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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
一線の彼我
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二章


   二章


 シンハの後を追って、セレムも部屋を出た。花婿の控え室に、微かにでも呪いの痕跡が残っていないか調べに行くのだ。

 残されたフィアナは義従姉の様子を見守りながら、何かのきっかけで呪いが進行しないように、守護術を重ねてかけた。フィアナ自身と相性の良い炎神ドゥーマの力が、暖かな光の膜となってリーファを包む。

 後は、呪いの主が見付かるか、ロトが連れ戻されるまで出来ることはない。フィアナはため息をつき、枕元に椅子を引き寄せて座った。ザフィールが静かに横に立ち、カリーア教の流儀でリーファに祝福を施して、力なく微苦笑した。

「気休めですネ。この地では、私の祝福には効き目がないでしょう。主の威光は、竜の背骨より東には届いていまセンから……。その代わり、多くの神々がいらシャる。それでも、『悪魔』は人に取り入るのですね」

 慨嘆した司祭に、フィアナはちょっと考えてから応じた。

「カリーア教では、唯一絶対神聖な神に対して、邪なものを『悪魔』と呼ぶのでしたね。エファーンではそういう区別はしていません。昏き神々もまた、聖十神と同じく神であるとされています。有名なところでは嫉妬の女神ミュレウだとか、暴力の神エルド辺りですね」

 原初の混沌の残滓とされる妖魔は存在するが、『神』に敵対し、人を唆して道を誤らせる『悪魔』なるものは、東方には存在しない。そもそもが聖十神からして、規範や戒律を説く神ではないのだ。

「魔が棲むのは人の心です。昏き神々は、そうした人の声に応じて呪いに力を与えるんです」

「神様なのに?」

「神様だからこそ、と言うべきでしょうね。神々は人の生きざまを愛でられる。昏き神々とてそれは同じです。人が我欲をむき出しにし、他人を妬み恨み憎んで殺し合う、そうした生きざまを愛でる神もいる……人にとっての善悪など、神々の基準には関係ないんですわ」

「なんと」

 さすがにザフィールは絶句した。カリーアの神は正義を説く神である。盗んではならぬ、姦淫してはならぬ、不浄のものと関わってはならぬ。身の程を弁えて戒律に従え。

 ゆえに彼は、聖十神もまたそれぞれに、何らかの掟や理念めいたものを人に課するものだと理解していたのだ。たとえば太陽神であれば権威に従うこと、権力者の責務といったものを、明文化こそしておらずとも要求しているのだと思い込んでいた。

 しばし呆然としてから、彼はふうっと息をついた。

「こちらの神々のこと、だいぶ分かったつもりでシタが、そんなだとは知りまセンでした。でも、くらい神々、ということは、悪い神なのでしょう? ならば神ではなく『悪魔』と呼ぶべきでないですか」

「ならお聞きしますけど」

 フィアナは少しムッとした風情で反問した。

「神ではなく悪魔だ、だから関わるな耳を貸すなと説いたなら、皆が品行方正になりますか? 西方では悪魔の手を借りようとする人間などいないと?」

「……」

 ザフィールが困り顔になって首を竦めたので、フィアナは深呼吸して矛を収めた。ここで邪悪なるものについて議論したところで、義従姉にかけられた呪いが消えるわけではない。

「噛みついてすみません。司祭様がおっしゃりたいのは、単に分類と呼び名の問題なんでしょうね」

「ええ、まァ。でも少し不思議ではありマス。悪いことをしても、それを喜ぶ神がいて、力を授けてくれるなら、どうしてあなた方はソレが悪いと分かりますか?」

「そんなこと」フィアナは呆れた。「当たり前です。神や悪魔が何だろうと、人が生きる世の決まりは人が決めるもので、それに照らせば善悪の別は明らかじゃありませんか。人を律するのは人です。神々は私たちを見守り力を貸して下さるけれど、人を管理したり操作したりはしません――少なくともこちらの神々は」

 当然だろうという調子でしゃべっていたフィアナは、途中で相手の常識ではないのだと気付き、最後に一言だけ断りを入れた。ザフィールはさして気にした様子もなく、いつもと同じ穏やかな表情のままうなずく。

「本当に、不思議でス。神が定められようと否とにかかわらず、悪は悪だと認められる。それは人の世の決まりだとおっしゃいますが、ではその決まりは、いつ誰がどうして決めたでしょうか。そして……悪だと決めたにもかかわらず、その道に堕ちる人が絶えないのは、どうしてなのか」

 どこか遠くを見るまなざしで考え耽っていた司祭は、ふと夢から醒めたように首を振ってリーファに視線を向けた。

「なぜリーファさんなのでしょう。死を願うほど憎まれるなんて、そんな人でナイですが」

 途端にフィアナは忌々しげな唸りを漏らした。

「嫉妬や横恋慕の前には、姉さんの人柄がどうかなんてことは、無意味なんでしょう。本当にくだらない、うんざりだわ。誰が色恋沙汰を幸福の尺度にすると決めたのかしら」

 それが神だとしても、一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。そんな風情でこめかみを揉んだフィアナに、ザフィールはおやおやとばかりの苦笑をこぼしたが、賢明にも発言は差し控えた。代わりに、当面の問題解決に意識を向ける。

「この呪いは、悪い神の力を借りて、かけられたのでスね? どうすれば解けますか。もっと偉いの神様に助けて貰うですか?」

 フィアナはまだ憤懣やる方なしの風情だったが、自分の気を落ち着かせるためにも、話題の転換には乗ってきた。

「先ほど申し上げた呪いの種類ふたつ、その内の手順と様式を守った“正しい”方法でかけられたものであれば、解除も可能です。組み立てられた術の構成を書き換えたり壊したりすれば……でも、この呪いは違います。法則も様式もない、強引に昏き神々の力を叩きつけているようなものですから、解除は普通、出来ません。成就するか防がれて跳ね返されるか、どちらかです」

 だからまともな人間はどんなに恨めしく思っても、本気で呪いをかけたりはしないんです、とフィアナは説明を締めくくった。

 高度な知識と技があれば危険を冒さずとも呪いをかけられるが、そうでない一般人は、己に同じものが返って来ることを覚悟しなければならない。命や財産や恋人、相手から奪ってやろうと思ったものを、己が失うことになるのだ。

 そうなっても構わないとまで思いつめる者もいるだろうが、それほどの激情を抱く者ならば、効果が不確かな呪いよりもいっそ直接的な手段に出る。

「では、ロトさんを見つけて連れ戻せたら、呪いは防がれる……ということですか」

「ええ。そして呪いの主は相応の報いを受ける。出来ればそうなる前に見つけ出して、たっぷり苦しませてやりたいところですけど!」

 フィアナが唸る。また怒りがぶり返してしまったようだ。今度こそザフィールは降参し、安全な沈黙の奥へと撤退したのだった。


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