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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
想いの証
19/66

一章 園遊会 (1)

『水準器』のすぐ続きにあたる話です。

過去の作品に登場した人物も出てきますので、お忘れの方は目次てっぺんのおさらいをご参照ください。


 空気が時折つんと澄んで冷たくなり、夏の記憶が薄れる頃、レズリアは収穫の季節を迎える。

 各地の民は実った作物や野山の恵みをせっせと蓄えるため、目の回るような忙しさだ。春蒔き小麦や豆を刈り取り乾かし、豚を森にやってドングリをたらふく食べさせ、木の実や果実や芋を集め、あれもこれも。

 彼らを治める領主も同じく忙殺されるが、こちらは主に、何より大事な納税の義務を果たすためである。

 ひと月ばかりが嵐のように過ぎ去り、どうにか徴税吏に無事、金貨銀貨や品物を引き渡すと、その次に待っているのは――


「園遊会に? オレが?」

 おうむ返しに言ったリーファに、国王シンハはただうなずいた。リーファは仕事帰りで制服姿のまま、自分を指差し困惑に瞬きする。

「警備の話は聞いてないけど……」

 当日の警備は近衛隊の仕事である。やんごとなき方々をお守りするのに、都市警備隊の出番はない。だがシンハは首を振り、彼女が恐れていた言葉を発した。

「招待客として、だ」

「ええぇぇぇ!? 本気か!?」

 思わずリーファは腐った卵を踏んだかのごとき悲鳴を上げる。だがシンハは常とは違い、同情の笑みを浮かべるでもなく、からかうでもなく、真顔だった。

「本気だ。矢面に立たせることになるが、頼めるか」

「…………」

 おっと。リーファは反射的に抗議を飲み込み、気分を切り替えた。どうやら、今までにない重要なことが起きようとしているらしい。

 矢面に立たせる、とシンハは言った。出会って以来ずっと庇護者であり続けた彼が。

 リーファは真意を確かめるように、夏草色の瞳を見つめた。そこに微かな不安の兆しさえないと理解すると、彼女は一旦きゅっと唇を引き結び、次いで満面に笑みを広げた。

「よっしゃ、任せとけ! で、具体的には何をどうすればいいんだ?」

「難しいことじゃない」答えたシンハの目元が和らぐ。「特別招待客として、着飾って出てくれたらいいだけだ。俺が他の出席者におまえを紹介する。警備隊の新たな歴史を拓いた有能な隊員として、な」

「……ディナルのおっさんは招待してないよな?」

「安心しろ、あちらさんは仕事で忙しいとさ。それに今回の目的のためには、ディナルの仏頂面はない方がいい」

 意地悪く微笑んだシンハに、リーファは眉を上げる。シンハは咳払いして表情をごまかすと、真面目ぶって続けた。

「貴族の中には相変わらず、おまえに対する偏見がある。俺が西方で気まぐれに拾って愛玩している毛色の変わった雌犬、だとか陰でささやく輩もいるぐらいだ。王都でおまえの仕事ぶりを見る機会もない連中だからやむを得ん節もあるが、いつまでも放置していたら、せっかく王都に始まった警備隊の刷新が地方まで届かずに終わってしまうかも知れん」

「愛玩、って……」

 つまりあれか。夜毎寝所に連れ込んで、とかいう類の意味か。

 リーファがげんなりすると、シンハは肩を竦めて肯定した。

「ああ、そういう相手と見ている奴も少なくないようだな。俺がいつまでも結婚に本腰を入れるでなく、貴族の娘に手を出すでもないのは、卑しい遊び相手を気に入っているせいだと考えるんだろう。怒るなよ、大半の貴族は『お家の存続』問題で頭がいっぱいなんだ。発想が偏るのも、地位に伴う病気のひとつだと憐れんでやれ」

「きついこと言うなぁ」リーファは思わず失笑した。「で、そんな連中が園遊会であれこれ言って来るだろう、ってことかい」

「まず間違いなく、な。当主連中だけじゃない。彼らが連れてくる令嬢の方がどんな反応をするか、考えると胃が痛くなるが……その辺りをおまえには観察して貰いたいんだ」

「へえ? 警備隊のことだけが目的じゃないわけか。もしかして、出席者のなかに王妃様候補がいて、いよいよ見定めようって気になったのか?」

 リーファは声を潜めて身を乗り出したが、シンハは苦笑でいなしてくれた。

「候補者の見定めなら、以前から努力はしているさ。年齢と家柄で絞り込んで、素行を調べさせて、さらに俺が自分の目で確かめた場合もある。今まで婚約話さえ持ち上がらなかったのは、そうした下調べの結果だ。俺自身が乗り気じゃないのは否定せんが、それだけが理由じゃない」

「ありゃ……なんだ、そうなのか。じゃあ今回も、ついでにもう一度ふるいにかけとくか、ってぐらいなんだな。ちなみに今は有力候補がいるのか?」

「何人か、いると言えなくもない」

 歯切れの悪い返事だった。やはり気が進まないらしい。リーファは複雑な気分で相手を見つめた。国王という立場上、早く結婚すべきだというのは解る。だが義務だけで結婚されるのは、正直、リーファとしても不愉快だった。

「贅沢言ってんじゃねえぞ、って、普通なら言うとこなんだろうけど……おまえの横には、文句つけようがないとびっきりの嫁さんしか、立って欲しくないなぁ。結婚が義務になるのは仕方ないけどさ、本来なら好き合った同士がするもんだろ」

 むぅ、と唸ったリーファの頭を、シンハが笑ってくしゃりと撫でた。

「いざとなったら、おまえと駆け落ちするか」

「誘うなよ。うっかりその気になったら困るだろ」

 リーファは苦笑で応じ、シンハの手を軽くはたいてやった。ついでに反撃をひとつ。

「ほかに好みの女はいねーのかよ、寂しい奴だな」

「寂しくて悪かったな。国王が惚れっぽい方がよほど困るだろうが。まあ、好みというより条件として言うなら、そこそこ年齢が近くて、健康な体と分別のある頭が揃っていれば文句は言わんさ」

 世継ぎを産んで貰わねばならないから健康であることが望ましいし、王妃となるからには分別も必要だ。その二点は分かるのだが、

「歳が近くなきゃ嫌なのか? 女房は若いのに限る、ってのが普通だと思ってたけど」

 第一それで行けば自分も射程外に位置するだろうに。

 首を傾げた彼女に、シンハは小さくため息をついた。

「ただでさえ俺は、何もしなくても畏怖されるんだぞ。歳の差が広がればますます酷くなる」

「あー……年長者に対する遠慮までが加わるってわけだな」

「普通はな。おまえは例外だ」

「おい、オレだって少しは遠慮とか敬老精神とか持ち合わせてるぞ! 相手を選ぶだけで!」

 リーファは抗議したが、さらっと「それはともかく」などと流された。

「どの辺りまで妥協するか腹を括らないと、このままぐずぐずしていたら選べる相手が十も二十も年下ばかり、などという状況に陥りかねん。それで、選定基準におまえを据えたというわけだ」

 言って、シンハは温かいまなざしをリーファに向けた。

「結婚しようと何がどうなろうと、おまえはずっと俺のそばにいるんだからな。それを受け容れられない女が王妃になれば、早晩ほかの男を寝室に連れ込むか、鬱憤晴らしに散財するか使用人を虐待するのは目に見えている。園遊会では嫌な思いをさせられるだろうが、将来の為に辛抱してくれよ」

「…………」

 気構えのなかったリーファは普通にその言葉を聞き流し、一呼吸遅れて内容を反芻してから、ようやく赤面した。

「おまっ、さりげなく恥ずかしいこと言うな! そーゆーことは胸にしまっとけ!!」

 怒鳴りつつ拳を一発。だがもちろん、受けた相手は平然としている。

「いちいち照れるな、自分で言ったことだろうが。それに、おまえが恥ずかしがる相手は俺じゃないだろう」

 話題が予想外の方向転換をし、リーファは付いて行けずに目をしばたたく。シンハは、しょうがない奴だとばかりの苦笑を浮かべ、声を低めて続けた。

「いつまでロトから逃げ回るつもりだ?」

「――!!」

 途端にリーファは耳まで赤くなった。言葉にならない、悲鳴と唸りのまじった不可解な声を上げつつ、無闇にシンハを殴りつける。息切れするまで暴れてから、火照った顔を両手で覆って、その場にしゃがみ込んだ。

「……他人事を決め込んで見物しているぶんには、大層面白いんだがな」

「う、うぅぅうるせえぇぇぇ」

 バカヤロー、と半泣きの声で罵倒する。うずくまった彼女のつむじを見下ろし、シンハは複雑な顔になった。

 本当に第三者なら、両思いなんだからさっさとくっついてしまえ、と言うところだ。しかし二人の関係の推移を見てきた身には、今の状況が痛いほどよく分かった。

 リーファがよそを向いている間に、ロトは慎重に距離を詰めていたものの、彼女が見ている相手――つまりシンハ――に遠慮があったせいで、つかまえられる所まで辿り着けなかった。ようやく思い切って一歩踏み込めた途端、リーファが気付いてくるっと完全に振り返ってしまったのだ。

 二人の間に横たわるのは、友人としては近すぎ、寄り添うにはわずかに遠い、最も緊張が高まる距離。おかげで二人とも、お見合い状態になって身動き取れずに固まっている。

 シンハはため息を堪えて、ぽんぽんとリーファの頭を撫でた。原因の一端が自分にあると分かっているので、安易にけしかけるのも気が引ける。

「おまえに避けられているせいで、近頃ロトの機嫌がすこぶる悪い。頼むから、せめて手紙でも残してやってくれ」

「ううぅぅぅぅぅぅ」

「あいつが嫌いなわけじゃないんだろう? それに、嫌われてないことも分かっていると思うがな」

「わっ、わわ、分かってるよっっ! けどっ、でも、ああぁもうなんか今更すぎてどんな顔すりゃいいのか、ってか自分が気色悪いぃぃ! オレだったら引く! 今のオレ見たら絶対に警戒して逃げる!」

「そうだな、否定はしない」

 頭を抱えて絨毯の上を転がる不審人物に対し、そんなことはない、などと言っても白々しすぎる。

 とどめを刺されたリーファは、ごふっと呻いて動きを止め、情けない顔でどうにか立ち直った。そうして、盛大なため息をひとつ。緩んだ三つ編みをほどいて、指で髪を梳きながら、ぼそりとこぼした。

「やっぱりおまえと駆け落ちすっかなぁ」

「誘うなよ。第一、今の状況で二人して逃げたら、ロトが城壁から飛び降りかねん。怨霊になって追いかけて来るぞ」

「ぎゃあぁぁぁ!!! やめろ、怖すぎるー!!!」

 本当にその場に幽霊が現れたかのように、リーファがとんでもない悲鳴を上げる。シンハはおどけて耳をふさぎ、明後日の方を向いた。リーファはその腹に拳を叩き込んでから、渋い顔で髪を編み直した。

「はぁ……とにかくさ、オレも悪いとは思ってんだよ。出来るなら、その、つま、つまり、いやそのえーっととにかく、何とかしたいとはっ、思ってっからさ! もうちょっと、その、……ごめん帰る」

 切れ切れの言葉を押し出し、最後には諦めて踵を返す。とぼとぼ部屋から出て行くリーファに、シンハは苦笑まじりの声をかけた。

「伝えておく。それはそうと、明日仕立て屋を呼ぶから、あのドレスを出しておけよ」

「ふぇーい……」

 廊下の向こうから届いたのは、なんとも弱々しい声だった。


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