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時の黎明  作者: 長月遥
14/22

 3―4

「それで、私の力が必要って事は、力尽くで何とかしなきゃいけないものがあるって事よね。それ、どういうものなの?」

「うーん……どこから説明したものかなぁ」


 しばし迷うようにシギルは腕を組んだまま言葉を切った。


「ずっと昔、まだ紀上が魔物の中の一族だった頃の事なんだけど。至天七柱神と人間の間で大きな戦いがあったんだよ」

「戦い……神様と人間の戦いかー……」


 黒帝と相対した透子の感想としては、とても勝てそうにない気がする。

多分、例え現代でもどの近代兵器を持ち出しても無駄だろう。持ち出す前に、宣戦布告後神罰よろしく至る所で雷が降ってきそうな気がする。あんなものが七人居るのだ。勝てるわけがない、絶対。

しかしシギルはそれを『戦い』と称した。そう言った以上は、それなりに対抗できていたという事だろうか。


「至天七柱神が世界の維持をする守護者だって話はしたよね」

「うん」


 先ほどのリピリスとの会話を思い出し透子は頷く。


「彼等はね、地球上すべての命の増減をコントロールしていたんだよ。増えすぎたら殺す、減ってきたら創るっていう風に」

「つ、創るの?」


 そんな粘土細工か何かの様に簡単に出来てしまうのだろうか。いや、それが出来るからこそ神なのか。


「創造の力を持ってるのは第一位の至天掟柱熾己(してんていちゅうしき)だけだけど。その熾己が何故か至天七柱神を裏切って、人を率いて戦線を開いたんだ」

「どうして?」


 シギルに尋ねながら、透子は心の奥がざわつくのを感じていた。

自分の奥で、答えを必死に叫んでいる何かが居るような、そんな奇妙な感覚があった。


「さぁ、知らない。神の一族の中じゃ、人の権利を確立するためだとかいう話になってるらしいけど、どうだかね。その時に神の世話をするために存在していた神の一族も、熾己と一緒に裏切ってる。彼等と、僕達魔物と熾己が主力だったね」

「え、ちょっと待って。神の一族って至天七柱神の味方じゃないの?」

「むしろ今は敵だねえ」


 あっさりとそんな事を言われ、透子は絶句する。道理で皇希が何の躊躇いもなく魔界に来ているわけだ。


(……あれ?)


 皇希繋がりで一摩の事まで思考が及び、はたと透子は気が付いた。

一摩は神の一族で、シギルの言葉を信じるなら至天七柱神の敵だ。

けれど、一摩自身の言葉を借りるならば黒帝とはそれなりに仲が良いという。


(白雅白将、だから?)


 神の一族である以前に、神そのものの魂を継ぐ者だからだろうか。一摩の立場は透子が思っていたよりも複雑なのかもしれない。


「透子?」

「ああ何でもない何でもない。それで?」


 シギルに下から覗き込まれ、慌てて透子はぱたぱたと手を振った。


「そう、それで結果は……まぁ引き分けかな。熾己は封印されたけど、残りの五柱も疲れ果てて住処に戻って、長い休眠を余儀なくされた。その時の『人間』は聖戦のせいで殆ど絶滅したけど、しばらくして今の人類が誕生したって話だったな、確か」

「今のって猿人以前の話なのっ?」


 そんなに興味を持つ方でもないので、透子は人類発祥どうのという話には決して詳しくない。

学校で習う以上の知識は持っていないが……それが理解を越えて昔なのは理解できる。


「うん。そしてその時に使われた聖戦兵器が、この世界のあちこちに散らばっている。この城にあるのはその中の一つ。名前は狂花界珠(きょうかかいじゅ)

「狂花界珠……。どんなものなの?」


 名前からでは少し創造し難い。


「んー。見た目は一輪の切り花で、本体の花から自分の支配地域に毒を吐く兵器だねー。支配地域にしたところに種を蒔いてどんどん増える。増えた分身もまた種を蒔く、ってふうにネズミ算で増えてくんだよ。ちなみに、その毒は無機物にも有機物にも有効だから。感染すると凄い勢いで腐ってくの」

「エグい……。っていうか、そんなものがあったら戦い? が、終わった後って世界ぼろぼろなんじゃない?」


 確か七柱神の目的は世界の維持だったはず。それでは本末転倒だろう。


「戦いが終われば熾己が戻ってくると思ったんじゃない? さっき言ったでしょ。熾己には創造の力があるって」

「うん」

「熾己は世界を創り変える事が出来る。疲弊して栄養の無くなった大地は、再び生命力に溢れた新しい大地に創り変えていたんだ」

「あ、そっか……」


 科学文明の発達した現代で、猿人以前の『人間』の存在の痕跡が見つかっていないのはおかしい。そこに何か理由がなければ。


「だから今何も発見されてないんだ」

「そう、封印される直前に熾己は世界を創り直した。今の寿命もそろそろかな? 本来なら創り変え時だよね。その時は地上種はほぼ全滅するから、透子達にとっては良かったのか、どうなのかな」


 死にたくはないが、待っていても大地が疲弊して死を待つだけだと言われれば、頷く事も首を縦に振る事もできない。難しい事を言ってくれる。


「シギル達は?」

「僕達は熾己の決定には逆らわないよ。そういうものだから」


 ……そういうものなのだろうか。だから紀上は熾己の側に付いていたのだろうか。


「聖戦兵器は七柱神が造り出した物。そしてその制御は七柱神にしか出来ない」

「それはそうよね」


 誰にでもお手軽に制御できる武器は諸刃の剣だ。それでは使うのも怖いだろう。


「さて」


 そこまで行って、二人は目的地にたどり着いた。

城の奥まった突き当たりの壁にシギルは手を置いて透子を振り向いた。


「おいで透子。これが聖戦兵器、狂花界珠だ」

「これが……」


 シギルに招かれて壁を通り抜けた透子の眼に映ったのは、正方形の小部屋だった。その中央にガラスケースを置いた台座が唯一の装飾品として存在している。

シギルが示したのはガラスケースに飾られた一輪の花だ。


くたびれた茶色の花弁が幾重にも折り重なって花を作っている。

茎は無造作に手折られており、ケースの底に引かれたどす黒い赤紫の布に横たえられていた。わざわざ枯れた花を飾っている様でその様は何とも滑稽だ。


「見た目に騙されちゃ駄目だよ透子。その布に毒を染み込ませたの、その花だからね」


 透子の心を読んだかのようにシギルはやや厳しい声でそう警告する。


「ま、そうじゃなくても、もう少し近付けばまだまだ現役だってのは判ると思うけど」

「……?」


 疑問を浮かべながら、その言葉を確かめようと透子は狂花界珠へと近付いた。


「っ……」


 シギルの言った通り、後数歩、というところで足を止めると透子は口元を押さえて後ずさった。


「ちょっと違うけど、なんか、黒帝が側にいる時に似てるかも」

「そりゃそうさ。七柱神の力だもん」

「これをどうしたいの?」

「壊したいのさ。こんなの邪魔なだけだしね」


 相反する力の結晶みたいな物だ。そうでなくとも無差別な殺戮兵器など使う用途が限られる。

そしてそれは使うべきではないものだ。


「そうね、その方がいいと思うわ」

「このガラスケースは封印なのさ。でも、そろそろ限界。僕達の力じゃこれを封印し続ける事が出来ないんだ」

「……私の魔器としての力って、そんなに大したものなの?」


 封印すらおぼつかないものを破壊できるのだろうか。

それとも、狂花界珠そのものはあまり頑丈ではなかったりするのだろうか?


「さあねえ。どこまでが本当かは判らないよね。でも一応伝承によれば紀上の加護を受けた魔物は七柱神をも凌ぐって話だし、これを封印したのも紀上の支援を受けた当時の王らしいし」

「うーん……」


 そう言われても、やはり信じがたい。


「シギルはどう? 私が側にいると調子よかったりする?」

「うん、かなりね。魔力もちょっと強いかな。でも多分紀上の力を受けるってそういう事じゃ無いと思うよ」

「?」

「一番いいのはやっぱり交わる事じゃないかな、多分」

「っ!」


 シギルの言葉に透子は一気に間を取る。


「い、嫌よ。それは絶対嫌っ!」

「判ってるってば……。嫌がってる子に乱暴するような真似はしないって。紀上が魔物の力を高めるだけじゃなくて、惹き付ける力を持ってるのは自分の身を守るためでもあるんだから」

「? それって……?」

「本気で好きになった相手に嫌われるような真似は出来ないって事」

「あ、成程」


 それならば理解できる。そしてそれと同時にほっとして肩の力を抜いた。


「でもそれじゃあ、どうやってこれを壊すの?」


 勿論、好きでもない相手となど冗談ではない。けれどそれが力を引き出す術だというのなら、どうしようというのだろうか。


「今それを考え中。血をもらってみようかとか、色々」

「血……血かあー。まあ少量だったら別に平気だけど」


 少し痛いのを我慢すれば指先を少し切るとか、そういうレベルでいいのなら構わない。骨が見えるまで抉れとか言われると躊躇うが。


「じゃあ戻ろうか。あんまり長くいると当てられるし」

「うん、判った」


 狂花界珠から離れる事に異論はない。促すシギルの後に付いて小部屋を出る。


「……あの封印って、どれぐらい持つの?」

「判らないけど、皇希の見立てでは後一ヶ月が限度だろうって」

「たった一月しかないのっ? そんなになってるんだ」


 リピリスが必死に呼びかけているのも当然だ。


「うん。だからね、どうするべきかもまだ模索中だから、出来る限り今は処現城にとどまっていて欲しい」

「わかった、そうするわ。でも今日は一回帰るわ」

「駄目なの?」

「友達の家に泊まることにしてくるから。母さん達には言訳しとかないとね」

「あ、そか」

「そういうこと。じゃあ、行こうか」


 最後にもう一度だけ小部屋の隠された壁を振り返り、透子は通路を後にした。

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