イケメン高校生の俺が可愛すぎる男の幼馴染を家に連れてきたら、姉と母に全力でメイクされSNSでバズり、カップル認定の流れってなに!?
前に書いたちょっとした習作です。気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
放課後の教室に差し込む西日が、机の影を長く伸ばしていた。
黒縁の窓際、その一角だけ温度が違うように静かな場所に、神楽 真生は座っていた。
すらりと伸びた長身――178センチ。運動部には所属していないが、立ち姿ひとつとっても身体の使い方が洗練されているのが分かる。整った横顔は涼しげで、睫毛の影が伏せられると近寄りがたいほどの静けさが生まれた。
成績は常に学年トップ争い。周囲が放っておくはずもない。
「神楽くん、今日帰り一緒にどう?」
「先輩、この前の続き、聞いてほしくて……!」
「ま、真生先輩っ! あ、あの、良かったら――!」
休み時間でも放課後でも、声をかけられる相手は絶えない。
他クラスの同級生、後輩、時には上級生まで。
それでも真生の反応は一貫していた。
「悪い。興味ない」
短く、冷静に。
特に意地悪な感情も、見下すような色もない。ただ、事実だけを告げる声音。
“何に対しても、誰に対しても、心が動かない。”
それは本人にとっても長い間の悩みだった。
周囲は勝手に「クールでミステリアス」「手が届かない感じが逆に良い」と騒ぎ立てる。
だが、真生自身はただ、空虚なだけだった。
今日もまた誰かの告白めいた言葉を断り、窓の外を適当に眺める。
茜色の空を、鳥が一羽、ゆっくり横切っていく。
真生は窓の外に目をやり、茜色の光に目を細める。
「――真生、また断ったの?」
不意に、柔らかい声が背後から降ってきた。
振り返るまでもなく、その声が誰か分かる。
「……来てたのか、湊」
教室の入口に立っていたのは、肩口までの明るい髪、睫毛の長い中性的な顔立ち――ぱっと見は女の子にしか見えないが、れっきとした男子で、真生の幼馴染だ。
真生が“母と姉以外”で唯一気を許している存在でもある。
「来てたのか、じゃないよ。いつもみたいに勝手に帰られると探しようがないんだけど?」
「悪い。考えごとしてた」
湊は呆れたように眉を下げながらも、歩み寄ってきて真生の机に腕を置く。
その仕草は昔から変わらない、距離の近さだった。
「はいはい。……で、今日はちゃんと帰るんでしょ? ほら、行くよ」
湊が軽く手を引く。
真生はそのまま抵抗もせず立ち上がった。
湊の前でだけは、力を抜いていられる――そんな安心感が、ごく自然に胸の奥にあった。
「……お前さ」
「ん?」
「いつまでその見た目のままでいるつもりなんだ」
「え、今日の服? 似合ってない?」
「いや、似合うけど。……また女子に間違われてただろ」
言うと、湊は「はぁ?」と肩をすくめて笑った。
「そんなの今さらでしょ。真生だってモテるくせに全部断ってさ、僕から見ても意味分かんないよ」
「興味ないだけだ」
「うん、分かってるよ」
湊はあっさり返事をし、鞄を肩にかける。
ふたりは並んで昇降口へ向かい、茜色に染まる校庭を横目に歩き出した。
放課後の喧騒が遠ざかる。
湊の歩幅に合わせて歩くこの時間だけは、真生にとって心が休まる、数少ない“日常”だった。
――この先、その日常が揺らぐことになるとも知らずに。
住宅街に差しかかるころ、街灯がぽつぽつと灯り始めていた。
ふたりの影が並んで歩道に落ちる。
「湊、今日…うちで飯食ってけよ」
急に真生が言うと、湊は足を止めて瞬きをした。
「え? いや、いいよ。迷惑でしょ。今日はやめとく」
「別に迷惑じゃない。母さんも姉さんも、お前来ると喜ぶし」
そう言われ、湊は視線をそらした。
明らかに“行きたいけど行きたくない”といった複雑な表情。
「……いや、ほんと今日は……その、色々あるし」
「色々ってなんだよ」
真生が不服そうに眉を寄せる。
湊は唇を結び、ため息をついた。
「……だってさ。真生の姉さん、僕を見るたびにテンション上がるじゃん」
「まあ、確かに」
「確かに、じゃなくて! この前なんて『この肌質…天才的…!』とか言いながら突然ファンデ塗られたんだよ!? 化粧品の実験台みたいだったんだけど!」
思い出しただけで肩を震わせる湊。
確かに真生の姉は人気モデル兼スタイリストで、湊の中性的な顔立ちを“宝素材”のように扱っている。
「お前が嫌がらないからだろ」
「いや、いやがってるよ!? ただ姉さんの圧が強すぎて言えないだけで!」
「この前なんてさ…」
湊は声をひそめる。
「ワンピース着せられたんだよ僕。しかも写真撮られたし…」
「ああ、なんか姉さん言ってたな。『湊ちゃんに似合いすぎて震えた』って」
「『ちゃん』付けすんな!」
顔まで赤くなって抗議する湊に、真生の口元が僅かに笑う。
普段ほとんど表情を変えない真生の、その小さな変化に気づけるのは湊だけだ。
「心配すんな。今日は姉さん遅番だから帰り遅い。母さんも料理したがるし、お前が来たら喜ぶ」
「……ほんとに、姉さんいないの?」
「嘘ついてどうすんだよ」
しばらく沈黙した後、湊は観念したように息を吐いた。
「……じゃあ、お邪魔します。変なことされないなら」
「されないよ」
「ほんとに?」
「されたら全力で止める」
「前は止めてくれなかったよね!?」
「……まあ、あれは似合ってたから」
「似合ってた!? 似合ってたって何!?」
夕暮れの道に、湊の抗議が響く。
その後ろで、真生はほんのわずか――目を細めて笑った。
唯一、気を許せる幼馴染と並んで歩く時間。
それだけで、静かな心の奥に、微かな温度が宿るのだった。
真生の家に着くころには、空はすっかり夜の紺色に染まっていた。
広めの一軒家だが、どこか温かみのある玄関灯が、湊には毎回ほっとする。
「ただいま」
真生が扉を開けると、すぐ奥から軽い足音が駆け寄ってきた。
「おかえり、真生。あら、湊くんもいらっしゃい!」
エプロン姿の真生の母が顔を出す。
柔らかな雰囲気の、どこか癒し系の女性だ。
湊が小さく頭を下げると、すでに母の目尻には嬉しさの皺が寄っていた。
「きゃー、お夕飯どうしようって悩んでたのよ! 湊くんが来てくれるなら、張り切って作った甲斐あるわ!」
「ぼ、僕のためにじゃないですよね!? 真生のためのご飯ですよね!?」
「まあまあ細かいことは気にしない!」
にこにこと手を引かれ、湊は有無を言わせずリビングへ連行される。
真生はそれを黙って見届けつつ、「ほら、言ったろ」と小声でつぶやいた。
テーブルには、湯気の立つ肉じゃがと味噌汁、焼き鮭、ほうれん草のおひたし――家庭的で温かい匂いが広がる。
「うわ……お母さん、これ全部ひとりで?」
「当然でしょ! 湊くんが来るんだもの!」
「え、だから僕のためじゃないですよね!?」
「もちろん真生のためでもあるわよ? 半分くらいは!」
(半分は僕なんだ……)
心の中で頭を抱えつつも、湊は席に着く。
真生も隣に座り、3人で夕食が始まった。
湊がひと口食べると、目を丸くする。
「……おいしい……」
「でしょう!? 湊くんってば素直なんだから〜」
「いや、普通においしいんで……」
真生は湊が褒めるのを聞いて、ほんの少しだけ満足そうな顔をした。
その横顔は、学校の誰も知らない柔らかさを帯びている。
和やかな時間が流れ、食事が終わるころ。
ガチャ、と玄関の扉が開く音がした。
「はぁ〜疲れた。今日もモデルさん逃がしちゃってさぁ……あっ!」
軽快な声が響き、続いて軽やかな足音が近づいてくる。
スタイリストでモデルの姉、神楽 紗羅が帰宅したのだ。
リビングへ入ってきた瞬間――
湊と目が合った。
ぱぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!
と、見える勢いで紗羅の顔が輝く。
「みっっなとちゃーーーん!! 今日もかわいいね!? 来てくれてありがとう!!!」
「ひぃっ!?」
湊が跳ねるより早く、紗羅は鞄をソファへ放り投げ、全力で駆け寄ってくる。
「待って待って今日さ! ちょうどあなたに似合いそうな新作のアイシャドウ持って帰ってきたの!! 天の采配!!」
「天の采配じゃないです!!!?」
「眉もいじらせて! あ、むしろ今日は思い切ってワンピじゃなくてボーイッシュ系の女物を――」
「ジャンル増えてる!!!!」
湊の悲鳴が家に響く。
母は「あらあら〜」と笑い、真生はため息をつきながら湊の腕を引っ張る。
「紗羅、今日はやめろ。湊が嫌がってる」
「嫌がってても似合うものは似合うのよ!! それに姉を呼び捨てしない!」
「理屈が暴力的なんだよ姉さんは、そんなやつは呼び捨てで十分」
「真生! 湊ちゃんはね!! 私の芸術的欲求を刺激する貴重な存在なの!! 人類の宝なの!!」
「宝じゃないです!! 僕はただの一般男子高校生です!!」
三方向からのツッコミと抵抗が飛び交うなか、紗羅はすでに化粧ポーチを開き始めている。
紗羅が化粧ポーチを広げ、湊に迫ろうとしたまさにその瞬間。
――コンッ。
テーブルに味噌汁椀を置く、小さくも重たい音が響いた。
「……あなたたち。ご飯の最中になにをしているの?」
真生の母が、にこやかな顔のまま――しかし背後に雷が落ちそうなほどの静かな圧を放って立っていた。
「ひっ……」
紗羅が硬直し、湊も反射的に背筋が伸びる。
「紗羅。まずは“温かいうちに”ご飯を食べてからにしなさい。せっかく作ったものを冷ませるなんて、許しませんよ?」
「……は、はい……」
完全に逆らえない声音。
紗羅は化粧ポーチをそっと閉じ、席に戻っていった。
湊は椅子から滑り落ちそうなほど脱力して、ぽそりとつぶやく。
「……助かった……本当に助かった……」
隣で真生も、
「まあ、母さんが本気出したら姉さんでも勝てないからな」
と、珍しく慰めの言葉をかける。
そのとき――湊は母が小さく微笑んだのを見逃さなかった。
「さ、ご飯のあとは楽しみがあるから、早く食べましょ?」
「……楽しみ?」
湊が聞き返すと、母はにっこりと、仏のような、しかしどこか恐ろしい笑顔を浮かべた。
「デザートよ。もちろん“湊くんの女の子メイク&お着替え”」
「え……はい???????」
紗羅が「お母さん、さすが!!」と拍手。
真生は箸を止めて、天井を見つめた。
湊は固まったまま、声も出ない。
「だって、こんなに可愛い素材が来てるんだもの。楽しみは最後までとっておかないとね?」
「お母さん……まさかの黒幕だったの……?」
「湊くん、逃げられると思ってたの?」
母の声は優しく、しかし“逃走不可”の宣告。
「……真生……助けて……?」
真生は重く息を吐いた。
「……とりあえず、飯食え」
「え、えぇぇーーーー……!」
リビングの空気は、逃げ場のない未来予告に満ちていた。
こうして湊の“処刑(※化粧&女装)タイム”は、食後に確定したのであった。夕食を終え、食器が片づけられるころ。
リビングには、どこか淡い灯りと、ゆったりとした空気が流れていた。
「さて――デザート、始めましょうか」
真生の母が穏やかな声で言うと、湊は背筋をぴんと伸ばした。
「……デザートって、あの……」
「ええ。湊くんを、もっと素敵にしてあげる時間よ」
優雅に微笑む母と、わくわくを隠しきれない紗羅。
ふたりが準備するテーブルには、さまざまな色味のパレットやブラシがきちんと並べられていた。
その整った風景は、まるで小さなスタジオのようだった。
「湊ちゃん、座って?」
紗羅の言葉に、湊は観念したようにソファへ腰を下ろす。
真生は隣に座ったまま、どこか落ち着かない視線を向けていた。
「緊張しなくていいのよ」
母がそっと湊の髪に指を通し、柔らかく撫でる。
「……分かってるけど……」
「大丈夫。あなたの良いところを、ただ優しく引き出すだけだから」
その声があまりに穏やかで、湊は少し肩の力を抜いた。
紗羅が、細く柔らかなブラシを手に取る。
その動きはプロならではの、迷いのない、美しい所作だった。
「じゃあ、目を閉じてね」
湊がそっと瞼を閉じると、ふわ、と頬に柔らかな風のような感触が触れる。
ブラシが肌をなでるたび、くすぐったさではなく、不思議な落ち着きが生まれた。
「湊ちゃんの肌、本当に綺麗。薄い色を少し乗せるだけで十分だね」
「……褒められてるのか分からない……」
「もちろん褒めてるわよ」
母がくすりと笑う。
まつ毛の上に薄く影が落ち、頬に淡い色がのせられ、唇に透明なツヤが指で丁寧に馴染ませられる。
ひとつひとつの工程が、まるで儀式のように静かで、優しかった。
「はい、じゃあ目を開けて?」
紗羅が声をかける。
湊がゆっくりと瞼を上げると、ソファ前の姿見に映った自分は、たしかに“いつもの湊”だった。
けれど――柔らかく、どこか儚い光をまとっていた。
「……僕、こんな顔してたんだ」
思わず呟くと、紗羅が満足そうに微笑む。
「最後に、少しだけお洋服も。派手じゃない、落ち着いたものにしましょう」
渡されたのは、淡いアイボリーのシンプルなブラウスと、落ち着いたトーンのロングスカート。
どれも装飾は控えめで、ただ湊の雰囲気を邪魔しないように選ばれていた。
「これなら……女装っていうより……なんか、普通に“しとやか”な感じだね」
「湊くんに似合うと思ったから」
母が優しく答える。
着替え終え、湊が戻ってくると、紗羅と母が同時にため息を漏らした。
「……綺麗」
「……似合いすぎるわね」
湊は恥ずかしそうに指先を弄びながら、真生の方を見た。
真生は一瞬だけ目を見開いたあと、ゆっくり視線を伏せた。
「……別に。いつもとそんなに変わらないだろ」
「変わるよ!?」湊が抗議しかけ、しかしすぐ黙る。
真生の声は、ほんの少しだけ――震えていた。
静かな空気の中、湊の頬だけがほんのり赤く染まっていった。
鏡の前。
紗羅が満足げに頷き、ライトを少し調整して退くと、湊はそっと視線を上げた。
そこに映った“自分”を、湊はしばらく見つめたまま動けなくなる。
肩まで流れるウィッグの柔らかな髪、ほのかに薔薇色を帯びた頬、涙袋が引き立つよう控えめに入った光。
伏せれば睫毛が影を落とし、目を開ければガラスのように澄んだ輝きが揺れる。
「……これ、ほんとに僕……?」
掠れた声。
紗羅は「最高傑作でしょ!」と満面の笑みを浮かべたまま席を外し、紅茶を淹れに行ってしまった。
部屋に残ったのは、湊と真生だけ。
湊は落ち着かない手つきでスカートの裾をつまむ。
「……な、なんか、笑ってくれていいよ。おかしいだろ、これ。僕だぞ……?」
その不安を吸い取るように、真生は少しだけ近づき、鏡に映る湊の横顔を見る。
「笑わないよ」
弱く、でも揺るがない声だった。
「……似合ってる。本当に」
湊は息を飲む。
真生は続ける。
「湊の顔立ち、線がきれいで……。化粧すると、なんていうか……すごく、優しい雰囲気が出るんだなって思った」
いつもは言葉少なな真生が、言い淀むようにしながらも真剣な表情で伝えるから、湊は余計にどうしたらいいかわからなくなる。
「嘘じゃなくて……うん。綺麗だよ、湊」
「っ……!」
湊は思わず肩を震わせ、視線を落とした。
耳まで真っ赤だ。
静まり返った空気の中、湊は小さくつぶやく。
「……そう言われるとさ、なんか余計……複雑なんだよ」
真生は首を傾げる。
「複雑って?」
「……似合っちゃってるのが、さ」
手鏡を見つめたまま、湊の睫毛が震える。
「僕……男なのに。なのに、こんなふうに“女の子みたいにされて”、それで……」
ごくり、と喉を鳴らし、
「似合ってるって思われるのが、ちょっと……悔しいっていうか……恥ずかしいっていうか……」
言葉にするほど、胸の奥のもやが増す。
「僕、別に……こういうのがしたいわけじゃないんだ。でも、鏡を見たら……“ああ、確かに”って思っちゃって……余計ややこしい」
真生はしばらく黙っていたが、そっと湊の隣に腰を下ろす。
「……悩むのは、似合う似合わないじゃなくて、湊がどうしたいか、ってことじゃないの?」
穏やかな声。
湊の視線が真生へ向く。
「似合うからって、湊の性別が変わるわけじゃないよ。嫌なら、嫌だって言えばいい。でも……今、恥ずかしがってる湊を見てるとさ」
ほんの少しだけ、真生は目を細めた。
「……なんか、守りたくなる」
「っ、ま、真生……!?」
湊の胸が大きく跳ね、思わず距離を取る。
しかし真生は慌てない。
「ごめん。変な意味じゃなくて、ほんとにそのままの意味だから」
「……そ、そういう言い方のほうが困るんだけど……」
湊は膝の上で指を絡め、頬を染めたまま俯く。
鏡の中――
化粧で整えられた“女の子みたいな自分”が、心の乱れそのままに揺れて映っていた。
しんと静まった空気を破るように、廊下の向こうから軽い足取りが近づいてくる。
「おっまたせ〜〜!!」
勢いよく扉を開けて紗羅が戻ってきた。両手には、湯気の立つ紅茶と……なぜか最新型のスマホスタンドやライトまで抱えている。
「はい! モデルさん、鏡の前から離れて〜! 撮影会、開! 催!」
「え、いや、あの、ちょっ……!? 紗羅さ――」
湊が制止するより早く、紗羅はにんまりと笑って湊の腰に手を当て、くるりと一回転させる。
「っ……!!?」
ふわりとスカートが広がり、ライトが湊の肌を柔らかく照らす。
「ほらぁ~~見て真生! この子、角度どこ向けても盛れるんだけど!? 奇跡か?」
「……まあ、湊だし」
真生がぽつりと言うと、紗羅は「でしょー!!」とテンションMAX。
そのままスマホを構えると――
「はいっ湊、ちょっと顎引いて、目はこっち。そう、そう、天才!」
「や、やめっ……か、顔近いって……!」
シャッター音が連続で鳴り響く。
「ちょ、これ待って……。湊、完成度高すぎて私のフォロワーみんな死ぬんだけど?」
紗羅の指がスマホ画面をなぞり、次々と撮れた写真が映される。
画面には――自然光が当たったように透き通る肌、美少女そのものの横顔、照れて頬を染める仕草……。
「……バズるわこれ。確信持って言える」
「絶対あげないで!?!?」
湊が慌てて立ち上がるが、ウィッグが揺れてさらに絵になる。
「ほら、ほら〜動くと可愛いの増しちゃうのよね〜。もう犯罪級……!」
「紗羅……控えめに言って、湊死んじゃうぞ」
真生の苦笑を聞いて、紗羅は肩をすくめる。
「え〜? じゃあ“顔隠して”上げよっか? 絶対バズるのに~~」
「絶対ダメ!!」
湊、ほぼ泣きそう。
「……あ、そうだ真生。こっち来て」
紗羅がぱんっと手を叩く。
「え?」
「湊ひとりじゃもったいない! せっかくなら、“美少女とその隣に立つイケメン”でカップル写真撮らせて!」
「はあああああ!?!?!?」
湊は絶叫するが――
紗羅は聞かない。
「ほらほら、真生。湊の肩、軽く抱いてあげて」
「……えっと、湊、大丈夫?」
「ぜんぜん大丈夫じゃない!!!」
叫びながらも、真生にそっと肩を抱かれると――
湊は一瞬で固まり、頬に赤が差す。
「……っ……!」
その反応がまた可愛くて、紗羅は歓声をあげながらシャッターを切りまくる。
「うわぁ~~!! これ彼氏に距離近すぎて困ってる美少女じゃん!!」
「彼氏じゃねぇ!!!!」
「はいはい、照れ方がもう完全にそれ~~~。ほら真生、もうちょい顔寄せて」
「……こう?」
「ちかいちかいちか――!!」
湊の悲鳴と、紗羅の歓喜と、真生の静かな困惑。
三人の声が部屋に弾む。
「……はぁ、これ……“神話の一枚”できたわ」
紗羅はスマホを見て、満足そうに笑う。紗羅はスマホを見て、満足そうに笑う。
「……よし。これで完璧っと♪」
そして突然、ぽんっと手を叩いて――
「あっ! 間違ってポチッた……てへ☆」
「……ん? ポチッた? って何を?」
湊が恐る恐る問い返す。
「んーん、気にしない気にしない……てへ☆」
「……絶対気になるやつだろそれ……!!」
真生も眉をひそめる。
「……姉さん。まさかとは思うけど――」
「だ〜いじょうぶ大丈夫。“湊の顔はちゃんとスタンプで隠した”から、セーフセーフ♪」
「…………は?」
「うん、しかも真生の顔はそのまま♡ こっちは宣材写真レベルだし?」
「いやいやいや!!!!」
湊は一気に青ざめる。
「ま、まあ……顔隠れてるなら……? まだ……」
「だから気にしないで〜、てへ☆」
その軽さが逆に恐怖を呼ぶ。
紗羅はスマホをテーブルに置き、何事もなかったかのように紅茶をすする。
だが――
ふと、湊が震える声でつぶやいた。
「……ねえ紗羅ねぇ。その……スタンプって、どんな……」
「ああ、うん。これこれ~」
紗羅は軽い調子でスマホをひっくり返し、投稿画面を見せてくる。
湊は、そっと画面を覗き込んだ。
「…………………え?」
一瞬、脳が理解を拒んだ。
紗羅が貼った“スタンプ”は――
直径5ミリほどの、金色の星のアクセシール。
ちょうど湊の右目の目尻に、ぽち、と乗っているだけ。
「……これ……?」
「そうそう! 可愛いでしょ? “ワンポイント星アクセ”って感じで!」
「隠れて! ない!!!!! 全ッ然隠れてないよね!?!?!?」
湊が叫ぶと、紗羅は首をかしげる。
「え〜? 湊って、素顔も完成度高いから、隠そうとすると逆に不自然でしょ? だから控えめが一番なの♡」
「控えめすぎるわーーーっ!!!!!」
真生も額に手を当てて絶句する。
「紗羅……これじゃただの“可愛いアクセつけた美少女”だぞ……」
「でしょ?」
紗羅は満面の笑み。
「“顔隠した”って、それ……もはや飾りレベルのスタンプなんだけど……」
湊は膝から崩れ落ち、真生はため息を吐き、紗羅だけがご満悦だった。
その頃、SNSのコメント欄では――
《顔隠し控えめすぎwww》
《実質フル公開で草》
《スタンプの意味とは》
《これ隠してる扱いなの天才》
と、盛大にざわつき続けていた。
あるSNSアプリの画面。
投稿数秒後――
【通知:いいね 120件】
【通知:リプライ 54件】
【通知:フォロワー+183】
タイムラインには紗羅の投稿した写真。
《#今日のメイクモデル #美少女爆誕》
※湊の顔は可愛いスタンプ?で隠されている
※真生の横顔はそのまま
そして――コメント欄は爆発していた。
「ちょっと待って!? 紗羅姉さん誰!? この美少女!!」
「え、隣のイケメンは例の弟くん? 美少女と並んで強すぎない?」
「この子モデルさん!? 写真映え異常」
「顔隠れ(笑)てても分かるレベルの可愛さ……震える」
「弟くんの破壊力よ……これはセットで推すべき」
「続報は!? 続報あるの!?!?」
「動画待ってます♡」
「姉さん頼む……全身写真を……!!」
そして、さらに。
“紗羅さん、DMよろしいですか? その子、モデル依頼したいです”
— とあるファッション誌編集者
“コラボしませんか? 撮影スタジオ使えます”
— 有名サロンアカウント
“無理、可愛い。尊い。吐いた(語彙崩壊)”
— フォロワーA
通知は止まらず、勢いは増すばかり。
紗羅のスマホがバイブし続ける。
湊「な、なんかさっきからスマホすごい音してない……?」
紗羅「ん~? 気にしない気にしない♪」
真生「いや気にしろよ絶対……!」
湊「や、やだ……やめて……ぼく……モデルとか絶対むり……」
紗羅「大丈夫大丈夫♡ “反響”たっぷり来てるから、後で見せてあげるね?」
「いや見せないでぇぇぇぇ!!!!!」
湊の絶叫が家中に響いた。
――こうして、“事故投稿”から始まる大炎上(※大人気)劇が幕を開けた。
紗羅の投稿から、わずか10分後。
SNSアプリのトレンド欄には――
《#謎の美少女》
《#隣のイケメン誰》
《#スタンプ小さすぎ問題》
の三つが同時にランクインしていた。
コメント欄は秒単位で更新され、通知は止まらない。
《この美少女、どこの子!? 情報求む》
《スタンプ5mmは草すぎるwww》
《右目だけ星シールで“隠した”扱いなの強すぎ》
《むしろアクセとしてクオリティ高い》
《弟くん(真生)、顔良すぎでは???》
《この二人、絶対カップルでしょ》
《いや姉の投稿によると“幼馴染”らしいぞ》
《幼馴染みでこれは尊い案件》
《動画はよ。静止画でこれなら動画は爆発する》
さらに、二次創作勢まで湧き始める。
《勝手に漫画描いた(1/4)》
《続き描きます!!》
《二人の絵描きました!》
《ファンアートタグ作ろう》
《#真生と謎美少女 でタグ統一しません?》
すでにタグ戦争が起きていた。
一部のクリエイターは深読みを始める。
《顔しか見えてないけど、この子多分めちゃくちゃ整ってる。骨格が美形のそれ。プロのカメラマンだけど保証する》
《この子、アイドルやらないの??》
《(真剣)モデル事務所の者ですがDMしました》
その間にも、紗羅のスマホは震えっぱなし。
通知:いいね 15,900件
通知:RT 8,200件
通知:フォロワー+4,100
完全に“バズり慣れしていない一般家庭の姉”が扱う数字ではなかった。
そしてついに――
紗羅のDM欄にこんなメッセージが届く。
『もし差し支えなければ、次は顔を隠さず? ぜひ……撮影依頼させていただきたいです』
『CM出演のご相談がございます』
『一度、事務所にいらっしゃいませんか?』
『この美少女……もしかして男の娘ですか?(興奮)』
紗羅「……あ、これやばいね♡」
真生 (やっぱり、そう来るか……)
湊(やだやだやだやだやだぁぁぁぁぁ!!!!!)
SNSの火は、まだ消える気配がなかった。
――そのとき。
ピロンッ。
また通知が鳴る。
震える手でスマホを開いた湊の目に、致命的な文字が映った。
〈#真生くんの彼女可愛すぎ トレンド1位〉
湊「………………っっああああああああ!!!?」
隣で真生は、クールな表情のまま固まる。
「……ま、湊。その……“彼女”って……お前のこと……?」
「知るかぁぁぁ!! 僕は男!! 男なんだってば!!」
そこへ、姉と母が満面の笑みで覗き込んでくる。
「いや〜湊ちゃん、今日ほんっと可愛かったわ〜!」
「真生も珍しく表情ゆるんでたし……うふふ♡」
「だからやめてぇぇぇ!!!!!」
湊が顔を真っ赤にして暴れても、SNSは無情だった。
〈#照れかわ美少女推し〉
〈#クール彼氏真生〉
〈#お似合いすぎ〉
〈#続編待ってる〉
湊(誰が続編だよ!! もうこれ消火できなーい!!)
その裏で、真生はぽつりと小さく呟く。
「……湊、今日……ほんとに、綺麗だったし。」
「真生まで言うなぁぁぁ!!!!!」
――結局その夜、湊は“可愛すぎる幼馴染(男)”として、半ば公式扱いされたまま、すでに家族扱い+恋人ポジの幼馴染との撮影大会(延長戦)に強制参加させられるのだった。
——Fin。




