20 因縁の対決 第一ラウンド
それから数週間後、いよいよオディウムの国王と二人の王女がフィニス王国を訪れた。
今日はその歓迎パーティーである。
「わかりやすいほどの独占欲ですね」
わたしのドレスを見て、サラがあからさまにニヤニヤしている。
「奥様の麗しい黒髪に旦那様の瞳の色である深紅のドレス。女神もひれ伏すほどの美しさですねえ」
「褒めすぎよ」
「事実ですから」
サラの言葉に、ほかの使用人たちもうんうんと頷いている。
玄関ホールで待っていたルキウスは、わたしを一目見るなりぴしりと固まった。
「え、どこか変ですか?」
「まさか。その逆だよ。きれいすぎて直視できない」
「はい?」
「あと、ほかの男どもに見せたくない」
とか言いながら、いつもより数割増しでキラキラしている美貌の夫は満足げな様子である。
「そういえば、シアが来てすぐの夜会のときも、俺はお前に見惚れてたんだった」
「え?」
突拍子もないルキウスの告白に、わたしは耳を疑った。
あのときのルキウスはとにかく仏頂面で不機嫌で、おまけにちょっと挙動不審だったはずでは。
「シアがきれいすぎて、どうしていいのかわからなかったんだよ。女性をきれいだと思ったことなんかなかったし、それなのにラザロのやつがなんだかんだと褒めまくるから、内心ずっとイラついてた」
そうなの!?
「実は俺って、だいぶ以前からシアにメロメロだったのかもな」
恭しくわたしの手を取って、甘く微笑むルキウス。
馬車の中でもなぜか終始上機嫌で、これから決戦のときを迎えるというのにずいぶんと余裕綽々に見えた。
「……緊張、しないのですか?」
おずおずと尋ねてみる。
悠然と隣に座る夫は「全然」と即答したかと思うと、わたしの頬に優しく触れた。
「シアは緊張してるのか?」
「そりゃあ、しますよ。あの人たちに会うのは、久しぶりですし」
「大丈夫だよ。あいつらはシアの美しさに度肝を抜かれるだろうけど、俺たちは俺たちで仲睦まじさを見せつけてやればいいんだから」
「……なんだか、楽しそうですね」
「長いことお前を蔑ろにしてきたあいつらを俺の手で追い詰められると思うと、ぞくぞくするんだよな」
恐ろしげなことをさらりと言うルキウスに、開いた口が塞がらない。
そうこうしているうちに馬車は王城へと到着し、わたしは数ヵ月ぶりに、まったく思い入れのない『家族』との対面を果たすことになった。
「アリシア! 元気そうだな」
見たこともない満面の笑みを浮かべるオディウムの王に、わたしは思わずポカンとしてしまう。
……誰よ、あれ。
中に別人が入ってたりするの……?
わたしの白けた視線などまったく気にすることなく、王はわたしに近づくと大袈裟な仕草で抱き寄せる。
「元気そうで何よりだ。父はお前のことが心配で、ここまで来てしまったよ」
慈悲深い父親を演じるオディウムの王を、何も知らない貴族たちは微笑ましそうに眺めている。
一方、真実を知るこの国の国王夫妻と宰相補佐官の面々は、ややドン引きしていた。無理もない。わたしだって、完全にドン引きである。
でももっとドン引きだったのは、姉二人だった。
「アリシア!」
「会いたかったわ!」
ドロテアとコルネリアは私を見るなり駆け寄ってきて、待ってましたとばかりに涙ぐんだ。
「私たちも病気がちなあなたのことが心配で心配で……」
「でも顔色がよさそうで、安心したわ」
あー、この人たちも、病弱設定を知っているわけね。そりゃそうか。
余計なことを言わせないようにという牽制の意味もあるらしく、二人は妹を気遣う心優しき姉をめいいっぱい演じている。
でも、冷静に考えてみてほしい。
病弱な妹を本当に心配するなら、健康な自分たちのどちらかが嫁げばよかったはずである。なんせ、母国から遠く離れた他国へ嫁ぐのだ。おいそれと帰ってこれる距離ではないというのに、病気がちな妹を送り出すなんてどういうこと?
その矛盾に気づいた数人の貴族たちが、こっそりと目配せし合っている。もちろん、茶番を演じるのに夢中な目の前の二人は、そんなことなど知る由もない。
だって、全力で優しい姉アピールをしながら、わたしの隣に立つルキウスをちらちらと盗み見てはうっとりと見惚れているんだもの。まったくもって、滑稽というかなんというか。
ちなみに、ルキウスは私たちの感動的な(?)再会を一見穏やかな笑顔で眺めていた。でも全然目が笑ってない。逆に怖いんですけど。
姉たちの騒々しい茶番がひと区切りついたところで、ルキウスはいつもよりやや強引にわたしの肩を抱き寄せた。
「シア、姉上たちに会えてうれしいのはわかるが、はしゃぎ過ぎだ。病み上がりなんだし、体に障るだろう?」
必要以上に密着し、鼻先まで顔を近づけるルキウスに、わたしは目を丸くする。
「ち、近すぎです……! それに、なんですか病み上がりって……?」
「病弱設定に乗っかったんだよ。俺が支えてやるから、お前もめまいを起こしたふりでもしてみたらどうだ?」
「えー?」
ルキウスってば、完全に面白がっている。悪ノリが過ぎる。
そして顔を近づけてヒソヒソとやり取りするわたしたちは、ただいちゃついているようにしか見えないらしい。まわりの貴族たちの「冷酷宰相があそこまでご執心とは」とか「宰相閣下もあんな優しげなお顔をされるのね」とかささやく声が、聞こえてくる。
その様を見て、悔しそうに歯噛みする姉二人。オディウムでは散々馬鹿にして軽んじてきたわたしが、夫である美貌の宰相にここまで愛されているとは思いもしなかったらしい。
おあいにくさまである。
「ま、まあ、仲睦まじいことですわね」
それでも、ドロテアは取ってつけたような笑みを浮かべながら、なんとか反撃を試みた。
「アリシアは幼い頃から病弱で人とのかかわりに慣れていないせいか、王族としての教育も経験もかなり不足しておりまして……。ルキウス様には、多大なご迷惑をおかけしてしまったのではと危惧していたのですよ」
「迷惑なんてとんでもない。シアは我がザヴィアン公爵家の家政を一手に引き受けてくれるだけでなく、宰相として多忙な私のことも誠心誠意支えてくれる、これ以上ないほど完璧な妻ですよ。シアと出会えたことは、私にとって望外の喜びです」
ルキウスはここぞとばかりにわたしを褒めまくり、うれしさを抑えきれないといった表情を見せる。
また調子のいいことを、なんて思っていたのに、「ほんとのことだからな」と耳打ちする抜け目のなさまで披露している。
「で、でも、アリシアはなんというか、王族としては少し見劣りがするといいますか、だいぶ人とは違った個性的な容姿をしておりますし、見目麗しいルキウス様からしたらさぞご不満がおありでしょう……?」
容姿には絶対の自信があるコルネリアが媚びるような調子でそう言うと、ルキウスはわたしにだけ聞こえるように小さく舌打ちをした。
そして、コルネリアの言う「人とは違った個性的な容姿」が何を指すのかに気づいたらしく、何食わぬ顔でしれっと答える。
「不満など一切ありませんし、シアほど美しく可愛らしい女性を私は知りません。どこもかしこも愛らしいシアですが、特にこの絹のように滑らかな黒髪は触れるたびに私を虜にするのですよ」
ルキウスはそう言って、わたしの髪をひと房手に取り軽く口づける。
その途端、会場のそこかしこから聞こえてくる黄色い悲鳴。目の前のコルネリアも、引きつったような笑顔を見せるしかない。
遠回しにわたしを貶めようと躍起になっているのに、一枚も二枚も上手なルキウスにやり返されて手も足も出ないらしいドロテアとコルネリア。
ルキウスはそんな二人をさらに煽るように、わたしの顔をまじまじと覗き込んだ。
「なんだか顔色が悪いぞ、シア。姉上たちと積もる話もあるだろうが、ひとまず向こうで休憩しよう」
わたしにだけ悪戯っぽく微笑んで、ルキウスはわたしの手を取りバルコニーへと移動する。
「……煽りすぎじゃないですか?」
小声で話しかけると、ルキウスは見せつけるようにわたしの腰を引き寄せた。
「まだまだ足りないくらいだよ。もっと冷静さを失って、我を忘れて、暴走してもらわないとな」
「……なんだか、すごく悪い顔をしていますね」
「そうか?」
「でも黒髪を褒めてくれたのは、うれしかったです」
わたしの言葉にルキウスは突然立ち止まり、大勢の人たちがいる前でふわりとわたしを抱きしめる。
「全部本心だからな。黒髪だけじゃない、シアのすべてが俺を虜にするんだよ」
「……それは、ちょっと言い過ぎでは?」
「だいぶ前からお前にメロメロだったって言っただろう?」
人目も憚らずわたしを溺愛するルキウスとは対照的に、悪意を帯びた尖った視線が絶えず向けられていることに、わたしは気づいていた。
「因縁の対決」(要するにざまぁ回)は第三ラウンドまで続きます……!




