13 冷酷宰相の告白
「……やっと、見つけた」
突如目の前に現れたルキウスは、一瞬「えっと、ルキウス、だよね……?」と言いたくなるくらい、クマがひどくて、げっそりとやつれていて、そのくせ鬼気迫るオーラを放っていた。
「……な、なんで……?」
思わず一歩、二歩と後退ると、ルキウスがその場で立ち止まる。
そしてなぜか、今にも泣きそうな顔になる。
「アリシア……」
そうつぶやいたルキウスの後ろに、悲痛な表情をしたサラが見えた。
「サラ、あなた……」
「奥様、すみません」
サラは少し項垂れながら、引きつった声で話し出す。
「私が旦那様にお話ししました」
「なんで……? サラはわたしの味方じゃなかったの……?」
「味方だからですよ。最初から、こうするつもりだったんです」
物憂げなサラの言葉に、わたしは理解が追いつかない。
「……どういうこと?」
「私は奥様の気持ちを尊重して、ひとまず逃亡計画に加担しました。でも、このままでいいとも思ってませんでした。いずれ、奥様は後悔するとわかってましたから」
「後悔なんか、してないわよ」
「そうですか? 今の旦那様を見ても、後悔しないと言えますか?」
「え……」
「はっきり言って、現在の旦那様の健康状態はギリギリです。ギリギリやばいです。これ以上奥様が見つからない状況が続くと、旦那様の体がもたないな、と思ったので奥様の居場所をお伝えした次第です」
「……はい?」
「見てわかるでしょう? あなたの旦那様、今にも死にそうなんですよ……!」
言われてルキウスを改めてまじまじと見返してみると、確かに二ヵ月前までの覇気も勢いもない。冷酷宰相と恐れられたカリスマ的な威厳は、どこへやら。健康状態がよろしくないのも、一目瞭然である。
「え、なんで死にそうなの?」
「お前がいなくなったからだろう!」
「わ、わたし……?」
咎めるような荒っぽい口調ながら、ルキウスの目が焦がれるようにわたしを見つめるからどうしていいのかわからなくなる。
「だ、だって……」
「シアちゃん」
後ろから、名前を呼ばれてハッとした。
振り返ると、訳知り顔のヘレナさんが店の中から顔を覗かせている。
「立ち話もなんだし、中に入ってもらったら?」
その言葉で、わたしたちは店の真ん前で大立ち回りを演じていただけでなく、道行く人たちの注目をも集めていたことに気づく。
「す、すみません……」
途端に決まりが悪くなったわたしたちは、身を隠すようにくろねこ亭の中へと逃げ込むのだった。
なお、ヨセフは「奥様って何!?」とか言って騒いでいたけど、ヘレナさんに苦笑いで宥められていたらしい。
◇・◇・◇
ヘレナさんは、気を利かせて店を臨時休業にしてくれた。
サラが「とにかく、まずはお二人で話し合ってください」と言うから、わたしとルキウスは一番隅にあるテーブルに向かい合って座っている。サラとヘレナさんは、店の奥の居住スペースで待機しているらしい。
「アリシア」
二人きりになると、ルキウスが待ち構えたようにわたしの名前を呼んだ。
「……ここに『アリシア』という名前の人はいません」
「……え?」
「わたしは、ただの『シア』です」
視線を逸らしたままでそう言うと、ルキウスが「……そうか」とため息まじりにつぶやく。
「じゃあ、シア」
「……なんでしょうか?」
「悪かった」
唐突な謝罪の言葉を耳にして、わたしは弾かれたように顔を上げた。
「な、何が……?」
「結婚初日に、『正直言って結婚どころじゃない』とか、『この結婚は本意ではない』とかひどいことを言って、シアを傷つけた。ほんとに悪かった」
「え……」
ルキウスは憔悴しきった顔をして、わたしをじっと見据えている。
「あのときは、事実を隠さずに話すことが誠意だと思っていたんだ。冷遇するつもりはなかったけど、忙しさを理由に放置することになっても仕方がないと思っていた。でもそんなのは俺の勝手な言い訳で、他国からわざわざ嫁いできてくれたシアのことを何も考えてなかったと気づいた。だから、悪かった」
真っすぐにわたしを見つめながら、ルキウスの言葉は次第に熱を帯びていく。
「確かにはじめは、結婚なんて煩わしいだけだと思っていたんだ。妻とは最低限の意思疎通ができればそれでいいと思っていたし、必要以上に交流を持つ気もなかった。シアに対してだってなんの興味も関心もなかったはずなのに、気づいたらいつのまにか、シアのことばかり考えるようになっていた」
「え……?」
「ラザロの件があって、お互いに素の自分で接するようになったらなんだか妙に心地よくて、俺にちょっとずつ心を開いてくれるシアが可愛くて、いつも隣で見ていたいと思うようになって……」
「……はい?」
「俺は、『愛しい』という感情を初めて知った。お前が可愛くて愛しくて、しょうがなかった」
これ以上ないほど明確な、そして鮮烈な愛の告白に、わたしは絶句する。
「これからは絶対に、お前を放置することも冷遇することも、傷つけるようなこともしないと誓う。だからシア、戻ってきてくれないか」
ぶわりと気持ちが舞い上がりそうになったその瞬間、忘れてはいけない残酷な真実を思い出して、否が応でも冷静になった。
切なげに、祈るような視線を向けるルキウスの言葉を、わたしは真っ向から否定する。
「……さすがは宰相殿。嘘がお上手ですね」
「……なんだそれ。どういう意味だよ」
「わたしが可愛い? 愛しい? 違うでしょう? 本当は、未来を予知する力が欲しいだけでしょう?」
皮肉を込めてせせら笑うと、今度はルキウスのほうが絶句した。
「あなたは、わたしに未来を予知する力があると思っている。だからどんな手を使ってでも見つけ出して、連れ戻そうとしていたのでしょう? 未来を予知する力があれば、宰相としてこれほど心強いことはないもの」
「……なに言ってんだよ。そんなの、今はどうでもいいんだよ」
「恋情を抱いたふりをしておだてて手懐けて、わたしを意のままに操りたいのでしょうけど、おあいにく様。わたしはだまされないわよ」
「は……?」
「何度も言うけど、わたしに未来を予知する力なんかないの。だからもう帰って。二度と来ないで」
ルキウスから目を背けたまま立ち上がろうとしたそのとき、伸びてきた彼の手にぎゅっと手首をつかまれる。
「そんなの、今はどうでもいいって言っただろ?」
「え……」
「お前に未来を予知する力があってもなくても関係ない。そんなのどっちだっていいんだ。シアさえ帰ってきてくれたら、それでいい」
「な、なにを言って……」
「俺は、もしもお前に特別な力があるのなら、正直に教えてほしかっただけだ。ただ本当のことが、知りたかっただけなんだ」
わたしの手首をつかむルキウスの手が一旦離れたかと思うと、今度はわたしの手をそっと温かく包み込む。
「好きな女のことなら、表も裏も、人には隠している秘密も、全部知りたいと思うものだろう?」
ルキウスのガーネット色の瞳が、甘やかな熱を孕んでわたしを逃してはくれない。
「……そんなの、信じられるわけ……」
そう言いながら、信じたいという気持ちも同時に頭をもたげていた。甘いセリフで利用しようとしているだけ、だまされてはいけない、という警戒心と、ルキウスの言葉を素直に信じたい安っぽい願望とが、わたしの心の中でせめぎ合う。
「言葉だけじゃ、信じられないか?」
ルキウスはさほど落胆した様子も見せずに、けろりと言った。
「わかった。じゃあ、こうしよう。俺はこれから、毎日お前に会いにくる。お前が俺の想いを本物だと信じてくれて、公爵邸に戻ってもいいと思ってくれるまで、毎日お前を口説きにくる。それなら、どうだ?」
どこか楽しげにそんな提案をするルキウスに、わたしは開いた口が塞がらない。
「な、何を言っているのですか? 一国の宰相が、毎日毎日そんな簡単に時間を作れるはずが……」
「時間なんて、作ろうと思えばいくらでも作れるさ。知っているだろう?」
確かに、ルキウスはわたしの正体を見抜くためとかなんとか言って、夕食の時間までには必ず戻ってくるようになっていたことを思い出す。結婚当初は、その日のうちに帰宅することすらままならなかったはずなのに。
戸惑うわたしを愛おしそうに眺めるルキウスは、わたしの手を優しく持ち上げたかと思うとそっと指先に口づけた。
「まあ、せいぜい覚悟しておけよ」
〈本当にどうでもいい余談〉
ヨセフは三軒隣にある宿屋の娘にもちょっかいを出しています(苦笑)




