をした。本音を言えば実のところリーファ同様、今日はこのままソファに沈没したいほど疲れきっていたので、この展開は助かると言えなくもないのだが、しかし。

「せめてベッドに入ってからにして欲しかったな……リー、頼むよ、ちょっと起きて……」

 ロトが身じろぎすると、そのままリーファはこてんと横になってしまった。

 ああ、もう駄目だ。

 リーファの体を落とさないようにソファから立って、毛布を取ってきて……と、考えるだけで気が遠くなる。幸運にも背もたれにかけたままにしていた膝掛けを見つけて引っ張り寄せると、それで二人の体をなんとか覆って――それきり、意識が暗転した。



 当然の結果として、ロトは翌朝足が痺れて立ち上がれず、仕事に出られなかった。恐縮したリーファから事情の説明を受けた国王陛下が、どんな反応をしたかは……まあ、およそご想像の通りである。



(終)

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