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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
想いの証
20/66

一章 園遊会 (2)


 そんなこんなで、園遊会当日。

「寸法直しが間に合って良かったな。そら、これを羽織っていろ。そのままだと肩が冷えるぞ」

 着替えたリーファを迎えに来たシンハが言い、柔らかな白いショールをかけてくれた。リーファは礼をつぶやき、そそくさと胸元でショールをかきあわせる。

 制服や男物のような普段着ばかりの生活で気付いていなかったのだが、リーファの体型はドレスを仕立てた三年前に比べて、はっきりと女らしく変化していたのだ。むろんそうは言っても、体質ゆえか幼少期の劣悪な栄養状態ゆえか、ふっくら、などという形容からは程遠いのだが。

 それでも、女性らしい胸元を強調するドレスを着るのは――その上で大勢の注視に晒されるのは、逃げ出したいほど恥ずかしかった。

 シンハはそんな彼女の表情を眺めて、理解したのか誤解したのか、どちらともつかない苦笑をこぼした。

「おまえが貴婦人じゃないのは周知の事実だ。お上品な愛想笑いを作って淑やかに振る舞う必要はない。堂々としていろ。それでもおまえを笑う奴は、俺の敵だと認識して構わん」

「おいおい」思わずリーファは失笑した。「お貴族様の集まりに元盗人の小娘が無理やり体裁取り繕って登場したら、笑っちまうのが人情だろ。オレに肩入れしてくれるのは嬉しいけど、ほどほどにしとけよ。さてと、んじゃ、お言葉通り堂々と乗り込みますかね!」

 よし、とリーファは気合を入れる。シンハが微笑み、ごく自然に腕を差し出した。リーファは一瞬ためらったものの、照れくさそうに手をかけ、大人しく寄り添って歩き出した。数歩でいきなりつまずいたのはご愛嬌である。

 城館から出ると、幸いからりと良く晴れた空の下、大勢の招待客が庭に並んでいた。あらかじめ分かたれた人垣によって作られた道を、二人はゆっくりと進む。招待客らは国王に敬意を払いつつ、興味津々とその連れている主賓に注目していた。

 頭を下げる人々に、シンハは時々目礼や微笑を返す。泰然とした様は文句なしに国王らしい。厨房で麺棒を転がすエプロン姿を見慣れているリーファでさえ、この人物の隣に自分がいて良いのかと気後れした。

 と、弱気になった直後、客の一人がちらりと侮蔑の視線をくれたのが分かった。途端に反発心が燃え上がり、リーファは挑むような強いまなざしを返す。無骨とも言える彼女の態度に、相手は戸惑いを隠して素知らぬふりをした。

 そうこうして会場に着くと、二人は設えられた壇に上がり、居並ぶ会衆を見回した。ざわめきが静まり、皆が国王の言葉を待ち受ける。

「今日はよく集まってくれた」

 深みのある声が切り出した途端、大勢が見えない糸で吊り上げられたように背筋を伸ばし、その動きがさざなみのように広がった。

「こうして今年も無事に園遊会を催すことが出来たのも、神々が豊かな実りを恵んで下さったお陰だ。そしてまた、各々が領地の運営に心を砕き、互いにいがみ合うことなく手を携えて平和を堅守すればこそ。改めて、この場を借りて感謝する」

 穏やかな口調に、ちくりと皮肉の棘が出る。ある者は共感の苦笑をこぼし、ある者は素知らぬ顔でわずかに目をそらし、またはいたたまれない風情でうつむいた。低い壇の上からでも、その様子は一目で見渡せる。リーファは苦心して真面目な顔を保った。

「諸君らが貴い務めに日々励むように、市井の民もまたそれぞれの力を尽くしている。今日はその事を思い出して貰いたいと願い、この王都で目覚しい働きのあった一人を特別に招いた。既に噂は皆の耳にも届いていることと思うが、紹介しよう。王都警備隊における功労者、リーファ=イーラだ」

 シンハに促されて、リーファはぎこちなく一礼する。拍手が鳴り響いたが、その音の内実は様々だった。強い関心をもって見つめる者が多数、その視線のほとんどは軽侮か猜疑がまじっている。賞賛を隠さず好意的に拍手する者は、東方辺境伯と、壇の横に立っている王弟殿下のほか、ごく少数。周囲の近衛兵の方が、大きな拍手をしてくれたかも知れない。

 リーファ自身が挨拶などをする必要はなく、シンハが簡単に彼女の功績と警備隊の改革について述べ、再度の拍手があった後は、いつも通りの園遊会が始まった。

 国王の前に挨拶の列が出来る前に、リーファは打ち合わせ通り、それじゃ、と親しげな笑みを残してそばを離れた。シンハの近くにいたら、客は本心を見せないだろう。

(それに、こんな機会でもなきゃ、お貴族様用の料理は食えないもんな)

 役得、役得。リーファは内心で舌なめずりに袖まくりをしつつ、飲み物や軽食がずらりと並んだテーブルに向かった。

 園遊会は立食形式なので、決まった時間に皆がいっせいに食べることはない。銘々が自由に、取りたいだけ取る。しかし実際は、客のほとんどは飲み物だけか、食べてもわずかだ。この会の目当ては食事ではなく、根回しと情報収集なのである。

 一隅に用意された座席には、交渉ごとに参加する権限をまだ持たない若者達がたむろし、早くもがつがつ飲み食いしているが、そこでもやはり年少者なりの駆け引きや、将来役立ちそうな人脈作りの争いが展開されている。

 その一方で、貴婦人たちは老若問わず、ほとんど何も口にしていない。夫に寄り添ってにこにこしているか、女同士でかたまって小鳥の群れよろしくさえずるばかりだ。

 そんなわけだから、迷いも遠慮もなく一人でテーブルに向かうリーファの姿は、特別招待客という立場を抜きにしても非常に目立った。女たちは互いに向き合ったまま横目で彼女を見やり、聞こえよがしの厭味と嘲笑をささやき交わす。

 まあご覧なさいな、はしたない、卑しいこと……仕方ありませんわよ、そういう育ちですもの……作法を知らないのなら、せめて隅で大人しくしていれば良いでしょうに……あの歩き方ったら!

 ひそひそ、くすくす。まさに一挙手一投足ごとに、珍奇な動物でも見物するがごとき反応が生じる。下らなくも苛立たしい雑音を、リーファは努めて無視した。ただし、雑音発生源の顔ぶれは、さり気なく視界に入れて確認したが。

(あの集団はまとめて嫁候補から除外……って言っても、どれが誰かなんて分からないし、人数が多すぎるなぁ。待てよ、そうか。笑わなかった奴だけ覚えとけばいいのか)

 残りは忘れ去って良し、と決めて、リーファは料理長が腕を振るった品々を堪能することにした。

「どれから食べようかな……これか、いや、こっち……ん、美味い!」

 つぶやきつつ、リーファは早速一皿ぺろりと平らげる。

 簡単に食べられ、かつ時間が経っても大丈夫なもの、という厳しい条件の下では、限りなく満点に近い味だ。こうした料理を手がけて長いのだから当然かもしれないが、リーファは厨房の怒りっぽい支配者に改めて尊敬の念を抱いた。

 次はあれ、こっちはどうだ、とつい夢中になっていたリーファは、人が近寄って来たのにも気付かず、

「美味しそうに食べているが、特にお薦めはあるかね」

「――!!」

 いきなり話しかけられて竦み上がった。叫びを堪えたのは上出来だろう。慌てて皿を置いて振り返ると、声の主は東方辺境伯だった。

「お久しぶりです、伯爵」

 リーファはごまかし笑いでお辞儀し、近くを視線で探した。察した伯爵が、ああ、と破顔する。

「今日はミナはおらんよ。まだ幼すぎるのでね。しかし、あなたが気にかけていたと伝えたら喜ぶだろう……あるいは地団駄踏んで悔しがるか」

 言葉尻で苦笑した子煩悩な伯爵に、リーファもつられて笑った。小さなお嬢様を思い浮かべてから、はたと気付いて記憶の中の姿を修正する。確かにまだ大人の集いに出るには早かろうが、それでも、そろそろ十四歳ぐらいのはずだ。

「ご無沙汰していますが、次にお会いしたら驚かされるんでしょうね」

「いやいや、まだまだ子供だとも」

 伯爵は笑って首を振りつつ、手近な料理をつまんだ。その横顔を眺め、リーファはふと不思議な気分になった。正確な年齢は知らないが、伯爵はミナの父親と言うには少し釣り合わないように思えたのだ。祖父とまでは言わないが、伯父と言った方がしっくり来る。

(結婚が遅かったのか、だいぶ経ってから恵まれた子なのかな?)

 そんな憶測をしたものの、問うて確かめるのは流石に失礼だと思えたので、代わりに別の事を口にした。

「ところで伯爵様がこんな所で、私なんかを相手にしていて良いんですか」

「国王陛下へのご挨拶は済ませたよ。それに、せっかくお会いする機会があったというのに、近況も聞かずではミナがまた膨れる。陛下のお話では随分ご活躍のようだが、実際の所は如何かな」

 辺境伯はおどけた風情で応じたが、質問は真面目だった。リーファはちょっと考えてから、率直に答えた。

「活躍と言うほど派手なことはしていませんが、色々な面で変化してきたのは確かですね。新しい部署は出来たばかりですが、検死の手順や事例をまとめて手引書にする作業は前から続けているので、だいぶまとまってきました。最近は各街区の隊員が本部まで、読みに来たりもしますよ。以前よその街区で悶着を起こしたのが自分の担当地区に来ていた、なんてことも分かったりしますしね。情報を集めただけでも、それなりの成果があったと思います」

「ふむ……王都は大きな街だ、隊員一人一人の経験と勘では対応しきれないのも無理はない。その手引書というのは、この街に限らず通用する内容かな?」

「もちろん。気候の違いは考えに入れる必要がありますが、参考になるはずです」

「ならば完成した暁には、写しを一冊作らせて頂こう。我が領地は呼び名の通り辺境だが、と言って住民の間に問題がないわけではないのでね。楽しみにしているよ」

「光栄です。一気に責任重大になりましたね」

「もとより手抜き仕事はせんだろうに」

 冗談なのか本気なのか、そんな返事をされて、リーファは苦笑してしまった。いったいこの伯爵様は、自分の事を誰からどんな風に聞かされているのやら。シンハが誇大広告を吹きこんでいなければ良いのだが。

 ともあれ、己がなすべきことに変わりはない。リーファは畏まって一礼した。

「ご信頼にお応え出来るよう励みます。……そろそろ、戻られた方が良いのでは? 私と話しこんでいたのでは、良い評判は立ちませんよ」

「なに、当家の評判など構わんがね。過去シンハ様の立太子に一も二もなく賛成した、無骨で変わり者の田舎領主であることだから。しかし、長話に付き合わせて疲れさせては申し訳ない。また機会があれば是非、当家にも顔を見せてくだされ」

 伯爵は礼を返すと、さきほど食べた料理をちょいと示して、なかなか美味ですぞ、などとおどけてから立ち去った。リーファは真っ直ぐな後姿が客の間に紛れてしまうまで見送っていたが、

(あれ?)

 不意に気付いて瞬きした。

 伯爵は、一人だった。大抵の貴族当主は夫婦一緒にいるか、紹介すべき息子や娘、あるいは仲間の貴族と小さな集団を作っている。だが彼は今、たった一人でここに来た。

(奥さん、来てないのかな。オレと話すんだから、“お友達”がぞろぞろ付いて来ないのは分かるけど)

 うーむ。考えながらも、伯爵お薦めの一品に手を伸ばす。しかし残念ながら、味見はかなわなかった。

「ちょっと良いかな」

 聞き覚えのある声に呼ばれ、ため息を堪えつつ手を引っ込める。リーファはどんな顔をしたら良いのか迷いながら、振り返って曖昧に一礼した。

「王弟殿下ならびに妃殿下、ご機嫌うるわしゅう」

 棒読みで丸暗記の挨拶を述べた彼女に、ラウロス公ショウカは苦笑をこぼした。

「そう畏まらないでくれ。兄上とそなたがごく親しいことは承知している。ならば私も身内のようなものだ」

「もったいないお言葉、恐縮です」

 頼むからどっか行ってくれ、と念じつつ、相変わらずリーファは堅苦しい言葉を返す。シンハと仲が良いからと言って、その家族にまで親しみを感じるわけではない。複雑な生い立ちのことを思えば尚更だ。

(そうでなくとも視線が痛いっての、用件があるなら早いとこ済ませてくれよ)

 せっかく食べたご馳走が、胃にもたれてしまうではないか。

 しかし念は届かず、ショウカは鷹揚に微笑んで話を続けた。

「兄上には玉座を押し付けた負い目があるのでね。私だけがこうして愛する伴侶と共に過ごしていることを、申し訳なく思っている。そなたが兄上をお慰めしてくれるのなら、私も少しは心休まるというものだ」

 しんみりと言いながら、腕にかけられた妃の手に己の手を重ねて、愛情のこもったまなざしを交わす。傍若無人に二人だけの世界を展開され、リーファはげんなりした。萎えた気力をなんとか奮い起こし、これだけは訂正しておこうと口を挟む。

「誤解されているようですが、殿下、私と国王陛下は巷で噂されているような関係ではありません」

「私にまで隠さなくとも良いのだぞ」

「隠してなどいません、本当に違います」

「またまた。そう照れるな」

「違うって!」

 うっかりきつく言い返し、ハッと我に返る。と、王弟殿下は意地悪くにやにやし、寄り添っている妃殿下も伏せた顔の下で笑いを堪えていた。

(乗せられた……)

 不覚、とリーファは肩を落とす。ショウカは楽しげに声を立てて笑い、「兄上の言った通りだ」などと情報源をばらしてくれた。

「そなたが兄上以外の王家に対して隔意を抱くのも無理はない。だが私個人としては、もう少しそなたと打ち解けたいと願っているのだよ、リーファ。それで先ほど兄上に助言を請うたら、からかってやれと言われてね」

「…………」

 後でぶん殴る。心で拳を固めたのが顔に出たらしく、ショウカはおどけて言い足した。

「仕返しはほどほどにしてくれたまえよ、頼んだのは私なのだから。ともあれ、これでそなたとも話しやすくなった。警備隊のことだが、シエナで成果が上がるようであれば、ラウロにも同様の部署を新設したいと考えているのだ。何しろ治安が一向に改善しないのでね」

「そうらしいですね。以前そちらにいた班長から聞きました」

 リーファはまだ少々機嫌を損ねたまま、しかし真面目に応じた。仕事の話となれば、好き嫌いは言っていられない。ショウカも笑みを消してうなずいた。

「我々王族は近衛兵に守られているが、それだけでは意味がない。女性の一人歩きが危険な街などというのでは、かつての都としての面目も丸潰れだ。いずれ改めて、そなたに助力を求めることになろう。その時には是非、応じてもらいたい」

「微力を尽くします」

 リーファがいつもの癖でぴしりと敬礼すると、ショウカはやや驚いた顔をし、それから微笑んだ。

「頼もしいな。兄上がそなたをそばに置くわけだ」

「……?」

「いや、なんでもない。話はそれだけだ、邪魔をしたな」

 言うだけ言って、彼は妻と共にまた貴族らの輪の中へ戻っていく。リーファは複雑な気分でそれを見送った。と、人垣の向こうから、ちらっとシンハの姿が覗いた。どうやらこちらを気にしていたらしい。遠いのにもかかわらず、目が合った。

 軽く手を挙げたシンハに、リーファもこそっと拳を突き出して見せる。シンハが笑ってちょっと防ぐふりをした後、近くにいた近衛兵にひとこと言った。礼装の兵士がうなずき、振り返る。

(あ、やばい)

 碧い瞳に捕まった途端、リーファの顔に血が上った。ロトだ。しかも礼装の効果で、いつもの二割増し男前。それが、客の間を縫ってこちらへやって来る。

 反射的にリーファはくるっと踵を返し、逃げ出した。後で怒られるとは思ったが、

(あんな格好で近寄られたら死ぬ!! 無理!!)

 その場で卒倒するか、さもなくば意味不明の叫びを上げて走りだしかねない。それに比べれば、雲隠れするぐらい可愛いものだろう。

 小走りになると、ショールの前から風が入って否応なく今の服装を意識させられ、ますますリーファは逃げる足を速めた。こんな、いかにも女らしい格好を、間近で見られるなんて。

(無理無理むりムリ!! ぎゃ――!!!)

 一人で半泣きになりながら、庭園を横切り、会場からどんどん遠ざかる。

 完全に息が上がってしまうまで逃げ続け、とうとう限界に達してからやっと足を止めた。

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