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王都警備隊・4  作者: 風羽洸海
水準器
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七章 (1)


 翌日、まず本部に顔を出したリーファは、薄荷の香りにもまさる無闇と爽やかな笑顔を向けられて、反射的に回れ右した。後ろ手でドアを閉め、五つ数えてからもう一度、そうっと把手を押して隙間から様子を窺う。

「何やってんだ」

 同時に背後から声をかけられ、リーファはその場に固まった。一呼吸しない間に表情を取り繕い、振り返る。同じように複雑な顔のカナンが立っていた。

「……お早う。だってさぁ……いいや、あんたも中を覗いてみなよ」

「???」

 訝るカナンに場所を譲り、反応を見る。カナンは用心深くドアを開けた後、案の定、その場を動かず静かに閉めた。

「……なんだあれは」

「オレに訊くなよ」

 二人は顔を見合わせ、揃って天を仰いでから、意を決して中に踏み込んだ。途端に、

「お早う、諸君。いい朝だな!」

 眩しい笑顔と明朗快活な声に狙い撃ちされ、二人はそれぞれよろめいた。リーファは助けを求めて室内を見回したが、いつも席にいるはずのジェイムはなぜか姿を消しており、ほかの隊員も軒並みどこぞへ退避している。

 と、珍しいことに隊長室の扉が開いて、ディナルが顔を出した。

「来たか。二人揃っているなら話が早い」

「進展があったんですか?」

 カナンがセルノを視界の外へやろうと苦心しつつ問う。努力むなしく、当のセルノがにこやかに割り込んできた。

「ああ、あったとも! あの赤毛君が一連の事件の犯人で間違いない。六番隊の協力で本家の“蜘蛛”と対面させてやったら、自ら大演説をぶちかまして白状してくれたよ。今までの事件についても、すべての現場について、行ったことがなければ分からない筈の事を知っている。発言記録を揃えて突きつけてやったら、お褒めの言葉を頂戴してしまったよ。はははははは」

「…………」

 カナンとリーファは上機嫌のセルノを見やり、次いでディナルに視線だけで問いかける。警備隊長はしかつめらしく、低い声で唸った。

「多少不気味なのは勘弁してやれ。あの若造をぶち込んで以来、連日ほとんど帰らずに捜査しとったからな。調書を読み返して、現場を歩いて、取り調べで締め上げて」

 ふーっ、とため息をついて頭を振る。だがそのため息は、眼前の不気味な班長に対するものではなかった。彼は口をへの字にひん曲げ、思い出すのも嫌そうに説明した。

「そうでなくとも、あの若造の戯言に毎日付き合わされたら、おかしくもなる。まったく、わけが分からん。これまでに起こした事件は全部、父親への復讐だとかほざいとる」

「父親、って……まさか、蜘蛛ですか」

 あんまり似てないけど、とリーファは訝りながら確認する。ディナルはうなずいた。

「本当に父親かどうかは、蜘蛛本人も分からんと言っとった。だがあの若造の母親らしい女とは過去、関係があったらしい。やはり赤毛でな。ちょっと奇妙なところはあったらしいが……子供が生まれたのは知らんかったそうだ」

 母親にどのように育てられたのか、何を聞かされてきたのか。まとまりがなく噛み合わない青年の話からは、推測もままならない。だがいわゆる“普通”の家庭とは程遠かったことは確かだ。

「儀式なんだそうだ」セルノがやっと少し落ち着いた。「自分達を捨てた父親への復讐、そして母親への……愛だか憎しみだか、どっちでもいいが、それを成就させる儀式。その仕組みを読み解いた私にも資格があるとか嬉しそうに褒めてくれたよ。功労者の君に名誉を譲ろうか」

「謹んで辞退します」

 リーファは即答し、薄ら寒くなって腕をこすった。横でカナンも、居心地悪そうに身じろぎする。

「ということはやっぱり、こっちの事件は模倣か偽装ですね。メータ商会でレジーナを殺してから、四番街へ向かったわけではない、と」

「そういうことになるな。そっちの進み具合はどうだ」

 ディナルに訊かれて、カナンはこれまでに判ったことを報告した。そして、

「現状では第一発見者のユネアが一番怪しいんですが、強引に締め上げるには根拠が弱いですし。せめてあともうひとつ、何か取っ掛かりが欲しいんですが」

 困った風に締めくくって、頭を掻いた。ディナルは黙って聞いていたが、何かが気にかかると言うように眉を寄せている。セルノもしばし考え込み、ふと思い出して言った。

「カナン、君が見た食べ残しのビスケットは、どんな状態だった? 既に大半食べた後らしかったか、それとも口をつけたばかりだったか」

 もし、ほんの一口かじっただけであれば、何か薬を盛られたという仮定は難しくなる。それほど効果絶大の薬となると、手に入れるのも難しいだろう。

 セルノが確かめようとしたことをカナンも察し、宙を見つめて記憶を呼び出した。

「皿に残っていたのは、一枚だけだったな……かけらがたくさん散っていたし、こぼれた茶の染みも小さかったから、ほとんど食べ終わりかけだったように見えた。ああ、間違いない」

「レジーナが午前中で仕事を終えて宿舎に帰ったのなら、昼食はどうしたんだ。ビスケットとジャムだけで済ませようとしたのか?」

「そうらしい。節約のために」

 カナンは答えて肩を竦めた。通報があった初日に、レジーナの当日の行動を細かく確認しておいたのだ。

「商館で用意される食事は基本的に朝夕だけで、昼食も必要なら食費を上乗せするらしいんだが、レジーナはそれはしていなかったそうだ。倹約している様子だった、と管理人夫婦が証言しているよ。その割には持ち物が質素だから、何に注ぎ込んでいたのかが気になるんだが、今のところは誰も知らない」

「仕事の外のことに使っていたんだな」

「多分」

 同意したカナンに、横からディナルが口を挟んだ。

「金の使い道も気になるが、店の外でのいざこざなら、わざわざ宿舎で殺したりはせんだろう。部外者が入り込めば目立つんだからな。わしの感覚ではやはり、内部の人間の怨恨による犯行だ。顔に切りつけるほどだから、よほど憎んどるんだろう。カナン、その女が猫いらずを買ったのは本当に店の用事かどうか確かめろ。減った分を戻しておくつもりで、自分で買ったのかも知れん」

「わざわざそんな事をしたら、余計に怪しくなりませんかね。いつ誰がどれだけ買ったか、店には記録が残るんだし……」

 カナンは変な顔をする。ディナルは面倒臭そうに唸った。

「それはお前だから考えるんだ。大体が悪事をやらかした連中は、手前のクソに砂をかけるのに必死で、せっせと掘った跡が残ることには気付かんもんだ。わしはこれまで何十人と、自分から尻尾を出した阿呆どもを見てきたんだからな。ついでに、その“経験”をもとに言うんだが」

 彼はオホンと咳払いし、勿体をつけて厳かに続けた。

「猫いらずの中毒でも、下痢をしない場合がある」

「本当ですか?」

 思わずカナンが正直に驚き、リーファもいささか信じ難いという顔をした。ディナルの記憶に対する不信ではなく、確かに間違いなく猫いらずが原因だと判る事例だったのか、という疑いだ。

 二人の反応にディナルは渋面をしたが、内心は得意であるらしく、小言もなしにご教示下さった。

「本当だ。間違いなく猫いらずを食ったせいだが、ひきつけを起こして失神し、うわごとを言っとった。そのまま昏睡して、半日も経たずに死んだのを覚えとる」

 そこへ、セルノも「そういえば」と補強するように言った。

「私は自分で見てはいませんが、ラウロの学院で見た文献に、そんな記述があったのを思い出しましたよ。砒霜(ひそう)の中毒は大半が嘔吐と下痢だが、ごくまれに胃腸症状を示さず、痙攣・失神・昏睡を経て、半日以内に死亡する場合がある……と」

 セルノが諳んじた内容に、リーファとカナンは顔を見合わせた。

 もし、レジーナもそうだったとしたら。

 意識がないのだから、どこにでもナイフで切りつけることが出来るし、のんびり蜘蛛のしるしを描く余裕もある。男の腕力がなくとも、素早く動けなくとも、構わない。抵抗され、悲鳴を上げられる心配はしなくて良いのだ。

「すぐに確認します」

 二人は表情を引き締めて敬礼すると、本部から駆け出した。



※砒霜……亜ヒ酸の異称。

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