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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
Balance zero
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1. 襲撃者

サイトで実施した人気投票の結果をふまえて書いた短編。

その際に頂いたコメントを作中の台詞に混ぜ込んでいます。

タイトルは「差し引き収支ゼロ」ぐらいの意味合い。春~初夏頃の話。


 そもそも、人気ってどうやってはかるもんなんだろうな。

 贈り物の数だとか、街で挨拶したり声かけたりしてくれる人の数だとか。

 危ない時に、助けてくれる人がいるかいないか、とか。

 ――あるいは逆に、自分を嫉む奴がどのぐらいいるか、とか。

 だったらオレは結構、人気者ってことなんだろうな。

 ありがたいような困ったような、複雑な顔でリーファはつぶやいた。



= Balance zero =



 今日は運がいい。ロトは上機嫌で道を歩いていた。

 目覚めからしていつになくすっきり爽快だったし、朝食の卵は、彼の好みにぴったりの茹で加減だった。国王陛下は真面目に書類仕事を片付けてくれているし、今のところ解決がもつれそうな案件もない。今は、ある貴族との意見調整のため相手の屋敷へ出向いたのだが、いつもは気難しい当主が、今日は妙に機嫌が良くてすんなり話がついた。

 昼下がりの空は鮮やかに晴れて、寒くも暑くもなく風は爽やか。自然と心は明るく、足取りは軽やかになる。

 広場まで来たところで、彼は向こう側にある警備隊本部から出てくる人影を見つけ、追加の幸運に微笑んだ。リーファだ。どうやらこれから帰るところらしい。

 彼女と合流するように進路を変えて、ロトはあまり露骨でない程度に足を速めた。と、彼が声をかけるより早く、相手がふと顔を上げてこちらを認める。

「あれっ、ロト?」

「やあ、今から帰りかい」

 ささやかな喜び続きのおかげでロトはにこにこしていた。リーファは目をしばたたき、うん、とうなずく。

「今日は早番だったからさ。今、上がったとこ。あんたは?」

「僕もこれから城に帰るところだよ。ちょっとお屋敷街に用事だったんだけど、すんなり片付いてね」

「ああ、それで上機嫌なんだ」

「そういうこと」

 おかげで君に会えたし、と喉元まで出かかったのを、慌てて飲み込む。そんな軽口を叩いたら、頭に花が咲いたかと疑われるだろう。浮かれているのを見透かされたのでは、と恥ずかしくなって目をそらす。

 視線の先に小さな屋台があった。麦粉をバターと練って棒状にのばし、捻って揚げた菓子を売っている。砂糖とシナモンをまぶしたもの、飴をからめて刻んだ胡桃を散らしたもの、乾し果物を練りこんだもの、色々あって値段も手頃な庶民のおやつだ。

「ちょうどいい、君にも幸運のお裾分けをしようかな。ひとつ奢るよ」

「やった! ロトは気前いいなぁ」

 リーファは遠慮せずに喜び、いそいそと嬉しそうに屋台へ向かった。仕事の後で甘いものが欲しかったのだろう。どれにしようかな、と子供のように楽しげに選んでいる。ロトも目を細めて、横に並んだ。

 その時。

「いた、あいつだ」

 小さな声が届き、ロトはそちらに目をやった。

 お菓子に気を取られているリーファの向こう、広場から伸びる路地のひとつに、二人連れの影。背格好からして十代半ばほどだろうが、雨でもないのにマントとフードをすっぽり被っている。二人でこそこそ相談している様子は、どう見ても不審だ。

 ロトは眉を寄せ、リーファに注意を促そうとした。直後、

「行け!」

 一人がささやき、その声に弾かれるようにもう一人が走り出た。リーファもハッと顔を上げ、素早く振り向く。その瞬間、人影が手を振り上げた。

「食らえッ!」

 少年の声と同時に、何かが投げつけられる。

「リー!」

 咄嗟にロトはリーファの手をつかみ、自分の背後に庇った。『何か』を防ごうと前にかざした左腕を襲ったのは、予想外に軽い衝撃だった。

 バフッ!

「――!?」

 白煙が噴き出し、ロトは反射的に息を止めた。小麦粉か、それとも白墨の粉か。無害だが不快な嫌がらせだ、と苦々しく考えつつ手を振って煙を払う。その隙に狼藉者は身を翻して逃げ去った。

「待てこのクソガキッ!!」

 リーファの怒声と靴音がそれを追う。だがじきに彼女は、いまいましげな顔で戻ってきた。

「ごめんロト、逃げられた。っていうか、大丈夫か? ひでえな」

「うん、まあ、なんともないよ。多分ね」

 ロトは制服についた粉を叩き落とし、けほ、とひとつ咳をした。咄嗟に足元に落とした書類鞄まで、うっすら白くなっている。その傍らに小さな袋が転がっていた。用心しながら拾い上げると、中は空っぽだった。

「コショウや唐辛子が入っていなかっただけマシかな。生卵とかね」

「……さてはあんたも昔、襲撃したクチか」

「色々工夫したもんだよ。ちょっと顔を洗ってくるから、君はお菓子を選んでおいて」

 ロトは広場の中央にある噴水を指して、たいしたことない、と苦笑した。警備隊員を狙ったのは不穏だが、しょせん子供の悪戯だ。何かつまらない考えを吹き込まれたか、若気ゆえの勝手な思い込みで“戦い”を仕掛けたつもりなのだろう。

「やれやれ」

 書類鞄を軽くたばさみ、頭を振って噴水に向かう。顔を洗うだけでなく、ハンカチを濡らして上着と鞄を拭いておこうと考えたのだ。

 それが災いした。

 歩きながらハンカチを取り出そうとしたはずみに、爪先が石畳の縁にひっかかった。おっと、とよろけ、大きく前へ一歩踏み出しかけたそこへ、鈍感な鳩がぴょこりと飛び出す。

「ぅわっ……!」

 鳩を踏みつけそうになり、ロトはあえなく体勢を崩した。派手にすっ転んだ拍子に鞄が腕からすっぽ抜ける。その描く放物線の先に、なぜか大急ぎで広場を横切ってきた手押し車が猛然と突っ込み、鞄を弾いて、

 ――ボチャン。

 噴水に小さな水柱が立った。ロトは青ざめ、大慌てで立ち上がって救出に向かう。こうなるともうリーファもお菓子どころではなく、手伝おうとやって来たが、その彼女の目の前で信じられないことが起きた。

「わあっっ!!」

 ロトが、落ちた。

 人間離れした身体能力の国王を捕獲できるだけの運動神経を備えた、あのロトが。階段を二段飛ばしで駆け上がり三段飛ばしで駆け下りても、よろけもしないでそのまま国王を追いかけられるロトが。

 いくら多少慌てていたとは言え、あろうことか噴水の縁につまずいて、頭から水の中に落ちたのだ。

 思わずリーファはあんぐり口を開け、その場に立ち尽くしてしまった。

 ややあってロトがずぶ濡れの手で鞄を噴水の外へ投げ出し、難破船の幽霊よろしく立ち上がった。リーファは我に返って駆け寄り、「大丈夫か?」と気遣う。

「熱でもあるんじゃないか? フラフラだぞ、あんた」

「うん、どうも、何かが……おかしいね」

 ロトはぺったり垂れた前髪を後ろへやり、手で顔を拭いた。朝からツイてる、と思っていたのがここに来ていきなり暗転したのは、神様が帳尻合わせをしようと考えたせいだろうか。

 ため息をつき、何気なく片手を胸元にやって、

「大変だ」

 再び彼は青ざめた。上級近衛兵の証、太陽紋の徽章が、ない。少しピンが甘くなっているのには気付いていたが、急いで修理するほどでもなかったから後回しにしていた、それがこんなところで祟るとは。

 水の中をばしゃばしゃ探し始めたロトに、リーファも何事かと身を乗り出す。

「どうしたんだ? 何か落としたのか」

「多分。ほら、ここの……」

 ロトが左胸を指し、リーファはぎょっと目を丸くした。彼女が一緒に水の中へ入ろうとしたので、ロトは急いでそれを止める。

「さっき転んだ時かもしれない。君はそっちを探して」

「わ、わかった」

 リーファはくるりと向きを変え、直後のけぞって倒れたくなった。視線の先には一羽のカラス。黒々としたくちばしが咥えているのは、彼らが大好きな光り物――見紛うことなき黄金の徽章だ。

 やばい、どうやって取り返そう、とリーファが悩んだのはほんの束の間だった。羽音だけを残してカラスは屋根の向こうへ飛び去り、どこかへ消えた。

「ロト……」

「うん。見えた」

 奈落の底まで落ち込んだ声が答える。慰める言葉もなくリーファが恐る恐る振り返ると、ロトは噴水の縁に突っ伏してしまっていた。ちょっと泣いてもいいだろうか、そんな風情で。


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