21 因縁の対決 第二ラウンド
その後もルキウスはわたしから片時も離れることなく、『病弱』を理由に甲斐甲斐しく世話を焼き続けた。
「病み上がりなんだからもっと食べろ」だの、「ちゃんと水分も取らないとな」だの、どこまで病弱設定に乗っかるつもりなんだか。
途中でやってきたラザロ様は、そんなルキウスを物珍しそうに眺めて言った。
「夫人を独り占めしないと気が済まないって顔だな、ルキウス」
「悪いかよ。あいつらをぎゃふんと言わせるっていう目的がなかったら、シアを連れてさっさと帰ってるところだ」
「そんなに心配しなくても、お前のその様子を見たら夫人にちょっかいを出そうなんて誰も思わないって」
けらけらと笑うラザロ様。自分の執着と独占欲を見事に指摘されたルキウスは、ちょっとばつが悪そうである。
「それにしても、あの人たちの猿芝居には笑ったね」
ラザロ様が声を潜める。ルキウスは頷きながらも、表情を崩さない。
「心配しただのなんだのと、いったいどの口が言うんだか」
「まったくだ」
「オディウムの王は、あれで完璧に誤魔化せたと思ったらしいよ。でもあのあとすぐに陛下や王妃殿下に夫人のことをあれこれ聞かれて、しどろもどろになっていたけど」
「陛下たちもある程度の事情は知っているからな。遠回しにやり込めるなど、造作もないことだろうよ」
「王女殿下二人は、夫人に接触する隙をずっとうかがっているみたいだね。取り繕った愛想笑いはさすがだけど、視線までは誤魔化せてないんだよなあ」
揶揄するようなラザロ様の口調につられて、わたしは姉二人にちらりと視線を向けた。
この国の貴族たちからひっきりなしに声をかけられ、姉たちは王族仕様のたおやかな笑みを浮かべながら鷹揚に対応している。
でも次の瞬間、射るような視線を向けるドロテアと不意に目が合ってしまって、わたしは思わず息を呑んだ。
「どうした?」
ルキウスがドロテアの視線を邪魔するように、すかさず身を乗り出す。
「……い、いえ、なんでもないです」
「あっちを見るな。お前の目が腐る」
「はい?」
「見る価値なんかないって言ってるんだよ。お前は俺だけ見ていればいい」
「え……?」
「ちょっとちょっと。俺のいる前で堂々といちゃいちゃしないでくれる?」
ラザロ様のツッコミに、ルキウスは「いつまでも俺たちの前にいるお前が悪い」なんて平然と言っちゃっている。
「……ルキウスって、意外に愛が重いというか独占欲が強いというか執着がひどいというか……」
「うるさいな」
「じゃあ、俺は退散するけどさ。こっちの準備は万端だから、いつでも動いてOKだよ」
ラザロ様は思わせぶりにそう言って、にこやかに去っていった。
「……ルキウス」
ラザロ様の背中を見送ってから、わたしはわざと楽しげな調子で提案する。
「お言葉に甘えて、そろそろ化粧直しに行ってきてもいいですか?」
ルキウスは一瞬だけ眉根を寄せると、どことなくむすりとした表情で「ああ」とだけ言った。
「……やっぱり怒ってるんですか?」
「怒ってない。ただ、シアの思う通りにやらせてあげたい気持ちと、心配だから行かせたくない気持ちとが、俺の中で葛藤しているだけだよ」
渋い顔をしたままのルキウスは、わたしの右手をぎゅっと握りしめる。
「ラザロの言う通り、準備は全部整えてある。何が起こっても俺が絶対に守るから、シアは思う存分暴れてこい」
「……暴れてこいって、やっぱりわたしを魔物か何かだと思っていますよね?」
「俺を骨抜きにしたという意味では、お前以上の魔物はいないだろう?」
「……もう」
不満げな声を漏らすと、ルキウスはふっと笑って私の頬を愛おしげに撫でる。その優しい温度に、わたしはにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、行ってきます」
◇・◇・◇
案の定、大ホールから廊下に出てすぐ、わたしを呼び止める声がした。
「アリシア、ちょっといい?」
振り向かずとも、誰の声なのかすぐにわかってしまう。
わたしはそのまま、ドロテアとコルネリアに半ば脅されるような形で、最奥の個室へと足を踏み入れた。
その部屋は、夢で見たのとまったく同じ部屋。
瞬時にあのときの恐怖が存在感を露わにし、わたしの頭の中を真っ黒に塗りつぶそうとする。でもルキウスの言葉を、笑顔を、手の温もりを思い出し、なんとかその場に立ち続ける。
ドロテアとコルネリアは敵意を含んだ目をして、わたしを睨みつけた。
「ずいぶんと楽しそうじゃないの」
ドロテアの苛立ちを含んだ鋭い声が飛んでくる。
「泣く子も黙る冷酷宰相からさぞかしひどい扱いを受けているだろうと期待していたのに、何なのよ、あれ」
ドロテアは怒りと不満を隠そうともしない。
それどころか、疎ましげな表情で語気を強める。
「いったいどんな手を使って、ルキウス様に取り入ったのかしら。ぜひとも教えてほしいものだわ」
「もしかして、魔女の怪しげな力でも使ったんじゃないの? 騙されているルキウス様がおかわいそう」
コルネリアも、見下したように嘲笑する。
あー、この感じ。なんだかちょっと、懐かしい。
オディウムにいた頃は、こうして常日頃から因縁をつけられ、無理難題を吹っかけられ、蔑まれてきたっけ。
抵抗したり言い返したりしたらいろいろ拗れてかえって大ごとになるから、とにかく波風を立てないよう注意しながら、やり過ごすことに徹する日々だった。
本音を隠して、穏便に済ますことこそ、あの国で生き延びる術だったのだ。
でも、ここはオディウムではない。
わたしはもはやフィニスの人間であり、この国はわたしの味方である。
我慢する必要は、もうないのだ。
だからわたしは、わざとらしく小首を傾げてこう言った。
「うらやましいのですか? お姉様方」
「はあ?」
「わたしがルキウスにこれ以上ないほど溺愛されているのが、うらやましいのでしょう? まさかわたしがここまでの寵愛を受けるなんて、思いもしなかったでしょうし」
「アリシア――!」
「お姉様方が縁談を譲ってくださったおかげで、わたしは夫に出会うことができましたし今までにない幸せを感じております。そういう意味では、お姉様方に感謝しないといけませんわね」
くすりと笑うと、姉二人は叩きつけるような口調で叫び出す。
「いい気になってんじゃないわよ! あんたみたいな黒髪の魔女なんか、ルキウス様には相応しくないわ! さっさと離縁して、わたしたちにルキウス様を譲りなさい!」
「そうよ! ルキウス様だって、あんたより見目のいい私たちをきっと気に入ってくださるはずよ! 出来損ないのあんたより、正真正銘の王女である私たちのほうがルキウス様に愛される資格があるんだから!」
「そうとも限りませんよ。誰を愛するのかは、ルキウスが決めることです。そして、今現在ルキウスが愛しているのは、このわたしです」
冷ややかに言い返すと、姉たちは大きく目を見開いた。
今まで、こうもはっきりと反論したことなんてないから、唖然としているのだろう。
「わたしは離縁するつもりなど毛頭ありませんし、お姉様方にルキウスを譲る気もありません。どうか諦めて、大人しくオディウムにお帰りくださいませ」
その言葉に、姉二人は黙って顔を見合わせた。
かと思ったら、そろって似たような下卑た含み笑いを見せる。
「……そう。じゃあ、仕方ないわねえ」
ドロテアはそう言って窓際のほうまで移動すると、隣の部屋へと通じるドアの前に立った。
「聞き分けのない子には、お仕置きが必要よね」
そのままいやらしく口角を上げ、ドアをゆっくりと開けた瞬間――――
「……え?」
いよいよ、次話(第三ラウンド)で決着がつきます……!
ドロテアが目にしたものとは……?




