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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
想いの証
44/66

後日談 (3)



「アーナ! 戻ったか!」

 シンハが珍しくも溢れんばかりの喜びに満ちた歓声を上げ、明るい笑顔を見せた。相手が普通の若い娘であれば、真っ赤になって卒倒してもおかしくないほどだ。が、熱烈な歓迎を受けた当人は、にこりと抑制のきいた笑みでそれに応じた。

「マエリアーナ、参りました。本日より近衛の一員として、マリーシェラ様の護衛を務めます」

 ぴしりときれいな敬礼をした元傭兵に対し、シンハは玩具を貰った犬のようにいそいそ駆け寄る。

「堅苦しい挨拶はいい、早速だが手合わせを頼む」

「せめて着任報告ぐらいはまともに受けてくださいよ、陛下」

 苦笑でたしなめながらも、マエリアーナは彼と並んで歩きだした。

「王都には練習相手が誰もいないんですか?」

「まともに相手が出来るのはセレム一人なんでな……同じ相手とばかり組んでいるから、お互い手の内が読めてきてしまって刺激が無い」

 魔法学院長の名前を出し、シンハは渋面をする。二人共に忙しい身分ではあるが、それでも時間を作っては、運動不足の解消と鬱憤晴らしをかねて、剣の腕が鈍らないように手合わせをしてはいた。

 が、悲しいかな非凡な二人であるがゆえに、相手の癖も技もじきに読みきってしまうし、しょっちゅう新しい戦い方を考え出せるほどの暇はない。ゆえに、勝敗は時々で変わるものの、展開に新味がなくなってくるのだ。

 そんなわけで、久々に違う相手と組めるのが嬉しくてたまらないらしく、シンハは城に着いたばかりのマエリアーナを、近衛兵の教練場まで引っ張り出したのだった。


「アーナさんは元傭兵ですが、マエル神の加護があるんですよ。武器も自前で、特殊なものらしいですね」

 近衛兵が詰めかけた観覧席の最前列で、リーファがマリーシェラに説明する。初めてシンハの剣技を見るマリーシェラは、両手をぎゅっとかたく握り締めて口元に当て、瞬きさえ惜しむように凝視していた。

 見開かれた紅茶色の目に、白く輝く剣の軌跡がきらりと映る。

 パシィッ!!

 枯れ木が折れるような音がして、二本の剣が噛み合い、一瞬のせめぎあいの後、流れるように弧を描いて再び分かれる。

 シンハが繰り出した鋭い斬撃をマエリアーナは素早く弾いて逸らし、直後、いきなり足を蹴り上げた。

「――ッ!!」

 シンハは際どいところで頭をそらし、獰猛な爪先から顎を逃がす。生じた隙に突きを繰り出されたが、それは予想出来た。素早く身を捻ってかわし、その動作の続きで再び斬りつける。

 互いにふるう剣は、神の力を受け止められる特別製だ。その刃が触れ合うたびに、鋼のそれとは違う、乾いた音が弾けた。

 見ているマリーシェラはしょっちゅうビクッと竦み、心配そうにそわそわする。横でリーファは「大丈夫ですよ」と安心させた。

「何でもそうですけど、上手い人ほど怪我しないものです。あの二人なら心配ありません」

「え、ええ、でも、あっ!」

 マリーシェラは上の空で返事し、直後、小さく悲鳴を上げた。マエリアーナが吹っ飛んだように見えたのだ。

 実際には自分から大きく後ろに跳んで逃げたのだが、その時点で負けだと認めた彼女は、笑って降参の仕草をした。

「ああ、また私の負けですね。悔しいなぁ……ラウロで行儀良くしていたのがいけなかったかな」

「それはないだろう、今回はかなりぎりぎりでどうにか勝ちを拾っただけだ。やはり、元傭兵の戦い方は面白いな」

 額の汗を拭いながら剣を収め、二人は握手で健闘を称え合う。その様子に、見物人からわっと歓声が上がった。

 引き上げてきた二人に、リーファは急いでタオルを差し出した。

「お疲れ様、いい勝負だったよ! けどシンハおまえ、アーナさん着いたばっかりなんだから疲れてるのに、我がまま言うなよなー」

 マリーシェラも横で水を用意し、シンハに手渡しながら言う。

「噂には聞いておりましたけれど、この目で見て驚きましたわ。本当にお強くていらっしゃるんですのね」

 つくづくと感嘆され、シンハは照れ臭いのをごまかすように「どうも」だとかもごもご言って水を飲む。リーファが失笑し、彼の腕をぺしんと叩いた。

「らしくねーぞ、なに殊勝ぶってんだ。そんだけ強かったら充分だろ、自信満々でそっくり返ってろよ」

「その言いようだと俺が始終そっくり返ってるみたいだろうが、失敬な。第一、これで充分だなどと慢心していられる身分じゃない」

 怒ったふりをしながらシンハが言い返し、リーファの頭をわしわしと乱暴に撫でる。

 やめろよ、と抗議しながらも、リーファはちらりと気遣うまなざしで相手を見上げた。どういう意味だ、差し迫った危険があるとでも言うのか、と無言で問いかけながら。それは確かにシンハに届いたらしく、彼は温かい微笑を浮かべて手を離し、自分の剣に目を落として、つぶやくように答えた。

「守りたいものが増えたからな」

「…………」

 やりとりを聞いていたマリーシェラが、一呼吸の後、己のことだと察して赤面する。言った本人も恥ずかしくなったらしく、わざとらしく咳払いして、その他大勢の見物人の方へ向き直った。

「折角の機会だ、俺かアーナに稽古をつけて欲しい奴がいたら出て来い、相手をしてやるぞ!」

 おお、と近衛兵が興奮してざわめく。俺が私が、と早くも何人かが立ち上がった。照れ隠しに巻き込まれたマエリアーナは、リーファと顔を見合わせて苦笑する。

「いつの間に私まで指南役になったんですか」

「ついでだ、ついで。構わんだろう」

「陛下と全力でやり合った後だというのに、容赦ないですね……まあ構いませんけど。リー、なんだったらちょっと遊ぶかい?」

「え、オレ?」

「守りたいものが沢山あるのは、あんたも一緒だろ?」

 にっこり笑いかけられ、リーファは虚を突かれて絶句する。そこへシンハが振り返って渋い顔を見せた。

「おい待て。こいつが守りたいものは剣で守れるものじゃないぞ」

 さらっと当たり前のように言われたことに、またしてもリーファは声を失い、彼を凝視した。

 何の不思議もないかのように、夏草色の双眸が彼女の視線を揺るぎなく受け止める。

 知っている。彼は、彼女が大切に想うものが何であるか、全部を知っているのだ。

(ああ、そっか。オレも知ってるんだから当たり前か)

 そしてまた、彼女も彼が大切に想うものすべてを知っている。

 彼が広げている庇護の翼は、自分のささやかな翼よりも遥かに大きいのだが、それでも確かに重なり合っているのだ。

 だから、分かる。互いに何を守ろうとしているのか、その為に何が必要であるのか。

 ――そう気付いて、リーファは自然と明るい顔になった。

「うん、そうだな。でもさ、せっかくだからちょっと稽古つけてもらうよ。仕事に要るから一通りは使えるけど、やっぱりもうちょっと上手く扱えた方がいいと思うし」

 言いながら、いそいそと立ち上がる。シンハは呆れたような顔をしたが、それ以上は制止しなかった。宝剣を外してマリーシェラに預け、一番乗りに出てきたロトから練習用の剣を受け取る。

 教練場の中央へ歩いて行く彼の背中を見ながら、リーファは満足げに微笑んでいた。

 そして、その後ろ姿が充分に遠ざかってから、隣のマエリアーナにこそっと一言。

「あのさ、シンハの隙をついて一撃くらわす方法とか、ないかな?」

「……今すぐは思いつかないけど、考えてみるよ。今後は王城暮らしになるわけだしね」

「うっしゃ、頼んだ!」

 二人はひそひそささやき交わし、にんまり笑い合う。

 不穏な企みがなされる現場に居合わせたマリーシェラは、しかし、ちょっと迷ってから聞いていないふりをしたのだった――何しろ、その方が断然面白そうだったので。


後日リーファに入れ知恵されたマリーシェラがシンハの背中にそっと寄り添って、

不意打ちで膝カックンを決めたとか決めなかったとか。


ちなみにシンハが武器で守ることを意識しているのは、長く暗殺の危険に晒された経験ゆえです。

人脈や経済力・政治的支配力あれこれで安全な環境を整えるのは当たり前、

でも最後の最後にはやはり単純な“力”がなければ命を守れない。そういう覚悟。

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