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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
水準器
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一章

秋の初めの話。部分的に少しだけ流血描写があります。




 近頃、王都は騒がしい。

 というのも、性質の悪い強盗が警備隊の手を逃れて、見世物のように犯行を重ねているからだ。新年まもなくから始まり、およそ毎月一件。そろそろ季節は秋になろうとしているのに、まだ捕まらない。

「だが、それも今日までだ」

 ふふふ、と不敵な笑いをこぼしたのは四番隊二班の班長、セルノである。横でその部下リーファは白けた顔をした。

「読みがあたればいいですがね」

「なんだ、自信がないのか。君が言い出したことだろう」

 軽く揶揄する口調で言い、セルノは前髪をかき上げた。ふわりと漂う薄荷の香りが厭味たらしい。

 この班長が旧都からやって来たのは去年の暮れだ。部下たちも少しは耐性がついたものの、諦めて平常心と無我の境地を保てるまでには至らない。悟りの道は遠いというわけで、リーファもやはり、こっそりため息をついてしまった。が、当のセルノはそれに気付かず、あるいは無視してか、つくづくと感じ入った風情でつぶやく。

「まさか、獲物の選定に規則性があるとはな。そんな芝居がかったことをする馬鹿がいるとは、いやはやまったく、君の昔なじみの世界は奥が深いものだ」

「たまたま気付いただけですよ」

 リーファはげっそりしながら応じ、自分が割り出した“推定獲物”を見やった。

 劇場街にはよくある下宿屋で、住人は女だけの物件だ。お針子や、役者や歌手の卵など、舞台業界にかかわる数人が間借りしている。建物の一階には大家の老夫婦と、雇われ警備員が一人。

 両隣と向かいの数軒も似たようなもので、昼間はほとんど無人だ。今、リーファとセルノはその一軒の陰に身を潜めていた。

 セルノが、予測に間違いがないか確かめるように、事件のあらましをつぶやく。

「狙うのは決まって下宿住まいの女。身寄りはいないか、いても遠方住まい。必ず赤毛で、背はあまり高くない。ほかの住人が留守か、少ない時を狙うが、おおむね毎月八日前後に犯行に及ぶ。現場に血で蜘蛛のしるしを残していることから、日付も犯人にとって意味のある数字なんだろう」

 リーファは黙って確認のしるしに首肯した。規則性に気付いたのは他ならぬ彼女自身で、巡回中にご婦人方の井戸端会議に巻き込まれたのがきっかけだったのだ。

 怖いわねぇ、あたしたちも気をつけなくちゃ、と交わされる言葉。彼女たちの情報網はどこまで広がっているのか、よその街区の事件でもやたら詳細に伝わっている。

 赤毛の女が狙われるんですってよ、それも若い美人ばかり。

 最初はお屋敷街の住み込み女中だったとか。そういえば城壁の外でも、似た事件があったんですって。誰か真似したんじゃないのかしら。真似と言えば子供が蜘蛛のらくがきをして、女の子を泣かせたりしてるのよ、困るわ。

 次々狙いを変えるから、どこに住んでいても安心は出来ないわねぇ。警備隊は何やってるの、早く捕まえてちょうだいよ。

 そんな感じに、やいのやいのと言われて、初めてリーファはもしやと犯行の規則性に気付いたのだ。

 むろん、事件そのものは前から知っていた。

 最初の事件は井戸端情報の通り、一番街の屋敷に勤める女中だった。住み込み使用人専用の離れがあって、自室にいるところを襲われた。

 殺されはしなかったが刃物で脅され傷つけられ、その血で壁に蜘蛛のような模様が描かれていた。もっとも、当初その小さな落書きは見落とされていたのだが。

 盗られたものは、部屋にあったごくわずかな所持金と数点の装身具、それに彼女の見事な赤毛をばっさり。犯人は女の背後から襲いかかって目隠しをしたため、男だということぐらいしか分かっていない。

 次が八番隊の管轄、すなわち城壁のすぐ外だった。市内に入り損ねた者が外で宿をとることも多いので、街道沿いにも街が広がっているのだ。そんな宿の一軒で、これまた赤毛の女が襲われた。宿に住み込みで働いており、これは殺されている。

 各班が個別に捜査して関連に気付かれないまま、二番街、七番街でも被害が出て、市民の噂になり、警備隊も同一犯との見解に達した。

 しかし出没範囲があまりに広く、被害者が赤毛という他に共通点も見付からず、手をこまねいている間に三番街、六番街と犯行は続き、ようやく次は四番街だと予測が立った。

 その頃にはリーファも各事件について勝手に調べており、自分の受け持ち区内で狙われそうな場所・人物を絞り込んでいたので、現在かくのごとく手分けして張り込み中と相成った次第である。

 正午の鐘が近くの神殿から聞こえてきた。残念ながら、昼食を買いに行っている暇はなさそうだが。

「まったく、人騒がせな奴だ」

 セルノが小さく唸った。捕まえたらたっぷりいたぶってやる、と決めているのがその顔から読み取れる。リーファもそれには賛成なので、うなずいて応じた。

「金が欲しくて盗みに入った、というのなら理解できるし同情しなくもないんですが。奴はただ王都を騒がせて喜んでいるとしか思えません。迷惑千万です」

 一件あたりの被害額は、よくある空き巣狙いよりも少ないほどだから、金目当ての犯行とは考えにくい。被害者も、赤毛を除けば顔立ちや年齢・職業に統一性がなく、もちろん彼女らの間に一切つながりはなかった。つまり怨恨絡みでもない。

(蜘蛛のおっさんも、迷惑してるだろうなぁ)

 リーファは顔見知りの男を思い浮かべ、心中密かに同情した。王都の貧しい地区には、警備隊を煩わせるまでには至らない、しかし叩けば埃が山と出る連中が住んでいる。そうした面々を陰で取り仕切っているのが、蜘蛛と呼ばれる男なのだ。

 むろん、管轄である六番隊がすぐに彼と接触し、無関係だとの言質をとっている。それはそうだ、警備隊に顔と通称を知られている男が、わざわざ自分がやりましたとばかりの手掛かりを残すわけがない。

(とすると、あのおっさんに罪を着せようって奴かも知れないけど)

 そんな奴ァ掃いて捨てるほどいる、と自慢げに言われた日にはどうしようもない。とにかく犯人を逮捕するしかないだろう。

 リーファがあれこれ思い巡らせている横で、セルノも自分の考え事をしていたらしく、どこか上の空でつぶやいた。

「同一犯による連続した犯罪は過去にも例があるが、こんなことは初めてだ」

「ラウロでも連続した事件が?」

「ああ。一定区内にいる娼婦が続けて殺されたり、特定の商店の系列を狙った窃盗もあった。どちらもすぐに次の狙いが分かったし、警戒するのも容易だったが……この犯人は何を考えているのかさっぱり分からん」

 セルノは不快げに言って顔をしかめた。へえ、とリーファは本筋と外れたところに興味を引かれる。

「案外、ラウロの方が治安は悪いんですかね」

「案外も何も、シエナの数倍は物騒だぞ」セルノが呆れた。「歴史が古い分、犯罪者の根も深い。街の規模もあちらの方が大きいし、古い区画はもうどうにも手のつけられない、混沌とした無法状態だ。おまけに、ここと違って、いきなり自分の隣に国王陛下が現れる心配もないからな」

 言葉尻で肩を竦めたセルノに、リーファは思わず失笑する。

 と、その時だった。

 視界の端に人影が入り、リーファは瞬時に警戒する。セルノも気付いて身構えた。

 下宿屋の住人が帰って来たのだ。スカーフで頭を隠すようにしているが、はみ出た赤毛が逆に目立つ。彼女には既に、危険を伝えた上で、なるべくいつも通りに生活するよう頼んである。だが、さすがに怯えずにはいられないだろう。玄関を開ける前にそわそわと周囲を見回してから、逃げるように中へ入った。

 リーファとセルノは息を殺し、陰から出ないように注意しながら警戒を強めた。

 往来の人通りが絶える。一呼吸の後、誰かが下宿屋横の路地に現れた。どうやら裏手に潜んで、獲物の帰りを待っていたらしい。

 リーファはセルノと視線を交わし、小さくうなずいた。

 読みがあたった。路地に立つ人影は、窓から侵入しようとしているようだ。表通りには出てこず、なにやらごそごそ不審な動きをして……

「入った」

 セルノがつぶやくと同時に、リーファは走り出していた。通りを横切り、侵入者の後を追って路地に入る。案の定、小さな窓があった。安普請なのでガラスはなく、開け放しだ。

 一方セルノは正面玄関に駆けつけ、そっと押し開く。中はまだ静かだ。建物の角から顔を出したリーファに、手振りで合図してから、すっと体を滑り込ませた。

 リーファは窓に手をかけると、中の気配に注意しながら忍び込んだ。まだ身軽だとは言え、昔ほどは背が低くないので、少々てこずる。

(犯人もそんなにゴツい奴じゃないんだな)

 ふむ、と推測しながら部屋に立つ。共用の手洗い場だった。既に犯人はいない。廊下に出ると、正面から来たセルノと合流した。お互い小さく首を振ったのは、まだ見つけていない、という合図。

 同時に、ギシッという音が頭上で響いた。二人が反射的に仰ぎ見ると、階上の廊下の端から、誰かの踵がちらりと覗いた。

 静かに、しかし急いで階段を上る。二人が踊り場を曲がると同時に、女の部屋の扉が開いた。乱暴にではなく、ごく普通に。

(野郎、慣れてやがる)

 リーファは内心舌打ちした。

 今までの事件でも、強盗は扉を蹴破って押し入るようなことはせず、たいてい「いつの間にか」室内にいたという。だからどの被害者も隙を突かれ、背後を取られて、犯人の顔を見ていないのだ。

 残りの階段を駆け上がった直後、室内から騒音が響いた。物が倒れる音、くぐもった悲鳴。二人は部屋に飛び込み、女を羽交い絞めにしている男につかみかかった。

「警備隊だ! 大人しくしろ!」

 二人がかりでそれぞれ男の腕を取り、女から引き離す。女がよろけ、倒れた椅子につまずいて転んだが、リーファもセルノも、強盗を取り押さえるのに手一杯だった。

「離せッ、畜生! 離せってんだ、クソ野郎!」

 男がわめく。声はまだ若い。じきにセルノが相手を床に組み伏せ、両手を背中で縛り上げた。リーファはへたりこんでいる女に手を貸し、怪我はないか、と気遣う。頭に麻の袋がひっかかっているのは、被せられかけたものだろう。

「よーし、これで迷惑な一人芝居も幕切れだ。続きは楽屋でたっぷり聞かせてもらおうか」

 セルノが男の背中を膝で押さえつけたまま、厭味に勝ち誇る。リーファは椅子を立て直して女を座らせ、ほっと笑みを広げた。

「新しい被害者が出なくて、本当に良かった」

「お手柄だな、リーファ」

 セルノに言われて、リーファは目を丸くした。露骨な驚きように、セルノは眉を上げる。

「なんだ、私に褒められるのがそんなに意外か?」

「いえ、そういうわけでは」

 セルノの態度は相変わらず苛々させられるが、仕事上の評価については、公平で客観的だ。そのことには既に気付いている。驚いたのは別件で、

「班長は私に名前があるってことさえ、お忘れかと思っていました」

 正直に白状したリーファに、セルノはしかめ面をして見せた。

「人の頭を勝手に穴あきにするな」

「失礼」

 リーファはおどけて詫びながら、セルノを手伝って、確保したばかりの犯人を立たせた。顔を見る限り、まだ十代ではなかろうか。リーファと同じぐらいの高さにある目が、ぼさぼさの赤毛の下から憎々しげな視線を向けてきた。

「てめえッ、ふざけんな! こんなことして只で済むと思ってんのかッ! ぶッ殺すぞ!!」

「ん? どうも自分の立場が分かってないみたいだな、あんた」

 リーファは眉を寄せ、わざとじっくり相手を観察してやる。若者は怒りに顔をゆがめて暴れたが、むろんセルノの束縛はびくともしなかった。

「挑発するな。後でゆっくり遊ばせてやるから」

 セルノも諭すふりで一緒になって犯人をいじめた後、無意味に爽やかな笑顔を作って、晴れ晴れと宣言した。

「ともあれ、これにて一件落着、だな!」

 ――その筈、だった。


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