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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
水準器
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九章 (1)


 それから数日後のこと。

 メータ商会がある街区の神殿で、リーファはレジーナの葬儀に立ち会っていた。偶然ではあるが、レジーナは赤毛のほかに、身寄りがいない、という点でも一連の事件の犠牲者と同じだったのだ。

 参列者は少なく、商会の主アリシアと番頭、宿舎の管理人夫婦を除けば、リーファとカナン、それに台所でレジーナを弁護した小間使いの少女だけだった。

 神官が清めの儀式を滞りなく終え、棺が墓穴に下ろされる。職場の関係者がまず花を投げ入れ、リーファはその後で、城の庭師に用意してもらった小さな花束を捧げた。

 それが済むと、墓掘りが事務的に土をかけ始めた。ドサドサと、迷いも未練もなく、待ってくれと頼む者もいないまま。

 じっと見守るリーファのところへ、アリシアが番頭と一緒にやってきて、頭を下げた。

「この度は、私どものことで大変お手を煩わせ、申し訳ありませんでした。今後は二度とこのような不祥事の起こらぬよう、使用人ひとりひとりに目を配り、備品の管理を徹底致します」

 リーファも畏まって礼を返し、カナンの様子を窺ってから返事をした。

「どんなにしても、大勢の人が同じ場所で働き、生活する以上、いざこざは避けられません。店の人達をあまり責めないで下さい。ただ、猫いらずや、他にも何かあれば、そうした物の保管は厳重にお願いします。使い勝手を優先させて杜撰になることのないように」

「その通りですわね」

 アリシアはうなずき、ふとリーファに微笑みかけた。

「すっかりその制服も身に馴染まれましたね。頼もしい限りです。なかなかお会いする機会がございませんけれど、陰ながら応援致しておりますのよ。殿方ばかりの職場を、女性が一人で切り拓いてゆくとなれぱ、何かと辛いこともおありでしょう」

 純然たる思いやりに聞こえる柔らかな口調ではあったが、横で聞いていたカナンは居心地悪そうに身じろぎした。アリシアはまったくそれに気付かぬ様子で、リーファだけを見たまま言葉を続けた。

「私で力になれる事があれば、いつでも遠慮なくおっしゃって」

「ありがとうございます」

 リーファは余計な事は言わず、ただ感謝して一礼する。アリシアも会釈すると、番頭を促して帰路についた。その後ろ姿が見えなくなってから、リーファは思わずふうっとため息をついた。

「どうした?」

「いやぁ……大店の主人ともなると、なんかこう、言葉をそのまんま受け取れなくて怖いなぁと思ってさ」

「うん? さっきのはただの社交辞令か、さもなきゃ本当に親切で言ってくれたんだろ。あの人も女手で商館を切り盛りして苦労したから、おまえに同情してくれたんじゃないのか」

 カナンは自信なさげに目をしばたたく。リーファはちょっと頭を掻いた。

「アリシアさんが苦労したのは確かだと思うけどさ。だからこそ、って言うか……これで本当にオレがつまんねえ愚痴を持ち込んだりしたら、あの愛想のいい笑顔でばっさり切り捨てられそうな気がするなぁ。職場の同僚に迫られました、とか言おうもんなら、そのぐらい逆手にとってのし上がれなくてどうする、とかさ」

「げほっ、げほんごほん!」

 カナンが空気にむせたが、リーファは気にしなかった。

「本音を隠してうまいこと付き合ってくってのも、商売の世界じゃ大事なんだろうけど。人ってさ、見えないもんほど怖がるだろ。だから余計に危ないってことも、あるんじゃねえのかなぁ」

 やや茫然とつぶやいたリーファに、カナンもその言わんとするところを察して、表情を改めた。背後を振り返り、墓碑が安置される様子を見つめる。

「……そうだな。レジーナは正直だったが、それが相手には通じてなかった。正直であればあるほど、ユネアは言葉に裏があるものだと疑って、勝手に想像して決め付けて、憎んだわけだ。恐ろしいよな」

「うん」

 リーファはうなずき、次いでふっと笑みをこぼした。怪訝な顔をしたカナンに、リーファは手振りで帰ろうと促し、歩き出す。

「そういう点では、オレは警備隊が性に合ってるよ。厭味な奴がいないわけじゃないけど、どいつも基本的に裏表なくて、不愉快なことがあっても率直に話が出来るだろ。だからさ、……もう気にすんなよ」

 な、先輩、とリーファは悪戯っぽく笑う。カナンはわずかに怯み、それから、参った、と苦笑した。アリシアの言葉で、また罪悪感から卑屈になりかけていたのを、見抜かれてしまったのだ。彼はごまかすように、大きく伸びをした。

「だんだん先輩としての立場がなくなってきたな。あーあ、どこかにおまえぐらいサバサバして裏表がない女の子、転がってないかなぁ。おまえと違って乱暴じゃなくて、優しくて」

「…………」

「でもって美人で胸がでっかい子」

「喧嘩売ってんなら買うぞ」

 リーファは拳を握りしめ、息を吐きかける。カナンはおどけて防御するふりをした。

「何も言ってないだろ、洗濯板だなんて一言も、っおわ!」

 拳が唸り、カナンは大袈裟に飛びのいた。

 逃げるカナンを追って、リーファも走りだす。追いつ追われつしながら本部前に着くと、二人は広場で息が整うまで待ってから、まだ小突き合いつつ扉を開けた。

 ――と、中では何やら慌しい雰囲気だった。

 普段は席についたきりのジェイムはじめ、本部勤めの隊員が何人も、二階と一階を行き来している。手に手に、書類だの保管箱だのあれやこれや抱えて。

「……引越し?」

 思わずリーファがぽかんとつぶやくと、気付いたジェイムが不機嫌な顔で振り向いた。

「後ろ盾が大層な、どこぞの誰かさんのせいでね」

 恨み言をぶつけられ、リーファは渋面になった。先日シンハが警備隊の組織改革がどうのと言っていたが、早速と圧力をかけたのだろうか。

 そこへ、奥の部屋からディナルが出てきて唸った。

「余計な事を言うな、ジェイム。前から立てていた計画が前倒しになっただけだ! 陛下に口出しされただけで、ヒヨコの群れよろしくピヨピヨ大騒ぎしとるわけじゃない」

 ヒヨコ、と聞いてリーファはうっかりふきだしてしまった。ディナルの短く刈った金髪頭は、まさにヒヨコそっくりだからだ。可愛げはまったくないのだが。

 その可愛くない隊長にぎろりと睨まれて、リーファは慌てて姿勢を正した。

「新しい部署を作る計画があったんですか」

「そうだ」

 ディナルは忌々しげに応じ、来い、と顎で呼びつけて二階へ上がる。リーファとカナンは顔を見合わせてから、後に続いた。

 これまで様々なものの保管庫になっていた部屋がひとつ、ほぼ空になっている。広い部屋ではないが、四から五人は充分仕事が出来るだろう。ディナルはがらんとした部屋に入り、両手でぐるりを示して言った。

「今後はここが仕事場だ」

「……え」

 私のですか、とリーファは確認のために自分を指差す。ディナルは口をへの字にひん曲げたまま、不機嫌にうなずいた。

「いつぞやの靴職人の事件の時、遺体の検死や証拠の詳しい調査を専門に行う部署の設置を思いついた。貴様は体力も腕力も当てにならんが、観察眼は確かにずば抜けとる。ひょっとしたら今までにも、現場の隊員が事故と判断して見逃した事件があったかも知れん。だから一度専門の部署で調べるようにすれば、見落としも減るし、事例の記録が一箇所にまとまって活用しやすくなるだろう、とな」

 ふん、とディナルは鼻を鳴らした。リーファは呆気に取られ、ただぽかんとしていた。この熊オヤジから褒め言葉らしいものを頂戴したのは、初めてではなかろうか。

 ディナルは彼女を見ずに、壁の汚れを睨んだまま続けた。

「だが現場のことを何も知らんのでは、話にならん。ひとまず無難な街区を何箇所か経験させて、その上で本部に戻す計画だった。あと何年かしてからな。しかし、あんなわけのわからん悪党が出てくるようでは、悠長に構えてもおられん。そこで」

 おほん、と彼は咳払いし、むっつりとリーファに向き直った。

「貴様には今後、週のうち二日をここで、残りを今まで通りセルノの下で、働いてもらう。見ての通り場所だけは空けたが、すぐ本格的に動ける状態ではないからな。まずは資料の整理や、各班との連携手順の検討といった下準備をしろ」

「今までの仕事もしながら、ですか。しかし……」

「むろん状況に応じて、柔軟に対応すればいい。必ず何日と何日は本部、と決まっとるわけじゃない。今回のように、よその区で発生した事件を手伝うこともあるだろう。おまえが自分のやり方で、まわりと相談しながらうまく動かしていけるように、調整していけ」

「…………」

 つまり何か、新しい部署を丸々ひとつ任せる、ということなのか。

 リーファは絶句して立ち尽くした。驚きのあまり、喜んでいいのか困るべきなのか、嬉しいのか嘆かわしいのかも分からない。

 はたで聞いていたカナンが小さく口笛を鳴らした。

「すごいな、大抜擢じゃないか。平隊員から小隊長に格上げか? こりゃ奢ってもらわないと」

「勘違いするな」

 途端にディナルがぴしゃりと遮った。

「経験の浅い小娘を頭に据えるわけがなかろうが! 新しい部署は、分析室と命名する。室長は当面、場所が本部であることだし、わしが兼任だ。部員はひとまずリーファとジェイムの二人。近いうちにあと一人、警備隊の外から入れることを考えとる。現場に出て逮捕や尋問を行わんのであれば、警備隊員でなくとも構わんからな」

「なるほど。葬儀屋とか、その辺りですか」

 リーファが察して言うと、ディナルはひどく嫌そうに「うむ」とうなずいた。何であれリーファの言葉を肯定するのは苦痛であるらしい。

 葬儀を執り行うのは神官だが、遺体を洗い清めて納棺するのは葬儀屋の仕事だ。平穏にベッドで亡くなった場合だけでなく、警備隊で検死が済んだ後の変死体なども扱うので、様々なことに慣れているから、新部署の一員に加えたら即戦力になる。

「少ない人数で、何をどこまで出来るかまだ分からん。結局やはり上手く行かずに、頓挫するかも知れん。だが、あんな身勝手で意味不明な輩に振り回されるのは、金輪際ごめんだ。分かったか!」

 ディナルはまるで、それがリーファのせいだとでも言うかのように、びしりと指を突きつけた。リーファは肩を竦めたいのを我慢し、大仰にしゃちほこばって敬礼する。それでもやはり、隊長のご機嫌は取れなかったが。

「分かったら、さっさと取り掛かれ! どうせ色々ここに運び込むものがあるんだろうが!」

「はいっ! って、えーとまずは机ですか」

「馬鹿もんッ! 最低限の机と棚はこっちで手配するに決まっとろうが! どのみち貴様の弱っちい手なんぞ、あっても邪魔なだけだ。そこに詰め込むものを取って来いと言っとる!!」

 いちいち怒鳴らなくてもいいだろう、といつもなら辟易するところだが、今日に限ってはリーファも機嫌よく「了解!」と応じて走り出した。背後でカナンが隊長につかまり、机運びの人手として徴発されたようだが、救出は不可能と即断した。

 階段を駆け下り、笑みが広がるのを堪えきれないまま外へ飛び出す。広場に出るなり歓声を上げ、大きくぴょんと飛び跳ねた彼女を、通行人が驚いて見ていた。


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