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時の黎明  作者: 長月遥
4/22

 1―3

(成る程、確かに初めての気がしないわね)


 皇希に手を引かれたまま、透子は魔王陛下が待つという王城の廊下を歩いていた。

皇希が未だ透子の腕を離さないのは逃がさないためなのかもしれないが、流石に右も左もわからないこんな場所で逃げようとは透子も思わない。皇希の様子を見る限り、取って喰われるという訳でもないようだし。

廊下は長く、広かった。初めて来るはずの場所で初めての気がしないのは、透子が散々この場所の風景を夢で見ていたからだ。

夢と違って人は沢山行き来していたし、差し込む陽の光で暗くもなかったが。


(でも、この道筋って……)


 夢で見た通りに進んでいるという事は、このまま行くとあの謁見の間っぽい場所に出るのだろう。と、いうことは。


(陛下って、もしかして……)


 玉座に座っていた彼女が、『陛下』なのだろうか。

夢で見ていた感覚とほぼ同じ時間をかけて、見覚えのある扉の前に辿り着く。現実に起こっている今は透子ではなく隣にいる皇希が扉に手をかけ、重い音を立てて扉を開いた。


(やっぱり)


 予想通りの謁見の間。しかし夢とは違い、こちらもちゃんと自然光だけではない明りもあって、荘厳さはあれど重苦しい重圧感は感じなかった。


「透子!」


 最奥に設えられていた玉座から、輝くライトブルーの髪を揺らして彼女は立ち上がった。

夢で見たそのままの容姿。ただし、玉座の左右にはそれぞれ人が控えている。


左側には金髪に紅い瞳の十三、四程に見える少女が、右側にはくすんだ赤銅の髪と闇紫の瞳の青年が玉座の後ろで直立している。

リピリスが立ち上がるのと同時に皇希の手が透子から離れ、控えるように後ろへと下がった。


「……リピリス……?」


 確認するように、微かな声で発せられた自分の名前に、リピリスは嬉しそうににっこりと微笑んだ。


「直接会うのは初めてだね、透子。改めて自己紹介しておくよ。俺はリピリス・リア・クロート。職業魔王。よろしく」

「陛下、魔王って職業じゃないような……」


 苦笑して皇希はそう口を挟んだ。王の言葉の途中で口を挟む無礼な部下の態度に、しかしリピリスは気を悪くした様でもなかった。教育係、という単語が透子の頭に浮かぶ。


「え、そうなのか。じゃあ魔王って何?」


 きょとん、としてリピリスは小首を傾げて皇希を見る。問いかけられた皇希の方はやや考えてから次の台詞を口にした。


「地位、かな? だってそれで給料貰ってるわけじゃないでしょう、陛下は」

「うん、貰ってない。国庫の金は自由に使ってるけど」

「だから地位」

「成る程」

「陛下ー」


 納得して頷いたリピリスの後ろから、赤眼の少女が間延びした声で注意を促した。


「紀上の姫が困ってるよー?」

「ああ、ごめん、透子」

「いえ、別に……」


 むしろ知らない他人の視線を感じると居たたまれないのが日本の小市民だ。かといって勿論このままでは困るのだが。


「ええと……何から言うべきかな」

「そうですね。黒帝が来てましたからそれから話せばいいんじゃないですか」

「黒帝がっ?」


 皇希の言葉にリピリスと両脇の二人が同時に声を上げる。


「ええ、夢を追ったんじゃないでしょうか。黒帝には夢渡りの力がありましたから。多分、黒帝個人で動いてますね。至天七柱神に知られるのを嫌がってるみたいでしたから」

「……そうか、黒帝一人で動いてるなら何とかなるか……?」

「……」


(黒帝って、あの人だよ、ね?)


 話にはまったく付いていけないが、自分を殺そうとした相手の事が会話に登れば、どうしたって気に掛かる。


「でも、黒帝に会ったのなら話は早いかな。透子」

「ぅわ はいっ!」


 唐突に呼びかけられ、記憶を反芻していた透子は肩を跳ね上げた。


「今回、ここに透子を連れてきたのは他でもない、その黒帝雷翼を初めとする、至天七柱神から君を護るためなんだよ」

「護るって……」


(……それ以前に、何で私が狙われなきゃいけないのか……)


 だが確かに彼は透子を殺そうとしていた。好戦的、かつ残虐性の高い眼をしていたが、彼は透子を紀上透子だと確認してから殺そうとした。人違いや通り魔としての犯行では無い。


「実はね、彼は至天七柱神と呼ばれ、太古の昔から存在し続ける神なんだよ」

「……神、様?」


 人じゃないんじゃないか、とは思った。有翼の人間はいないので。しかしまさか神様だとは思わなかった。否、思うはずが無い。

そもそも半ば無宗教国家の日本で真剣に神を信じている人間は少ない。

薄ぼんやりと存在はあるんじゃないか、と思っている人であってもとても信じるとまでは行かないし、自分が人生の中で邂逅する事になろうとは思わないだろう。


(……ちょっと、待ってよ……)


 仮に、仮に黒帝を神だとするとしても、この十六年直接手を下されるような生き方はしていない。絶対に。


「どうして……」

「それは君が紀上だから」


 こともなげに告げた皇希の台詞を聞いた途端、透子の脳裏に祖母の言葉が蘇った。


――『神様に嫌われた名前だから』


あれは比喩でもなんでもなく、まさか本当にそのままの意味だったのだろうか。


(ちょっと待ってよ! 私、名前のせいで神様に殺されようとしてる訳っ?)


 そんなバカな理由があってたまるものか。


「『紀上』というのは始まりを示す言葉なんだ。俺達魔物と神はほぼ同時期に世界に対する存在が始まったと言われている。君は俺達全ての始祖、紀上の血を引く姫なんだよ」


(……ええっと……?)


 言われた言葉が理解の範疇外で、どうも脳の思考速度が鈍っている。


「それって……つまり私って……魔物?」

「紀上は長い間人と交わり続けてきてしまったからね。もう殆ど人間だと言っていいと思うよ」

「殆ど人間……」


 それは裏を返せば多少は魔物、という事になる。


「だから……神に嫌われてる名前なの?」


 自分の始祖がどんな存在であったかなど、透子は知らない。

例えその『紀上』が神にとってどれほど面倒な存在だったのだとしても、今の透子にはなんの力もない。


「殆ど人でも、魔物だから……?」

「いや、別に黒帝が透子を殺そうとしてるのは、透子が魔物の血を引いてるからじゃないよ」

「え」


 一度は納得した理由をあっさりと否定されてしまって、透子は考え込んでいた顔を上げてリピリスを見る。


「至天七柱神は心狭いからね。僕達が紀上の力を受けるのが気に食わないのさ」


 くすくすと笑ってリピリスの隣にいた金髪の少女がそう言った。そこには確かに嘲る響きが存在している。


「だってあいつらは白雅(はくが)に逃げられて……」

「シギル!」


 何事かを続けようとした少女を皇希は鋭く叱責する。その声の厳しさに透子は反射的に首をすくめた。

しかられた当の少女の方はふいとそっぽを向いて口を噤む。不満げな様子がありありと出ていて、受けた叱責による反省は見えない。


「皇希、お前もだよ」


 皇希の声の鋭さに対してリピリスは嗜めた。


「申し訳ありません、陛下」


 すぐに自覚はしたのだろう、皇希は素直に謝罪する。


「……悪いな、透子。それで、至天七柱神がお前を狙う理由だが……紀上は始まりの姫だ。最も純粋な力の化身だと言っていい。その力は俺達全てに力を与えてくれる」

「純粋って……でも今の私は殆ど人間なんでしょ?」


 救いを求めるつもりで言った言葉に、リピリスはあっさりと首を振った。


「魔物としての力はもう失っているだろうね。でも、紀上は存在そのものが俺達の力を高めてくれる。それは魂そのものの問題で、器はまったく関係ない」

「……つまり、私はいるだけで魔物の力を高める増幅器みたいなもの?」

「そういうこと。俺達は『魔器(まき)』って呼んでるけど。彼らは世界の守護者だからね。規律を守らせるために、まず力が必要なのは……集団の中で暮らしている種族である人間の透子になら、判るだろう?」

「私がいると、魔物の力が神を超えるかもしれないから、って事?」

「そう」


 今度こそ、納得だ。確かに神の側から見れば魔物の力を高める透子の存在は邪魔だろう。透子本人に身を守る力がないとなれば、不安の芽を摘んでおくぐらいの事はするかもしれない。


「至天七柱神にも『神器(しんき)』と呼ばれる同種の存在が居たんだ。だから、魔器の存在の大きさは彼らもよく知ってる」

「……だから私を殺しに来たのね」


 名前で嫌われて殺されるのと同じぐらい理不尽だ。

彼は透子ではなく、ただ紀上を殺しに来たのだ。


(酷い……)


 透子は何も知らなかった。無宗教だし、神様なんか信じてもいなかったけれど、いきなり殺されそうになればショックなのには変わりない。


「でも、間に合って良かった。成長するごとに紀上は魔器としての力を高めるから、それだけ至天七柱神に見つかる怖れも高くなる」

「……」

「……透子?」


 押し黙ってしまった透子に、リピリスは気遣うような声を掛ける。


「私……。殺されるのかしら」

「そうさせないために、ここに招いたんだよ、透子」

「どうして?」


 不思議そうに自分を見上げる透子に、一瞬リピリスは言葉に詰まった。だがすぐに次の言葉を口にする。


「皇希もそうだったけど、透子は随分生き辛い場所で生きてるんだね。……好意だとは思えない?」

「好意……」


 その可能性も勿論考え付かなかったわけではない。しかし、思いつくと同時に透子は否定してしまったのだ。

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