8 腹の探り合い
あの物騒な宣言のあと、ルキウスの態度は一変した。
「俺もあんたも、宰相とか王女とかの仮面を被って本性を隠してたってのが、もうバレちゃってるんだからさ。いい加減、そういうのはやめにしないか?」
「……どういう意味かしら?」
「上辺だけを取り繕ったところで、もう通用しないってことだよ」
「……え」
「あんたの王女然とした態度も物言いも、こうなってくるとかえって胡散くさいというか、これ以上無知で無害で慎ましやかな王女を演じられても見ているほうがしんどいというか」
「……うわ、辛辣」
ルキウスは完全に砕けた口調(タメ口ともいう)で話すようになり、遠慮というものが一切なくなった。ルキウスの頭の中からは、『気遣い』とか『配慮』などという概念が消え去ってしまったらしい。
そして、そんなルキウスの無遠慮な態度につられるように、わたしのほうも普段サラと気兼ねなく言い合うときのような、素に近い話し方になってしまう。
「俺は夫としてもこの国の宰相としても、あんたの正体を見極めなきゃならないからな」
「……正体って、わたしは魔物か何かですか?」
「本当は何を隠しているのか、俺には知る権利があるだろう?」
いや、ないです。
とは言えないから、「ははは……」と笑って誤魔化す。
「手始めに、これから朝食と夕食は必ず一緒にとることにしようと思うんだが」
「朝食はともかく、夕食までに帰ってくるなんて無理じゃないですか?」
「帰ってこようと思えば、帰ってこれるさ。仕事が立て込んでいるときは、夕食後にまた王城に戻ればいいんだし」
「そこまでして、わたしの監視をしたいのですか? 宰相も結構暇なんですね」
「監視じゃない。妻との時間を大事にしようと思っただけだよ」
いや、絶対監視じゃないの!
とはやっぱり言えないから、「それはどうも……」と再び笑って誤魔化す。
そうしてルキウスは、『公約』通りの生活をし始めた。
朝食はもちろん一緒だし、夕食までには本当に帰ってくるようになったし、そのほかにも隙があればちょこちょこと話しかけてくる。「今日は何をしてたんだ?」とか、「屋敷の管理のことで話しておきたいことがあるんだが」とか、「街へ行きたいなら俺が案内するけど」とか。
この豹変ぶりに狂喜乱舞したのは、屋敷の使用人たちとサラである。
「いや、ほんと、ようやくですね」
サラは、ルキウスが冷遇をやめたばかりか、何かとわたしを構うようになったことに対して諸手を上げて喜んだ。
「遅きに失した感はありますが、まあ、許してあげましょう」
「やっぱり上から目線なのね」
「いろいろと腹立たしく思うことは本っっっ当に多々ありましたが、これから奥様を大事にしていただけるのなら、目をつぶって差し上げます」
「どこまでも上から目線なのね」
「当たり前ですよ」
「でもこうなると、ますます逃げるのがちょっと難しくなってきたというか……」
「……奥様、まだそんなことを言っているのですか? もう冷遇されていないのですから、逃げる必要などないのでは?」
「何を言ってるのよ。いずれ逃げ出すっていうのが、わたしにとっては一番の目標なんだから。サラも王都の街の偵察はこれまで通り続けてね」
「えー?」
ちなみに、サラがわたしのことをずっと「姫様」と呼んでいたのは、ルキウスに対する反抗というか反発というか、そういう意味合いもあったらしい。「お前の『奥様』だとは認めない」的な。
屋敷の使用人たちも、これまで仕事仕事で女性に見向きもせず、むしろ邪険に扱っていたルキウスがようやく人並みに妻を大事に想うようになった、と感極まって号泣しているらしい。大袈裟な。
でも別に、ルキウスはわたしのことをそういう目で見ているわけじゃないから。
あくまでも、わたしが何を隠しているのか探る目的で、近づいてくるだけだから。
まあ、その辺りのことを知る者などいないし、傍から見れば、新婚夫婦が少しずつ距離を詰めて仲睦まじく過ごしているようにしか見えないらしい。あーあ。
いい迷惑である。
ラザロ様のことはなんとか解決したわけだし、わたしとしてはさっさとトンズラしたいのだけれど。
ルキウスが「暴いてやる」というあからさまな思惑でわたしに近づいてくるのなら、なおさらさっさと逃げ出したい。
母様にだって、夢見の力のことは絶対に人に話してはダメよ、と繰り返し念を押されているのだもの。知られてはいけない、バレてはいけない、というのは、わたしにとって至上命題なのである。
そんな、憂鬱と焦燥を抱えていたある日のこと。
「アリシア。今日は何か予定があるか?」
朝食の場に現れたルキウスが、朝からやけに柔らかな声で尋ねる。
「特には、ないですけど」
「じゃあ、王城の宰相執務室に来てくれないか」
「……え?」
なんで? と聞くより早く、ルキウスは悪戯っぽい目をして話し出す。
「ラザロのやつ、どうしてもアリシアにきちんとお礼が言いたいってうるさいんだよ」
「お礼って、何の?」
「夜会のときの話に決まってるだろう? お前のおかげで、あいつは死なずに済んだんだから」
「あれはたまたまですよ。わたしのおかげというわけでは……」
「いや、誰がなんと言おうと、百パーセントアリシアのおかげだろ」
ほんのりと甘さの乗ったその声に、使用人たちがピクリと反応する。そしてなぜか、一斉に生暖かい視線を向けられる。居たたまれない。
結局、その日は差し入れ持参で、宰相執務室を訪ねることになった。
執務室に通され、事務官がドアを閉めようとしたそのとき、廊下からバタバタと騒がしい音が聞こえてくる。
次の瞬間、開け放たれたドアからラザロ様が突進してきた。
「ふ、夫人!!」
ラザロ様はハアハアと息を切らしながら、わたしの前で膝をつく。
「こ、このたびは、まことに――!」
「落ち着けよ、ラザロ」
ラザロ様のあとをついてきたらしいルキウスも登場し、そのまま執務室に入ってきたと思ったら、なぜかしれっと私の隣に座る。
「あんまりアリシアをびっくりさせるなよ」
いえ、そこまでびっくりはしてませんけどね。どちらかというと、あなたが涼しい顔で隣に座ることのほうが、余程びっくりなんですけど。
ルキウスにぴしゃりと言われてしまったラザロ様は、すっと立ち上がって背筋を伸ばし、勢いよく頭を下げた。
「夫人、このたびは、誠にありがとうございました! 俺が今こうして生きていられるのは、間違いなく夫人のおかげです!」
「そんなことは……」
面と向かってここまではっきりと感謝の意を表明されたことなんてないから、正直言ってどう反応していいかわからない。
それでも辛うじて、王族仕様スマイルを貼り付けながら「お役に立てたのでしたら、よかったです」と答えてみる。
「俺がデキムス侯爵に余計な情けをかけたばかりに、妻と幼い子どもを悲しませてしまうところでした」
「ほんとだよ。子どもだって、生まれたばかりなんだろう?」
「いや、マジで面目ない」
そうかあ。ラザロ様って、もうお子さんがいらっしゃるのね。
幼児が父親を失うようなことにならなくて、本当によかったと思う。
「そういえば、侯爵がどうなったか話してなかったな」
ルキウスが当たり前のようにずずっと距離を詰めて、いきなりわたしの顔を覗き込んだ。ち、近いのよ。
「侯爵は爵位剥奪のうえ、資産を全額没収されて北の流刑地に送られたよ」
「北の流刑地、ですか?」
「ああ。鉱山があるんだ。横領していた金額が金額だったから、死罪もやむなしって意見もあったんだけどな。国の金を勝手に使い込んだ罪を、死罪ごときでチャラにするわけにはいかないだろう? ラザロを殺そうとしていたことも考えれば、命の続く限り国への奉仕を続けてもらおうと思ってな」
冷淡な口調に、嗜虐的な笑みさえ浮かべるルキウス。『冷酷宰相』と呼ばれる所以を垣間見た気がして、背筋がぞわりと寒くなる。
ラザロ様の一件もどうやら決着がついたようだし、そろそろ本格的に逃げ出す準備を始めようかな、なんて思っていた矢先――――。
わたしはまたしても、とんでもない夢をみることになる。




