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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
想いの証
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三章 王家と侯爵家と伯爵家 (1)



 夕の鐘が鳴って名札を裏返す頃には、ザフィールも元気が出た様子だった。ヘレナがもう一度スープを買ってきて、食べさせてくれたおかげだ。

 とは言え、城は丘の上、覚束ない足取りでよたよた登るにはいささか遠い。そんなわけで、リーファは王都に来て以来初めて、馬車で城へ上がるという贅沢をすることになった。自分で頼んだわけではなく、城の方から迎えが来たのであるが。

「おおお、なんか緊張するっ」

 乗り込みながらそんな感想を口にしたリーファに、顔なじみの御者が大笑いする。なんだよ笑うなよ、いやおまえさんにも遠慮なんてもんがあったのか、などと軽口を叩き合う二人に、ザフィールはにこにこと目を細めていた。

 馬車に揺られながら、あまりにザフィールが嬉しそうなので、リーファは不思議に思って首を傾げる。すると彼は、良いものですねぇ、としみじみ言った。

『同郷の人が、異国ですっかり馴染んで、皆さんと仲良くやっていらっしゃるのを見ると、何やらホッとします。遠く隔たった地であっても、人と人が手を取り合う事は可能なのだと、希望を見つけたような気がしますね』

『そ、そうですか』

 なんだか大袈裟に感動されてしまったようで、リーファは面映くなってもじもじする。この分では、元盗人が国王陛下に蹴りを入れる現場など見せようものなら、大変なことになりそうだ。

(気をつけよう……大人しくしてなきゃ)

 もっとも、リーファが被った猫にシンハが気付いたら、ひっぺがそうと要らぬちょっかいを出すのは目に見えているのだが……。

 そうこうする内に馬車が城門をくぐり、広い庭を通り抜けて館の前に着いた。

 リーファは先に降りてザフィールに手を貸そうと思い、さっと扉に手をかける。同時に外から開けられて、危うく転げ落ちそうになった。

「っと……ぬおぅ!?」

 辛うじて堪えた次の瞬間、奇声を発してのけぞり、馬車の中へ倒れそうになる。よりによって、迎えに現れたのはロトだったのだ。若い娘にあるまじき声に、ザフィールが目を丸くした。慌ててリーファは体勢を立て直し、『失礼』と照れ笑いで強引にごまかす。

(おおおお落ち着け落ち着けっ! 今、動転したらまずい、司祭様をちゃんと降ろさなきゃなんだから、平常心平常心っっ)

 バクバク跳ねる心臓をどうにか抑え、リーファは態度を取り繕って馬車から降りた。ロトも微妙な顔をしたが、やはり今は仕事優先と割り切っているらしく、表面上は平静だ。

 ロトはリーファと二人がかりでザフィールが降りるのを手伝い、しっかり立っているのを確認すると、丁寧に一礼した。

「ようこそシエナへ、カリーアの司祭様。歓迎します」

 そこで一旦リーファを見たのは、通訳を求めてのことだろう。だがザフィールが先に、礼を返した。

「初めまシテ。聖カリーア教会司祭、ザフィール=アデンと申しまス。お招き頂き、栄光……光栄でス?」

 最後の一言が少し自信なさげだ。それが外見不相応に可愛らしくて、リーファは失笑しそうになったのをぎりぎり堪えた。ロトは碧い目をしばたき、意外そうに司祭を見つめる。

「これは失礼、エファーン語がお分かりでしたか。良かった、私はウェスレ語は話せますが、サジク語はほとんど分かりませんので助かります。申し遅れました、私は国王付秘書官のロト=ラーシュです。こちらに滞在される間、私が主にお世話致します」

 ザフィールは礼を言いながら握手を交わし、次いでリーファを振り返った。

「一体、何をどう伝えまシたか? とても偉い方が出て来てしまいマシたよ」

「ぶふっっ」

 今度は堪えきれず、リーファは盛大にふきだしてしまった。

 なぜそこで笑うか、とロトが不本意げな目をし、ザフィールはザフィールで、自分の言葉がおかしかったかと首を傾げる。リーファは笑いに声を震わせながら、いやいや、と急いで言い訳した。

『司祭様がおかしいんじゃありません、ちょっと、その、あんまり“偉い人”って、普段は思ってなかったもんで』

「私のエファーン語がオカシイじゃなければ、良いですが。リーファさん、サジク語はなるべく、止しましょう。内緒話みたいで、良くないデスよ」

「あっ……はい、すみません」

 リーファは笑いを引っ込め、素直に聞き分けて謝罪する。そんな彼女の態度を、ロトは何とも複雑な顔で見ていたが、意見は差し控えた。代わりに、実務的な言葉を口にする。

「大変お疲れの様子だと伺いました。まず湯をお使い頂いて、それから食事をと考えていますが、何かご希望はありますか」

 食べられるかどうかはもちろん、宗教上禁忌とされるものがないか、という配慮だ。ザフィールは微笑んで再び礼を言った。

「お気遣い、ありがとうございまス。異国の暦に従って生活する身には、特段、禁じられた食べ物はありませんが……ただ、昼に頂いたスープを除いて、しばらく普通の食事をしていませんので。残念ながら、お粥ぐらいしか、食べられナイそう……なさそう、です」

「分かりました。ではそのように伝えましょう。こちらへどうぞ」

 ロトがザフィールを促して館へ向かう。リーファも付き添おうとしたが、やんわり断られてしまった。

「言葉の心配がないのなら、ここからは僕がお世話をするから、君は陛下のところへ行ってくれないかな。詳しい状況の報告を待っておいでだから。つまりその、食事に関して」

 不満げな顔をしていたリーファは、最後の一言でがくりとうなだれた。あの馬鹿王め。

「……わかった。厨房に行きゃいいんだな」

「そういうこと。頼んだよ」

 ロトの苦笑が耳にくすぐったい。リーファは大袈裟に呆れた態度を装って、急ぎ足にその場を離れた。

 熱くなった頬を手で隠しながら厨房に入ると、国王陛下その人が、調理台のひとつで既にあれこれ材料を揃えて待ち構えていた。リーファは途端にげんなりして頭を振りつつ、近寄って軽く足を蹴ってやる。

「手ずから行き倒れにメシ作ってやろうとは、随分お優しい国王陛下なことで」

「恩を売っておけば、話を聞き出しやすくなると思ってな」

 シンハは平然と受け流し、それで、と目で問いかけた。リーファは肩を竦めて答える。

「そんな事しなくても、あの司祭様は大丈夫だと思うけどな。それに、お粥ぐらいしか食えないって言ってたぞ。昼間は芋のスープを飲んでたけど」

「行き倒れかけていたのなら、当然だろうな。消化が良くて栄養のあるものをと考えていたところだ。……おまえの知り合いでは、ないんだな?」

「違うよ、ずっと若いから。四十歳の手前ってとこじゃないかな。“あの人”は、やっぱり亡くなってた。首を斬られたって聞いたけど、実際は連れて行かれた先で投獄されて、そこで亡くなったみたいだ。それまでに書き残されたものを、あの司祭様が読んで、旅に出ることを決めたんだってさ。変わり者の司祭、って点では、やっぱりよく似てるよ。雰囲気とか喋り方とか」

 はは、と少し無理のある笑いをこぼしたリーファに、シンハは「そうか」とだけ言って、優しく頭を撫でた。出会って間もない頃に、故郷を離れることになった経緯をリーファから聞いて、知っているのだ。

 彼女の“司祭様”が連行された後のこと。代わって着任した司祭は、教会兵に命じて貧民街の大掃除を行った。火を放ち、盗人はもちろん物乞いから売春婦まで、手当たり次第に殺戮させたのだ。卑しく穢れた者どもがあまりに多すぎる、だから司祭ともあろう者が道を踏み外すのだ、という理由で。

 リーファは幸運にも兵の手をすり抜けられたので、そのまま後戻りすることなく、東へ東へと逃げ続けた。――結果、シンハと出会うに至ったのである。

 リーファは束の間うつむいて、頭に置かれた手の温もりを受け止めていたが、じきに気を取り直して顔を上げた。

「名前はザフィールで、苗字がアデン。こっちに着くまで道中の詳しい話はオレもまだ聞いてないけど、とりあえずシエナに来るのは乗合馬車を使ったらしいんだ」

 そう前置きして、着く前に何か細工をされたような気配があること、それで鞄を盗まれたらしい、など詳しい話を伝える。シンハはじっと耳を傾けていたが、モラーファから来た、と聞くと、わずかに眉を寄せて考え込んだ。

「それならモラーファの前は、ほぼ確実にラウロにいたはずだ。西方人など珍しいから、すぐに目に付いて知らせが来るだろうに、なぜここに来るまで……?」

 小さくつぶやいてから、更に黙考し、一人うんとうなずく。

「まあ何にせよ、これでひとつ口実が出来た」

「??」

「侯爵家を訪ねる口実だよ。モラーファはモルフィス侯爵領の都だからな。レウス殿に話を聞くという名目で、見舞いに行くとしよう」

「見舞いぐらい、普通に行けばいいだろ?」

 親しそうに見えたのに、とリーファは首を捻る。シンハは苦笑いして、調理台に向き直った。

「自分で寿命のどうのと言っておきながら、他人に年寄り扱いされたら激怒するからな、あの御仁は。それでどこかの血管がぷちんと切れて昇天されたら堪らん。おまえも一緒に来て話を聞くといい。ついでにマリーシェラの様子も見てやってくれ。貴族同士の付き合いが全くないからな、園遊会の後で何か難癖をつけられているかも知れん」

「そりゃ、構わないけど」

 ひとまず承知してから、リーファは複雑な顔で探りを入れた。

「随分、夫人のことを気にかけるんだな」

 もしかして、もしかするのか? しかし相手は人妻だぞ、と声音に滲ませる。シンハは皮肉っぽい顔で振り返り、意地悪くにやりとした。

「やきもちか?」

「蹴るぞ、阿呆。人が真面目に心配してるってのに」

「悪かった、すまん。……昨日も言ったが、色々と訳ありなんだよ、あの夫人は。おまえもなるべく、親切にしてやってくれ。レウス殿だけじゃなく、辺境伯からも頼まれているからな」

「ふぅん……よく分かんねーけど、分かった」

 曖昧な表情でリーファが了承すると、シンハはいつもの微妙な笑みを浮かべて、もう一度軽く彼女の頭を撫でたのだった。


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