「ママにも聞いてみようよ!」が口癖のマザコン勇者様。では婚約解消についても、あなたの大好きなママに聞いてみますね
魔王が討たれた日、王都は夜が明けても歓声に包まれていた。
凱旋した勇者フェリクスは王宮の大広間へ招かれ、居並ぶ貴族たちの前で国王から直々に褒賞を言い渡された。
「勇者フェリクスよ。そなたが魔王を討ち果たした功績は、いかなる財宝をもってしても報いきれるものではない」
玉座から告げられた言葉に、フェリクスは胸を張る。魔王討伐の功績という人類史上で最も大きな偉業の一つを打ち立てた彼のことを誰一人として侮る者はいなかった。
幾度も死地を越え、最後には自らの剣で魔王を討ったその事実は、王女ソフィレーナ・アルシェもよく知っている。
「よって、そなたが以前より望んでいた褒美を与えよう」
国王は傍らに立つ愛娘へ視線を向けた。
「我が娘、ソフィレーナとの婚姻を認める。三ヶ月後には我が国の民にも大々的に告知する」
広間がどよめく。
”王女との婚姻”
平民の出であるフェリクスにとって、これ以上の出世はないだろう。父の言葉に合わせるようにソフィレーナも静かに一礼した。
魔王を倒した英雄であるフェリクスが望んだ婚姻である。今は彼の事をあまり知らないとしても、これから互いを理解し合い支え合える良き夫婦になれれば・・・そう思っていた。
フェリクスは目を輝かせる。
「本当ですか!」
「ああ、もちろんだ!」
「やった! ママも絶対に喜んでくれるぞ!」
「…………」
ソフィレーナはほんの少しだけ顔を上げ、国王も一瞬、言葉を止めるがフェリクスは気づいていない。
「勇者になったときも喜んでくれたけどね!王女様と結婚するなんて知ったら驚くだろうなあ。早くママに教えてあげたい!」
「……お母様を、とても大切になさっているのですね」
ソフィレーナがそう言うと、フェリクスは誇らしげに笑った。
「もちろん! 僕をここまで育ててくれた人だからね!」
あまりこの場で声を大にして言うことではないと思うのだが・・・母親思いなのだろうか?そのときのソフィレーナは、それ以上には考えなかった。
”むしろ家族を大切にする人ならば、悪いことではない”と、そう思っていたのである。
――結婚式の準備が始まるまでは。
◇
「こちらが、今回用意させた衣装ですわ」
婚約が決まってから一月ほど経った頃、ソフィレーナは王宮の一室で数着の婚礼衣装をフェリクスへ見せていた。
王家の婚姻である。
式そのものは国を挙げた規模になる故に格式を重んじた形式になるが、衣装くらいは二人の好みを取り入れてよいと父王から許可されている。
「私は、こちらの銀白色が気に入っていますの」
ソフィレーナが選んだのは、光を受けるたび淡く輝く銀糸を使った衣装だった。派手すぎず、それでいて王女の婚礼衣装として十分な品格がある。
「フェリクス様はいかがですか?」
「うーん……」
フェリクスは腕を組み、しばらく考えたあと難しい顔をする。
「銀色かあ・・・」
「お嫌いですか?」
「僕は別にいいんだけど……ね」
フェリクスは首を傾げた。
「ママがね・・・こういうおちゃらけた色をあんまり好きじゃないんだよな」
ソフィレーナは瞬きをした。
「……エマ様が?」
「うん!ママはもっと温かい色のほうが好きなんだ!赤とか、桃色とか、」
「で、ですが・・・これを着るのは私ですわ。エマ様も納得して下さるとは思うのですが・・・」
「それはそうだけど・・・・・・」
フェリクスは当然のことを説明するような口調で続ける。
「結婚したら家族になるんだよ?だったらママの好みも大事じゃない?」
「…………」
「そうだ!」
ぱん、と手を叩く。
「ママにも聞いてみようよ!どの衣装がいいかさ!」
「私たちの婚礼衣装を?」
「うん!」
フェリクスは満面の笑みだった。
「僕たち二人だけで決めるなんてできないよ!」
ソフィレーナは、しばらく何も言わなかった。
「……できない?」
「もちろん!結婚って僕たちだけの問題じゃないんだからさ。ママの意見もちゃんと聞かないと・・・あ!あと、僕のママの料理は世界一美味しいんだ!だから料理人にも君にも作り方を覚えてもらうのもいいかも!」
ソフィレーナは、そこでようやく理解した。
フェリクスのそれは母親思いとは少し違う・・・フェリクスにとって母親は、大切な家族というだけではない。自分の人生に関わるすべての判断を委ねる相手なのだ。
「フェリクス様・・・」
「何だい?」
「あなたは、なぜ魔王討伐の褒章として私と婚姻を結ぼうと思ったのですか?」
「ママが昔読んでくれた本にお姫様と結婚する勇者の話があってね!ママがお前もこうなってくれたら嬉しいって言ってたんだ!だから君と結婚したいんだよ!」
即答するフェリクスにソフィレーナは微笑んだ。
不思議なほど、腹は立たなかった。ただ”結婚する前に知ることができてよかった。”と心から、そう思った。
「分かりましたわ」
フェリクスはぱっと顔を輝かせる。
「よかった! ソフィレーナなら分かってくれると思ってたよ!じゃあ!」
「そこまでエマ様のご意見が大切なのでしたら」
フェリクスの言葉を遮りソフィレーナは穏やかに続ける。
「直接、お伺いしたほうがよろしいですもの」
「そうそう!」
「では、エマ様を王宮へお招きいたしますね」
「え?」
フェリクスが一瞬だけ固まったがすぐに喜んだ。
「本当に? ママを?」
「ええ。お話ししたいことがたくさんございますから」
「絶対に喜ぶよ! ママ、王宮なんて来たことないからさ!」
ソフィレーナは微笑みを崩さなかった。
「私も、お会いするのを楽しみにしておりますわ」
◇
数日後エマは王宮へやってきた。勇者の母とはいえ、彼女自身はごく普通の町で暮らしている女性故に 王宮へ招かれたことに相当緊張していたらしく、ソフィレーナの前へ通されるなり深々と頭を下げた。
「王女殿下、このたびはお招きいただき……」
「どうか顔を上げてください、エマ様」
「いや・・・でも、あたしみたいなのが王宮で王女様とお茶なんて」
「今日はフェリクス様について、ぜひエマ様にご相談したいことがございますの」
「フェリクスの?」
息子の名前が出た瞬間、エマの表情が母親のものになった。
「あの子、何かやらかしました?」
ソフィレーナは少しだけその察しの良さに感心したが表情を変えずに続ける。
「現在、結婚式の準備を進めているのですが私の衣装の色について、エマ様がお嫌いなのではないかと」
「……は、はい?衣装の色?」
「それに、式の日取りについてもエマ様へ確認しなければ決められないそうですし、新居はエマ様が遊びに来やすい場所にしたい、と」
「…………」
「結婚後の食事については、王宮の料理人と私にエマ様のお料理を学ばせ、味を再現してほしいとも仰っていましたわ」
エマはなんとも言えない表情で無言になり、やがて片手で顔を覆う。
「あの馬鹿……すみません王女殿下。ちょっと頭痛が・・・」
「そこで、エマ様から直接お話を伺いたいと思いましたの」
「いや、あたしは何も言ってませんよ?服の色なんて王女殿下のお好きなものにすればいいに決まってるでしょう?式の日取りだって、王家の都合で決めるもんでしょうし・・・」
エマは深くため息を吐く。
「あの子、昔から相談癖はあったんです」
「相談癖?」
「何を食べたらいいかだとか、どの靴を履いたらいいかだとか、そのくらいなら可愛いもんでしょう? だから聞かれれば答えてました。でもまさか、結婚のことまであたしに決めさせるつもりだったなんて」
「フェリクス様は、エマ様が一番ご自分を理解していると」
「そりゃ母親ですから、ある程度は分かりますけど・・・」
エマはぴしゃりと言った。
「でも、あの子の人生はあの子のもんです!私はそれにずかずか入り込むつもりはありませんよ!」
ソフィレーナの表情が少しだけ和らぐ。
”やはりこの人そのものに問題があるわけではなかった”
「もう一つ、ご相談しても?」
「もちろんです」
「私は、フェリクス様との婚約を解消しようと考えております」
エマは数秒黙ったが、ソフィレーナは続ける。
「もちろんフェリクス様が魔王を討った功績を軽んじるつもりはございません。勇者として尊敬しております。ですが、王国が、民が求めているのは・・・自らの意志を持たない勇者ではありません」
王配となる者ならば、自分の判断に責任を持たなければならない。否応なしに国政へ関わる場面も多くあるだろう。
そのたびに『ママにも聞いてみようよ』では済まされない。
「私は、フェリクス様と夫婦になることはできません」
エマは腕を組み
「・・・ぜひ、そうなさって下さい」
とあっさりと言いきった。
「……よろしいのですか?」
「どうせ、もっとひどいこともソフィレーナ様に言ったんでしょう?私の方からもお願いします」
「・・・でもフェリクス様は、あなたの息子ですわ。本当によろしいのですか?」
「だからですよ」
エマは苦笑した。
「あたしはあの子が誰かを不幸にする姿を見たくないだけです・・・自分勝手な理由でしょう?それに何より、結婚相手に愛想を尽かされたなら自分でどうにかさせないと」
そこへ
「ママ!もうきてたんだね!」
という声とともに勢いよく扉が開いた。
「フェリクス様?ここは男子禁制の大奥で・・・」
「ソフィレーナ!ママがきたなら僕も呼んでくれたらよかったのに!」
フェリクスはソフィレーナの言葉を遮り、嬉しそうに母親へ歩み寄る。
「ママどうだい?この王宮すごいだろ?」
「・・・フェリクス」
「何?どうしたのママ?」
「いいからそこに座りな」
エマの声に、フェリクスが素直に従い腰を下ろす。その様子を見て、ソフィレーナは改めて確信する。
”・・・なるほど”
「まあ、ちょうどよかったですわ・・・」
ソフィレーナは一通の書類を机へ置いた。
「フェリクス様にもお伝えしようと思っておりましたし・・・」
「何を?」
「私たちの婚約についてです」
フェリクスが首を傾げる。
「結婚式の日取り決まったのかい?ああ!ママに聞いてくれていたんだね!」
「いいえ。そうではありません・・・」
ソフィレーナは微笑み、書類をフェリクスに叩きつける。
「私、ソフィレーナは勇者フェリクスとの婚約を解消いたします」
「…………え?」
「正式な手続きについては、父にもすでに相談しております」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
フェリクスが立ち上がる。
「な、何で!?」
「先日申し上げたとおりです」
「何も聞いてないよ!」
「私は、自分たちの結婚に関することを自分たちで決めたいのです」
「だからママにも相談すれば――」
ソフィレーナは頷く。
「ですので、ご相談いたしました」
フェリクスが母を見る。
「ママ?」
「ああ、聞いたよ。」
「じゃあ言ってよ! 婚約解消なんてやめろって!」
「何でだい?」
「何でって……!」
「王女殿下が嫌だって言ってるんだろ?」
「でも僕は結婚したいよ!」
「だったら最初から、自分の嫁さんとの話くらい自分で決めな」
「ママは僕の味方じゃないの!?」
エマの眉がぴくりと動いた。
「何であたしが、何でもかんでもお前の味方しなきゃならないんだい!」
「だってママが!」
「母親だからって、お前が間違ってるときまで肯定すると思うな!」
絶句するフェリクスに向かってソフィレーナは静かに口を開いた。
「フェリクス様」
「……何?」
「あなたが偉大な勇者であることは間違いありません。今もそのことに関しては尊敬しております」
フェリクスの表情に、わずかな希望が戻る。
「だったら――!」
「ですが私が必要としているのは、自分の判断に責任を持てる夫です」
「僕だって決められるよ!」
「では、結婚式の衣装は?」
「それは……ママにも」
「新居は?」
「だってママが来ることも――」
エマが呆れた声を漏らした。
フェリクスは母とソフィレーナを交互に見る。
「でも……婚約解消なんて、そんな勝手に」
「勝手ではございませんわ」
ソフィレーナはにこりと笑った。
「あなたは何でも、ママに相談してから決めるのでしょう?」
「……え?」
「ですから私も、きちんとエマ様へ相談いたしましたの」
フェリクスの顔が引きつる。
「そして――」
ソフィレーナは優雅に書類へ手を添えた。
「婚約解消についても、あなたの大好きなママの許可をいただきましたわ」
「ママ!?」
「許可っていうか、賛成だよ」
「そんな!」
エマは腕を組んだまま、息子を睨む。
「勇者だか何だか知らないけどね。魔王を倒せる男が、自分の結婚一つ決められないでどうするんだい」
「でも僕はずっとママに相談してきて――だから、ずっと頑張ってきたのに」
「王女殿下と結婚したいなら、まず王女殿下の話を聞きな。あたしの好きな色なんて関係ないんだよ」
フェリクスは完全に黙り込んだ。その姿を見てソフィレーナは席を立つ。
「それではフェリクス様。今までありがとうございました」
「待って!」
「まだ何か?」
「僕は……これからどうすれば……」
無意識なのだろう。フェリクスの視線が、また母親へ向いた。
「ママぁ……」
エマは額に手を当てた。
「あと……」
「え!な、なに?ママ?」
「その『ママ』ってのは、いい加減やめな! 小っ恥ずかしい!」
外の大広間へ響くほどの声だった。ソフィレーナは思わず見て呟いた。
「そうですわね……私もそう思いますわ……本当に!」
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