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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
番外短編
46/66

第一印象

リーファとロトが出会ったばかりの頃の話。

『想いの証』終盤でちらっと触れられている、行水事件の顛末。


「初めまして。国王付秘書官のロト=ラーシュです。どうぞよろしく」

 なめらかに出てきたウェスレ語は、つい昨日まで当地の重鎮相手に何度も使ったものだった。返ってきたのは、

「オレはリーファ。シンハから聞いてっだろうけど、世話んなるぜ」

 少々砕けすぎた言葉で、そんなウェスレ語を耳にする機会がなかった僕は、聞き取って理解するのに一呼吸だけ時間がかかった。

 次に感じたのは、漠然とした不安だった。

 ――大丈夫かな。

 ここしばらく、僕は陛下とは別行動だった。それでも遠話石で連絡は受けていたから、その子が陛下を手助けしてくれたのは、知っていたけれど。

 そして一目見て、ああすっかり陛下に懐いているなと分かったけれど。

 東へ連れて帰るとなったら、話は別だ。

 また妙なのを拾って、と城の皆や貴族たちに眉をひそめられるのは、別にいい。陛下の行動が型破りなのは昔からだし、あの人が自分の信念や生き方を貫けるように、僕は一緒に城へ上がったのだから。

 ただ、この子にとってはどうだろうか。

 言葉も通じない、習慣も気候も食べ物も違う。今は一日中、陛下にくっついてちょこまかしていられても、シエナに着いたらそうはいかない。

 このままここで、誰かきちんと養育してくれる人を探す方がいいんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていたら、当人が気付いて、少し怒ったような笑みを見せた。

「そんなにピリピリすんなよ、別にあんたの懐を狙ったりしねーよ」

 これまた俗語だ。およその意味は分かるけど、ずっとこれだと苦労しそうだなぁ。

 誤解だと伝えたかったけれど、ウェスレ語で上手に説明できる気がしなかったので、僕はただ「違うよ」と自分の言葉で応じて首を振るだけにしておいた。

 くどくど心配していることを話したら、きっとこの子は思うだろう。

 この偉そうな奴は、あれこれ理由をつけて卑しい盗人を捨てて帰りたいんだな、と。

 やれやれ。まあいいさ、拾ったのは陛下なんだから、僕はそれに従うまでのことだ。とりあえず、連れて帰ってどうするか、具体的なことを相談してこよう。


     *


「初めまして。国王付秘書官のロト=ラーシュです。どうぞよろしく」

 そう名乗ったのは、いかにもお育ちの良さそうな、爽やかな愛想笑いをはりつけた兄ちゃんだった。小汚い盗人相手に「どうぞ」はねーだろ。馬鹿にしてんのかこいつ。

「オレはリーファ。シンハから聞いてっだろうけど、世話んなるぜ」

 わざとぞんざいに答えてやったら、笑顔のまま一瞬かたまりやがった。ざまみろ。

 次に感じたのは、面倒くせえ、の一言だった。

 シンハが王様だって分かった時から、絶対に後でうじゃうじゃ御付の連中が出てきて、うるさく言うんだろうなと予想はしてたんだ。だいたい、てっぺんにいる偉いさんは気ままにしてるけど、その取り巻き連中の方が厄介なものと決まってる。

 あのシンハが事あるごとに、人間火山だの小言が怖いだのとびびりまくってたから、どんなに口うるさい奴かと思ってたけど。

 ……どうなのかね、これは。人のことじーっと見つめて、色々考えてそうだよな。

 どうせ、薄汚いガキだなとか、なんでこんなの拾ったんだとか、そんなとこだろう。出来るなら、オレの後ろ襟を二本指でつまんでゴミ捨て場へポイしたいに違いない。

「そんなにピリピリすんなよ、別にあんたの懐を狙ったりしねーよ」

 鼻を鳴らして言ってやったら、嫌そうに顔をしかめて首を振りやがった。ちッ。

 あーあ、シンハと一緒に行くとは決めたけど、これからオレ、毎日こんな感じのいや~な目にさらされて過ごすのか。面倒くせえな。


    ***


 これは意外と拾い物かもしれない。

 皮肉や冗談でなく、僕は認識を改めた。リーは驚くほど色々な事に気のつく子だ。

 僕もどちらかというと(姉に鍛えられたせいで)まめな方だと思っていたけれど、この子は実に細々(こまごま)とはしっこい。観察力と洞察力があり、それに基づいて素早く反応する敏捷性もあるようだ。加えて意欲も。

 誰かが渇きに苦しんでいる様子だったら、余力のある同行者から水筒をさっと失敬して回してくれる。行く手に不自然な砂埃が立っていたり、獣がうろついていたりすれば、真っ先に気付く。それだけ色々目配りしながらも、暇さえあればエファーン語の名詞を教わったり、簡単な会話をしようと試みたりしている。ぼんやり人の後にくっついて歩いているだけ、というような事はほとんど無い。

 最初は、捨てていかれないように必死なのかなと、いじらしく思った。無理しなくていいんだよ、と、いつ言おうか迷ったぐらいだ。

 けれど、そうじゃないとすぐに分かった。

 感謝されても得意がるでもなく、顔色を窺ったり媚を売ったり、御用はありませんかとつきまとったりもしない。不思議な子だ。

 そうシンハ様に言ったら、だからあいつは俺の目をまともに見返すことが出来るんだ、と笑っておっしゃった。ちょっと悔しくなったのはここだけの話。

 僕も数日の間に、細い手が一緒に何かと作業することを当たり前のように受け入れていた。食事の用意や水汲みも、荷造りや荷解きも、リーが手伝ってくれると効率が良い。

 旅を始めてから五日ほどして、町で久しぶりにまともな宿を取った時も、リーはあれこれ作業を手伝ってくれた。

「いつもありがとう、リー」

 ウェスレ語でお礼を言うと、リーはややこしい顔をしながらも、笑みらしいものを見せてくれた。うん、可愛いな。弟が出来たみたいで嬉しくなる。

「もう大丈夫だから、遊んでおいで。水浴びしてくるといいよ」

 シンハ様は宿に入る前に砂を落としたいと言っていたから、井戸のところにいるはずだ。リーと僕は足を洗っただけだから、まだ体中ザリザリしている。

 僕の提案に、リーは小首を傾げてから、うんとうなずいて駆け出した。

 軽い足音が外に消える。しばらくしてから僕は、リーが何も持たずに行ったことに気が付いた。服を着たまま、頭から水をかぶっておしまいにするつもりだろうけど、それにしたってタオルぐらいは要るだろう。

 僕は慌てて後を追いかけた。


     *


 こいつ、意外といい奴かもしれない。

 何日かして、ロトのことをそう思うようになった。最初はなんか面倒くせーなと思ったけど、別にオレを邪魔者扱いする様子もないし、つまみ出そうとする気配も無い。

 シンハが連れて来たから仕方ないと思ってるにしても、一応、ポイすることは諦めてくれたみたいだ。……観察されてるみたいなのは、やっぱちょっと気に食わねえけど。そりゃ、大事な王様の身辺をコソ泥がうろちょろしてたら、目を光らせないわけにもいかないってのは分かる。分かるけど、可哀想な子を見る目はやめろってんだ畜生。

 いっぺん水筒を()ってやったら、全然気が付いてなくて、後でびっくりしてた。しっかりしてんだか、とろいんだか。

 ああもう、早いとこ向こうの言葉を覚えないと、不便でしょうがない。

 せっせと勉強してると、ロトも色々協力してくれるようになった。ものの名前を教えてくれたり、オレの言葉の間違いをちゃんと直してくれたり。

 うん、意外といい奴だ。

 言葉を教えてくれるから、礼にと思ってなるべくあれこれ手伝うようにしてたら、向こうから先に礼を言われちまった。それも相変わらずの爽やかな笑顔で。

「いつもありがとう、リー」

 うぁ……。勘弁してくれよ、それはオレの台詞だろ。あーうー、もう、面倒くせえな!

 返事に困ってもぞもぞしていたら、また先を越された。

「もう大丈夫だから、遊んでおいで。水浴びしてくるといいよ」

 水浴び、ねぇ。そういやシンハが先に砂を落とすとか言ってたな。オレも久しぶりに水かぶっとこうかな。うん、そうしよう。ロトに礼を言うのはその後でいいや。出来ればシンハに、エファーン語でなんて言うのか聞いてからにしよう。

 よし。そうと決まれば善は急げ!


    ***


 ロトがタオルを持って外に出ると、井戸の方からやいのやいのと言い合う声が聞こえてきた。

 何をはしゃいでいるんだか、とロトは苦笑する。小さな子供と一緒になって、水遊びしている主君の姿が目に浮かぶ。

 やれやれとそちらへ向かった彼は、その主君の姿が視界に入ると、訝しげな顔になった。

 井戸のそばに、シンハとセレム。少し離れたところでは、宿の者が何人か働いている。

 そして水浴びに行ったはずのリーファは、シンハと取っ組み合いになっていた。

「水をかぶったぐらいじゃどうにもならんだろうが、髪の中まで砂まみれだぞ? ほら観念しろ!」

「いいっつってんだろ! 赤ん坊じゃねんだから、こんな(たらい)に入れるかっつの! やめろ馬鹿、だああぁ!!」

 ぎゃあわあと叫ぶ声に続いて、派手な水音が上がる。ロトが慌てて駆けつけると、リーファが盥の中に突き転ばされたところだった。いかにリーファが小柄で盥が大きいと言っても、全身は入らない。ひっくり返った亀のような状態で、上半身ずぶ濡れになっていた。

「いってえぇ~~」

 呻きながらリーファが頭を振り、尻を盥の水につけたまま情けない顔で起き上がる。無理やり脱がされかけたのか、襟元の紐がほどけて、肩が半分見えるぐらいまで上着がずり落ちていた。

 ロトは呆れてため息をつき、主君をたしなめようと口を開く。そしてそのまま、絶句した。

 鎖骨の下まであらわになったリーファの胸元は、明らかに少年のものではなかった。その膨らみはごくささやかなものだったが、あばらが浮き出るほど痩せた体に濡れた衣服が張り付いている状態では、見間違えようがない。

「……っっ、何をやっているんですかあなたは!!!」

 火柱が爆発した。

 いきなり目の前で火山が噴火したもので、リーファはびっくりして立ち上がることも忘れたまま、目を丸くする。リーファの知らない言葉で猛烈な攻撃を繰り出すロトに、シンハが完全に気迫負けし、逃げ腰になっていた。

 怒涛の説教で完全にシンハを沈没させてから、ようやくロトは息を鎮め、リーファに向き直った。まだ盥の中でぽかんとしている彼女に手を差し伸べ、助け起こしてタオルで上半身をくるむ。

「悪かったね」

 彼は心底申し訳なさそうに、ウェスレ語で謝罪した。

「本当に、女の子になんて事をするんだか……」

「……? えーと……うん?」

 突然の展開についていけず、リーファはきょとんとするばかり。ロトはそれを、呆れられているのだと取って、深いため息をついたのだった。


 ロトがリーファのことを少女として正しく認識したのは、やっとこの時のこと。

 そして同じ時に一方のリーファは、ロトに対する認識を、本当に人間火山だった、と改めたのであった。



(終)

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