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時の黎明  作者: 長月遥
21/22

 5―2

「命があるのに変わりはないし、不死身って訳じゃない」


 命を絶った七柱神の生まれ変わりが咎めるようにそう言って、黒帝の傍らに膝を着く。


「……あんまり、無茶するなよ」

「一摩……」


 錦の変化した光を変色した黒帝の肌に翳す。治癒の効果は顕著に現れ、毒素で変色した肌が元の肌色に戻っていく。


「お前には死を悲しんでくれる仲間がいるだろ。……あんまり死に急ぐな」

「お前が言うかよ」


 言われて、一瞬だけ一摩は言葉に詰まった。しかしすぐに首を振る。


「俺は白雅じゃないから」

「……判ってるよ」


 治癒を終えた掌を二、三回具合を確かめるように閉じたり開いたりして、黒帝はその場に立ち上がる。


「何しろ、白雅はもっと優しかったし、美人だった」

「そりゃ安心した」


 軽口にあわせて苦笑すると、一摩は辺りに視線をめぐらせる。


「魔王は?」

「奥」


 端的、かつ判りやすい一言と共に黒帝は突き当たりの壁、その奥にある小部屋を指した。

 その場を支配している濃く、攻撃的な神気に一摩は眉を寄せた。


(魔気が感じられない……手遅れか)


 だがそれを結論付けるのは、確認してからでないといけないはずだ。


「黒帝、道を」

「おう」


 大剣へと変化させた揚羽を両手で構え、数度呼吸を繰り返し自分自身の神気を呼び起こす。


火掟封呪(かていふうじゅ)、解! 我が力を代価に神炎よ、具現せよ!」


 黒帝の声に応え、揚羽を取り巻くように白炎が現れる。

 既に揚羽という媒体無しには力を具現させる事が出来ないのだ。


「切り裂けッ!」


 ごっ!


 上段から勢い良く揚羽を振り下ろす。

 壁にカムフラージュした小部屋の結界ごと切り裂いて、揚羽の放った炎は一直線に狂花界珠が作った花の海を焼き払った。

 作られた道を通り、台座付近で倒れているリピリスとギウリウムに近寄ると、一摩は息を確認した。


「……鈴宮……」

「大丈夫、生きてる。さすが魔王とその側近だな。体内の魔気が狂花界珠の毒素を多少なりと抑えたんだろう」


 そう答えている間にも治癒は進み、全身を支配しようとしていた赤紫の毒素が消失していく。


「良かった。すまないな、一摩」


 周囲に残った狂花界珠の花を処分しながら皇希は安堵の息を付く。


「後は狂花界珠の封印をどうするかだな。王弟陛下、お前どうよ」

「僕あんまり結界とか得意じゃないけど……」


 どちらかといえば直接的な戦闘の方が得意だ。補助や防御は不得手に入る。


「黒帝じゃ駄目なの?」


 純粋に力の順番で考えれば確かに黒帝が一番相応しいだろう。


「あー……。まぁ、普段なら別にいいんだけどよ。お前はまだ俺を酷使する気か。揚羽やら雷呪やらを乱発したからもう殆ど力が尽きてっからなぁ……」

「けど、簡易でも結界は張っておかないとまずいだろう? 一日二日保つ結界さえ張れれば、また後日黒帝に張り直してもらえばいいだろう。それなりに得意分野だから俺がやってもいいし」


 治癒を終えたらしい一摩が最もな提案する。確かに、今現在ではそうするしかないだろう。


「鈴宮、リピリス達は?」

「大丈夫。ゆっくり休めばすぐ起きられるよ」

「そっか……良かった」


 ほっとして透子は胸を撫で下ろす。

 その折に、やや下にさがった視界の端で台座がぐらりと揺れたように見えた。


「―っ!」


 そしてそれが気のせいでも何でもない事を、透子はすぐに思い知らされる。

 周りの分身よりも一回り小さい、だが一段と発色のいい一本の花がぶるりと全身を振るわせる。次の瞬間、びしりと音を立てて床を茶色い何かが突き破った。


「な―っ!」


 一番近くにいたのは台座付近の分身を焼き払っていたシギル。完璧に逆を向いていたため異常に気が付くのが一拍遅れた。


「シギル!」


 皇希の警告の声は遅かった。

 異変に気が付き、慌てて創り出していた炎を自分の周囲に展開させるが、それは無抵抗な分身の花を焼くために、力を抑えて調節された炎。本体へ向けるには明らかに火力が足りなかった。


 すぐ目の前まで迫った茶色いもの―狂花界珠の根だ―を二、三本焼き払った所で足元から伸びた別の根に絡みつかれ体勢を崩す。


「風掟封呪、解! 我が力を代価に神風よ、具現せよ!」


 ザッ!


 皇希の凪いだ腕の軌跡に合わせて真空の刃が狂花界珠の根を切り裂く。

 途端に本体から切り離された根の端末は形を崩し、腐臭を放つ液体へと成り立て周囲に毒液を撒き散らす。


「ぅッ……」


 予想外だったのだろう、まともに臭気を吸い込んで皇希は咽る。


「ちくしょうッ!」


 だがそれよりもより被害が大きかったのはシギルの方だ。

 足に絡み付いていた全ての根が毒液になったのだから避けようもなく受けてしまっている。既に赤紫の毒が肌を侵食し始めていた。


「切ると手に負えねェ! 雄流、焼き払え!」


 自らも白炎を揚羽に纏わせた黒帝が、まわりに蠢く根を燃やしながら声を上げる。

 黒帝の開いた道を抜けすぐに一摩はシギルの隣に跪く。既に錦は光へと変化されていた。


 黒帝の言葉に従い皇希の手にも神炎が生み出されるが、その火力はシギルのものよりも劣っている。本人にも判っているのだろう、苛立たしげに舌打ちをする。


「くそ……ッ! 火は相性良くないんだ……ッ!」


 ぎり、と皇希は強く歯を鳴らす。

 本体を焼き払わねば終わらないのは判っているが、根が邪魔をして辿り着けない。それどころか長引けば不利になるばかりだ。魔力や神力には限界がある。


 とにかく少しでも邪魔にならないよう、透子は動かないでいることしか出来なかった。

 ここにいるだけで狂花界珠の力を削ぐ、という点では役に立っていると言えなくもないが、本人にはもどかしさの方が強い。動くだけ足手纏いにしかならないのが悔しかった。


(あっ……!)


 下手に動くべきではない。判っているのに、それを視界に捉えた瞬間透子は息を呑んで足を踏み出してしまった。

 根にかまけている間に増えた狂花界珠の分身の花の海に、再びリピリスとギウリウムが飲み込まれようとしている。


「リピリス!」

「紀上! 動くなッ!」


 掛かった鋭い静止の声に透子はびくりと身を竦めた。


「ゆう……っ」

「今は無理だ!」


 皆まで聞かずに皇希はそう叫ぶ。皇希にも見えているのだ。そして、判っている。

 リピリスとギウリウムが長く狂花界珠の毒に耐えられる状態ではないことを、ちゃんと判っていて透子を止めた。


「でも……」


(だからって……)


 このまま見捨てていいというのか。

 どうしようもないから。


(良い訳、ない……っ)


 判っているのに、何も出来ない。

 力が、無いから。



『―目覚めなさい』



「!」


 不意に透子は頭を直接揺さぶられているような、異様な頭痛と吐き気に襲われた。


『目覚めなさい。力に』


 自分と同じ声が頭に響く。自分と同じで、けれども自分よりも厳しくて強い、王の声。


『目覚めなさい、力に。かつて、友を失った愚かな過ちを繰り返さないために。

過ちを取り戻すために』


 何かのたがが外れるように、透子の眼に一気に鮮やかな色彩が映し出された。流れ満ちる、世界の力。


『時は来たれり。

血と魂に眠る四掟の力を……取り戻しなさい!』


 どくんっ。


 自分の血が熱いなどと初めて透子は感じた。流れる血の一筋一筋に力を感じる。

 手を伸ばせば世界の力に触れられる。ほんの少し干渉して操る術を自分は知っている。


「火掟封呪、解! 我が力を代価に魔炎よ、具現せよ!」


 周囲の全ての炎の魔気に透子は願った。邪魔なものを焼き払う熱と光を。



ごっ!



 意識を向けたその全ての空間が一気に炎を立ち上らせる。

 全身で悲鳴を上げるように狂花界珠の分身達は仰け反り、炎の中でその身を溶かしていく。


「―紀上……?」


 その場の誰よりも強い力を振るう透子の姿に、皇希は愕然として彼女の名を呼んだ。だが、皇希の声も今の透子には届かない。


(もっと、強い力が要る……っ! あれを壊すには、もっと強い力が!)


 透子の眼は炎に遮られる事無く狂花界珠の姿が映っていた。見た目のたおやかさとは裏腹に恐ろしいまでの耐久力。花弁のひとつも焦げていない。


「力を……!」


 切望したその瞬間、透子の脳裏に夢の画像が走りぬけた。

 狂花界珠を封じた―いや、滅ぼそうとしていた紀上の姿。


「血と、魂の……力」


 夢で見た、紀上が狂花界珠を封じた時に使った血の魔気。今の透子と紀上の魔気に差は無かった。

 もしかすれば、ずっとこの時のために啓示していたのだろうか。

 狂花界珠を滅するために。


「っ」


 僅かに躊躇った後、透子は黒帝が掲げたままの揚羽で腕を裂く。


「紀上っ?」


 ぱたぱたと流れる血を掬い、鮮血で染まった真紅の手で透子はさっと空間を一凪する。

 その途端にあれほど燃え盛っていた火も、その熱気も消え失せた。

 そしてそのまま狂花界珠へと歩み寄り、血に守られた利き手で狂花界珠を掴む。拒むかの様に狂花界珠は震えたが、毒素のすべては透子の血に触れて蒸発してしまう。


「紀……上……?」

「聖戦兵器は神気の塊だから、その全てもより強い魔気でなら相殺できる」

「何で、そんな事……」


 唖然として自分を見上げるシギルに透子は微笑んだ。

 絶対に大丈夫だ。自分が、本当に紀上であるのならば、大丈夫なはずだ。


「だって、昔紀上が封印した時もそうやっていたんだもの」


 血に継がれた魔気は衰えたりはしない。『魂』の劣化など、ありえない。まして紀上がこの時を望んでいたのならば、尚更だ。

 狂花界珠を台座に置き、透子は流れ続ける血を狂花界珠へと落とす。


「我が血、我が力よ」


(力を、貸して)


 自分自身の力に対してというよりも、かつてその力を持っていた、自分に宿る魂へと透子は願った。


「我が、魂よ!」



どくんっ!



 周りの空気がそれと判る程に震える。次に訪れる変化のための胎動の様に。


「紀上の加護を今、ここに―っ!」


 ゆるゆると、しかし確実に狂花界珠の神気は透子の魔気に押さえつけられていく。


「始まりの魔、紀上の名の下に……地掟封呪(ちていふうじゅ)水掟封呪(すいていふうじゅ)火掟封呪(かていふうじゅ)風掟封呪(ふうていふうじゅ)、解! 我が血の力を代価に四掟封印呪(していふういんじゅ)よ、具現せよ!」


 かつての夢の通りに透子は世界の魔気を呼び起こす。流れる液体だったはずの血が狂花界珠をくるみ、薄い膜を形成する。

 葉から、茎から、花弁から透子の血は狂花界珠へと侵食していく。鮮やかな桃色の花弁が瑞々しさを失い、茎、葉と共に枯れていく。


 かさり。


 数秒後。

 乾いた音を立てて、枯れた落ち葉の色へと変色した狂花界珠を透子はくしゃり、と握り潰した。

 細かく砕けた狂花界珠の欠片はちりちりと燃え上がり、灰となり……それもやがて溶けて消え去った。

 薄れていく意識の中で、透子は王の女性の嘆きを聞いた気がした。



 ―(熾己)よりも、強い力が欲しかった。

 (熾己)を護る力が欲しかった。

 (熾己)と戦える力が欲しかった。

 (熾己)を、力ずくででも、引き止める力が欲しかった。


 ―私は強い力を求めた。

 私自身を護るための力を求めた。

 私の敵と、戦える力を求めた。


『だから今度は……取り返しなさい』

『だから今は、護って見せたよ』


 私がそれを、望んでいたから。

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