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夢見の王女は今日も冷酷宰相に寝かせてもらえない~冷遇必至の政略結婚から逃げ出したいのに、なぜか夫が追いかけてくる~  作者: 桜祈理


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7 冷酷宰相の取り調べ

 驚いてドアを開けると、信じられないほど渋い顔をしたルキウスが立っていた。


「あなた、帰ってこれたの……?」


 つい素に戻って、尋ねてしまう。


 だって、あのあとルキウスは、デキムス侯爵とラザロ様から直接詳しい話を聞くと言って、わたしには先に帰るよう命じたのだもの。


 きっとすぐに侯爵の国庫横領の罪は露見しただろうし、そうなると更なる調査が必要になってくるから、しばらく帰ってこられないと思っていたのに。


 そんなわたしをどこか呆れたように見つめるルキウスは、冷ややかな口調でこう言った。


「遅くに申し訳ないのですが、どうしてもうかがいたいことがあるのです。執務室に来ていただけませんか?」



 えー。疲れてるのにー。明日じゃダメ?



 なんて言えるような雰囲気ではなく、わたしは渋々頷いて、ルキウスの執務室に向かった。


 ソファに向かい合って座ると、ルキウスはやけに硬い表情をしながら口を開く。


「単刀直入に聞きます。あなたはなぜ、あの場にいたのですか?」

「あの場って?」

「王城の個室ですよ」

「ああ、少し疲れたから休憩しようと思って……。ダメだったかしら?」


 これ見よがしにあくびをしながら、わたしは平静を装って答える。


「そんなはずはありませんよね? あなたはあのとき、俺がラザロを探してるとかなんとか言っていたそうじゃないですか」


 なんだ。もうバレてるんじゃないの。


 仕事の早さは噂通りなのね、と半ば感心しながら、わたしはこてんと首を傾げる。


「そうだったかしら? 覚えていないわ」


 『秘儀 知らぬ存ぜぬ』の発動である。


 しらを切るわたしを苛立たしげに眺めたルキウスは、当てつけるようにため息をつく。


「……あの場であなたに指摘され、ワインとグラスを調べさせたところ、片方のグラスにだけ毒が仕込まれていたことがわかりました」

「まあ……!」


 大袈裟に驚いてみせる。


 それすら、今のルキウスにとっては気に障るらしい。眉間に何本ものしわが寄っている。


「侯爵とラザロにも、なぜあの個室で会っていたのか話を聞きました。二人とも、はじめは曖昧なことを言って誤魔化そうとしていたのですがね。グラスに毒が仕込まれていたことを伝えたら、ラザロは自分が殺されるところだったと気づいて戦慄していましたよ」

「殺されるって、侯爵に? どうして?」

「侯爵は国の財務を担当しているのですが、かねてより国庫を横領し、私的に流用していたのです。ラザロは主に財務関係を担当する補佐官ですから、侯爵の横領にいち早く気づいた。そして、罪を認めて名乗り出るよう求めていたのです」

「自首させようとしていたの?」

「そうです。まったく、あんな下衆野郎に温情をかけるから、命を狙われる羽目になるんだよ」


 おっと。うちの夫の独り言が、だいぶ荒ぶっていらっしゃる。そりゃあ、親友が殺されそうになっていたのだもの。荒ぶりたくなるのも、わからないではない。


「毒が仕込まれていたという事実とラザロの告発を受けて、侯爵もようやく諦めて罪を認める気になったらしいです。詳しい調査はこれからですが、長年に渡っての私的流用ですから厳しい処罰を受けることになるでしょう」


 ルキウスの報告を聞きながら、わたしは内心「よし!!」と叫んでいた。


 今回の夢で見た忌まわしい未来を防ぐのなら、あの場からラザロ様を連れ出すだけでよかったはずである。


 でも、そうしなかったのは、明確な意図があったから。


 あの場でラザロ様を連れ出して毒殺を回避できたとしても、侯爵の罪は公にならない。となれば、侯爵が改心しない限り、ラザロ様はまた命を狙われる可能性がある。


 だったら、あの場ですべてを白日の下にさらしてしまえばいいのでは? ラザロ様の毒殺を防ぎながらも、侯爵が毒殺を目論んでいたという確固たる証拠を突きつけることができたら、万事解決、オールOKじゃない?


 そのために、ワインには目がないワイン通を白々しく演じながら、毒の仕込まれたグラスを使ってワインを飲むふりをしたのだ。夢の中ではワインを飲んだ侯爵になんの変化もなかったことを考えれば、毒が仕込まれていたのはワインではなくグラスのほうだろうと容易に察しがつく。


 それに、夢で見たあと、あのワインの銘柄を調べておいたことも功を奏した。


 どんなに貴重なワインだろうと、あのグラスで飲んだら間違いなく死に至る。


 何の関係もないわたしが死ぬようなことになったら、それこそ侯爵の死罪は免れない。だから必ず、止めるはず。


 そこまで見越しての、無茶とも無謀ともいえる突撃だったのだけれど。


 我ながら、だいぶ荒っぽい力技だったことは、否定できない。だって、わたしみたいな冷遇王女は、ワインなんて飲んだこともないんだから。


「ただですね、どうしても腑に落ちないことがありまして」


 ルキウスはそう言って、私の顔をじっと見据えた。射るような視線が、とんでもなく痛い。


「侯爵の罪がすべて明るみに出るに至ったのは、あなたがあの場に居合わせたからなのですよ」

「……え?」

「あなたがあの場に乱入して、強引にワインを飲もうとしなければ、こういう結果にはならなかった。違いますか?」

「うーん、そう言われても……」

「あなたはなぜ、あそこにいたのです? なんのために、わざわざ個室へ行ったのですか? あなたはいったい、何を知っているのです?」


 さすがは辣腕と名高い冷酷宰相、なかなかの洞察力である。流れるような矢継ぎ早の質問にも、思わず唸ってしまう。


 でも、わたしの答えは一つしかない。


「わたくしは何も知らないわよ」


 平然と言ってのけると、ルキウスははっきりと眉根を寄せて、わたしを睨みつけた。


「そんなはずはない。あなたは個室のどこかにラザロたちがいるのを知っていたのでしょう?」

「知るわけないじゃない。ラザロ様に会ったのは、たまたまよ?」

「侯爵はあのとき、邪魔が入らないよう個室の前の廊下に見張りを置いていたと言っている。でもその見張りは、知らない令嬢に『侯爵が馬車を見てこいと命じている。すぐに行かないと大変なことになるのでは?』などと言われて、その場を離れているのです。その令嬢もあなたなんでしょう?」

「知らないわよ。わたくしが個室のほうへ行ったときには、廊下に誰もいなかったもの」

「じゃあ、個室のドアを片っ端から開けていったのはなぜですか? ラザロたちを探していたからなんじゃないのか?」

「だって、どの個室が空いているのかわからないじゃない? だから順番に覗いていっただけよ」

「個室を使うつもりなら、空いている部屋を使えばいいだろ。順番に覗く必要なんてない」

「どんな人が個室を使っているのか、興味があったのよ。せっかくだから、全部の個室の中を覗いてみようかな、なんて思っちゃって」


 てへ、とか言いながら可愛らしく肩をすくめたら、常に冷静沈着な冷酷宰相ルキウスもさすがにぶちギレた。


「そんな言い訳が通用するわけないだろう!? すっ呆けるのも大概にしろ!」


 わーお。確かに怒ると怖い。目が血走っている。


「あんた、本当は全部知っていたんだろう!? 侯爵の横領も、ラザロが殺されそうになっていたことも、全部知っていたはずだ!」

「そんなこと、あるわけないでしょう? わたくしがこの国に来たばかりなのは、あなたも知っているはずです。嫁いできたばかりのわたくしが、そんな犯罪絡みの超重要機密事項をどうやって知るというのです?」

「それがわからないから、聞いてるんだよ。あんたいったい、何者なんだ? 何を知っている?」

「あら、わたくし、何も知りませんわよ? ただの元王女ですもの」

「なにがただの元王女だよ。王女の仮面を被って淑やかなふりをして、あの場を引っかき回したとんでもない暴れ馬じゃねえか。いい加減、白状しろよ」

「だから、何も知らないと言っているじゃないの」


 どこまでいっても平行線の言い合いに、ルキウスはひどく憂鬱そうな顔になる。


「……どうあっても、教えてくれないんだな?」

「教えるも何も、知っていることなんてありませんもの」

「……そうか。わかった」


 冷静沈着な宰相の仮面を無造作に脱ぎ捨てたルキウスは、吐き捨てるようにこう言った。


「あんたが猫を被ってることは、よーくわかったよ」

「……え」

「あんたの正体、俺が暴いてやる」










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