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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
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2. 不運の積み立て


「で、そのザマだ、と」

 気遣いと呆れたのが半々の声は、むろんシンハだ。リーファから知らせを受けてロトの部屋を見舞ったところ、いつもきりりと隙のない秘書官は明らかに熱のある顔をして、寝間着でぼんやり毛布にくるまっていた。

 リーファが枕元で見舞いの果物を剥きながら、面目なさそうに言う。

「そもそも、狙われたのはオレなのにさ。庇ったりするからだよ。もしあれが命にかかわるようなもんだったらどうすんだ。ロトがいなきゃ、この国本当に沈むぞ」

「あんな子供が君を暗殺する理由はないだろ? それに、とりあえず君が無事なら、僕がどんな目に遭うにしても君が助けてくれるだろうからね」

「うわ、なんつー殺し文句だ。信頼してくれるのはいいけど、そんで勿論オレだって全力で何とかしてやるけどさ、心臓に悪いから出来るだけそーゆーのは勘弁してくれよな」

 リーファは少々照れながらも、愚痴めかして心配したことを伝える。横でシンハが眉を上げた。

「二人とも、いつの間にそんな物騒な立場になったんだ。俺に断りもなく」

「リーが大袈裟なだけですよ。今日は朝から良い事続きだったから、反動でも来たんでしょう」

 肩を竦めたロトに、リーファは果物の皿を差し出しながら、そんなケチくさいもんなのか、ともっともな疑問を呈する。シンハは机に広げて乾かされている書類を見やり、一緒に置かれていた問題の袋を手に取った。

「……魔術がかかっていたな、これは」

「え」

 リーファとロトの声が重なる。シンハは手の上で袋をひっくり返して検分した。

「微かだが、気配が残っている。曲者が十代の子供のようだったのなら、魔法学院の生徒だろう。リーを狙った理由が分からんが、見つけ出して吐かせてやる」

 言ってシンハは、珍しくにやりと邪悪な笑みを浮かべる。リーファも熱心にうなずいた。

「オレも手伝う! っていうか、オレの問題なんだし! おかしいと思ったんだ、何かの呪いでもない限り、ロトがあんな立て続けに失敗するわけねーよ」

 ロトは熱でぼうっとしたまま、それでも顔をしかめて釘を刺す。

「陛下、限度は弁えてくださいよ。あなたがリーと組んだら、あの二人組よりもよっぽど悪ガキみたいになるんですから」

「悪ガキとは失敬だな」

「事実でしょう、昔の武勇伝はいろいろ聞いていますからね。リーも、あんまり無茶するんじゃないよ」

「分かってるよ。でも、こんな目に遭わせた相応の報いは受けさせてやるから、そこは止めんなよ」

「警備隊員が私刑に走っちゃダメだろう……」

「大事な親友だぞ、仇討ちぐらいやらせろ!」

 リーファは大真面目に憤慨した。その『親友』に致命傷をくらわした自覚は、むろんない。ロトが無言で倒れてしまったので、あれ、何か間違ってたかな、と小首を傾げる。その肩に、シンハがぽんと手を置いた。

「仇討ちはよせ、死んでないんだから」

「あ、そーか、死んだ場合に言うんだっけ?」

「そうだ」

 重々しくうなずくシンハ。あと『親友』もやめてやれ、と言いたかったが、なんでと訊かれると答えられないので、そこはロトに堪えてもらうしかなかった。ある意味自業自得だ。

「ともかく」と彼は気を取り直して話を進めた。「俺が魔法学院に行って、セレムとフィアナにあれこれ訊いてくる。徽章を取り戻す方法も相談せんとな。おまえはアラクセスと一緒に、この手の“呪い”に関係ありそうな書物がないか、確かめておいてくれ。あとは、ロトから目を離すな」

「はいよ、了解」

 リーファは意気込み、びしりと敬礼する。シンハもおどけて軽く敬礼すると、素早く行動にかかった。


「……でさ、ロトは運が悪かっただけだ、って言い張るんだ。粉を被って注意力散漫になってるのに“ながら歩き”したり、ピンの修理をほったらかしてた自分が悪いんだ、って」

 犯人が少年だから庇っているのか、それともドジを踏んだのが恥ずかしくて大事にしたくないのか、それは分からないが。

「けど、絶対おかしいよな? だってあいつ普段、あれこれ抱えたまんま書類読みながら廊下歩いてても、ぶつかったりコケたりしたことないんだからさ」

 リーファが詳細を説明すると、アラクセスは、ふむ、とうなずいてすぐに一冊の本を出してきた。

「ちょうど昨日、修繕したこの本に、似た話が出ていたよ。多分それは『試練の儀式』の魔術的応用ではないかな」

「試練?」

「どこだったかな……ええと。ほら、ここだ。読んでご覧」

 アラクセスが開いて差し出したのは、『マエルへの祈り』の章にある一頁だった。

 調和と調停の神マエルは、契約や商取引の神でもある。そこからさらに派生して、いつしか幸運と不運の匙加減まで司るものとされた。

「あえて己に試練を課し、苦難を甘んじて受けることで、そのぶん後で成功を授けてもらう、という儀式があるらしい。大事な商談をうまくまとめたり、危険な旅を無事に乗り切ったりさせてもらうために、その分の不運を前もって身に受けるわけだよ」

 わずかな不注意や油断が失敗に直結する、というのがその特徴だ。普段なら、ささやかな幸運によって無事に済むところが、その運を本望の為に取り置くため、容赦なく失敗する。ロトが自分のせいだと言うのも、あながち外れてはいない。

「だから別名『不運の積み立て』とも言う……って、なんだそりゃ。幸運とか不運とかって、そんなカネみたいに差し引き計算出来るもんなのか?」

 リーファは思わずがくりと頭を垂れた。どうにもこうにも、こっちの神々は庶民くさいというか俗っぽいというか、感覚がついて行かない。アラクセスは穏やかに苦笑した。

「カリーアの神は、人知の及ばぬその意志によって、人の運命を左右するのだったね。幸運も不運も、ただ神から与えられるものであり、これだけのことをしたから見返りを寄越せ、などと要求できる相手ではない……随分厳しいことだねぇ」

「んー、そうだけどさ、考えようによっちゃ、こっちの神様の方が厳しくないかい? 供え物とか参拝とか、善行を積むだとか、何か相応のことをしなきゃ、ご利益がないってことだろ。なんにも出来ないやつは神様にも無視されるってことじゃん。オレはそっちのが世知辛くて嫌だなぁ」

 正直に渋面をしたリーファに、アラクセスは少し驚いた顔をした。それからふっと微笑をこぼす。

「なるほど、そういう見方もあるか。うん、だが心配しなくてもいいよ、聖十神は誰のことも無視などしないからね。それに大抵の人間は“なんにも出来ない”なんてことはない。生きていれば必ず何かを成しているものだよ」

 そうかなぁ、とリーファがいまいち腑に落ちないまま首を傾げるのと時を同じくして、魔法学院でも、セレムの口から儀式のことが出ていた。

「……という儀式を、他人に適用できるようにした術でしょうね。普通なら試練を受ける本人が祈るものですが、その代理という形を取り、効果が後から発動するように仮の媒体へ移しておいたのでしょう。もうこの袋には何の痕跡も残っていませんが」

 銀髪の魔法学院長は袋をちょいとつまみ上げ、シンハに対してちょっと眉を上げた。

「どっちにしても、あなたが触れた時点でめちゃくちゃになってしまいますがね」

「あんまり微かだったから、手に取るまで気付かなかったんだ。ロト本人からも、はっきりした気配はしなかったし」

 シンハが呻くように言い訳し、セレムは鷹揚に微笑む。

「でしょうね。あなたがお見舞いに行っても変化がなかったということは、術は既に儀式として完了してしまっているのでしょう。あなたのその力をもってしても破られない持続的な術をかけようと思ったら、私でも苦労しますからね。子供に出来るとは思えません」

「通常の講義では扱わない分野ですから、独自に研究したんでしょうね」

 フィアナが険しい顔で毒づいた。その熱意を、嫌がらせなどにでなくまともな方に振り向ければ良いものを――と。犯人許すまじの決意を既に固めている彼女に、シンハが問いかけた。

「なぜ魔法学院の生徒がリーを狙ったのか、そこが俺には見当もつかん。ここの生徒がリーのことを知るとしたら、警備隊の仕事でか、フィアナの口を通じて何か聞くか、そのぐらいだろう。心当たりはないか?」

「あったら今頃、絞め上げてます」

「……だろうな。解除する方法は見付かりそうか」

「術者本人を捕まえるのが一番でしょうね」と応じたのはセレム。「ロト君の状態から術を調べて解くよりも、その方が安全でしょう。儀式が元になっているのだとしたら、本人しか知らない要素がいくつか埋め込まれているはずです。試練を受ける目的だとか、真剣な願いである証を何にかけて誓ったか、といった点は、きわめて私的なものですからね。術者のことを何も知らないで解くのは、不可能とは言いませんが、ぶっちゃけ面倒くさいです」

 言葉尻でおどけた学院長に、シンハが胡乱な目を向ける。微妙な空気をものともせず、フィアナが言った。

「どっちにしろ犯人は必ず捕らえますわ、陛下。やってはならない事をしたからには、報いを受けさせなければ」

「全面的に賛成するが、報復は控えてくれ。俺が手を下せなくなる」

「子供相手に大人気ないですねぇ」

 セレムがおっとりと皮肉ったが、シンハは取り合わなかった。

「身内を危険に晒されて黙っているのは、大人とは言わん。それに相手が子供だからこそ、悪戯では済まされんことを解らせてやる必要がある」

「それはそうですが、常人離れした威圧感のある国王陛下が御自ら罰を下されるとなったら、子供たち、再起不能かもしれませんねぇ。学院から逃げ出して実家に帰ってしまうかも」

「…………」

「術の解除と謝罪は、させますよ。こちらで相応の罰も与えます。それではいけませんか」

「分かった、と言わなければ犯人を探さないつもりだろう」

「まさか、ちゃんと見つけますよ。ただあなたには教えないだけです。生徒の保護も、学院長の仕事ですから」

 セレムは白々しくにっこり微笑んで、それに、と言い足した。

「あなたと同じぐらい腹を立てていて、あなたより手加減しないで済む人が、ここにいますしね?」

 暗に名指しされたフィアナが、畏まって一礼する。シンハは眉を上げ、やれやれとため息をついた。

「仕方ない、おまえに任せる。とにかく一刻も早く術を解いてやってくれ。それまでこちらで取れる対処はあるか?」

「承りました。今のところ出来るのは、ロト君を大人しくさせるだけですね。仕事が気になる、迷惑をかけたくない、と考えるでしょうが、じっと我慢するようにと。よほど慎重に行動しない限り何をやっても失敗しますから」

「……なんとか説得する」

 だからそっちは頼んだぞ、と念を押してシンハは学院を後にした。


 二人が情報収集している間、ロトの枕元には女中頭のテアがついていた。

「リーちゃんを庇ったところまでは、格好良かったのにねぇ」

 火照った額に手拭を広げながら、苦笑まじりに評する。

「後がすっかり、格好悪いというか“ヘタレ”になっちゃって」

「テア……そんなところで若者言葉を使わなくていいですから」

 弱々しく呻いたロトにはお構いなく、テアはぽんぽん言葉を続ける。

「まぁそれも、リーちゃんの前で大人ぶらなくなったってことで、それだけ仲良くなった証拠なんだろうけど」

「げほっ、ごほっ!」

「この調子じゃ、あんたの気持ちが伝わるのはいつになることやら、だねぇ」

「ごほごほごほッ、げっほげほごほ!!」

 ごまかすだけのつもりが本気で咳き込んでしまい、しばし呼吸困難に陥ったロトは危うく彼岸へ行きかけた。ツイてない時に迂闊な真似をするものではない。

 涙目で恨めしげに見つめたロトに、テアは温かな苦笑を浮かべる。無自覚に我が子を千尋の谷へ突き落とす慈母の笑み。

「おや、まさか知られていないと思ってたかい? あたしらの間じゃすっかり有名だよ」

「…………」

 違う、目で訴えたのはそんなことじゃない。ロトは内心つっこんだが、声に出せるほど喉が回復していなかった。

「安心おし、誰も茶化したりしないから。こういう事は、周りが騒いだってろくな結果にならないもんだからね。見てて歯がゆい事はあるけども」

「熱が上がるから、やめて下さい」

 もはや抗議する気力も尽き、ロトはもそもそぼやいただけで目を瞑る。ちょうどそこへ、リーファが戻って来た。

「ロト……あれ、寝ちまったかな」

「起きてるよ。何か分かったのかい」

「うんまぁ、ちょっとだけ。テア、あとはオレがついてるから、仕事に戻ってくれていいよ。ありがとう」

「どういたしまして。ロト君はあたしにとっちゃ息子みたいなもんだからね、気にしないでおくれ。それじゃ、ごゆっくり」

 テアは気前良く笑って交代する。余計な一言は無意識の産物らしい。鼻歌まじりに出て行く背中を見送り、リーファは小首を傾げた。

「ごゆっくり??」

 って、こんな場面で使う単語だっけ??

 訝りつつ椅子に腰を下ろし、リーファはロトに調査結果を報告した。

「――ってわけ。噴水に落ちたぐらいで熱出したのも、日頃の不摂生のせいじゃないか? 忙しすぎて、ちゃんと休めてないだろ」

「そうかもね。じゃあ、僕は君と陛下が解決法を見つけるまで、極力何もせずにいるしかないってわけか」

 ロトは自分で答えを出し、憂鬱げにため息をつく。リーファは同情的に苦笑した。

「ちょうどいいから、ゆっくり休みなよ。あんたが寝込んでたらシンハも脱走しねーだろうし」

「ああ、そうだろうね。それできっと、お粥とかプリンとか作って持って来るんだ……人の気も知らないで、あの人は」

「要らねんだったらオレが代わりに食うけど」

「…………」

「冗談だよ。ごめん、もう黙ってるから寝てクダサイ」

 縮こまったリーファに、ロトは小さく笑みをこぼして瞼を閉じた。

 とろとろまどろみながら、夢うつつにシンハとリーファの話し声を聞いたように思ったが、その内容までは分からないまま、彼は深い眠りに落ちていった。


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