表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
番外短編
47/66

お題企画SS『満艦飾』『人参』

サイトで開催した「辞書ポンお題企画」のSSから、王都ネタ。

辞書を開いた頁から適当に選んだ単語を並べ、読者様から内容の指定を受けて書いたものです。




【満艦飾】 ※時期はリーファ19歳の夏、靴職人の少し前。


 照りつける陽射しを受けて、シャーディン河の水面がきらめく。さざなみに揺れる花畑のごとき色彩は、大型帆船に施された満艦飾の影だ。

 常から賑わう船着場であるが、今日に限っては商売や水運と無縁の市民も大勢集っていた。船場祭である。

 付近一帯にはずらりと屋台が並び、普段は素人など相手にしない業者が卸値で商品を小売しているとあって、王都中の人が買い物にやって来るのだ。広場では大道芸も披露され、やんやの喝采を浴びている。

「すごい人出だな、うへぇ」

 リーファは二番隊に配属になって初めてこの祭を体験し、眩暈を起こしそうになっていた。カナンと二人して巡回しているのだが、この混雑の中で何をどう警備できるものかと既に諦め気味である。

 主役である王家所有の帆船も一般公開され、物見高い人の列がぞろぞろ出入りしている。帆は畳まれているが、代わりにありとあらゆる索具に色とりどりの旗が飾られて、まるで巨大な花籠だ。遥かに高いマストのてっぺんを見上げ、リーファは何気なくつぶやいた。

「オレ、船には乗ったことないんだよな」

「そうなのか?」

 意外そうにカナンが聞き返す。リーファは「ああ、いや」と思い出して首を振った。

「国境の大河で渡し舟には乗ったけど。こういうでかいのには乗ったことない。まぁ大概そうだろうけどさ」

 水運関係者や巡礼者でもない限り、貴族でない庶民が船旅をすることは滅多にない。カナンもやはりうなずいて同意した。

「それなら俺もだ。でも、乗るだけなら今、乗れるぞ。旅は出来ないけど」

 笑って船を示した先輩に、リーファは「いいのかよ」と苦笑しつつも好奇心を抑えきれず、見学者の列に並んだ。

 何食わぬ顔で甲板をうろつきながら、リーファは隣のカナンに話しかけた。

「この船が王都にあるってのも珍しいよな」

 二番隊に来てから船着場にもしばしば足を運んでいるが、王家の船が停泊していた記憶はない。と、ずっと後ろから返事があった。

「普段はシャーディン河をうろうろしているからな。維持費を稼ぎ出すのに忙しいんだ」

「へぇー。って、なんでおまえがここにいるんだよ」

 胡乱な目つきで振り返ったリーファの隣で、カナンが弾かれたように姿勢を正して敬礼する。二人の視線の先で、黒髪の国王陛下が後部甲板の手すりによりかかっていた。

「一応この船は俺のものだからな。いたずらされたり、中で子供が隠れん坊をしてどこぞの隅にはまったりしたら困る」

「どうせ監督するんなら、見物人の案内でもやってろよ」

 リーファが呆れて言い返すと、シンハは笑いながら階段を降りてきた。カナンが言い訳もそこそこに逃げ出したのを見送り、彼は肩を竦めてリーファに反問する。

「ああいう反応をされる俺に、案内役が務まると思うか?」

「使えねー王様だなぁ」

「おまえだけでも案内してやろうかと思ったが、必要ないらしいな」

「滅相もない、身に余る光栄でござっす!」

 シンハが冷ややかな目つきをしたもので、リーファは慌ててご機嫌を取ろうとして台詞を噛んだ。短い間の後、二人揃ってふきだす。少し笑ってから、リーファはぐるりを見渡して言った。

「おまえの船、ってことは、これで旅したことがあるのか?」

「南方を訪ねる時に何回か、な。自分で動かしたわけじゃないが」

「いくらおまえが脱走王でも、一人でこんな船を動かされちゃたまんねーよ。どこまで行く気だ」

 リーファは苦笑し、国王のくせに大概なんでも自力でこなしてしまう困った男の腕を叩いた。シンハは軽く彼女の頭をくしゃりと撫でて、懐かしそうにマストを見上げる。

「あの時の姿を見せられないのが残念だな。こうして飾り立てられているのも悪くないが、やはり帆を張って走っているのが一番映える」

 眩しそうに細められた緑の目には、記憶にある白い帆が広がっているのだろう。リーファも首をのけぞらせ、同じものを見ようと目蔭を差した。

「……そっか。オレもいつか、船で旅してみたいな。帆を全部広げて、いっぱいに風を受けてさ」

 そうして、どこまでも遮るもののない海原を、まだ見ぬ最果てを目指して駆けてゆくのだ。

 明るく自由な未来を空想しているリーファを、シンハが悪戯っぽく誘った。

「なんなら今から、この船を強奪して旅立つか」

「自分の船を強奪ってなんなんだ、おかしいだろ馬鹿」

 リーファは顔を下ろし、苦笑しながらシンハを小突く。それから、彼の目に宿る微かな寂しさには気付かなかったふりで、「まぁでも」と明るい声をつなげた。

「いつか、な。おまえが王様やめて自由になったら、そん時はオレも連れてってくれよ。この船じゃなくてもいいからさ」

「ああ」

 シンハがうなずき、その手をリーファの肩に置く。短い返事に入りきらなかった想いが、手を通じて流れ込んでくるように感じられて、リーファは黙って目をしばたたいた。


(終)



=オマケ・その頃のロト=


「陛下、失礼します」

 いつもの調子で執務室に入り、空席を目にして一瞬愕然とする。次いで彼は睡眠不足の目をこすった。

「あぁそうか、船場祭……だっけ」

 船が心配だからちょっと様子を見てくる、というあからさまに息抜き目的の口実を、認めたのは彼自身だった。おまえも行かないかと誘われたのを断り、帰りが遅れたらそれだけ書類の山が高くなりますからね、と脅して放免したのだ。

 仕事の緊張感が途切れ、ロトはため息をついて持ってきた書類を机上の山に加えた。

「……帰ってくるまで、ちょっと……ちょっとだけ、寝てもいいかな……」

 あくびを噛み殺しながら部屋を出る。それは、いかな脱走王といえども仕事を途中で放り出して消えたりしない、必ず帰って来るという信頼ゆえのつぶやきだった。

 もっとも、同じ時に船上で交わされた不穏な約束を知れば、態度は違ったかもしれないが。


=======================================


【人参】


「うー、寒ぅぅ!」

 歯をガチガチ鳴らしながら帰って来たリーファが、挨拶も飛ばして暖炉に駆け寄る。場所はむろん国王の私室で、自分の部屋ではない。雪で湿った外套をまだ着込んだまま、暖炉のそばに置いてあったポットを取って勝手に茶を注ぐ。このところ毎日リーファが凍えて帰って来るので、部屋の主がすぐに飲めるようにと用意しておいてくれたのだ。

 そのシンハが席を立ち、何やら手にして近寄ってきた。

「そんなにへばりついたら、顔を火傷するぞ。炙るならこっちにしろ」

 忠告しながら差し出したのは、皿に載った焼き菓子一切れ。受け取ったリーファは一瞬記憶を探る目つきになり、次いでぱっと笑みを広げた。

「ニンジンケーキ! これ作るの久しぶりじゃないか?」

「人参?」

 と訝る声を上げたのはロトである。ちなみに彼も仕事を終えて同じ菓子を食べているのだが、慌てて自分のケーキを観察しても人参らしきモノは見えない。もちろん、そんな味もしなかった。

 しっとりした生地は固すぎず柔らかすぎず、ほろほろと口の中で崩れる。ローストして細かく砕いた胡桃の香ばしさと蜂蜜の甘さ、薄く挟まれた林檎ジャムの酸味が見事に調和して、思わず陶然となるほどだ。

 ロトは改めて一口味わってから、シンハに妙な顔を向けた。

「隠し味に人参が入っているんですか?」

「まさか」

 笑ってシンハが応じ、いつものようにリーファの頭をくしゃりと撫でた。

「一昨年だったかな。こいつが雪かきに辟易してダラダラさぼっていたから」

「さぼってねーよ! ちょっとやる気なくしてただけだろ!」

 すかさずリーファは抗議したが、軽く手を振っていなされてしまった。

「何にしろ燃料切れになっていたからな、後でニンジンをやるからもう一働き踏ん張れと言ったんだ」

「――ああ、なるほど」

 ロトはそれだけでおよそ察し、微苦笑してうなずく。リーファは焼き菓子を暖炉の火で少し温めてから、ぱくりと口に放り込んだ。

「んー、やっぱり美味いっ! 本当、あん時は騙されたよなぁ。ニンジンなんか貰っても嬉しかねーよ、って思ったんだけどさ」

 ちっともありがたくない代物であっても、後で報酬をくれるというのは、それだけ雪かきが大切だという意味だ。そう考えて当時のリーファは渋々作業を再開し、動き始めるとまたいつしか苦にならなくなって、それなりの戦果を上げた。

「雪かき終わって帰ってきたら、これ出してくれてさ。どこがニンジンだ! って思わず蹴り入れちまったよ」

 あはは、とリーファは悪びれずに笑う。シンハも思い出して、今更ながら仕返しとばかり、軽く頭をはたいた。すかさずリーファはシンハの足をひっぱたく。

「んだよ、おまえが悪いんだぞ。まだ言葉が良く分かってないのに、ニンジンが比喩だとか気付くわけないだろ。馬の鼻先にニンジンぶら下げるとか……っていうか、そもそも馬だってニンジンより林檎の方が好きじゃないか」

「まあ、そうなんだがな。なぜか昔からそういう言い回しをするんだ、仕方ないだろう」

 言い合う二人をよそに、ロトは何とも複雑な顔で自分のケーキを見つめていた。

 そして一言。

「……そうですか、ニンジンなんですか……」

 ぽつりとこぼれた言葉の重たさに、シンハとリーファは共に目をぱちくりさせる。一拍置いてその意味に気付き、慌ててシンハが駆け寄った。

「待て、違う、そうじゃない! 誰もおまえにこれ以上働けとは言ってない!」

「国王陛下におかれましては日頃の私めの働きぶりにご不満であらせられると」

「言ってない!!」

 悲鳴を上げるシンハに対し、相変わらず暗い顔でぶつぶつ詫びるロト。

 結果としてその後しばらく、国王陛下はニンジン作りを自粛なさるはめになったのだとか……。


(終)


※もちろんロトの“お詫び”は計算ずく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ