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時の黎明  作者: 長月遥
19/22

 4―5

「リピリスっ!」


 空間を渡ろうとしたギウリウムに駆け寄ると、リピリスは躊躇い無くその胸に寄生した狂花界珠へと手を伸ばす。


「陛下っ! やめっ……」

「陛下じゃ、なくていい」


 リピリスの指が狂花界珠に触れる。綺麗に整えられていた爪が一瞬にして腐食する。


「やめてくださいッ! 陛下ッ!」

「ギウリウムっ」


 まるで叱咤するような強い口調。反射的にギウリウムは言葉を飲み込む。


「っ」

「……すまない」


 ギウリウムの事も、勿論リピリスは判っている。それでも狂花界珠を人間界には捨てられない。


「俺の、最後の誓約だ……」


 ずるり、とギウリウムから狂花界珠を引きずり出す。


「ぐ、ぅっ……」


 じゅう、と皮膚がただれていく痛みにリピリスの顔が歪む。そのまま狂花界珠を小部屋の床へと叩きつけ、透子へと首をめぐらせる。


「透子! 人間界に逃げろ!」

「リピリス……っ」

「逃げろっ!」


 ついこの間、シギルに言われた言葉と重なる。


「け、ど」


(また、逃げるの。私は……)


 頭が痛む。

 取り返しの付かない過ちを犯しかけているようで、体がそれを拒否して様にこの場から離れる事を拒んでいた。


「馬鹿!」


 自分の力の無さへの嫌悪に立ち尽くした透子を抱きかかえ、引き摺るように黒帝は部屋から飛び出す。


「待ってっ。リピリスとギウリウムが……ねえっ! 助けられるでしょっ? 貴方、強いんだから……神様なんだからっ! ねえ、お願い……ッ」

「……紀上。お前は俺達を……至天七柱神をなんだと思ってる」

「……え……?」


 呆然と見上げてきた透子の瞳に黒帝は首を振る。


「何でもねえ。離れてろ……来い! 揚羽!」


 黒帝の声に応え、十数匹の黒い揚羽蝶が空間の歪みから飛び出して来る。一直線に小部屋に向かう蝶達を見送って、黒帝はがくりと膝を着く。


「黒帝っ」

「寄るなっ!」

「っ」

「狂花界珠の……話は、聞いてねえのか」

「聞いた……」

「毒素は、伝染する。狂花界珠はここで食い止める……けど、クロートとヴェルトヴァレッタは諦めろ。あの毒に侵されて助かる奴なんかいない」


 その言葉を自らで証明するかのように、言いながらも黒帝の翼は治るどころかばらばらと羽根が抜け続けている。呼応するかの様に、無事だったはずの肩から徐々に、体の方まで侵食し始めていた。シギルの炎で受けた火傷を瞬間的に治した自己治癒力を持つ黒帝の体を。


「だって……あれ、貴方達が造ったんでしょ? ねえ、貴方神様なんでしょ? しっかりしてよっ、ねえ……っ」

「……神じゃねえ」

「え?」

「神じゃねえよ。いつの間にか至天七柱神なんて呼ばれて……どの種より強い力と、不老の身体を与えられて生まれてきた……ただの一種族だ」

「黒、帝……?」

「世界を管理するため。それだけのために世界が選んだ、七人の……たった七人だけの小種族だ」


 金の瞳を細めて黒帝は呻くようにそう言った。


「なぁ、紀上……。俺は死にたかったんだ」

「……え?」


 思っても見なかった言葉を聞かされ、透子は反射的にそう聞き返していた。


熾己(しき)に見捨てられた時……自分がどうするべきか判らなくなった。俺達は熾己に使われるためのパーツで、世界を守るためだけに熾己も、俺達も存在していて……。でも、熾己が俺達を見捨てた後も俺達は世界を守り続けなきゃいけなかった。それは生まれた時から俺達を縛る絶対的な律だから……。

熾己は俺達を要らないと判断した。俺達は世界を守るには熾己を倒さなければいけないと思った。全部が終わったとき……やっと自分達が間違った選択をしたって、気が付いた」

「……やめて」


 熾己は、至天七柱神を、自分の同族を不要だとは思ってなかった。そう思っていたのなら、そもそも聖戦は起きなかったのだ。

 きっとそれは、聖戦が終わるその時まで変わらなかったはずだ。


「俺は馬鹿だった。たった七人の仲間だったのに、熾己が……俺達に部品でなく、仲間としての存在を求めてるのを知ってたのに、俺は熾己から逃げたんだ。俺達は世界の掟に縛られる存在で、それ以上の事を……する事は、許されてなかった。そう、全員が思い込んでたから。

仲間から見捨てられる事が恐かった。熾己はずっとそれに苦しんでたのに、俺は自分が恐かったから逃げたんだ。

馬鹿だった。本当の意味で、見捨てられる事なんかなかったはずなのに……馬鹿だったんだよ、俺が。俺が熾己を見捨てたから、熾己は俺達を捨てた。当たり前の、事だ……っ」

「……やめてよ」


 熾己は見捨てたわけじゃない。

 ただ、自分の意思を他の七柱神にも持ってもらいたかっただけ。

 間違った方法しか取れなかったのは罪だけれど、熾己は仲間を嫌ってなどいなかった。


「俺達は死ねない。自分の力よりも……肉体の強度の方が高いんだ。治癒力だって化け物だ。まして、他の種族で俺達を傷つけられる奴なんか……数える程しかいないんだ。捜し出すのも、厳しいほど……。

だから、死ぬなら紀上を頼るしかないと思った。俺は熾己との戦いで力を疲弊させて……ずっと、待ってた。身体を癒さないようにしながら、紀上が(うつつ)に現れるのを……ずっと待ってた。転生した白雅は……楽しそうだったから。羨ましかったから」

「やめてよっ!」


 聞きたくなかった。死を切望する言葉など、聞きたいはずが無い。


「熾己は嫌ってなんかいなかったわ! 要らないなんて思ってなかった! 最後まで貴方達と仲間として、友として生きる事を望んでただけなのよっ!」


 悲鳴のような声で一気に叫んだ透子に、黒帝は薄く微笑んだ。


「あぁ、知ってる。熾己を封印したの、俺だから」

「……黒帝」

「熾己が復活したら、もし元通りの至天七柱神になったら……そうだな、今の仲間達は熾己の望む通りになったと思うぜ? だけど……やっぱり、俺達は『カミサマ』なんだよな」


 戦神として一番多くの命をその手で刈り取ってきた。

 黒帝の訪れはただ恐怖の襲来でしかなく、向けられてる瞳の全ても畏れと、畏怖と、――怒り。

 人に嫌われるのは、心がある生き物なら誰でも苦しい。

 だからこそ至天七柱神はただ動かされるためだけの手足だった。全ての責は熾己が負っていた。なのに気が付いてしまったから。


「今度熾己が起きたら、多分、人は大量に殺されるだろう。増えすぎたから。けど、俺は……! 殺したくて殺してるわけじゃない……ッ。悲鳴に、命乞いに何も思わない程狂ってもない……ッ」


 生あるものを殺戮するための戦神として選ばれてしまった。

それでも、どんなに苦しくても熾己には、そして、己を縛る律には抗えない。


「白雅は……今は一摩か。あいつはもう掟にも律にも縛られない。何も覚えてない。それを羨ましいって思うのは……別に間違ってねえだろ?」

「……そうだと……思うわ。……卑怯だけれど……」

「そうだよな、やっぱ、卑怯だよな」

「え」


 怒るか、せいぜい鼻で笑われる程度だと思っていた言葉に肯定を返され、透子は唖然として黒帝を見つめた。


「俺はまだ死に逃げちゃいけねえ気がするし。後五人しかいない仲間を置いていくのも寝覚め悪ィし。熾己の事だって封印に逃げてまだ決着つけてねえし。それに」

「?」


 透子を見上げたままで黒帝は言葉を切る。


「何でもねえ」


 その先は結局何も言わず、黒帝は血の気の失せた指先で宙に不可思議な文様を描いていく。複数の直線と曲線で構成された幾何学模様だ。


雷掟封呪(らいていふうじゅ)、解! 我は雷の司。我が力を代価に、紫雷よ、具現せよ!」

「ッ!」


 おそらく揚羽を通じて放たれたのだろう、小部屋から響く耳をつんざく雷鳴と雷光に、思わず透子は腕で顔を覆って目を閉じる。


「ぐぅっ!」

「黒帝っ」

「来るなっ!」


 目を閉じた一瞬の間に黒帝の様子は一変していた。変色した腕をだらりと下げ、それでも苦痛の色を隠して瞳を透子へ向ける。


「逃げろ。そして……皇希かオーガスメイジを見つけろ。そうしたら……この処現城を封印するんだ。ここは魔気を生み出す仕掛けがなされたそれそのものが結界と言える場所。力のある魔物なら、今なら多分抑えられる」

「何で……黒……」

「触るなッ!」


 鋭い声で制止され、びくりと透子は伸ばしかけた手を止める。


「狂花界珠は……毒素と共に万一の時のために、本体の種をキャリアに移す。誰が本体の種を持ったキャリアかはわからねえ。だが……育ち切るのはそんなに先の話じゃねえ。種である今のうちに……俺達ごと封印しろ!」

「そんな……事。だって……それは……貴方達なら制御できるって聞いたわっ」

「悪い。狂花界珠の停止コードは俺も知らねえ。フルの力があれば……壊せたかも知れねえけど……はっ……このザマだしな」


 自分自身の有様に黒帝は自嘲の笑みを浮かべる。


「逃げろ、紀上。……お前が死ぬ必要は、無いから」

「……っ……」

「悪かった。巻き込んで」


(どう、しよう……っ)


 出来ない。

 透子では何も出来ないのだ。


(どうすれば……何をすればいいの……っ)


 誰でもいい。助けてくれる人が欲しい。

 毒素も傷も消してくれる力が欲しい。


「!」


 はっとして透子は目を見開く。

 居る。一人、透子には心当たりがある。


「ねえ、鈴宮(すずみや)なら……鈴宮なら、治癒できるんじゃあっ?」


 今更かもしれない。一度透子は一摩の好意を踏みにじった。

 けれど確信がある。一摩ならば、助けてくれると。


「鈴宮を連れてくるからっ! だから……もう少し頑張って!」

「……っ」


 泣き笑いのような表情で、黒帝は透子を見上げた。


「……お前、馬鹿だろ……」

「馬鹿でも何でもどうでもいいわよ! だから……お願いだから……死なないで!」


 叫んで透子は腕輪の翡翠に触れ、空間を渡る。一摩の力を借りるために。

 透子を見送って壁に体重を預けたまま黒帝は薄く笑みを浮かべる。


「……馬鹿は、俺か」


 死ぬつもりでここまで来たはずなのに、結局それは出来なくて。

 そのせいで、守りたいと思ったものを守れたはずの力を今、使えなくて。


「……変わんねえよ。熾己。やっぱ俺は馬鹿のままだ……」


(けど、何か諦める気が……今はしねえんだ。生き残る。そして……守ってみせる。今度こそ)

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