14 有言実行の男
翌日。
ルキウスは約束通り、お昼時の忙しさが一段落した頃合いを見計らって姿を現した。
昨日の帰り際、毎日わたしを口説きに来ることにしたと店の主であるヘレナさんにも宣言したら、こう釘を刺されたのだ。
『毎日通うって言うけどさ、こっちも客商売なんだ。そっちの都合のいい時間にいきなりこられたって、困るだけなんだよ』
『じゃあ、どの時間帯ならいいんだ?』
『食堂といえば、食事時が一番混むことくらい、わかるだろう? 最低でも、その時間は避けてもらいたいね』
ヘレナさんはサラにある程度の事情を聞いたはずなのに、相手が貴族だろうが宰相だろうが気にした様子もない。豪気である。
そんなわけで、わたしとルキウスは昨日と同じテーブルに、向かい合って座っていた。
「……少しは体調が回復したみたいですね」
「お前に会えたからな」
昨日に比べたらだいぶ顔色がいいからそう指摘しただけなのに、初手から余計なカウンターを食らってしまった。
ルキウスは狼狽えるわたしを見ながら、うれしそうに小さく笑う。
「昨日は久々にちゃんと眠れたしな」
「寝ていなかったのですか?」
「お前がいなくなってから、あんまり寝てない」
責めるふうではなく、淡々と話すルキウスに、ちょっとだけ申し訳ないという気持ちが芽生える。そういえば、公爵家の様子を定期的に報告してくれていたサラも「旦那様は今もほとんど寝ていない」とか言っていたっけ。
そのサラが昨日きっぱりと明言した「いずれ、奥様は後悔するとわかっていた」という言葉も思い出されて、あれはあながち間違っていないなと思う。
「……これからは、ちゃんと寝てくださいね」
「お前は俺を気遣ってばかりだな」
「そうですか?」
「夜会の準備で何日か帰れなかったとき、着替えを持ってきてくれて同じようなことを言っていただろう?」
そういえば、そうだったような。
「女性なんて、我が強くて自分本位で身勝手で、そのくせ俺に色目を使ってすり寄ってくるだけの煩わしい存在だと思っていたんだけどな。お前はそうじゃなかったから、正直驚いた」
「それは、あなたのまわりにいた女性たちが、特別その、なんというか質が悪かっただけという気がしますけど」
「そうなのか?」
心底驚いたという顔をするルキウスが、なんだか少し気の毒になる。この美貌で公爵令息で、おまけに若くして宰相という地位にまで上り詰めたとなれば、これまで数多くの女性たちが彼の寵愛を得ようと必死に言い寄ってきたのだろう。ただし、ろくな人がいなかったみたいだけど。例えば、そう、あのマルゼラ様のように。
「ところで」
ルキウスは少し改まった様子で、じっと探るようにわたしを見つめた。
「お前は他国の元王女だというのに、なんで平民として普通に生活ができてるんだ?」
「はい?」
唐突に尋ねられ、わたしは面食らう。
「お前がいなくなったとわかったとき、いざ探そうとしても、俺はお前のことを何も知らなかったと気づかされたんだ。だから捜索に手間取ったし、まさか平民に交じって何不自由なく暮らしているなんて思いもしなかった。サラが教えてくれなければ、俺はもっと遠くの地方にまで捜索の手を広げていたと思う。だから俺は、お前の話を聞かせてほしいんだ」
「……サラには、聞かなかったのですか?」
「もちろん聞いたけど、『本人に聞いてください』と一蹴されたよ」
あー。言いそう。
「今更だけど、オディウムから送られてきた釣書きには通り一遍のことしか書かれてなかったからな」
「ちなみに、どういったことが書かれてあったのでしょう?」
「オディウムの第四王女で母は他国出身の側妃サフィーヤ様だということと、生まれたときから病弱だったため王宮ではなく離宮で専門的なスタッフの手厚いケアを受けながら育てられたということと、だから性格は控えめで大人しく、内向的であまり社交の経験がないということと……」
「なんですか、その病弱設定。初耳なんですけど」
「は?」
「その釣書き、正しいのは第四王女という事実と側妃の母の名前くらいですよ。あとは全部出鱈目です」
「出鱈目? 全部?」
「ああ、離宮で暮らしていたというのも本当ですね。社交の経験が少ないのも事実です。母の身分が低すぎて、王宮に迎え入れてもらえずろくな扱いを受けてこなかったのですよ」
「は?」
衝撃の事実を聞かされて、ルキウスは目が点になる。
「いやー、しかし、ものは言いようですね。病弱ゆえにあまり外へは出られず他人とのかかわりが少なかったということにすれば、多少常識外れで王女らしくない言動が垣間見えたとしても誤魔化せると思ったのでしょう。あの人たちの考えそうなことです」
「『あの人たち』なんて、ずいぶん他人行儀だな」
「まあ、他人といっていい間柄だったと思いますよ」
そうしてわたしは、母国オディウムでの生活について、順を追って説明し始めた。
離宮での暮らしがどんなだったかということも、病を患った母がろくに医者にも診てもらえないまま亡くなったことも、そのときわたしがまだ九歳だったことも。
「離宮で一緒に暮らしていたのは、サラも含めて六人の使用人たちでした。厨房の料理人と侍女長、この二人は夫婦なのですけど、それからメイドが二人と庭師が一人、最後に侍女見習いとして離宮に来たのがサラでした」
「……少なすぎないか?」
「もともと少なかったのですが、母が亡くなったときさらに減らされて、その人数になったのです。でも離宮での生活自体は、それほどつらくはなかったですよ。いろんな経験ができたから大概のことは自分でできるようになりましたし、使用人たちもみんなよくしてくれましたし」
本心からそう言ったのに、ルキウスのほうがなぜか思い詰めたような表情になって、わたしの手にそっと自分の手を伸ばす。
「……悪かった」
「あなたのせいじゃないでしょう?」
「そうだけど、でも俺は何も知らずに、知ろうともせずにいたんだ。しかも、母国でそんな扱いを受けてきたお前を、俺はここでも冷遇しようとしていた。そんな自分が、情けなくて仕方ない」
「ルキウスが悪いわけじゃ……」
苦しそうに眉根を寄せるルキウスに、わたしはこれ以上ないほどはっきりとした罪悪感を覚える。
ルキウスは、結婚初日に言った言葉でわたしを傷つけたと思っている。そのまま放置し、冷遇したことでわたしをさらに傷つけたと思い込んでいる。
本当は、そうじゃないと言ってあげたい。ルキウスが自責感を抱く必要はないのだと、全部知っていてこれ幸いと輿入れしてきたのだと、言ってあげたい。でもそれを伝えてしまったら、わたしの『力』についても明かすことになってしまう。
だから、言えなかった。
「ということは、平民として普通に暮らせているのは離宮での生活があったからなのか?」
わたしの手にそっと触れたまま、ルキウスが興味深そうに話の続きを促す。
「そう、ですね。どこまで通用するかはわかりませんでしたけど、やってみたら意外にすんなり馴染めました。ヘレナさんは殊の外親切ですし、ここのお客さんたちもみんな気さくな方たちばかりで、こういう生活は性に合っているのかもしれません」
「……楽しいか?」
「楽しいですよ」
「……俺といたときよりも?」
その切実な視線に抗えず、わたしはもごもごと言い淀む。
「……そ、そういう質問には、お答えできかねます……」
「そうだよな。悪い、悪い」
ルキウスはわたしの手を離すと徐に立ち上がり、「じゃあ、明日また来るから」と言って背を向けた。
その笑顔がどこか寂しそうに見えたのに、今のわたしにはどうしたらいいのかわからない。




