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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
想いの証
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七章 想いの証 (4)


 湿った落ち葉の匂いに、遠くから薄く漂ってきた煙のいがらっぽさが加わる。誰かが神殿で香を焚きすぎたのだろうか。

 夜の間に降った雨の名残で、墓地では地面近くに冷たい靄がたゆたっていた。

 一番新しい墓の前にマリーシェラがしゃがみ、花を一輪供えた。横に二歩ほど離れた場所では、シンハが手持ち無沙汰な風情で立っている。

「よろしいんですの?」

 立ち上がったマリーシェラが問うた。その意図を察したシンハは苦笑いで肩を竦める。

「今、あなたと並んで挨拶しようものなら、あの世から舞い戻ったレウス殿に杖であそこの木までかっ飛ばされますよ」

 言って彼は、墓地の縁に枝を広げる大樹を指した。マリーシェラはちらりとそれを見やり、小さく笑いをこぼす。

「私には一度も、荒っぽいところは見せられませんでしたけれど」

「昔気質の御仁ですからね。ご婦人には呆れるほど態度が違ったものです。……二人の息子も、幸いその点だけは受け継いでくれたようで良かった。あなたに痣のひとつでも作らせていたら、レウス殿と同じ穴に埋めてやるところでしたが」

「まあ」

 マリーシェラは紅茶色の目を丸くして、くすくす笑い出した。

「そうなっていたら、異世では大騒ぎだったでしょうね。ご心配をおかけしました、本当に何も手荒な事はされていませんから」

 そう言って、彼女は笑いをおさめて墓碑に目を落とした。

「……十年、侯爵家におりました。ディノス様もアリオ様も、もちろん最初は戸惑いもありましたけれど、レウス様の意を汲んで私には良くして下さいました。お互い、親子らしくするのは無理であっても、理解しあい、問題なく暮らしてゆけるように協力して。……でも、人って、分からないものですわね。遺産となった途端に、あんな風にお二人が変わられるとは思いませんでした」

 充分な財産は二人ともある筈なのに、とため息まじりにつぶやく。シンハはちょっと考えてから、感情を抑えて平静に応じた。

「金だけの問題ではないんでしょう。遺産というのは、前の持ち主が死んだ時点で、継承する権利がある人間にとっては“自分のもの”になる。普段は無欲で争いを好まぬ者であっても、“自分のもの”が奪われるとなったら、予想外に反発するものです」

「そう……ですわね。特にアリオ様にとっては、既に自分が利用している土地を、私の趣味のために横から奪われることになるのですから、なんとしても避けたかったのでしょうね」

 マリーシェラは寂しそうに首肯した。

 レウスの遺言状には、ディノスがマリーシェラをきちんと養うこと、そして彼女が好きなだけ土いじりを出来るように、土地を一部、自由に使わせてやることが指示されていた。その土地というのが、レウスにとっては『利用していない土地』、だがアリオにとっては貴重なケシ畑だったのだ。

 アリオ自身は遺言状の内容を見知っていたわけではない。だが園遊会の前にレウスと話した折、彼が妻に畑を与えるつもりだと知り、そのおよその位置をも聞き出していたのだ。

 結局、モルフィス侯爵家は街道に関る一切の業務を禁じられた。アリオはケシの無断栽培・利用の罪で謹慎と罰金を命じられ、実質的に貴族社会での力を完全に失うことになった。今後はディノスの仕事を細々と手伝いつつ、ひっそりと暮らしていくことになるだろう。

 マリーシェラはしばらく黙って墓碑を見つめていたが、涼やかな風がひとすじ通り過ぎた後、顔を上げて微笑んだ。

「シンハ様。今回は、レウス様の御遺志を守るため、色々と御尽力下さって、本当にありがとうございました」

「いや、礼には及びません。当然のことですし、誰よりあなた自身が戦われたのだから」

「部屋に閉じ込められて、ただ大人しくしていただけですわ。それに、力ずくで無理強いされることはないだろうと分かってもおりましたし」

「それでも、助けを求めず一人で戦うことを選ばれた。あなたは逆に彼らを説得しようとしていたのでは? 考えを変えさせられたら、侯爵家の名にも傷がつかずに済む。レウス殿の為にも、醜い遺産争いなど表沙汰にしたくなかったのでしょう」

 違いますか、とシンハが静かに問いかけると、マリーシェラは唇を軽く噛んでうなずいた。

「ええ。私、レウス様にはずっと守って頂いてばかりで……せめて一度でも、私がレウス様をお守りしたかったのです。たとえ、もう亡くなられた後であっても。力不足で叶いませんでしたけれど」

 伏せたまつげの下で、瞳が揺れる。シンハはそれを見て、静かにささやいた。

「あなたは勇敢な方だ。それでも――怖かったでしょう」

「…………」

 予想外の言葉だったのか、マリーシェラは目を見開いて一瞬シンハを凝視し、サッと顔を伏せた。何かに耐えるように、肩が震える。

 シンハは束の間ためらった後、慎重に片手だけを伸ばして、細い肩にそっと置いた。マリーシェラはびくりと竦み、次いで堪えきれなくなったように失笑した。

「ごめんなさい。陛下、そんな風に優しい言葉をかけられるのは、反則ですわ。甘えたくなってしまいます。どうかお止しになって」

 牽制されてシンハは怯んだものの、肩に置いた手を離そうとはしなかった。

「甘えて下さって構いません。私もあなたに甘えるつもりですから」

「――え?」

 再び意外な言葉を聞かされ、マリーシェラがきょとんとする。シンハは「あ」と顔をしかめて手を離し、情けない顔で墓碑を見やった。

「しまった、ここで言うつもりじゃなかったんだが。夢枕に立たれそうだな……」

 見逃して下さい、と墓に向かって大仰に頭を下げる。それから彼は顔を上げ、マリーシェラに向き直った。

「レウス殿の喪が明けたら、城においで頂けませんか。あなたは私の庇護を必要ないと言ったが、確かに、あなたがいてくれたら私の方こそ心強い。この先の歳月を……共に、歩んで欲しい」

 最後で少しつっかえたものの、彼は真顔ではっきりと言い切った。一呼吸置いて、気遣う言葉を添える。

「あなたにとっては、辛く苦しい決断になるだろうと思う。だが、あなたが立ち向かう時、傍らにいて支えることを許してはくれないだろうか」

 都合の良いごまかしは一切ない。“庇護者”でなく“夫”となることを望む以上、彼女を過去の恐れと対面させることになるだろう。その戦いに臨むのは彼女自身ただ一人、だが出来る限りの援護はする――彼はそう言ったのだ。

 マリーシェラはまじまじと緑の双眸を見つめ返す。恐れも萎縮もせず。

 大樹の木の葉が、ひとひら、またひとひら、ゆっくりと微風に舞って落ちる。足元の靄はいつの間にかすっかり薄くなっていた。

「私が愛しているのは、レウス様お一人です」

 優しい声音で穏やかに発せられた一言は、強い力を持っていた。シンハはたじろぎ、怯んでわずかに後ずさる。拒絶されたと思ったのだが、しかしマリーシェラの微笑は温かく、彼を遠ざけようとする気配はない。シンハは困惑して、言葉もなく立ち尽くすしかなかった。

 マリーシェラはそんな彼の様子をじっくり観察してから、微かに頬を染め、口元に手を当てて笑いを隠し、こほんと小さく咳払いした。

「ふふ、陛下はレウス様と違って、慎重でいらっしゃいますね。レウス様はすぐに早合点して怒ったり拗ねたりなさいましたけど。……陛下、私、今回のことで色々と考えたんです。人を想うこと、愛するということについて」

 そこで彼女は一息つき、笑いをおさめて真顔になった。深い湖を思わせる静謐が、その面を覆う。

「愛していると、口で言うのは簡単です。ですが愛するというのは、そんなに容易いことでしょうか。……アリオ様は、相続放棄を迫る際におっしゃいました。レウス様を真実愛していたのなら、財産目当てではないと証して見せろ。守ってくれるから好都合とばかり、寂しい老人を利用したわけではないというなら、それを行動で見せられる筈だ、と」

 シンハが息を呑む。今すぐにもアリオを埋めに行きたそうなそぶりを見せた彼を、マリーシェラは笑いながら小さく首を振って止めた。

「おかげで気が付いたのですわ。想いの証はそのように単純なものではない、どんな想いであれ歳月をかけて、行いでもって示すしかないのです。生きている間のみならず、霞の賢者様が陛下に贈り物を遺されたように、レウス様が私の為に色々な手配をしておいて下さったように……もはや声の届かぬところへと旅立った後でも、想いだけは伝えたいと強く願う、そこまでして初めて証となるのではないでしょうか」

「…………」

 思わぬ洞察を聞かされて、シンハはただ絶句する。驚きに何をも考えられずにいる彼の前で、マリーシェラがゆっくりひとつ、うなずいた。

「ですから、陛下。今は私、あなたを愛しているとは申せません。でも」

 そこで彼女は、はにかみながらも春風のような笑みを広げた。

「生涯をかけて、陛下のおそばで想いを証してゆきとうございます。お許し下さいますか?」

 鮮やかな一撃に対し、情けなくもシンハは返す言葉を持たなかった。

 だから、ただ腕を伸ばして、大事に大事に、包み込むように彼女を抱き寄せたのだった。


 侯爵の喪が明けるまでは公表されないものの、国王の婚約が内々に決まったことで、王城はにわかに慌しくなった。婚礼の儀を行う大神殿への内密の連絡と打ち合わせ、祝宴を城館で開くための食材調達準備や備品の徹底点検、衣装の用意に、招待客の選定と招待状の文面作成、等々。

 マリーシェラが再婚であるし、豪華にしなくて良い、むしろ出来るだけ控えめにしたい、という国王の意向ではあったが、王家の婚礼となったら抑えられる程度にも限りがある。

 シンハ本人はもとより、膨大な仕事を抱えたロトもすっかり忙殺されるはめになったが、それでも毎日必ず、帰城したリーファと話す時間を変わらず取っていた。彼らにとっても、ありがたい休憩時間になるのだ。

 侯爵家のあれこれが片付いてしばらく後、リーファが城に帰ると国王の執務室には誰もいなかった。シンハは衣装を直すため仕立て屋に拉致されたらしい。そこでロトの部屋を見に行くと、彼は散らかった机に向かって書類をあれこれ見比べ、唸っているところだった。

「よ、お疲れ。大変だなぁ、なんか一向に状況が前向いて進んでいく気配が見えないんだけど、時々ちゃんと休憩しろよ? 終わるまでに倒れるぞ」

 リーファが気遣うと、ロトは疲れた顔を上げて力なく微笑んだ。

「ありがとう。君が来てくれるおかげで、休むきっかけが作れるよ」

 笑みを向けられたリーファは曖昧な顔で照れ臭いのをごまかし、コップに水を注いで渡してやる。

 他愛無い話を少し交わしてから、リーファは机上の書類を見下ろして難しい顔をした。

「大神殿で挙式かぁ、当日はきっとすげー人なんだろうなぁ。シンハ達の警備は近衛隊がやるわけだけど、神殿から城に移動する時とか、広場を通るんだろ。警備隊を総動員しても、人手が足りないんじゃないか?」

「式の前には先王陛下やラウロス公もおいでになるから、ラウロの近衛兵もこっちに大勢来るよ。まぁ……確かに、警備隊の手も借りなきゃ足りないだろうけど」

 気を緩めてぼんやりした風情で、ロトは書類を見るともなくめくっていたが、ふと、奇妙な顔になってリーファを見上げた。どこか緊張したような、それでいてわずかに喜色のまじる声音で、さりげなく問いかける。

「僕らはどうする?」

「ん? 参列するんだろ、もちろん」

 リーファは目をぱちくりさせて応じた。ロトは上級近衛兵でリーファは警備隊員だが、それ以上にシンハの極めて近しい友人だ。当日は客の身分となり、警備の仕事に就くことはあるまい。

 そう思ったのだが、ロトが訊きたいのは別の事だったらしい。彼は困ったように目をそらし、ちょっと頭を掻いて、歯切れ悪く言った。

「ああ、陛下の式じゃなくて、えっと……つまりその、神殿で挙げるつもりでいたけど、思いがけず司祭様が来られたわけだから、君が希望するならカリーアのやり方で……」

 語尾を濁し、どうだい、と目顔で問いかける。それを受けたリーファの方は一呼吸の間、意味を理解できずに凝固し、次いで素っ頓狂な叫びを上げた。

「ええっっ!? えっ、えっえっ、て、つまりそのっ、けっ……ケッコン!?」

「えっ……」

 彼女のあまりの驚きように、ロトの方が打ちのめされた表情になった。リーファは大慌てで言い訳を紡ぎ出す。

「いや、じゃなくてその、嫌なんじゃなくてっ、ただ考えてなくってっ、いやでもちょっと待った、オレ仕事してるし」

「僕だって仕事をしてるんだけど」

「そりゃそーだろーよ!」

「だから、別に二人共辞める必要はないだろ? 今まで通りの暮らしで、ただ部屋だけはその、館の中に別のところを貰って、いずれは街に家を構えるけど」

「…………」

 さも当たり前のように言われ、リーファは肩透かしをくったように放心する。しばし絶句した後、自分が何にそんなに驚き大騒ぎしたのか分からなくなって、頭を振りつつ水のコップを小卓に置いた。

「あのさ。改めて訊くけど……ロトは、オレでいいのか?」

「つまり?」

「元盗人で、今は警備隊員なんかやってて、乱暴だしガサツだし、美人でも金持ちでもないし」

「今更だね」

 堪えきれずにロトが失笑する。リーファはムッとした表情を作って見せたが、すぐ真顔になって続けた。

「それに……オレは、シンハを守るためなら何だってする。あいつの盾になって死んだって平気だ。それでもいいのか?」

 これには、すぐには返事がなかった。ロトも笑みを消し、じっとリーファを見つめて沈黙する。ややあって彼は、おもむろに口を開いた。

「逆に訊いてもいいかな。君は、僕でいいのかい? 仕事ばかりでやたらめったら忙しくて、君を遊びに連れて行ってもあげられない。お茶を用意するだけでさえ、ほとんど無理だろうね。それに、いざとなったら君を突き飛ばしてでも、僕が陛下の盾になる」

「んなっ!? 待て、それはオレの役目だぞ!」

「いいや、これだけは絶対に譲らないよ」

「ちょ……駄目だろそれは! ロトがいなくなったらあいつも共倒れすんだから、盾にはオレがなる!」

「何を言ってるんだい。君を失ったあの人を、僕が支えていけるわけないだろう。大体ね、僕の方が君より陛下との付き合いは長いんだ」

「長い短いの問題か! ずるいぞ、駄目だったら絶対に駄目だ!」

「そっちこそ、駄目と言ったら絶対の絶対に駄目だ」

「何をー!?」

 子供のような言い合いになだれこんでしまい、二人は真剣に睨み合う。息詰まる緊張の後、しかし不意に、どちらからともなく笑い出してしまった。

「ぶっ……は、あはは! 何やってんだろな、オレ達」

「本当にね」

 ロトはくすくす笑いながら応じ、やれやれと机上の書類を整理し始める。

「結局、似たもの同士ってことだね。とりあえず……どうするかは、陛下の式が終わってから考えよう。それまでは、たとえ決めても取りかかれないし」

「うん、そ、そうだよなっ。後回し、後回し」

 言われて羞恥を思い出し、リーファはごまかし笑いになる。ロトは片眉をちょっと上げて、からかう表情になった。

「君はちゃんと考えておいて欲しいな。君の希望が大事なんだから。カリーア風にやるなら、必要なものも色々あるだろうし」

「そ、それはいいよ!」

 慌ててリーファは首を振った。おや、と目をしばたいたロトの前で、彼女は見る見る真っ赤になる。

「だだだだって、オレ、あっちにいた頃、結婚式とか見たことないしさ! し、司祭様に、そのっ、し、式とか頼むって、無理だよ無理!!」

「……一応言っておくけど、司祭様と結婚するわけじゃないよ?」

「当たり前だー!!」

 分かってらい、と叫ぶリーファの照れっぷりは、真偽を疑われても仕方がないほどだ。ロトはわざと胡乱な顔をしてから、やれやれと苦笑して書類を揃えた。

 作業に紛らせた慈悲深い沈黙の間に、リーファは火照った頬を冷ます。ロトが立ち上がって書類束を棚に片付けるのを見ているうち、彼女は無意識に、懐かしい記憶を呼び覚ましていた。

 この姿を初めて見たのは、もう五年あまり前だ。幾分ぎこちない態度で、それでも笑いかけて、よろしく、と挨拶してくれた。まだ背が低かった彼女の目線に合わせ、少し腰を屈めて。

「そう言えば、ロトはオレのこと、初めてきちんと女扱いしてくれたんだよなぁ」

 ふと遠い目をしたリーファに、ロトは碧い目をしばたいた。もの問いたげな顔で歩み寄ってきた彼に、リーファは苦笑を見せる。

「ほら、シンハとセレムと一緒に、レズリアに向かってる途中でさ。ロトは後から合流したから、オレのこと最初は汚い泥棒小僧だと思ってただろ。それが、さ……」

「ああ、あれは」

 ロトも思い出して赤面し、心持ち急いで口を挟んだ。

「悪かったよ。本当に、びっくりして。何しろシンハ様の君に対する扱いと来たら」

「あはは、酷かったもんなー。野郎ばっかりの所に盥をどーんと置いて、オレに行水させようとしやがったんだから。オレは洗濯物か、っての。女とか以前に、本気で動物扱いしてたんじゃねーのかな、あいつ。あん時のロトの怒りようったら、今でも頭に反響が残ってる気がするよ」

 屈託なく笑いながらリーファは言ったが、ロトの方はすっかり恐縮してしまった。

「あれは本当に酷かった。何回謝っても足りないね。監督不行き届きで申し訳ない」

 臣下が主君を“監督”とは不遜もいいところだが、この件に限っては誰もそれを訂正出来まい。リーファはしばらく思い出し笑いに肩を震わせていたが、ややあって落ち着くと、ふうっと息をついた。

「……あの時はオレ、世界がひっくり返るぐらいびっくりしたんだ。オレの知ってる限り、女の子ってのはただそれだけで、殴られたり蹴られたり犯されたりするもので……小突き回されてこき使われて、家畜よりひどい扱いをされるものって決まってたから。女の子に何てことするんだ、ってロトが怒ったのも、意味が分からなかったよ」

 それまではロトも、国王陛下のとんだ拾い物に対して態度を決めかねている風情であったが、行水事件以降は明らかに親切になった。弱く虐げられてきた少女に対する思いやりに満ちた気遣い――そんなものに初めて触れたリーファは、何が起こったのかと混乱したほどだ。

「女の子が大事にされる国があるんだ、ってようやく理解した時には、開いた口がふさがらなかったなぁ。女に生まれたのは失敗じゃない、悪いことじゃないんだ、って。ロトが教えてくれたんだよ」

 ありがとう、と笑みを向ける。

 リーファ自身という存在を肯定してくれたのは、最初に司祭様、それからシンハだった。

 その上で、己の性別を前向きに受け入れるきっかけを作ってくれたのが、ロトだったのだ。

 改めて感謝されたロトは、どう答えたものか分からず曖昧な顔で目をそらす。

 そんな彼を見ながら、リーファは目を細めた。自然と湧きあがる幸福な喜びが胸いっぱいに満ち、口元がほころぶ。

 もしかしたら、あの時既に、彼を好きになることは決まっていたのかもしれない。随分と時間がかかってしまったけれど。

「……これから」

 笑みの形に開いた唇から、言葉がこぼれた。ロトが視線を戻し、小首を傾げる。リーファはゆっくり一歩進み出ると、すっと手を伸ばして彼の右手を取り、大事そうに両手で握り締めた。

 ロトは驚いたように小さく息を呑んだが、すぐに左の手をリーファの両手にそっと重ねる。

 互いの顔に、同じ微笑がふわりと花開き――そうして二人は、おどけた声音ながらも真摯な想いを込めた言葉を、誓いのように交わしたのだった。

「これからも、ずっと、ずうっと、よろしくな!」

「こちらこそ」



(終)






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