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時の黎明  作者: 長月遥
5/22

 1―4

「俺はこの十数年ずっと君に呼びかけてた。俺自身はここから離れる訳には行かないし、直接会ったわけでもなかったけど、夢での邂逅は間違いなく本当の事なんだよ。……だから」

「だから?」

「黒帝なんかに殺させたくないって事」


 信じきれていない瞳のままで先を促した透子に対して、リピリスは鮮やかな緑の瞳を優しく細めてそう続けた。


「……」


 真摯に言われているはずの言葉に、どうしても違和感を感じてしまう。

寂しい事だと自覚はあったけれど、どうしても警戒が先に来てしまうのだ。


「さて、状況説明はそんな感じ。そろそろ人の世界では日も暮れる頃だし、透子も家に戻らないといけないだろう?」

「え、帰れるの?」

「当たり前じゃないか。困るだろ?」

「それは、困る」


 明日も普通に学校だし、そもそも透子は無断外泊などした事がない。両親を心配させることになるだろう。


「でも、黒帝にはもう見つかってしまったからこれからは君に護衛をつけるよ」

「ご、護衛っ?」


 一般市民には縁のない単語だ。思わず透子は上ずった声で復唱してしまう。


「皇希と、このシギルを付けるよ」


 言ってリピリスは隣に控えていた金髪の少女を示した。指名された少女が一歩前に進み出て優雅に一礼してみせる。


「シギル・オーガスメイジです。宜しく、紀上の姫君」


 年の頃なら十三、四。華奢で小柄な体つきだ。百六十の透子よりも更に十センチは低いだろう。

短く切りそろえられた細くしなやかな金髪が、動きにあわせてさらりと揺れる。頭部からは蝙蝠の様な薄い小さな羽が伸びていて、そこだけ人の形と逸脱している。微笑んだ桜色の唇の端から、八重歯がちらりと覗いていた。


「こう見えてもシギルの戦闘能力は高いから、頼りになると思うよ。歳も近い方がいいだろうしね。聞いたかもしれないけど、皇希は元々君と同じ日本の出身者で、ちょくちょく向こうに出向いてもらってるから、常識も普通に理解してる」

「……」


 言われて透子は隣の皇希をちらりと見上げる。盗み見るつもりだったのだがしっかりと目線が合い、微笑まれてしまった。


「紹介が遅れたが、右側の彼はギウリウム・ヴェルトヴァレッタ。俺の信頼する部下の一人だ。何かあれば遠慮なく頼るといい」

「お初にお目に掛かります、紀上の姫君」


 丁寧だが冷やかな声でそう告げて会釈をする。その態度で直感的に透子は悟った。


(この人、私の事良く思ってない。絶対)


 そういうものには敏感なのだ。

だが、これから世話になるのであろう相手方と、わざわざ波風を立てようとは思わない。儀礼的に笑みを浮かべて透子も軽く会釈を返す。なるべく近寄らないようにしようと思いながら。


「後、これを渡しておく」


 かち、と自分の着けていた腕輪を外し、リピリスは透子に手渡した。


「これは?」


 リピリスに似合いの翡翠の宝石が填められた、凝った意匠の腕輪だった。

透子が着けるには少し上等すぎる代物だ。アクセサリの方に負けそうで、腕に填める勇気の出ない透子が手に持ったままリピリスに尋ねる。


「こちらに来るための扉になる。それを腕に填めて翡翠に触れば扉が開くよ。いちいちシギルや皇希に開けさせるのも面倒だろ?」

「来るためのって……」

「黒帝から逃げるのにはそれが一番早いだろう? 確かに皇希もシギルも優秀だけど……黒帝は、強いからね」

「……」


 リピリスの真剣な言葉に透子はごくりと息を呑んだ。


「大丈夫だよ、紀上の姫」

「え」


 小柄な体で、雄々しいとさえ言える笑みを浮かべてシギルは透子に声を掛けた。シギルがまとう空気は確かな戦士のそれだ。


「僕達は言葉を違えたりはしない。護ると口にした以上、僕は君を護るよ、最後までね」

「え、と……」

「シギルでいいよ?」


 言い淀んだ透子にあっさりとシギルはそう言った。


「うん、ええと……。ごめんね、シギル」

「……何で?」


 予想していなかった事を言われたかのようにシギルは目を瞬く。


「判らない。何となく……」


 本当は、彼らを信じていない自分の心の罪悪感からだという事は判っていたが、それを口にはせずに誤魔化してそう言った。


「ふぅん?」


 不思議そうに首を傾げてから、に、とシギルは笑った。


「どういたしまして?」


 珍しいものを見たかのように、くすくすとシギルは笑い続けている。それがひどく無邪気な子供のようで、あまり嫌な気はしなかった。


「ところで透子。本当にもう帰る? 時間無し? せっかく来たんだから、王城だけでもざっと見て回ろうよ。長い付き合いになるんだしさ」

「えっと……」


 言われて、透子は始めに窓に目をやったが、空は真昼の明るさを湛えていて、時間の経過が判らない。制服に入れっぱなしだった携帯を取り出し、時間を見ると五時を少し過ぎたところ。まだ問題はなさそうだ。


「うん、平気」

「ん、じゃあ行こうよ。それじゃあ陛下、御前を失礼」


 台詞の後半だけは丁寧だが、ひらひらと振った手に敬意らしいものは伺えない。シギルに苦笑して、リピリスは頷いた。


「ああ、頼むよ」




「案外、階級がどうのってうるさくないのね?」

「え? ああ、陛下の事?」

「そう」


 先ほどのやり取りを意外な思いで見ていた透子が、先に進むシギルに向かって問いかける。


「そんな事無いよ。まぁ陛下自身は気にしないし、僕はまぁ例外だけど、皇希やギウリウムは結構うるさいから」

「ああ……あの人はそんな感じねー……」


 ギウリウムの神経質そうな眉間のしわを思い出して透子は頷く。


「でも、雄流さんもうるさいんだ?」


 何だか意外な気がしてそう尋ねてから、先ほどシギルを諌めた様子を思い出して、そうかもしれないと考え直す。


「皇希のがうるさいね。だってあいつ人間だもん」

「……嫌い、だったりする?」


 種族の壁でもあるのかと透子は恐る恐る聞いてみたが、けらけらと笑ってシギルは否定した。


「別に。強いしねー。かっこいいしねー。嫌いじゃないよ、うん。結構好みだ。皇希が聞いたらきっと嫌がるだろうけどねー」


 それも楽しいかも、と悪戯をたくらむ子供のように目を細める。


「ま。どんなに外見が好みでも皇希は駄目なんだけど」

「何で?」

「あいつただの人間じゃないから」

「私と同じ、とか?」


 昔に魔物の血を引いていて、とか。それならば生まれがどうといっていたのも納得だ。しかし透子の言葉にシギルは首を横に振った。


「それなら良かったんだけど、あいつ神の一族だから」

「えっ?」

「至天七柱神の力を受けた神の一族ってヤツが居てね。ヤな奴等なんだ、これが。皇希はそこの出身者。雄流って、確か長の家の名前なんだよ、うん」

「え……?」


 神の力を受けた一族の、それも長の家に生まれた皇希が、何故魔界で地位を獲得しているのだろう。


「十歳かそこらかなぁ。皇希が魔界に逃げてきたのって。そん時眼ェ潰れてて凄かった。あはは」

「……」


 シギルの乾いた笑い声を聞きながら、透子ははっとして震える手で拳を作る。

そうだ、皇希の外見から年齢を考えれば、十年前は、まだ子供だ。


(……何で……?)


 そんな子供の頃に、その家の中で何かがあったのか。それとも事故に巻き込まれたのか。

だがどちらにしたところで、十歳強の子供が家を捨てなければならない理由と言うのは、一体どんなものなのだろう。


「何? 気になる?」

「や、いや、別に……。赤の他人が詮索するのはまずいでしょうッ!」


 好奇心で踏み込んでいい領域ではないだろう。今にも話しそうなシギルに慌てて透子は首を振った。


「ふーん?」

「や、そ、それよりもっ! 至天七柱神の事聞かせてよ」

「えー、何、今度黒帝ー? 趣味悪いよそれはー」


 明らかに不満そうな声を上げるシギルに透子は頭を抱えて呻いた。


「違うっ」


 確かにはっきり言って顔は良かったが、誰が好き好んで自分を殺しに来た相手に好意を抱くものか。


「冗談だって。アレに惚れたら人間としてヤバいって」

「じゃなくて、身を護るにも状況は知っておいたほうがいいでしょっ。それにさっき、リピリスが神様達にも神器がいたって言ってたから、ちょっと気になって」


 透子の台詞にシギルは大げさに仰け反って驚くリアクションをして笑いを含んだ声で言葉を返した。


「おお、流してるかと思ってたのに。案外と覚えいいね透子。気をつけよう。で、何が気になるって?」


 言っている態度が態度なので、本気かどうかは判らない。


「んー……もしその人がまだ神様のところに居たら狙われなくて済んだのかなあ、とか」


 魔物が自分達以上の力をつけるのが嫌ならば、同党の存在である神器が居ればと思ったのだ。


「まっさかぁ。それは楽観しすぎだって」


 だが希望も何も打ち砕くように、明るく笑ってシギルは断言した。


「だって、いつまで逃げても、何だか終わらなさそうだから」

「……」


 不安に目線を落とした透子に、流石にシギルは茶化す様子を消して言葉を紡ぐ。


「そんな事、ないよ」

「え?」

「逃げてたら終わらない。それは確かだよ。あいつらは絶対に諦めないから。だけどこっちから打って出るって手はあるよ。至天七柱神を皆潰せば、透子も自由だ」

「それは……」


 それは、そうだ。もう命を狙われることもなくなるのだろう。……だけど。


「何だか、ちょっと……嫌かもしれない」

「何が?」

「……判らない」

「何ソレ。僕の方が判んないっての」

「ごめんね?」


 苛立ったようにそっぽを向いたシギルに、透子は謝る。護ってくれようとしている相手に対して、確かに失礼なことを言った。


「ねえ。その神器って人、じゃない神様? 名前、なんていうの?」

白雅白将(はくがはくしょう)。名前は鈴御夜(すずみや)だったよ、確か」


 白雅白将・鈴御夜(・・・)


「えっ……」


 その音を聴いた瞬間、表情を凍りつかせて透子はシギルを凝視した。


「透子?」

「あ、何でも無い何でも無い」


(そんな、まさか、ね?)


 音が同じだけだろう。


(だって……人間、だよね? 鈴宮は……)

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