9 新たな夢
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そこは、どこかの国の王城の、謁見の間と思しき一室。
玉座に座る人物が徐に立ち上がった瞬間、胸の辺りを押さえていきなり倒れ込む。
『陛下!』
『陛下、いかがされました!?』
『陛下!!』
その場にいた人たちがすぐさま駆け寄るものの、『陛下』と呼ばれた人物は依然苦しげな呻き声を上げるだけ。
ところ変わって、今度は王城の会議室らしい一室。
居並ぶ重鎮の面々は、一様に渋い顔をしている。
重苦しい空気の中、最も年若いと思われる人物が満を持して立ち上がった。
『今こそ隣国フィニスに攻め入るときだ! フィニスは歴史の浅い新興国だが、近年世界各国との結びつきを強めて着々と国力を増している! 我が国の脅威となる前に、フィニスに攻め入って王を討ち取るのだ!』
『しかし殿下。フィニスとは、不戦条約が結ばれておりますが……』
『そうです! 近隣諸国との平和的共存は、亡き陛下のご意志だったはず!』
『平和的共存? 笑わせるな! そんなぬるいことを言っているから、近隣諸国に舐められるのだ! 俺は力でもって各国を凌駕し、この大陸の覇者となる!』
傲慢ともいえるその言葉に、しかし誰も異を唱えることができない。
『今日から俺が、このバーラエナの王だ! 歯向かう者には、一切容赦はしない!』
非情な王の誕生に、不安な表情を隠し切れる者はいなかった――――。
***
目が覚めて、思った。
……またすごい夢を見ちゃったんだけど……!!
フィニスに来てから、なんでこうもやばい夢ばかり見てしまうんだろう。オディウムにいた頃は、離宮に運び込まれる予定の食料が何かの手違いで数日遅れるらしいとか、ドロテアとコルネリアが王宮の裏庭に落とし穴を作ってわたしをおびき寄せようとしているとか、そんなある意味平和な(?)夢ばかりだったのに!
本当に、これはとんでもないことになった。
多分あれは、フィニスの南に位置する、隣国バーラエナの未来。
夢によれば、国王陛下が近々病に倒れて、お亡くなりになる。
夢の中で『殿下』と呼ばれていたのは、恐らく王太子だろう。大陸統一の野心を秘めた王太子は、王の崩御のあとまもなく即位し、そしてフィニスへの侵攻を宣言する。
――――つまり、戦争が始まってしまう。
なんで夢見の魔女は、こんな夢をわたしに見せるわけ!?
いったい、どうしろっていうのよ!? もう!!!!
うろうろと部屋の中を歩き回りながら、わたしはひたすら考える。
とにかく、戦争の勃発だけは阻止しなければならない。
でも、どうやって?
一番手っ取り早いのは、ルキウスに夢の内容を話してしまうことだろう。バーラエナの王が近々亡くなり、それを機に現王太子がフィニスへの侵攻を開始する。その情報を事前に入手できれば、この国の宰相であるルキウスなら戦争そのものを回避するか、少なくとも被害を最小限に食い止めることができるはず。
ただし、そんなことをしたら、夢見の力のことがバレてしまう。
それは絶対にできない。母様に何度も言われてきた通り、夢見の力のことは人に知られてはならない。知られたら最後、わたしの力はいいように利用され、一生搾取され続けるだろう。相手が宰相という国の舵取りを担う権力者なら、なおさらである。
だったら、夢見の力のことを隠したまま、バーラエナの侵攻をルキウスに知らせることができたら……?
いやいや、そんなのどう考えてたって無理でしょう!!
難易度が高すぎる!!
あー、困った。本当に困った……!!
「どうかしたのか?」
朝食の場に少し遅れて現れたわたしの顔を見るなり、ルキウスは心配そうに言った。
「え? 何がですか?」
「ずいぶんと浮かない顔をしているからさ。何かあったのか? 怖い夢でも見たか?」
見ました! だいぶやばい夢を!!
とはもちろん言えないのだけど、ルキウスの顔が本当に心配そうに翳っているから、なんだか落ち着かなくなる。
「大丈夫ですよ。何もないですし」
「……そうか」
と言いつつ、どことなく納得していない様子のルキウス。
でもそれ以上何かを聞いてくることはなく、わたしはルキウスの視線を感じながらも夢のことをずっと考えていた。
その日の午後、わたしは公爵邸の図書室で隣国バーラエナについて調べることにした。
バーラエナの歴史は古く、かつてはこの大陸の大部分を治めていた時期もあったらしい。
フィニスとの不戦条約が締結されたのは、先代のバーラエナ王の時代である。先代の王も現王も平和主義を掲げており、近隣諸国との協調路線を維持している。
王太子は、第一王子であるグレゴリウス。第二王子であるセルギウスは、まだ十一歳と幼い。
とまあ、公爵家の図書室で調べられたのは、せいぜいこれくらいである。いくら隣国とはいえ、他国の内部事情をあれこれと探る手立てなどあるわけがない。
「あー、これは詰んだわ……」
「何が詰んだって?」
ぎょっとして振り返ると、図書室の扉の前になぜかルキウスが立っていた。
「え、どうしたんですか? まだ昼過ぎですよ?」
「お前のことが気になって、顔を見にきたんだ」
「……はい?」
「朝から、なんかおかしかったから」
なにそれ。
それでわざわざ帰ってきたの?
返事に詰まったわたしをやっぱり心配そうに眺めて、ルキウスは近づいてくる。
「何をしてたんだ?」
「あー、えーっと、わたしも一応宰相の妻ですから、近隣諸国についての理解を深めようかなと」
「それはなかなか殊勝なことだな」
ルキウスはふっと目を細めて、またしても当たり前のように私の隣に座る。なんで?
「それで? どの国のことを調べてたんだ?」
「……とりあえず、バーラエナですかね」
「バーラエナ? なんで?」
またいちいち核心を突いてくるわね、と思いつつ、わたしは「近隣諸国では一番の大国ですから」と澄まして答える。とても模範的な回答である(自画自賛)。
「まあ、歴史は古いし、国土も広いからな。バーラエナとの間にいち早く友好関係を築けたことが、フィニスの発展に影響を及ぼしたのは間違いない」
「それだけ影響力の大きい国なのですか?」
「かつては大陸の覇者と呼ばれていたくらいだからな。どの国も一目置いている」
「じゃあ、そんな国と対立なんかしたら、フィニスは窮地に陥りますね」
「いや、現状を考えたら、それはない」
ルキウスはやけに自信ありげな顔をする。
「それはない? なぜですか?」
「バーラエナの現王は、近隣諸国との平和的共存を目指しているからさ。バーラエナも先々代の王までは武力での支配的統治を推し進めていたんだが、先代の王がそのやり方に楯突いたんだ。そして先々代の王を排除し、自らが即位した」
「クーデターということですか?」
「有り体にいえば、そうかな。でも先代の王も現王も、武力での支配には限界があることを知っている人たちだ。現王がバーラエナの王である限り、この大陸の平和は維持されるだろうが」
そこでルキウスは思わせぶりに言葉を切って、少し深刻そうな顔つきになる。
「現王太子が即位したら、どうなるのかわからない」
「どういうことですか?」
「王太子のグレゴリウス第一王子は、父親に似ず好戦的な性格だと噂されている。かつてのバーラエナが有していた強大な力を求めて、近隣諸国を支配しようと武力行使に及ぶ可能性も否定はできない」
「戦争が起こるかも、ということですか?」
「まあ、あくまでも可能性の一つだけどな。いくら好戦的な性格とはいえ、やみくもに戦争を始めようなんて思わないだろう、普通」
……ところがどっこい、普通じゃないのよ、その王太子は!!
と心の中で叫びながら、戦争の危機になど一ミリも気づいていないルキウスに頭を抱えてしまうのだった。




